闘技場の風が、砂地を撫でるように通り過ぎる。
エルダは足元の砂を見つめ、深く息を吐いた。
剣闘士としてのキャリアが、今ここでの試合によって決まるのだろうか。
彼はそれがどうしても納得できなかった。
どれだけの「自由」が手に入るというのか。
その時、エルダはその場にいなかった。
しかし、その後ろで流れた血と死の匂いは、今も鮮明に覚えている。
あの試合も、結局は興行主の手のひらの上で決まったものに過ぎない。
ナッキ・カナタは、ジョー・ガラに敗れ、命を落とした。
死の瞬間、その目はエルダを捉えたように感じた。
何も言わず、ただ目を見開いたまま、彼は倒れた。
ナッキ・カナタが死んだことで、エルダは強く思った。
「次は、勝者の手を取ろう」と。
ジョー・ガラを相棒として選ぶことは、誰よりも難しい決断だった。
ナッキを倒したその手で、ジョーは自分の命を取るように戦っていた。
それでも、エルダは冷徹な思考の下で、彼女の強さと実力を評価せざるを得なかった。
恨みがないわけではない。だが、共に生き抜くためには、その強さを信じるしかなかったのだ。
「ジョー」とエルダは声をかけた。
互いに知り尽くしている。だが、それは同時に、何かを犠牲にしなければならないことを意味していた。
ジョー・ガラと手を組むことに、全く違和感がなかったわけではない。
だが、彼女の強さ、そしてその冷徹さが、エルダにとって生き抜くために最も必要な力だと感じた。
ジョーが一緒にいるからこそ、今まで生き残ることができたのだ。
「勝者が自由市民になる」――その言葉が今、エルダの耳にこだました。
勝者は自由を手に入れ、敗者は永遠に剣闘士として過ごすことになる。
自由市民。それがどれほどの意味を持つのか、エルダにはわかっていた。
だが、ここでその手を取らなければ、何もかもが無意味になってしまう。
エルダは答えなかった。
目を合わせることすら、今は辛かった。
これが、闘技場で生き抜く唯一の方法だ。
「そうだ。」
エルダはやっと、重い声で答えた。
試合が近づいている。
息を呑む音が、エルダの胸の中で響く。
ジョー・ガラを倒さなければならない。それが、この戦いの目的だ。
だが、ここに立っている以上、逃げることはできない。
エルダは、ゆっくりと剣を握りしめた。
目の前に立つ相棒――その相手と戦わねばならない宿命が、今、彼に課せられている。
闘技場に鐘の音が響く。
その音と共に、彼の内心もまた、鳴り響いていた。