4月3日生まれ、昔からどのコミュニティでも周囲に先駆けて誕生日が来た。
かつて誇らしく喜びに満ちていたその日を、26歳あたりから、一歩ずつ死刑台へ進んでいくような気持ちで迎えるようになった。
あれは私のように、「年月が奪えないものを何ひとつ持っていない人間」が捧げた悲痛な祈りではないのか。
それとも年月が奪えないもの、光り輝く自信や愛や信仰を持っているからこそ、年を取ることに固執せず、怯えずにいられる者の言葉だろうか。
29歳と30歳の間には、薄い膜のような隔たりが横たわっている。
私は今まさにその膜に身体を押しつけ、膜を突き抜けて進もうとしている。
膜の先には、随分前から漂っていた「いい年こいて」の濃度がいっそう濃い地が広がっている。
漫画や小説で慣れ親しんだキャラクター達は、今やほとんど年下だ。
30歳は少年漫画の主人公にはならない。主人公が憧れる、大人っぽいお姉さんにもならない。
親や師といった、自らの足でしっかりと立ち、主人公に生き方や在り方を示す存在として登場する。そういう役割を担いやすいと、少なくとも私は感じている。
私は独身で、守り教える子どもはいない。若い人に誇れるような知識や技術はもちろん、ろくな社会的経験も成功もない。年収も同世代の平均をずいぶん下回っている。
今まではそれでも問題はなかった。
若さと要領の良さをもってへらへらと許され、周囲に守られ助けられてきた。
でも若さを失って、代わりになる何も持たないままで、私はいつまで周囲に許される?守ってもらえる?
私は「いい年こいて」ありとあらゆる責任を恐れ、逃げ回り、常に両親や異性や誰かに守ってほしいと切望している。
何か始めてみようという勇気も、ここでもうひと踏ん張りしようという根性も持たないままここまで来た。
内面的には変化も成長も何ら見られないのに、年齢だけが立派に大仰になっていく。
老いた体の中に甘ったれた少女の精神が閉じ込められている。あまりにもおぞましい。
人生がひとつの縦穴だったとして、私の縦穴はずいぶん小さい。覗き込むと、意外なほど浅い。
周囲の穴と見比べて、広さも深さも明らかに足りないのは分かっている。
「まあまだ若いんだから」の言葉をいいことに、何年も何年も掘り進めることを怠ってきた。
汗を掻きたくないし、手が汚れるのがいやだったから。
今、私の縦穴がひどく浅く小さいことを、表向きには誰も咎めない。
しかしふとした拍子に穴を覗かれ、ひそかに呆れられ、そっと苦笑され、陰で嘲笑されている。
そう遠くない未来、私は、私よりずっと若い人たちに「えー、若く見えますね」と空虚な言葉を告げられるようになるだろう。
そのとき、私はどう感じるのだろう。
いよいよ駄目だと落胆するのか、お世辞と分かっていてつい嬉しがるのか。そして今度はその言葉に縋って、また穴を掘り進めることを怠るのか。
太宰治の『斜陽』を読んで、共感のあまり、かず子の言葉に涙したことがある。
『三十。女には、二十九までは乙女の匂が残っている。しかし、三十の女のからだには、もう、どこにも、乙女の匂いが無い、というむかし読んだフランスの小説の中の言葉がふっと思い出されて、
やりきれない淋しさに襲われ、外を見ると、真昼の光を浴びて海が、ガラスの破片のようにどぎつく光っていました。
あの小説を読んだ時には、そりゃそうだろうと軽く肯定して澄ましていた。
三十歳までで、女の生活は、おしまいになると平気でそう思っていたあの頃がなつかしい。
腕輪、頸飾、ドレス、帯、ひとつひとつ私のからだの周囲から消えて無くなって行くに従って、
私のからだの乙女の匂いも次第に淡くうすれて行ったのでしょう。まずしい、中年の女。』
かず子はこのとき29歳。そして彼女は愛した人の子を身ごもり、加齢によって色褪せることのない、かけがえのないものを手に入れた。