富士山の八合目で、六十三歳の私は休憩を取っていた。周りを追い抜いていく若者たちを見送りながら、人生という山行を思い返す。
二十代は頂上を目指して必死に登った。昇進、結婚、マイホーム。全てを手に入れようと、足元も見ずに突き進んでいた。三十代は、自分だけのペースを掴もうともがいた。四十代で、ようやく登山道には複数のルートがあることを知った。
五十代になって気付いた。人生は登頂が全てではないと。時には下山も、違う山に移ることも、大切な選択なのだと。
今、私は自分のペースを守りながら、黙々と高度を稼ぐ。若者たちは遠くなり、山頂は近づく。でも不思議と焦りはない。人生という山行に、正解なんてないのだから。