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2025-09-20

anond:20250920145058

第二幕 契約真実

 放課後教室夕陽差し込み、机の影が長く伸びていた。タケルは、窓際に座るノゾミの背中を見つめていた。彼女はいものように笑っている。けれど、その笑顔にどこか無理があるように感じられてならなかった。

「なあ、ノゾミ」

「ん? なに?」

最近さ……なんか隠してるだろ」

 ノゾミは肩をすくめて笑ってみせる。

「やだなぁ。タケルって勘が鋭いんだね。女の子に隠し事なんてつきものだよ」

 その軽い調子の返しに、タケルは一瞬ほっとした。だが同時に、胸の奥がざらりとした感覚に覆われる。嘘だ。ノゾミは何かを抱えている。

 その夜、帰宅途中の公園。タケルは偶然ノゾミの姿を見つけた。ブランコ腰かけ、誰もいない空間に向かって小さく呟いている。

「……あと三回。三回だけでいいから。どうか……」

 その声は風に消えそうに弱く、けれど切実だった。タケルは声をかけようとしたが、胸が締め付けられ、足が動かない。

 翌日、タケルは彼女を問い詰めた。

「昨日、公園にいただろ」

「えっ……」

「聞いたんだ。『あと三回』って……どういう意味なんだよ」

 ノゾミは一瞬目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。沈黙が重く落ちる。

「ごめん、タケル。ほんとはね……私、人間じゃないの」

 その告白は、タケルの世界をひっくり返した。

「私ね、弱者男性族って呼ばれる一族の生き残りなの。昔、人間にとって“不要”とされた者たち。私たちにはちょっとした能力がある。でも……その代わりに、この世界に長くはいられない」

「長くいられない……?」

 ノゾミはかすかに頷く。

「うん。だから契約”が必要だったの。誰かに恋人ごっこ”をしてもらうことで、私はここに留まれる。愛を知るまでは、消えずに済むんだよ」

 タケルの頭は混乱した。昨日まで一緒に笑っていた少女が、いま自分にそんな話をしている。

「じゃあ、俺が……」

「うん。タケルが契約相手。だから私はまだここにいられる。でも、それもあと三回分の“デート”で終わっちゃう」

 ノゾミは自嘲気味に笑う。

「本物の恋じゃないと意味がないの。ごっこ遊びじゃ、いずれ契約は切れる」

 タケルの胸がかき乱される。彼女の明るさの裏に、こんな真実が隠れていたなんて。

「ふざけんなよ……。なんでそんなこと、最初に言わなかったんだ!」

だって、言ったらタケルは逃げちゃうでしょ?」

 ノゾミの声は震えていた。

「私はね……ただ、普通女の子みたいに笑って、好きな人と一緒に過ごしたかった。それだけなの」

 その涙を見た瞬間、タケルの迷いは消えた。

「だったら……ごっこでもいい。俺は最後まで付き合う」

「タケル……」

 ノゾミは震える手でタケルの袖を掴んだ。その小さな仕草に、彼の心臓が大きく鳴る。

 しかしノゾミは知っていた。タケルがどれほど強く思ってくれても、それは救いにはならない。

ごっこである限り、契約は虚ろなまま終わりを迎える。

 夕陽教室で、ノゾミはぽつりと呟いた。

「タケル。もし私が突然消えちゃったら……忘れてくれる?」

「忘れられるわけないだろ!」

「そっか……ありがと」

 その笑顔には、言葉にできない影が差していた。

 ノゾミは最後に心の奥で祈った。

(どうか、あと少しだけ――タケルと一緒に夢を見させて)

 けれど、その祈りが届く保証はどこにもなかった。

(第二幕・了)

Permalink |記事への反応(1) | 14:52

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