人間の脳で安定した親密な関係を維持できる限界は、150人程度と考えられているらしい。
これは、狩猟採集社会における典型的な部族規模とも一致するという。
人間の生物的な限界としての集団化は、本来は150人。
しかし、現実にはそれ以上の集団化が起こっている。
なぜか。
それは、人間が「共通の物語(虚構)」を信じられるから。
国家、宗教、お金、企業。
そういった虚構(フィクション)を信じられるから、生物的な限界を突破して集団化しているという。
もちろん、国のような巨大な集団を成り立たせるには、技術や制度の問題も大きい。
文字、教育、印刷、通信、分業、法律。
しかしこれらが整備され、国家という集団を維持しようという動機は、ある種の虚構を信じよう、信じたいという執念じみた、物語への依存性なのだ。
物語中毒の生物。
だから国旗や絵画やパンツといった、ただの加工された布に意味を見出し、必死になる。
パンツはただの布。
あなたは物語中毒。
ここ、テストに出ます。
Permalink |記事への反応(1) | 17:55
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ハラリさんもそう言ってた。 ネアンデルタール人は死者を埋葬したのか? したなら、集団の規模の上限を決めるのは食糧