少なくとも「好き好んでやるものではない」くらいの感覚はあるだろう。
戦争を称賛しているような態度はとりたくないし、周りにそう見られたくもない。
何らかの強い思想信条がなくとも「戦争にできる限り関わりたくない」とは思っているはず。
しかし実際のところ、俺たちは“戦争に関する何らか”を享受していることが多い。
技術や製品のいくつかは軍需産業からってことが割とあるからだ。
ミサイルを撃ち込まれた国が、これを嬉々として享受しているのは見方によっては歪に映る。
しかし現代の我々に電子レンジを使わないなんて選択肢は存在しないので、「それとこれとは別」という他ない。
平和な環境は自然発生的な“ろ過装置”を生み、それが戦争に関する物を“別物”にしていった。
衣服のいくつかはミリタリーをルーツにした意匠があり、なんだったら実際の軍で使われていたものを求める人もいる。
女学生が戦車に乗る競技アニメなんて傍から見れば正気の沙汰ではない。
そういったものを享受している俺たちは「それとこれとは別。戦争には反対している」という。
「それとこれとは別」の論理武装をすればするほど先鋭化しているようで酷くなっていく。
頭の天辺から足の爪先まで真に綺麗なもののみ受け入れるというのは現実的ではない。
へその緒を取り除くように、俺たちは今を生きるために、どこかで何らかの“繋がり”を断っている。