部屋の壁には様々な拷問用と思われる道具が一式揃えられている。
女はその中にある金属バットを手にすると、真っ直ぐに男を見据えた。男は既に怖気づき、ただただ身を捩って身体全体を震わせている。
「ねぇ、これ…。分かるでしょ?」
男の目の色が変わる。それを見た男の表情は先ほどとは全く違っていた。
虚ろな目…まるで全身から生気を抜かれてしまった者をそのまま絵に描いたような姿であった。
バットという凶器に対する恐怖心ではない。それは傍目から見ても明らかだった。
何かの影に怯え、許しを乞うような…俺の目にはそんな風に男の姿が映っていた。
女はそのバットで男の身体中を力いっぱい殴りつける。
…やめろ…やめろ…
俺の声はまともな声にならない。男にも既に抵抗する意志は残っていないようだった。
殴られるままに男の身体は揺れ、また元の位置に戻る。まさに人間サンドバッグの状態だ。
みるみるうちに痣が身体中に広がる。しかし女はその手を止めようとはしなかった。
「やめろ!やめてくれ!それ以上やったら、そいつ…死んでしまうぞ!」
精一杯の声を振り絞って叫んだ。男への同情でもない。女を犯罪者にしたくないという思いでもない。
人が一人、目の前で殺されるということに、何故か俺は強烈な嫌悪感を抱いていたのだ。
俺の言葉を聞いた女はやっとその手を止める。
「へぇ…まだしゃべれたんだね。…ふふ…そうだよね。もう人が死ぬのは…嫌だよね。」
女はぞっとするほど冷たい表情で俺をじっと見つめた。
「私だって…本当は見たくないんだよ。」
俺にはこの女の言っている意味が全く分からなかった。
もう人が死ぬのは?…もう?…本当は見たくない?
俺の頭はさらに混乱した。
どういうことなんだ。一体俺の身に何があったと言うんだ。教えてくれ!教えてくれ!
女は突然俺の方を向き直ると、胸につけたペンダントを俺の目の前に突き付けた。
恐ろしいまでのきつく、責めたてるような声で俺に叫ぶ。
「このペンダントを前にもう一度その言葉、言ってみな。」
俺はさっきのそのペンダントを見た瞬間のことを思い出した。
きっとこれには何かがある…。俺の記憶と密接にリンクしている。直感的にそう感じていた。
ペンダントをじっと見つめる。思い出せ…思い出すんだ…。
俺は自分の記憶を探るようにそのペンダントを見つめ続けた。
その瞬間だった。女の素早いハイキックが目の前をかすめた。
身体中を痛めつけられていた俺に、それをかわす力など到底残っていなかった。
為す術もないまま延髄に強烈な痛みを感じ、俺はそのまま気を失った。
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