梅雨の晴れ間、じっとりとした暑さが肌にまとわりつく昼下がり。ワイは流行りの波に乗ろうと、駅前のスターバックスで新作のフラペチーノを手に入れた。メロンの果肉がゴロゴロ入った、見るからに甘くて美味そうな逸品や。
「いやー、これは大当たりやろ。チノちゃんに見せたら、少しはワイのこと見直してくれるかもしれん…!」
淡い期待を胸に、ワイはラビットハウスへの道を急いだ。店の前に、小さな人影を見つける。チノちゃんや。彼女は店の前の植木に水をやりながら、気難しそうな顔で街並みを眺めていた。
ワイは努めて明るく声をかけ、手にしたプラスチックカップを掲げて見せた。
「見てみ!スタバの新作!すっごい美味そうやろ?」
その瞬間、チノちゃんの動きがピタリと止まった。彼女はゆっくりと顔を上げ、ワイの掲げたカップ…その緑色のストローと、見慣れた女神のロゴを、虫ケラでも見るかのような目で一瞥した。
「……なんですか、それは」
「その、砂糖と人工香料とショートニングを混ぜ合わせただけの、家畜の餌にも劣る代物を、わざわざ私の店の前で見せびらかしに来たと?」
「か、家畜の餌て…!そんなことないやん!美味しいんやで、これ!」
ワイが必死に反論すると、チノちゃんは持っていたじょうろをカラン、と地面に置き、一歩ワイに近づいた。その小さな体から発せられる威圧感に、ワイは思わず後ずさる。
「美味しい?あなたの味覚は、インスタ映えという名の情報汚染に完全に麻痺しているんですね。そもそも、あのチェーン店の豆は過剰にローストすることで品質の悪さをごまかしているだけ。そんなものに『コーヒー』を名乗る資格はありません。あなたは、コーヒー文化そのものへの冒涜に加担しているんですよ。分かりますか?」
早口で、淀みなく、一切の感情を排した声がワイの鼓膜を叩く。これが噂に聞く「レスバ」か。反論の余地が1ミリも与えられない。
「で、でも、みんな飲んでるし…流行ってるし…」
チノちゃんは、フン、と鼻で笑うと、ワイの手からフラペチーノをひったくった。
「あっ!」
次の瞬間、ワイの目の前でメロン味の夢と希望が宙を舞い、ビシャッ!という無慈悲な音と共に地面に叩きつけられた。鮮やかな緑と白の液体が、汚れたアスファルトに無残な染みを作っていく。
呆然と立ち尽くすワイ。
チノちゃんはスカートについた飛沫を軽く払うと、静かに言い放った。
「『みんな』と同じことをしていれば安心ですか。主体性のない、典型的な『チー牛』の発想ですね」
「さあ、中へどうぞ。本物のコーヒーとは何か、その腐った舌に叩き込んであげますから」
その目に宿る光は、喫茶店の店主のものではなかった。有無を言わさぬ絶対者の光だった。ワイは、砕け散ったフラペチーノの残骸に黙祷を捧げながら、震える足でラビットハウスの扉を開けるしかなかった。