よく誤解されるのだが、俺はコレクターではない。吉祥寺にいた頃、蔵書が段ボールで250箱あったと以前書いたが、それはたんに「本が多い状態」なだけであって、断じてコレクションなどではなかった。その後、200箱近く古本屋に売り払ったが、そのときも「惜しい」とはあまり思わなかった。むしろ積年のアカがとれたようでせいせいしたくらいだ。もし俺が真性コレクターだとしたら、決してありえないことである。
真性コレクターにとって、コレクションはアイデンティティそのものであり、自分の生命である。手放すなんてとんでもない。非コレクターには決して理解できぬ絶対の価値意識が、そこにはあるのだ。
20代から30代にかけての俺は、たしかに無闇やたらと本を買い、映像ソフトを購入していた。たぶん新築の一戸建てが1軒買えるくらいのお金は使ったと思う。その中には60年代から70年代初頭の「少年マガジン」のように、東京中の古書店を駆け回り、バックナンバーを数百冊コンプリートしたものもある。俺にとって「コレクション」と呼べたのは、唯一あれくらいだったろう(その「マガジン」も、数冊を除いて今は手元にない)。
結局のところ、俺にとっての書物とは印刷されている「中身」が重要なのであり、「ガワ」である形態としての書物に対するフェティシズムは、あまりなかったのだといえる。コレクターではない普通の人からすれば、何を当たり前のことを書いているのだ、と思われるかもしれない。本なんか、内容を除いたらただの紙タバではないかと。もちろん、それはそうなのだ。
しかし「書痴」と呼ばれるレベルの本好きになると、価値観はまったく違う。彼らにとっての「本」とは、それこそ抱いて寝るような崇拝の対象である(折れ曲がると嫌なので実際には抱かないと思うが)。一冊の本を保存用・閲覧用・なにかあったときの非常用と数冊購入するのは当たり前だし、重度の書痴ともなると、よく引かれる例だが、たとえば世界に2冊しか現存を確認されてない本を「2冊とも」手に入れて、一冊を密かに焼却処分にし、「これでこの本を持っているのは世界で俺一人だ!」と考えてエクスタシーに達するような人種なのである。
一方、俺にとっての本は、どこまでいっても「資料」にすぎない。コラムや自分の本を書くための資料である(楽しみのために買う本もあるが、全体の1~3パーセント程度だろう)。蔵書に雑誌が多かった(『アニメージュ』20年分、『噂の真相』15年分、という感じで保管していた)のは、普通の図書館ではなかなか置かれてないためだ。特に昔のマンガ雑誌などになると、国会図書館や現代マンガ図書館でもバックナンバーが見つからないことがある。また24時間営業している図書館はない(マンガ喫茶はあるが)。夜中や明け方にちょっと調べ物をしようにも、手元に資料がないとどうにもならない。結果として少しでも資料になりそうな本は、なりふり構わず何でも買っていた。中には、その後20年間、一度も「使う」機会がなかった本も珍しくはなかった。
今はインターネットがあるので、「ちょっとした調べ物」はググればよい。便利な世の中になったものだ。俺が大量の蔵書を手放す決意を固めたのも、正直、このネット検索の発達という事実が大きかったと思う。
しかし、真のコレクターにとっては、「現物」を所有することが最大の関心事なので、ネットがいくら発達しようがあまり関係がない。ネットオークションは重宝してるだろうが。検索で中身を知ったところで彼らにはあまり意味がないだろう。
コレクションは本とは限らないが、どのジャンルのコレクターにせよ、集める対象への強烈な「物神崇拝」(フェティシズム)があるか否かが、俺が誰かをコレクターとして認めるかどうかの分かれ目となる。はたから見れば、それは完全なビョーキなのだが。これからしばらく、俺が過去に出会った「重度のコレクター」について書いてみたいと思う。
コレクターというわけではないが、いわゆる「マニア」と出会ったのは、中学時代に「国鉄さん」という俺の人生に多大な影響を与えたものすごい人がいた。まあ彼については「私とハルマゲドン」でも書いたし、これから書くコレクター系マニアとは毛色が違うのでまたの機会にたっぷり触れようと思う。
俺が最初に出会った「真性コレクター」は、たぶん80年代初頭、20歳の頃である。当時の俺はデザイン学校の学生だったが、西新宿にあった某マニア雑誌の編集部に入り浸っていた。ここは一種のたまり場で、後に「おたく」と命名されることになるコレクターやマニアが多数たむろしていたが、ここの常連で『シャイニング』のジャック・ニコルソンによく似たヤバげな人がいた。既に社会人だったが、見るからに怪しい雰囲気なので本当は何をしていたのか知らない。
この人とは古マンガの話で盛り上がり、千葉県にあった彼のアパートを訪ねることになった。膨大だという彼の蔵書を見るためだ。かなり田舎まで電車でゆられた某町にそのアパートはあった。古い木造の二階が彼の部屋ということだった。ギシギシきしむ階段を昇るとすぐのところに引き戸があって、そこを開けると彼の部屋だという。なにげなく戸を開けようとしたら、後から昇ってきた彼が鋭い声で「危ない!」と叫んだ。
何事か、と立ちすくんでいると、彼は廊下の隅にわからないように設置されていたスイッチらしきものを切って、こう言った。
「竹熊さん、これを切ってから部屋に入らないと大変なことになりますよ!」(つづく)
ジャック・ニコルソンに似ているというのがビジュアル的に喚起させられて笑える、、、
「ウェンディおこんばんわ!(だっけ)」とか言ったりするのだろうか、、、
僕は色川武大(阿佐田哲也)のエッセー読むたびにどうして色川さんの周りには屈託の多いヘンな人が多いのだろうと感心してしまうのだが、たけくまさんについても同じうらやましさを感じずにはいられない。
こういう人たちと比べると自分なんか何の特性もない人間だと思えてくる。
投稿: たにしんいち | 2007/02/20 23:39
本日のは半分は私宛てだったりして。
>「これでこの本を持っているのは世界で俺一人だ!」と考えてエクスタシーに達するような
マーク・トゥエインの短編に、山びこコレクターのホラ話があるそうです。
どんなコレクションを始めても必ず最後は自分と互角の競争相手と
行き当たって独り占めできなくなるという経験の末に、
遂に山びこ集め(山の土地を買うのだとか)に走った男。
こんなの集めるのは世界で自分ひとりと高をくくっていたところに
またもや現れてしまうライバル!
でも、この短編は本当にあるのでしょうか。
『どくとるマンボウ昆虫記』で北先生が愉快げに紹介してたのですけど。
投稿: Aa | 2007/02/21 01:08
ネタかと思ったらありました。
another echo-collector was in the field.
って一文だけで笑えます。
こんなのが検索できるんですからネットは便利ですねえ。
投稿:原文へのリンクはこちら | 2007/02/21 10:19
「切って入らないと大変な事になるスイッチ」とは何か。
①警報装置→セコムしていた。
②手製の警報装置
→なにやらピタゴラスイッチ的仕掛けによって、
何も知らない侵入者が積み上げられた本の一角に触れると、本が崩れて圧死する。
③床に電流
④電磁ネット
→いずこからか入手した、形状記憶合金製のネットによって、
不在時の本の山の自然崩壊を防いでいる。スイッチ切らないと感電。
切った状態で、知らない人間が侵入するとやはり本が崩れて圧死。
投稿: めたろう | 2007/02/21 12:35
そういう資料は、たとえば、有名な、なんとか文庫に
あずけるとかできないのかな。
自分で、同じような人を何人か含めて、
資料館をつくるとか。
処分してばらけてしまうのは、文化的損失で
もったいないような気がする。
投稿: ひま | 2007/02/21 12:58
「書痴」なんて単語がこの世にあると初めて知った。ぐぐるといくつもページやサイトがでる。勉強になるなあ。
共同の書庫・資料庫の案はオレもまえから思ってるなあ。オレ自身は貴重なものは何もないけど、もってる人の話をきいたり読んだりすると実にもったいないと思う。
日本は国土が広大でもないし平野ばかりでもないのだし、工業資源やエネルギー資源は元々とぼしいのだから、国家の長期的方針として世界一の情報資源国家をめざし、こんな研究者の努力をこまかくシッカリとすくいあげていって、情報資源国家としての国力のいしずえにしていったらどうか……なんてことも考える。
官僚や半官僚どもの汚職や不当な厚遇にきえていく金額の総額がどのぐらいになるか見当もつかないが、そんなのにくらべたら、それら書物や資料の保管に必要な金額など格安だろう。
投稿: アルバート・ロウドン | 2007/02/21 15:02
>たとえば世界に2冊しか現存を確認されてない本を「2冊とも」手に入れて、一冊を密かに焼却処分にし、「これでこの本を持っているのは世界で俺一人だ!」と考えてエクスタシーに達するような人種なのである。
これには絶対同意できないなぁ。
こういうのは刑事コロンボに登場した単なる希少品の評価額にこだわる穢い銭の亡者でしょう。
コレクターの文脈で例に使ってほしくない。
投稿:a.sue | 2007/02/21 21:23
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