とうに夕暮れを過ぎ、暗闇が辺り全体を覆っている。
所々に街灯の灯ったひと気のない公園を、僕はのんびりと歩いていた。
時間が無制限にある僕にとって、こんな時間帯にこういう場所を当てもなくふらふらと歩くことは決して珍しいことではない。
何かを期待しているわけでもない。目的があるわけでもない。ニートにはそれだけ時間が無限にあるということだ。今日はたまたま気が向いてここに来ただけ。それ以外の理由はなかった。
だからこそ、僕がその光景を目の当たりにしたのは、本当に偶然のことだった。
耳を劈くような怒声。僕は本能的に身の危険を感じ、無意識に茂みに身を隠した。
「まさかまた会うことになるなんてな。今日も楽しませてくれるんだろ。」
漆黒の公園に飛び交う言葉はさっきから穏やかでないものばかりだ。厄介なことに巻き込まれはしないかと保身を考えたのは、僕にとって本当にごく自然なことだったと思う。
――このまま横を通り過ぎて、万が一矛先がこちらに向かないとも限らない。絶対に関わりたくない。
そんな思いでしばし草むらにじっと身を潜める。しかしそれでも、今そこで行われていることに僕が興味を示さなかったと言えば嘘になる。
僕は好奇心から、じっと目を凝らしてその様子を傍観することにした。
チンピラ風の男が三人。絡んでいるのは紛れもない、女の子一人だった。高校生くらいだろうか。
背中にかかる美しい黒髪に、均整のとれたプロポーション。
不謹慎にも、男たちが欲情している様子は不自然でなく、あるいはそれが当然であるとも思わせるほど、彼女のそれは際立ち、あまりにも魅力的だった。
当然のことながら、僕とその女の子の間には接点は全くない。関わりもなければ義理もない。
つまり、僕が彼女をここで助けに入らないという選択肢は、別段僕に罪悪感を与えるものではなかったのだ。
「お兄さんたちをわざわざ呼び出すなんて気が利いてるじゃねえか。今日は優しくしてやるからな。」
三人の中でも一際大柄な、サングラスをかけた男がねちっこい口調で迫る。相手の女の子と比べてみても頭一個分は違うのではないかと思うほどの対格差だ。つられるように、他の二人も口を開く。
「俺たちの感触が病みつきになっちまったかな。んじゃまたお話しよっか。」
「言葉じゃなくって身体を使った会話ってやつな。難しいかな。」
僕は不謹慎にも内心興奮していた。
――今、ここで男たちに跳びかかり、あっと言う間にやつらを片付けてしまう。そして感謝した彼女は僕を尊敬の眼差しで見るようになるのだ。――そして彼女と親密になり…やがて…
妄想にしばし浸る。他人事というのはまさにこういうことを言うのだろう。現に僕には、この日常ではなかなかお目にかかれない状況に幾ばくかの興奮さえ覚えていた。あわよくばここで乱れた制服なんかから「イイモノ」が見られるかもしれないなどと、うっすらと期待すらしていた。
チンピラ風の男たちは彼女にじわじわと迫り、その逃げ道を塞ぐ。
僕にはやはりそこへ飛び込んでいく勇気はまるでなかった。それどころか、男たちの様子からそれが冗談半分などではないことが徐々に分かっていくにつれて、僕の足はさらにガクガクと震えが止まらず、身体は硬直して身動き一つ取れなくなっていくのだ。
――僕には何もできない。何もできないんだ。
自分に言い聞かせる。たまたまここを通りかかり、たまたまこの光景を目にした。ただそれだけ。いや、場合によってはこんなこと見なかったことにしてもいい。
――そうだよ。僕は何も見てない。聞いてない。
そう思いながら僕はじっと、この光景の一部始終をしっかりと目に焼き付けようと思った。
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