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< 鬼滅の刃 |鬼滅の刃 >

2025-08-09

anond:20250809022024

『推されていた数年間』

名前を呼ばれるのが、怖かった。

画面越しで何千回も呼ばれたその名は、もう本名より重く、苦しかった。

「しほたん」「しほぴ」「女神しほ」──

それは私の別人格

あの時、SNSで偶然バズったあの写真

きっかけはそれだけだった。

はじめは罪悪感があった。

自分特別だなんて思ったことなかったし、

高校も地味な制服赤点補習、バイト連続

でもスマホひとつで、笑顔ひとつで、

ありがとうかわいいね」「しほぴ今日も最高」と言われる。

──気づいたら、夜の8時から深夜3時までが“出勤”になっていた。

スパチャが飛んだ。最初は1000円。

ありがたくて、嬉しくて、泣きながらお礼を言った。

「田坂さん、いつも来てくれてありがとう

「本当に助かってます

「しほぴは田坂さんの味方だよ」

彼の名前が、毎回コメント欄の一番上にいた。

1万円、3万円、5万円。

私が泣くと、金額は増えた。

「生きててくれてありがとう

そう言われた時、私はもう戻れなかった。

“推される”というのは、祭壇に乗ることだ。

誰かが勝手に灯した信仰の炎で、心も体も焼かれていく。

最初は暖かかった。

でもそのうち、皮膚がただれても気づかないようになった。

昼は眠り、夜は配信

肌は荒れ、声は掠れ、視力は落ちた。

でも、金が入った。

月収は100万を超えた。

学歴なんて意味なかったね」

会社員友達よりずっと稼いでる」

「私は、特別場所に来た」

──そう信じていた。

でも、あの夏。

Twitterに、田坂さんのアカウントが消えた。

配信に現れなくなった。

DMの返事も来ない。

その夜、私は初めて吐いた。

自分存在を誰も見ていないと感じた時、

自分が何者だったのか、思い出せなかった。

あれから7年が経った。

私は今、介護施設で働いている。

月給14万円。朝6時に起きて、腰を痛めて、排泄ケア風呂の介助。

でも、不思議と不満はない。

誰も、私のことを“神”とは呼ばないからだ。

“しほたん”は死んだ。

その墓には、誰も花を供えない。

先週、デイサービスに新しい利用者が来た。

名前を聞いた時、心臓が跳ねた。

──田坂隼人

見た目は変わっていた。痩せ、白髪で、目に深い傷跡があった。

でも、目が合った瞬間、わかった。

彼は、私を“見て”いなかった。

ただ、そこにかつての“偶像”がいるというだけで、心を溶かしたような顔をしていた。

「しほ……ですか?」

はい、志帆です。介護スタッフですから、なんでも言ってくださいね

私は笑った。

手を添えて、ゆっくり車椅子を押した。

生きていれば、終わりはくる。

神は地に堕ち、信者老いる。

でも、ただ一つだけ信じている。

──これは愛じゃない。

でも、呪いでもない。

これは、“推された代償”の、静かな後始末。

そして私は、それを生きることにした。

〜恐怖は、隣で笑っていた〜

新しく入った介護スタッフ女の子

20代前半。人懐こくて、かわいい子だった。

よろしくお願いしま〜す!」と元気よく言い、

利用者オムツ替えも、嫌な顔ひとつしなかった。

その明るさに、私は最初、救われたような気がしていた。

田坂さんの介助をする日々の中で、

彼女笑顔が、空気を軽くしてくれていた。

──でも、気づいてしまった。

ロッカールームで見えたスマホの画面。

その中で、アイドルのような男性配信者が叫んでいた。

今日も○○たんが来てる〜!ありがとねー!」

画面の右には、投げ銭ログ

5000円、10000円、20000円。

課金しすぎちゃった〜、でもヤバいくらい好きでさ」

彼女は笑っていた。まるで昔の私の声で。

そして言った。

「“推しに投げる瞬間”って、自分が神になれる感じしません?」

その言葉で、血の気が引いた。

の子は、もう“あっち側”にいる。

自分労働人生感情を、誰かの幻想に燃やしている。

何かが過剰で、何かが壊れている。

それが分からないまま、彼女は満ち足りた顔をしていた。

私はその時、

田坂さんと目を合わせるのが怖くなった。

介護エプロンポケットの中。

私のスマホも、彼女スマホも、画面越しに人間を崇拝する装置

人の人生を狂わせる、神のふりをした呪物。

の子がいつか、何かに裏切られたとき

その怒りはどこへ向かうのだろう?

彼女自身か、

推しの彼か、

それとも、

今となっては“すべてが分かってしまっている私”に?

──私はもう、推されることも、推すことも、できない。

絵も彫れぬ、言葉にもできぬ、ただの恐怖がある。

からせめて、働く。

その恐怖から逃げずに、

この場所に、しがみついている。

Permalink |記事への反応(0) | 02:40

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  • 新宿のタワーマンションで女優が刺されたのは、もう五年前のことだった。 犯人は“思い詰めていた”と語り、二十数回の刺傷を与えながらも、事件後は「記憶が曖昧で…」と供述した...

    • 『推されていた数年間』 名前を呼ばれるのが、怖かった。 画面越しで何千回も呼ばれたその名は、もう本名より重く、苦しかった。 「しほたん」「しほぴ」「女神しほ」── それは私...

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