そう、真夏の夜道を歩くとき、顔の周りに集結する例の小さな黒点の群れ――奴らはただの虫じゃない。歩けば歩くほど追いすがってくる執念深さ、ランニングアプリも見失うレベルの追尾性能。コンビニの明かりを目指しながら、手持ち無沙汰で回してた携帯扇風機の風が、ふと前方にブワッと虫の群れを吹き飛ばした瞬間、悟った。これは涼を得るためだけの道具じゃなかったんだと。
以来「扇風機アイドリングモード」で電源入れたまま歩く。虫どもが視界をふさごうとしたその刹那、回転する羽根の風圧が一斉に視界から黒点を追い払ってくれる。誰もいない夜道でちょっとだけ勇者になった気分だ。周囲の人には「そんなもの効くの?」と笑われたが、そのありがたみを知っているのは無防備なまま口を開けて夜風を吸い込んで、虫を口に入れて後悔した経験者だけ。
もはや夏場のウォーキング装備は水筒でもタオルでもない。蚊柱攻略用扇風機だ。今年も君臨する虫の王国の境界線で一人気合を入れる深夜の私だった。