あの日、俺はただの小さな歯車だった。不動産会社の名を借りた裏社会のマネー洗浄機構、その中で帳簿をいじるのが俺の仕事だった。何年も続けるうちに、社長も専務も、誰がどこにいくら隠してるか全部見えてきた。だから、ちょっと拝借してもバレやしないと思ってたんだ。
だが、甘かった。奴らの金は、血より重い。
気づかれた夜から地獄が始まった。車に追われ、尾行され、見知らぬ顔の男たちに家を囲まれた。逃げるしかなかった。ビルの屋上から飛び降りた瞬間、死を覚悟した。だが、落ちなかった。空気が、俺を押し上げた。まるで、何かが目を覚ましたみたいに。
それからだ。相手の居場所が頭に浮かぶようになった。銃を持った追手の背後の動きが、まるでスローモーションのように見えた。俺は走り続けた。新宿の雑踏、川崎の倉庫街、地方のラブホテル、どこへ行っても、すぐに見つかったが、もう恐れはなかった。
彼らが俺を狩るたび、俺の力は強くなっていった。
最後に奴らの会議室へ乗り込んだとき、役員たちは顔を真っ青にしていた。机の上に並ぶ封筒、裏金の行方を隠すための書類の山。俺はそれを一瞬で吹き飛ばした。風も触れていないのに、全てが宙に舞い、天井から降る紙吹雪みたいに白く渦を巻いた。
「お前たちはもう終わりだ」
そう告げたとき、誰も口を開けなかった。
あれからしばらく経つ。奴らは警察に捕まり、俺の名はどこにも出ていない。世間的には、ただの汚職事件のひとつだ。だが俺は知っている。この力が目覚めたのは偶然じゃない。あの金を奪った瞬間、俺は人間の枠を超えたんだ。
今は、風が教えてくれる。誰が嘘をつき、誰が裏切るか。
この街のすべてが、俺の掌の中にある。