放課後の教室。夕陽が差し込み、机の影が長く伸びていた。タケルは、窓際に座るノゾミの背中を見つめていた。彼女はいつものように笑っている。けれど、その笑顔にどこか無理があるように感じられてならなかった。
「なあ、ノゾミ」
「ん? なに?」
「最近さ……なんか隠してるだろ」
ノゾミは肩をすくめて笑ってみせる。
「やだなぁ。タケルって勘が鋭いんだね。女の子に隠し事なんてつきものだよ」
その軽い調子の返しに、タケルは一瞬ほっとした。だが同時に、胸の奥がざらりとした感覚に覆われる。嘘だ。ノゾミは何かを抱えている。
その夜、帰宅途中の公園。タケルは偶然ノゾミの姿を見つけた。ブランコに腰かけ、誰もいない空間に向かって小さく呟いている。
「……あと三回。三回だけでいいから。どうか……」
その声は風に消えそうに弱く、けれど切実だった。タケルは声をかけようとしたが、胸が締め付けられ、足が動かない。
翌日、タケルは彼女を問い詰めた。
「昨日、公園にいただろ」
「えっ……」
「聞いたんだ。『あと三回』って……どういう意味なんだよ」
ノゾミは一瞬目を見開いたが、すぐに視線を逸らした。沈黙が重く落ちる。
「ごめん、タケル。ほんとはね……私、人間じゃないの」
「私ね、弱者男性族って呼ばれる一族の生き残りなの。昔、人間にとって“不要”とされた者たち。私たちにはちょっとした能力がある。でも……その代わりに、この世界に長くはいられない」
「長くいられない……?」
ノゾミはかすかに頷く。
「うん。だから“契約”が必要だったの。誰かに“恋人ごっこ”をしてもらうことで、私はここに留まれる。愛を知るまでは、消えずに済むんだよ」
タケルの頭は混乱した。昨日まで一緒に笑っていた少女が、いま自分にそんな話をしている。
「じゃあ、俺が……」
「うん。タケルが契約相手。だから私はまだここにいられる。でも、それもあと三回分の“デート”で終わっちゃう」
ノゾミは自嘲気味に笑う。
「本物の恋じゃないと意味がないの。ごっこ遊びじゃ、いずれ契約は切れる」
タケルの胸がかき乱される。彼女の明るさの裏に、こんな真実が隠れていたなんて。
「ふざけんなよ……。なんでそんなこと、最初に言わなかったんだ!」
ノゾミの声は震えていた。
「私はね……ただ、普通の女の子みたいに笑って、好きな人と一緒に過ごしたかった。それだけなの」
その涙を見た瞬間、タケルの迷いは消えた。
「タケル……」
ノゾミは震える手でタケルの袖を掴んだ。その小さな仕草に、彼の心臓が大きく鳴る。
しかしノゾミは知っていた。タケルがどれほど強く思ってくれても、それは救いにはならない。
「タケル。もし私が突然消えちゃったら……忘れてくれる?」
「忘れられるわけないだろ!」
「そっか……ありがと」
ノゾミは最後に心の奥で祈った。
(どうか、あと少しだけ――タケルと一緒に夢を見させて)
(第二幕・了)
第一幕:ごっこ遊びの始まり 春の夕暮れ。教室に残る生徒はもうほとんどいなかった。窓の外から差し込む橙色の光が黒板を照らし、漂う静けさが今日一日の終わりを告げている。 ...
第二幕 契約の真実 放課後の教室。夕陽が差し込み、机の影が長く伸びていた。タケルは、窓際に座るノゾミの背中を見つめていた。彼女はいつものように笑っている。けれど、その...
第三幕 監視者の真実 放課後の教室は、静寂に包まれていた。窓の外では夕陽が橙色に染まり、影が長く伸びている。タケルの視界の隅に、ノゾミの姿が最後の光のように揺れていた...
第四幕 一皿の温もり タケルは、もはや教室にいる自分を認識していなかった。あるいは、教室という概念そのものが、彼にとって意味をなさなくなっていた。広大な宇宙、無数の情...
第五幕 「げんこつ」の重み タケルは、群馬にいた。東京の定食屋で感じた「温もり」を胸に、彼が次にたどり着いた場所は、赤城山を望む小さな食堂だった。軒先には「げんこつハ...
第六幕 ノゾミの転生 ノゾミは、自分がノゾミだったという記憶を、ぼんやりとした夢のようにしか覚えていなかった。彼女は今、島根県出雲の地で、マドカという名の少女として生...
第七幕 焼きまんじゅうと真理の探究 タケルは、第六幕で生み出した「上州げんこつバーガー」が群馬の名物となり、多くの人々を笑顔にする姿を見て、深い満足感に満たされていた...
第八幕 千葉の砂浜と地底からの声 タケルが次に意識を取り戻したのは、潮騒が響く砂浜の上だった。冷たい砂が頬を撫で、潮風が彼の髪を揺らす。見上げれば、青空には白い雲がゆ...
第九幕 冷たき瞳と交わされた真意 タケルが地底帝国の情報を解析し始めて数日が経った。彼の神の力をもってしても、その全容は掴めない。しかし、一つの明確な情報が彼の元に届...
第十幕 犬族の咆哮と、千葉の真実 タケルが地下の会合から地上に戻った時、千葉の空は、不穏な赤色に染まっていた。穏やかだった潮風は荒れ狂い、遠くで犬の遠吠えのような咆哮...
第十一幕 黄金の瞳と恋に落ちる神 犬族の長に歯向かったタケルは、その黄金の牙の前に為す術もなく倒された。しかし、彼は死んではいなかった。犬族の長は、彼に最後通牒を突き...
第十二幕 島根の縁結びと猫族の囁き タケルは、シズカから教えられた「普遍的な愛」を胸に、千葉での戦いに終止符を打った。彼は、レプティリアンと犬族の間に立ち、互いの真意...
第十七幕 予期せぬ知らせ タケルの心は、イリスとシズカの間で激しく揺れ動いていた。海の情熱と、陸の慈愛。どちらも彼にとって真実であり、どちらか一方を選ぶことは、この世...
第十八幕 深海の生命、告白 マドカからの予期せぬ知らせは、タケルの心を混乱させ、同時に、彼が今まで抱えていたすべての葛藤を一瞬で吹き飛ばした。彼は、シズカとイリスとい...
第十九幕 地底の愛、告白 タケルは、イリスからの衝撃的な告白を受け、二つの生命の父親となることを悟った。マドカという人間、そしてイリスというイカ族。彼の愛は、種族の壁...
第二十幕 大地の愛、告白 マドカ、イリス、そしてリィラ。タケルは、三つの異なる種族の女性たちが、自らの子を宿したという事実に、歓喜と同時に、途方もない責任を感じていた...
第二十一幕 筑波山の夜、そして真実の愛 マドカ、イリス、リィラ、そしてシズカ。四つの異なる種族の女性がタケルの子を身ごもったという事実は、タケルを世界の中心へと押し上...
エンディング:切なさの余韻 世界は静かに、そして確実に流れていった。タケルの視界には、広大な都市も、海も、山も、空も、すべてが一望の下にあった。神としての力は完璧で、...