高校生の息子と、小学生の娘がいるので、長い間小中学校のうちの地域でのPTAの変遷をみてきた
長子が小学生になるころは、暗黙の強制参加と四月の最初の懇談会で誰かが役員になるまで地獄の時間があった。
役員は2年任期で、前年の役員が先任として一つ上の権限があるという組織だった。
熱心な人は立候補をする。
ただ、会長副会長以外にも書記や会計だけでなく、何とか委員とかが多く、1年ごとに10人くらいのメンバーが必要されていた。
6年間会長をやっていた人は、なぜかその後も2年くらい院政をしいていた。小学校近くに住む農家の人だ。
でも平日仕事がある家庭、シングルマザー・シングルファザーの家庭、持病のある家庭、外国人で日本語が不自由な家庭、何かしらの事情があり辞退をせざるを得ない人もいたが
立候補をするような熱心な人や専任役員が強く、外国人のママが辞退をしたいと言ったときに日本語で全員の前で謝罪スピーチを強要したり、持病がある人に診断書の提出を強要したりと専横が続いていた。
ところが、こういった状況に置かれた一人の女性が市議会議員になり、現状の改善を訴えて、完全任意参加になった。
また、PTAが伝統的にやっていた仕事はそもそも学校の運用範囲であるとして、大規模なメスが入り事業が仕分けされた。
基本的に運動会やバザーのボランティアのみがPTAの仕事とされた。
その後、院政を敷いていた前会長を知る人も減って権力もも小さくなった
最近は1人で会長やるの大変だからと、三人が会長に立候補して三頭政治形態に移行。
役員数も大幅に減らして、バザーや運動会のボランティアはPTA、PTA以外にかかわらず都度ボランティアを募集という形になり非常にコンパクトになった。
専業主婦が圧倒的に減ってしまったとか・・・