風を起こすのは、他ならぬ自分だ。鼻の穴近辺を、鼻毛がちょろつく時期となった。
布団から起き出し、毛抜きを手に洗面所に向かう。鼻腔の平穏を乱すものはどれか、どれかと目を剥き鏡を凝視しあたりを付ける。
キングクリムゾンのアルバムジャケットのような表情。ほどなくして、首謀者と思しき獲物をキャッチする。
コツは、無理に引き抜かない事だ。掴んでテンションを掛け続けると、向こうが根負けしてくれる。
召し取った獲物をティッシュの上に置き、定規と合わせて撮影する。
「今日はまずまず。長さはめぼしくないけど、先端が白くなってハーフアンドハーフなのはレアかな」
コメントをつけてSNSにアップする。フォロワーが投資で成功し南国で暮らしているらしいブロガーただ一人の、
今日の調子なら、来週ぐらいに大物が捕れるかもしれない…。鼻毛は群生する。そして白髪になると自律を失い
出勤時間を確認するためスマホを見ると、SNSの通知が来ていた。
「この程度でレアとかwww義務教育からやり直しレベルじゃんwwwwww」
引用リツイート。誰だ?発信元を見に行く。フォロワー10万の鼻毛アカウントだった。製図用の定規を隣に、毎日のように
アップされる鼻毛。太い。これはひじきではないのか?驚愕で汗の滲んだ手の中で、スマホが震える。
「ごめんねえ。急で。」
父親が心不全で倒れた。ICUの前で母と落ち合う。一命は取り留めたが、しばらく一般病棟での入院が必要との事だ。
「携帯の充電の線とか分かるかしら?あと枕元にあるラジオも持ってって」母に促され、十数年ぶりに父の部屋へ入る。
煙草と、名状しがたい臭い…。父の余命がいくばくもないように感じる。ふと目が留まる。机の上にSNSで見た製図用の定規があった。
…まさかな。病院に戻ると、父は寝入っていた。実家から持ち出した父の一式を置き、踵を返すと、懐かしく厳しい声がした。
「太さは…」
「え?」
父は目を閉じて続ける。
「太さは、葉巻タバコを吸う事で養われる。安い…安いものでいい。たくさん吸い込み、鼻から出す」
3日後、父は容態が急変し死んだ。鼻毛アカウントの更新は倒れた日を最後に途絶えた。
父の鼻の穴には今、ひじきと見紛うような業の塊ではなく、白い綿がしおらしく詰まっている。
いまわの際のクソリプ。父は、狩人のその先を伝えたかったのだろうか。