寿永元年十一月十日、丁丑の日。源平の戦乱が激化する都で、新たな火種がくすぶり始めていた。
「……信じられない」
都を騒がせている噂は、帝の寵愛を受けし姫君が、伏見の広綱とかいうイケメンの家に、頻繁に通っているというものだった。ここで重要なのは、「帝の寵愛を受けし姫君」という部分だ。
この姫君は、帝、つまり高倉天皇が寵愛している女性であり、いわば「帝の恋人」と言っても過言ではない。そして、その姫君が、他の男、広綱の家へ通っているということは……?
「……あのイケメン、姫様を誑かしやがって!」
広綱は、身分こそ低いものの、その甘いマスクと巧みな話術で、姫君をメロメロにしていたらしい。姫君も、帝の寵愛を受けてはいるものの、広綱の魅力に抗えなかったのだろう。
しかし、この禁断の逢瀬は、すぐに御台所、平徳子様の耳に入ってしまう。平清盛の娘であり、高倉天皇の妻、そして安徳天皇の母という絶大な権力を持つ彼女は、夫の浮気という裏切り行為に、怒髪天を衝く勢いで激怒した。
「誰よ、そんなこと言ったの!?」
御台所の怒りをさらに煽ったのは、北条時政様の妻、牧の方だった。お局様オーラ全開の彼女は、都のゴシップネタを握りつぶす情報通。今回の帝の浮気も、彼女が御台所にチクったことで、大炎上することになったのだ。
「牧三郎宗親! 広綱の家、今すぐぶっ壊してきて!!」
御台所の命令を受けたのは、牧の方の息子、牧三郎宗親。彼は、母親の命令で、御台所の怒りを鎮めるために、広綱の家を破壊するという汚れ仕事を請け負うハメになった。
「……マジかよ、勘弁してくれよ」
そうは思いつつも、宗親は軍勢を率いて、広綱の屋敷へと向かった。そして、容赦なく、屋敷を破壊し、広綱に恥辱を与えた。
「姫様、逃げます!」
広綱は、宗親の軍勢から姫様を連れて、かろうじて脱出に成功。二人は、大多和五郎義久の鐙摺の家に逃げ込んだ。
「……一体、これからどうなるんだ?」
都では、そんな噂が飛び交っていた。源平の戦乱に加えて、皇室内でのドロドロの愛憎劇。都は、まさにカオス状態だった。
御台所の怒り、北条家の暗躍、そして、逃亡する広綱と姫君……。
壽永元年十一月小十日丁丑。此間。御寵女住于伏見冠者廣綱飯嶋家也。而此事露顯。御臺所殊令憤給。是北條殿室家牧方密々令申之給故也。仍今日。仰牧三郎宗親。破却廣綱之宅。頗及...
寿永元年十一月十日、丁丑の日。 「……マジかよ」 帝の寵愛を受けし姫君が、伏見の広綱とかいうイケメンの家に住んでいるという噂が広まった。 この情報が御台所、つまり平徳子...