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2007-09-01

格差社会想像

http://anond.hatelabo.jp/20070829100649の続き。

何だかえらい数のブックマークが付いていて驚いた。色々なコメントを頂いたが、どれも面白かった。それを読みながら考えたことがあるので、蛇足だろうけど少し書いてみる。

もし仮に、私が高校生ときに自分自身の文章を読んだとして、今の自分よりも賢い人生を送れる自信は無い。むしろ、軽く聞き流して忘れてしまう可能性のほうが高いように思う。自分がハーバード?MIT?寝言にしたって恥ずかしいくらい現実味の無い話だ。別世間の苦労話を聞かされたところで、せいぜい世の中広いのねと思うくらいのものだろう。

実のところ、似たような話をしたのはこれが初めてではない。大学生に話したことも何度かある。留学を既に考えている学生には大いにウケたが、そうでない学生からの反応は薄かった。特に複数の学生に同時に話した時には大概うまくいかなかった。誰かが「すごいけど俺には無理っすよ」と言うと、あっという間にその空気グループ全体に伝播していく。「俺たちには無理ですよ」という言葉を使った奴すらいた。恐らく、仲間からの賛同の言葉を待っている。多分無意識のうちに。それは仲間関係の確認であると同時に、自分のいる階級の自己修復でもある。それが社会に縛られると言うことでもある。このセリフが出たらもう手遅れだ。彼らはもう意識のなかでこちらの話を「あり得べき現実として想像すべくも無い別世界のエピソード」として切り離してしまっている。何を話しても、それはエンターテインメント以上にはならない。それでも情報が頭の片隅に残る分だけ、まだマシだろうと思ってしゃべるのだが。

前のエントリーで、先生言葉普通科から国立大に進んだ話にTBを送った。これは半ば確信を持って言うのだが、この先生は他にも何人もの生徒に大学進学を勧め、そしてその大半からあっさりと断られていると思う。「大学に行ってもしょうがない」「息子をそんなところに行かせても遊びほうけるだけだから」「別に俺も大学でやりたいことなんてねーし」。上では友人の間で行われた「階級の再確認」が、ここでは親子の間で行われていく。大学に行くと言うことを想像できないのだからしょうがない。後はその「大学に行くなんてあり得ない」という気分を補強する言い訳を見つけてくるだけだ。この世の中、大学に行くメリットデメリットも、情報は腐るほど供給されているが、もうデメリットの部分にしか目が行かなくなる。私が本屋留学ガイドをあっさりとスルーしたのと何も変わらない。そういえば私も「留学なんて、暇と金があっておつむの弱い女子大生語学留学に行ってるだけでしょ」とか思っていた。

結局、私が何がしかの想像力を身につけられたのは、就職して「留学なんて当たり前」と言う空気に触れてからだった。留学経験がある上司も後輩も、それが特に話題にならないほどたくさんいた。そして彼らはもちろんみな優秀だったが、目がふたつ、鼻の穴もふたつある普通人間だったし、能力的にも絶望的な差があるとまでは感じなかった。私が留学の可能性というちっぽけな「想像力」を手に入れるためには、そんなイニシエーションが必要だった。(もちろん、そこまでのイニシエーションを必要としない人もたくさんいるのだろうが。そういう人は素直に尊敬する。)

世の中には社会が無数にあって、その中で人々は想像力を縛りあっている。仲の良い友達、子供思いの親、そんな全てが想像力を縛る。私にはそれこそ想像も付かないが、親が両方ノーベル賞を取っていたり、親が両方プロのアスリートだったりすれば、また別の方向に想像力は縛られていくだろう(それが幸せなことかどうかは知らない)。プロのピアニストとか、そういう縛りがないと辿り着けない世界だってある。その想像力の縛りが格差となって現れることは前回書いた(というか、この人が書いた)。だから、世の中には格差が無数に存在する。それに、この格差が上流から下流まできれいに並んでいるわけじゃない。ピアニストを親に持ち、4歳から英才教育を受けた子供に、もし天賦の才能が欠けていたとしたら、その子供は必ずしも幸せとはいえない。普通受験していたら高給取りになれたかもしれないのに(その頃には、本人自身そういう生き方に興味を持たない育ち方をしているだろうが)。

そうして生まれる格差のほとんどは「社会問題」としては認知されない。イェール学生ハーバードに対して感じた格差は救済の対象にはならないし、私の知った格差を救済してほしいなどと考えたことも無い。ブックマークコメントにもあったが、救済の対象になる格差は低所得者との間に存在する格差だけだ。つまり、最近盛り上がっている議論は「格差」についての議論じゃない。皆が議論しているのは「貧困」だ(貧困を相対的なものと捉えるならば、これは「低所得者中産階級間に存在する所得格差」と同義となるが)。ブックマークコメントで「今の議論とは関係ない気がする」というコメントがいくつかあったが、これは私が「格差」という言葉を一般的な定義で使ったのに対し、多くの議論では貧困の同義語(より狭義の格差)として使っているからだ。

「それなら関係ない話にTBするな」と言われそうだが、それでも前のエントリーを書いたのは、想像力の縛りが格差を生む、というメカニズム自体は貧困の話にもそのまま使えると思ったからだ(貧困は格差の一種と考えるなら、当然そうなる。ただし、所得格差の一部は想像力とは関係なく発生するが)。貧乏人は合理的じゃないかもしれない、という記事をこの文脈で考えてみてもいい。それなら、貧困ではないけれど格差に直面して得た経験と自分なりの結論は、ある程度の普遍性を持っているかもしれない。そう考えたからあのエントリーを書いた。もちろん、救済の対象にはならない様々な格差(特に、留学に関する格差)に直面している人たちにも届けたかった。役に立つかどうかは分からない。それは個々の読み手に判断してもらいたい。

====================以下、想像力とは関係ない話============================

ブックマークに付いたコメントはどれも面白かったし、納得できるものも多かった。ただ、『個々人の人生のサバイバル術と社会問題をまぜるな』というコメントに賛同が多かったのは気になった。私は個々人の生き方は周りの社会の在り様にどうしても左右されてしまうと信じている。それは個々人のレベルではどうしようもない。だからその中でベストを尽くすしかないと書いた。だからそれを持って「混ぜている」と言われているのなら、そうですか、としか言えない(何が悪いのか分からない)。

どうもよく分からないので、同じ人の書いたエントリーを読むと、大上段の議論をしていない(否定しているかのように見える?)のが問題視されているようにも見える。だが、むしろ、議論の視点として『個々人の人生のサバイバル術と社会問題をまぜるな』というのは、私が他のいくつかのエントリーを見たときに感じたことでもある。

個々の例からは個々の含意しか得られない。私が先週下痢で苦しんでいたのは、私と診てもらったお医者さんにとっては問題だが、社会問題じゃない。でも、もし市内の住民の3割が同時に下痢になったら、それは社会問題だ。市役所が税金を使って防疫したり、隔離したり、予防措置をとったりすることになる。このふたつは全く次元が違う。私個人の下痢についての経験から「あの果物日本人には合わないから止めておけ」とは言える。けど、市役所のワクチン投与プログラムの策定について私の下痢は何も語らない。だから、私個人の経験談によって成り立つ話は、「問題のある社会に住む個人の生き方」以外の結論にはたどり着かない。大上段の話には繋がりようが無い。

むしろ私は、個々の「不幸な話」を持ってきて、そこから「格差社会」を語ってしまうケースが多いことの方が気になる。もし社会を語るのであれば、少なくとも特定の「不幸な話」がその社会である程度の普遍性を持っていることを示すべきだ。それから、救済の対象が特定の個人なのか社会なのかもはっきりとさせた方がいい。格差社会を解消しようとする試みが、冒頭の特定の不幸な人の救済につながるとは限らないからだ。前の例でいけば、もし住民の3割が罹患したのがたちの悪い伝染病なら、市役所がすべきことは患者を一箇所に隔離してそれ以上の伝染を抑えることだ。その結果、隔離された患者孤独のうちに死んでいくかもしれない。患者を救うことと社会を救うことは違う。

両方を同時に救うことが可能だと言う前提に立つのなら、個々の議論と社会の議論を混ぜてもかまわない。ただ、そう主張するなら、それなりに丁寧で具体的な説明が求められると思う。そうでないのなら、大上段の議論の根幹に経験談を持ってくるのは余りお勧めできない(あくまでも一例に過ぎないことを明示しないと議論がずれやすい。統計とかを使ったほうが議論としては分かりやすくなると思う)。

その辺りのフレームワークおざなりにしたまま議論をしようとしても、「世の中にはかわいそうな人たちがいる」「この社会が間違ってる」と悲憤慷慨する以上には議論が進展しない気がする。

Permalink |記事への反応(1) | 02:50

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