3月上旬はクラシック公演は不作の時期で、昨年のこの時期の当ブログは10回連続で公演レビューではなく、コラムでした。今日は久しぶりの演奏会で、紀尾井ホール室内管(KCO)の定期演奏会でモーツァルト「コジ・ファン・トゥッテ」(演奏会形式)です。オペラの演奏会形式はあまり好きではないのですが、ピノック指揮のモーツァルトは別格です。ピノック指揮によるイングリッシュ・コンサートのモーツァルト交響曲集は整った演奏で、40年前あたりに聴きまくっていました。本来は明後日の2日目に鑑賞したかったのですが、大谷翔平選手の試合を観に行くので、今日の1日目になりました。紀尾井ホールは室内楽用の小さなホールで、ピアノのコンチェルトでは所狭しとばかりに演奏されていますが、オペラの演奏会形式で6人のソリスト、合唱団がステージにきちんと入るのか興味がありました。演奏会形式と書いてありますが、演技、衣装、小道具の演出が入っていて、セミ・ステージ形式に近いものでした。


《演出》

序曲演奏中にドン・アルフォンソがステージに入ってきて、ノートに何かを書きながら思索しているシーンから始まります。その後、黒いメガネをかけたカジュアルなシャツ姿のグリエルモとフェッランドが登場し、スマホをいじるシーンもあり、現代に置き換えた演出であることが分かります。第2場では12人の合唱団(軍隊)が上手側に入ってきて、グリエルモとフェッランドと合唱団がステージから降りて、客席後方の扉に向かって歌いながら歩いて行きます。この時に客席後方には赤いペンライトの指揮者が指揮をしていました。変装したグリエルモとフェッランドは燕尾服姿でメガネを外して、フィオルディリージとドラベッラの前に現れます。ドラベッラが口説かれているシーンでは、デスピーナはステージに降りて様子を見ています。このように紀尾井ホール内をフル活用して、ソリストが客席を回りながら歌うシーンも多く、いつ、どこから、誰が出てくるのか予測できない演出なので、良い意味で目のやり場に困りました。第2幕の結婚式のシーンではデスピーナが神主のような格好で会場を笑わせてくれました。様々な工夫のされている演出でとても見応えがあり、ホールの中央扉から演者が出入りするので、廊下は通れないようになっていました↓。


《歌手》

今回の3人の歌手はヨーロッパで聴いたことがあります。フィオルディリージ役のフレードリヒはベルリン州立歌劇場で「魔笛」の夜の女王を歌ってましたし、フェッランド役のペーターはザルツブルク音楽祭で毎年のように出演していますし、グリエルモ役のクリメルはバイエルン州立歌劇場で聴いた記憶があります。今日の公演の金メダルはフィオルディリージ役のフレードリヒでした。第1幕の第2場で登場してから、圧倒的なオーラの張りのある歌唱で、高音域がはっきり出ていて、絶好調でした。絶品だったのは第1幕・第3場の「岩のように」は夜の女王並みの音域のコントロールで耳の奥まで響く歌唱、第2幕・第2番の「お願い」の長大なアリアは今日の白眉でした。ドラベッラ役の小泉はフレードリヒと対等に比較するのは難しいですが、小柄ながら、懸命に歌っていました。しかし、第2幕でのフレードリヒとの二重唱では、フレードリヒとのスタミナの差が出てしまいました。グリエルモ役のクリメルは芯のあるはっきりとした輪郭の歌唱で、今日の銅メダル歌手と言えるでしょう。フェッランド役のペーターは丸みのある甘い声で、演技とレチタティーヴォは手慣れた抜群の巧さで、第2幕で高音域の不安定な部分はありましたが銀メダル歌手でした。デスピーナ役のベンジューナイテは小林と同じく小柄な歌手ですが、コミカルな演技をしながら、透明度の高いクリアな声でした。ドン・アルフォンソ役の平野は海外組と同じくらいの存在感で、安定感のある歌唱で演技も上手かったです。歌いながら、ピノックと絡むシーンも印象的でした。ラストの六重唱では、フレードリヒがひとつ突き抜けていて、大団円となりました。


《室内楽》

ピノック指揮のKCOの演奏(コンマス: 千々岩英一)は序曲から軽快でシャープなアンサンブルで、見通しの良いものでした。上述の通り、演出と歌唱が優れていたので、やや黒子感がありましたが、総じて素晴らしい演奏でした。東京オペラシンガーズは12人のみでしたが、力強いもので、ステージだけでなく、ホール後方や舞台袖などの様々なポジションで歌っていました。最後に、通奏低音のベリソの演奏も秀逸で、切れ味があり、表現の幅が広かったです。


公演前までは「聴く」オペラだと思っていましたが、実際は「観る」オペラになっていて、満足度の高い公演でした。ザルツブルク音楽祭の小ホール(モーツァルトのための劇場)の公演に準ずるレベルで、今日のS席は13000円ですが、2倍以上払っても良いと思いました。巨匠・ピノックのキャスティング力と工夫された演出によって、クオリティの高いものになっていました。明後日の公演も行きたいのですが、行けないのが残念です。最後に問題としては、脚の悪いサスペンダー爺さんが開演15分前に会場入りしているのに、オケがステージに入る時に、ホールの誘導スタッフと共に爺さんがゆっくり歩いて席に向かっていて、いつもの1列目の席に着く時はピノックが演奏し始めていて、序曲中にホールスタッフの足音のキンコンカンの音が出ていました。この迷惑爺さんは何とかしてもらいたいです。


(評価)★★★★⭐︎(4.5)充実度の高い公演でした

*勝手ながら5段階評価でレビューしております

★★★★★: 一生の記憶に残るレベルの超名演 

★★★★:大満足、年間ベスト10ノミネート対象

★★★: 満足、行って良かった公演

★★: 不満足、行かなければ良かった公演 

★: 話にならない休憩中に帰りたくなる公演 

(★五つ星は年間10回以内に制限しております)



出演者
トレヴァー・ピノック(指揮)
フィオルディリージ:マンディ・フレードリヒ(Sop) 
ドラベッラ:小泉詠子(Sop)
 グリエルモ:コンスタンティン・クリメル(Bar)
フェッランド:マウロ・ペーター(Ten) 
デスピーナ:ラゥリーナ・ベンジューナイテ(Sop)ドン・アルフォンソ:平野 ペドロ・ベリソ(通奏低音&声楽コーチ) 
 東京オペラシンガーズ(合唱) 
 紀尾井ホール室内管弦楽団 演出:家田淳 June Iyeda
曲目
モーツァルト:歌劇《コジ・ファン・トゥッテ》K.588[演奏会形式]