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2025-02-25

光差す留置所

6年前。

留置所で連絡先を渡された男と飲みに行く事にした。


「おう、ここだここだ」

格安のチェーン居酒屋。50代後半、留置の無精で伸びていると思っていた口角の髭は、伸ばしていたもののようだ。

痩せた身体サイズに合わない着古した服装。明るい照明に映る土色の顔は、冷たい暗がりの中よりも黒さが際立つ。

「部屋の外のポリ、話すな話すなってうるさかったよなあ。増田で良かったよな名前?じゃ、乾杯

出所後始めて入れるアルコールは、背筋に響く程滋味が沁みた。

「で、増田は何やったのよ?」

「俺ですか」

「言いたくなさそうな顔してるなあ。俺はな、不動産詐欺って事になってるんだよ。でもよ、不動産なんてだいたいが詐欺みたいなもんだよ。

係争中のやつで、もうちょいしたらまた入るんだけどよ…このヤマが当たれば、この辺りの一等地の半分は俺のもんになるよ」

「そうなんですね」

いやにゼラチン質の多いたこわさを噛む。留置期間がちょうど週末だった為、仕事は穴を開けずに済んだ。

前科は付くのだろうが、どこまでが知る所となるのだろう。

「俺ぁ、知ってるんだ。世の中はよ、一部の人間が動かす出来レースなんだ。株の値動きが予測できる?中長期を見据えた経営

バカ言うなよ何も知らねえクセに。なあ、近い内、見た事もない災害が起こるぜ。そしてな、戦争になる…俺ぁ、知ってんだ」

ハイボール焼酎ストレートチェイサーに置く変わった飲み方だった。留置所にぶち込まれ人間が正常である訳がない。もう、この男と飲む事もないだろう。


「ここは俺が出すよ。ああ、いいんだ。」

店を出る。敷き詰められた薄い雲に月が隠れる宵の口。くたびれたジャケット羽織ったなで肩が風を切る。

「あそこには、愚かな奴らの無念が、悲しみや悔しさが詰まってるよな。」

留置所、ですか?」

「俺も、一等地を手に入れる寸前だったんだ」

口角に伸びた髭の位置が少し上がる。

「50年、かかったよ。あそこで、念を引き受ける役割を代われる奴がぶち込まれてくるのに。

お前も、知る事になるよ。朝、マスクを忘れて慌てて家に帰るような日常が、見えるようになる…」


気が付いた時には、誰もいない留置所に横たわっていた。その瞬間、全てを悟った。

出られない、永久に。消える事はない、たとえそれがどんな功罪でも。

膨らんだポケットに手が触れる。中にはパンティが入っていた。

あの男なりのはなむけだったのだろう。


温度を感じない廊下の上についた、出入りのできない窓から光が落ちる。

今も、格子の中で役割を引き渡せる人間パンティを握りしめ待っている。

Permalink |記事への反応(1) | 14:17

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