ここに掲げた写真は4年前の暮れ、私が脳梗塞で入院していた時のものである。『パプリカ』の監督である今敏氏と、原作の筒井康隆氏より、入院お見舞いとしていただいたものだ。筒井氏には一回取材者としてお会いしたことがあるが、たぶん先方には記憶がないだろう程度の接触だったし、今敏氏とはこの時も以降も面識はない。
では、なぜこのような戴き物があるのかというと、私が入院直前までに『パプリカ』を映画館で2回見たと知ったソニー・ピクチャーズ(『パプリカ』の製作元)の社員F氏が、社内のプロデューサーに掛け合って広報用パンフレットにサインをもらい、病院にまで届けてくれたものである。Fさん、その節は本当にありがとうございました。
サインには「早く元気になってください」(筒井氏)のほかに「お大事に」(今氏)とある。その今敏氏が、この8月24日、私より早くこの世を去られたことには、どういう言葉を出せばいいのか、思いつかない。
今敏監督の『パプリカ』公開は、手元の資料によると2006年11月25日。私が当時住んでいた神奈川県のマンションで倒れて病院に担ぎ込まれたのが11月30日だった。その前日に新宿の映画館で『パプリカ』を見ているのだが、これが2度目の観賞だった。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_7697.html
↑たけくまメモ:『パプリカ』2回目見てきた
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2006/12/post_e348.html
↑たけくまメモ:ものすごい入院お見舞い
私はアニメ『パプリカ』の大ファンなのだが、その割には手放しでほめていないレビューになっていて、我ながら何を構えて恰好つけているのかと思う。
私は、気に入った映画は数回見る癖がある。最初はファンモードで見るのだが、2回目以降は、「俺がこの映画の監督(または脚本家)だったら、こうする」というような「制作者モード」で見てしまう癖があるのだ。そうしたモードでは、裏から斜めから作品を見るので、なかなか絶賛にはならないわけだが、しかしその映画が気に入らなければ、そもそも「制作者モード」にはならないのである。
今敏氏逝去の報を聞き、久しぶりに『パプリカ』のパンフに書かれた「お見舞い」を思い出した。励まされた私は生きていて、励ました今氏はもうこの世の人ではない。皮肉な、というより不思議な感じがする。
いや、一度だけその姿を見かけたことがあった。2年前に元「少年マガジン」編集長の内田勝氏のお通夜に出席したとき、帰りがけに斎場の入口で今氏を見たのである。オールバックで髪を後ろで結び、メガネにヒゲだったのですぐにわかった。氏は携帯電話で誰かと話していたので、邪魔をするのも悪いと思い、声をかけずに立ち去ったのだ。今思えば、あの時きちんとお礼を言っておけばよかった。
死因は膵臓ガンだそうである。膵臓ガンは治療の難しいガンで、発見されても手遅れになることが多い。まして40代の若さだから、進行も早かったのだろう。5月に診断が下ったときにはすでに手の施しようがなかったそうだ。新作『夢見る機械』を準備している最中だったが、氏は覚悟を決めたようだ。そのあたりのことは今氏がブログの最後の更新として書いたエントリに詳しく出ている。
http://konstone.s-kon.net/modules/notebook/archives/565
↑KON`S TONE「さようなら」
なんと見事な「遺書」なのだろう。ガン告知を受けたときの戸惑いと混乱状態から、遺される妻のために財産や身辺を整理し、未完となった新作への未練を記して、クリエイターとして、ほぼ完璧な形でこの世を去った。
今氏は虚構や妄想をテーマにした作品が多いが、おそらく「死」について考えることもあったに違いない。常に死を想い、それに対する覚悟がなければ、ここまで見事な「死にかた」はできないはずだ。もちろん考えていたにしても、簡単にできることではないが。『パーフェクト・ブルー』や『千年女優』、『東京ゴッドファーザーズ』、『妄想代理人』そして『パプリカ』といった今氏の作品と同様、この遺書「さようなら」も、今敏の「作品」として歴史に残るものである。
私自身、脳梗塞を患ってからというもの、死について考えることが多い。入院する前までは、漠然と80歳くらいまで生きるつもりでいたが、今の体調を考えると、とてもそうは思えなくなった。今考えているのは、仕事ができるのはせいぜい60歳まで、その先生き延びたらラッキー、というものである。
私は、おととい50歳になったので、あと10年で還暦である。何か「仕事」をするなら、この10年をおいて他にはない。全然時間が足りない。もう余計な回り道をする余裕はない。
今敏氏は、5月18日に末期ガンを告知されてから、8月25日にこの世を去るまで3カ月しか時間がなかった。その時間でできることをすべてやり遂げた精神力には敬服するほかはない。私も、いつ死ぬかはまったくわからないが、遺された時間はそれほどはないと思うので、これからやれることをやるしかないと思う。
結局、作品なり、何かを作りたいと強く思う。誇れるものがない私の人生だが、「締切」はもうそのあたりまで来ている。途中で迷ったら今敏氏の「遺書」を読み返すことにしたい。「死ぬこと」は「生きること」であるが、見事な「生き方」のお手本が、ここにあると思うからだ。
2010/09/02日記・コラム・つぶやき|固定リンク
虚構と現実の入り組んだ世界の幕引きが作者本人の死だってのは実にアートっぽいし、マヌケといえばマヌケ。今氏が本当に「死」を意識した作品を作ってきたのかどうか、それはすごく疑問に思います。
投稿: 十八か月 | 2010/09/02 12:15
「夢見る機械」ってあの諸星大二郎先生の短編からなのでしょうか、違うのか今から行って調べて来ます…。
今敏監督のご冥福をお祈り致します。
投稿:woody-aware | 2010/09/02 15:19
↑
幼稚園児じゃないんだから、文章に書いてあった事だけで勝手に竹熊さんの考えてることがそれだけだって決め付けんなよ。
・・・ああ、何かとイチャモンつけて突っかかりたいお年頃なのか。
文章に書かれたことだけで勝手に決め付けると。
投稿: 湯の花 | 2010/09/03 02:04
↑ああそういう年頃。
多分君の倍くらいかなw
ずっと読んでいくと大体ある程度
ここに書かれた事だけからわかる事もあるんだよ。
筆者がワザと誤解を招いているのでなければね。
投稿: ろまの麩 | 2010/09/03 14:54
個人的には今敏氏とは関係がなくて
作品もそんなに好きではない。
喪に服す気にはならない。
外国で飛行機事故があって人が死んでも
いちいち喪に服さないのと同じ。
投稿: KLH | 2010/09/04 04:00
ていうか、時々嫌味なツッコミする奴出るけど
それを待ってた様に噛み付く奴もいい加減にしろよ
いつも大体同じ奴らだろどっちも空気読めてねえっつーの犬のケンカだよ
うるせえよ
投稿: イラ町男 | 2010/09/04 04:25
今敏のアニメは、絵に釣られて観ると
「フーン」て感想の作品が多かったけれど、
この「妄想代理人」のOPは本編より好きで
繰り返し見ちゃうんだよ。
亡くなったから余計思うのかもしれませんが
どこか達観というか悟りのようなものが感じられる。
本人もどこかで笑っているんでしょうね・・・
『妄想代理人』OP
http://www.youtube.com/watch?v=UJaEUN9Q_cg
投稿: ぬるはち | 2010/09/04 13:07
うがちすぎだと
かなり乖離した見方じゃないかな
自分の作品のキャラクターをそんな風に思う人いるのかなはたして
あと”自らの「死」を嘲笑われている”って表現は中二病臭がプンプンするよね
投稿: おk | 2010/09/05 17:54
>>woody-awareさん
元ネタは平沢進のアルバム「サイエンスの幽霊」に収録された同名の楽曲では? 監督と平沢氏との関係性、今のところ分かっている映画の情報とこの歌の詞との類似性を考えると、こっちじゃないかなぁと。
蛇足ですが、今監督のインタビュー記事
http://konstone.s-kon.net/modules/interview/index.php/content0025.html
投稿: 通りすがり | 2010/09/06 18:24
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この記事へのトラックバック一覧です:死ぬことは生きること…今敏氏の逝去を悼む:
受信: 2010/09/02 10:37
»今敏さん [イラストレーター Hama-House/blog]
何年も前に今敏さんの講演を聞いた時、「志を持って東京に出てきたけど上手くいかず、東京を汚すだけ汚し、やっぱり美しい自然が一番とか言って田舎に逃げてくような志の低い人には、ホント腹が立つし、ガッカリする」とおっしゃられていたのが、とても印象に残った話でした。50人入れば一杯になるような部屋での講演、その時頂いた「千年女優」Cパートコンテの写しは、今でも大切に勉強道具として使わせて頂いてます。仕事で映画のコンテを切ることになった時も、随分参考にさせて頂きました。「ワールドアパートメントホラー」...[続きを読む]
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