■最初にそれを見たのは、海の底だった。
海底の砂に、まるで呼吸するようにひとつの膨らみがあった。
貝でも、泡でもない。
ただ、そこになにかがいた。
僕が近づくと、それはわずかに震えた。
遅れて、頭の中に声が届いた。
――おかえり。
意味は分からない。だが確かに声だった。
海流も音もないはずの場所で、僕の内側だけが振動していた。
やがて、その膨らみが少しだけ裂けた。
中から無数の礫が零れ落ち、僕の足元に散らばった。
それぞれが、僕の心臓の音に合わせて鼓動していた。
まるで僕の生を模倣しているように。
――おかえり。
再び声が響いた。
けれど今度は、僕の口が勝手に動いた。
「……ただいま」
海は黙っていた。
けれど砂の一粒ひとつぶが、かすかに笑ったように見えた。
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