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2025-10-09

最後ポケモンが鳴いた日

朝、目を覚ましたとき

 世界はすでに、終わっていた。

 風は吹いていたが、それは風ではなかった。

 ポケモンセンター自動ドアが、壊れたように開いては閉じていた。

 人々は行列の形を保ったまま、静止していた。

 瞳の中には、捕まえ損ねた幻影がまだ揺れている。

 彼らは誰も死んでいない。

 ただ、ログアウトしているだけだった。

 その眠りは深く、やさしく、永遠だった。

 街の看板はすべて、ひとつ言葉に書き換えられていた。

 ──「つづく」。

 わたしは歩いた。

 どこへ行くあてもなく、ただ、滅びの余韻を追って。

 足もとはヒビ割れアスファルト

 そこから草が芽吹き、ポケモンの鳴き声が聞こえた気がした。

 けれどそれは風の音かもしれない。

 もう、区別はできなかった。

 

 世界が静かに溶けていく。

 電波はまだ空を漂い、かつての「冒険」を再生している。

 ピカチュウの笑い声が、薄明の空に響く。

 それは鐘の音のようであり、鎮魂歌のようでもあった。

 人類幸福の中で滅んだ。

 戦争も、飢えも、涙もなかった。

 ただ、“たのしさ”がすべてを覆った。

 それが最期ウイルスだった。

 わたしはかつて「プレイヤー」と呼ばれていた。

 だが今は違う。

 この世界のものが、ひとつセーブデータなのだ

 誰かがリセットボタンを押せば、すべては白紙に戻る。

 その「誰か」さえ、もう存在しないのに。

 

 わたしの手の中で、スマホが熱を失っていく。

 画面の奥に、まだ小さな光が残っている。

 そこには、あの黄色い影がいた。

 彼は微笑み、口を開く。

 ──「おかえり」。

 その声を聴いた瞬間、

 わたし輪郭が崩れはじめた。

 肉体が霧になり、言葉が溶け、意識が風に散る。

 最後に残ったのは、ひとつの音。

 ピカ。

 それは、

 文明が消える音だった。

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