ユール (スウェーデン語 :jul 、英語 :yule )は、古代ヨーロッパ のゲルマン民族 、ヴァイキング の間で、冬至 の頃に行われた祭り のこと。のちにキリスト教 との混交が行われたが、北欧諸国 では現在でもクリスマス のことをユールと呼ぶ。英語 でもユールタイド(yuletide )[ 1] と呼び、クリスマスの祝祭自体を指す言葉となったが、現在は古語 とされている。北欧のユールには、キリスト教伝来以前の習慣と結びついた、独自の様々な習慣がみられる。
スウェーデン家庭でのユール・ボード ユールは元々は、北欧 を含むゲルマン民族 の祭りだった。ユールという語は10世紀の文献には登場する。古北欧語 からの借入語で、キリスト教以前の冬至祭のことを指し、北欧では今もクリスマスを指す言葉となっている。冬至の、太陽 が再び力強い生命を持つ日を新年とし、北欧神話の神々、それも豊穣と平和の神ヴァン神族 ではなく、オーディン にビール や猪 や豚 などを捧げた。これは穀物霊に関わるためと言われている[要出典 ] 。特に猪はフレイ 神の象徴であり、神聖ないけにえとされた[ 2] 。現在でも北欧、ドイツのクリスマス料理は、豚肉 がメインである[要出典 ] 。スウェーデンではユール・シンカと呼ばれる、オリーブ油 と香辛料 でハム を長時間煮た後、蒸し焼きにした料理がふるまわれる[ 3] 。ノルウェー ではユールグリスという豚肉料理[ 4] 、フィンランド でも豚肉を用いた料理がふるまわれる[ 5] 。他にも牛乳粥 や米粥を作る[ 3] [ 4] 。クリスマスの料理を並べたテーブルは、ユール・ボード といい、この日に現れる霊 たちに特別に用意された。季節や農作業の変わり目、特に冬至 は、死者の霊、悪魔 、魔女 などが大挙して現れるといわれ、夜は、ユールレイエン(ワイルドハント )が現れた。1月6日の公現節 までユール・ボードを用意しないと縁起が悪いと言われていた。ワイルドハントが広く信じられていたのは9世紀 から14世紀 の間で、特にクリスマスの12日間、公現節 (十二夜)にはその勢いが増すと信じられていた。ノルウェーではガンドライド(魂の騎乗)とも呼ばれ、過去1年間に亡くなった人々の魂が空を駆け抜け、駆け抜けた地域の土地は肥沃になると信じられた。ガンドライドも、公現節のあたりに最も盛んになるといわれた[ 6] 。
スウェーデンのユール・シンカ`(豚のハムのようなもの) 秋に行われる収穫祭 は、来る冬をも暗示しており、収穫物は冬に備えて貯蔵された。冬の長い北欧では、太陽 の再生を祈るための祭りが冬至の頃に行われ、中世には何日もかけて宴会をし、火を焚き、生贄 をささげた。たき火 (ボーンファイア)は暗闇や寒さと戦う太陽の象徴であった。人々は火の回りで歌ったり、飲み食いをしたりし、亡くなった人々の霊も宴席に参加すると言われた[ 2] 。
また、中世 のイギリス では、12月 と1月 を指すジウリ(Giuli)という単語があり、これがユールの語源になったともいわれている。イギリスでは、ノルマン人 がユールを持ち込んだとする説、元々イギリスでも祝われていたとする説と両方ある。イギリスでは、後のクリスマスで広まったような、ユールログを燃やしたり、小動物を狩ったり、緑の枝を飾ったりする習慣は早くから行われていた[ 7] 。
フィンランドではサウナ に入る習慣がある。また、イブの夕刻に墓地 での献火 が行われる[ 8] 。
聖ルチア(ルシア)祭 ユールは、12月13日の聖ルチア祭 から始まる。その家で一番年下の娘が、白いドレスに赤い帯、太陽をあらわすロウソク の冠をつけ、サンタ・ルチア の歌を歌い、家族にケーキを贈る[要出典 ] 。お供には数人の星男(シャーンゴッセ)がつく。この習慣は新聞社 の美人コンテスト に端を発し、今ではノーベル賞 授賞式にも組み込まれている。ルチア祭では、ルチアカッテルという菓子をコーヒー と共にサービスされる。他にルチア祭では、干しブドウ や生姜 、アーモンド 、肉桂 などを煮詰めたグロッグ (英語版 ) [ 注釈 1] という飲み物もある。これがクリスマスにはユールグロッグとなる[ 9] 。
ルチアの元々の語源は、ルクス(光)である。かつてはこの日に太陽の再来を願って生贄が捧げられたため、ルチアのモデルは女神フレイヤ とされる[ 10] 。
ユール・ログ(1832年) クリスマス前夜に炉 で焚く大きな薪 のことで、ユール・ブロック、ユール・クロッグともいう[ 11] 。発祥は中世ドイツといわれ、本来はたき火 を焚く目的で伐採された[ 12] 。森で巨木を伐採して、多くの場合リボン で飾られ、家へと運ばれる。家に運ぶ際、同行しているうちで最年少の者は、薪の上に乗ることができる[ 11] 。ブルターニュ では、家族の最年長者と最年少者がこの薪に乗って、祈りをささげたといわれる。中世のフランス では、農民 が領主の屋敷に大きな薪を運ぶ賦役 が課せられた。またイギリスでは、この習慣は17世紀 以降になって普及した[ 13] 。
薪を取るのは、スコットランド ではカバノキ 、フランスのプロヴァンス では果樹 、セルビア ではオーク 、オリーブ 、ブナ を用いた。薪を家に運び入れる時には、ワイン を掛けたり、穀物 を振り掛けたりした。燃やす前にはチョークで人のかたちを描いたり、また、常緑樹 の葉やリボン で飾ったりもした[ 13] 。
ブッシュ・ド・ノエル 火はクリスマス当日の朝に点火され、「十二夜 」まで燃えているようにした[ 14] 。途中で火が消えるとその翌年は不吉なことが起こるとされた[ 15] 。この薪には魔力 があり、太陽の輝きを助けるとともに、この火の影に頭がうつらなければその年のうちに死ぬとか、灰 は病気や雷に効き目があると信じられた。また、飼葉 や土を井戸に入れると、牛が安産である、豊作になる、水の味が良くなるなどと言われた[ 11] 。ユール・ログの最盛期は19世紀で、今は廃れたが[ 16] 、この薪を模したチョコレート ケーキ であるブッシュ・ド・ノエル (フランス語で「クリスマスの丸太」)[ 14] にその面影をとどめている[ 16] 。ユール・ログの一番古い記録は、1184年のドイツ のものであるが、のちに、イタリア のアルプス 地方、バルカン半島 、北欧、フランス 、イベリア半島 でも、この習慣が見られるようになった[ 11] 。
ユール・ゴート もともとは、北欧神話 の神トール の車を引いた2頭のヤギ にちなむ。トールはユールの時期にこの2頭を屠り、他の神々にふるまった。翌日ヤギを殺したことを後悔したトールは、ミョルニル でヤギを復活させた。北欧では、ユール・ゴートは目に見えない動物で、クリスマスの時期直前の町を訪れ、すべての準備ができているかを確認する[ 17] 。元々は、吉凶の双方をもたらすとされる、日本のナマハゲ のような存在であり[ 18] 、サンタクロースとは対照的に、ひとから贈り物をねだる存在でもあった。フィンランドでは、子供を脅かす醜い生き物とされ、家庭では男性がこのゴート(フィンランド語 ではヨウルプッキ)に扮して子供を脅かす役目を負った[ 17] 。スウェーデン語 ではユールボック、ノルウェー語 ではユールブックという[ 19] 。キリスト教と同化するにつれ、プレゼント の運び手、後にユールトムテ (ユールトムテン)のそり を引く役目となった[ 20] 。また、ワラ で作ったこのヤギを、クリスマスのデコレーションとしたりもする[ 21] 。巨大なユール・ゴートが、町中に飾られることもある[ 20] 。
また、ノルウェー の田舎と、アメリカのノルウェー人 居住区域のクリスマス仮装 大会もユールブックと呼ばれる。子どもたちの格好は、ハロウィーン に仮装してお菓子をねだる子供のそれに似ている。クリスマス道化(Christmas Fooling)とも呼ばれる[ 20] 。ノルウェーでは他にも、若者が山羊の扮装で家から家に行って、簡単なお芝居をし、飲み物や食べ物をもらうことがある[ 19] 。また、ユールトムテもユール・ゴートが起源といわれる[ 22] 。
粥をもらうユール・トムテ 北欧のサンタクロース は、ユール・トムテ やユールニッセといわれる。ユール・トムテはスウェーデン のサンタクロースである。元々はノーム で、赤い帽子に、白く長い顎髭 を蓄えている[ 23] 。元々トムテは人間に善行を施す妖精で、家事を手伝ってくれたお礼として、クリスマスに椀一杯のスープまたは粥をもらう[ 22] ユール・ニッセはデンマーク のサンタクロースで[ 注釈 2] 、やはりノームである。こちらは灰色の服に赤い帽子をかぶっている[ 23] 。北欧のサンタたちは、煙突から入るのではなく、直接子供たちにプレゼントをくれる。ゲルマン民族の国ではないが、フィンランド のヨウルプッキ [ 注釈 3] は、玄関をノックして、良い子はいるかどうか確かめるといわれる[ 20] 。アイスランド のユールラッズ (ヨウラスヴェイナル)は「悪いサンタクロース」として有名である[ 24] 。
キリスト教のライバルだったミトラ教 は、ゾロアスター教 発祥で、太陽神ミトラ を崇拝しており、このミトラ神が再生する日が冬至(その当時は12月25日)であった。キリスト教は、旧約聖書 の「マラキ書 」の「義の太陽 」にイエスをなぞらえ、ミトラ教同様に、12月25日を祝うようになったという説がある。325年の第1ニカイア公会議 でキリスト教会は「復活日 」を正式決定したが、イエスの誕生日については当時それほど重要でないので話題になっていない。キリスト教とミトラ教の融合、そして、冬至祭の伝統を持つケルト民族 やゲルマン民族を統合する狙いがあったとも言われている[ 20] 。また、真冬の時期で、えさの少ない小鳥 のために、ユール・ネックと呼ばれる、麦 の穂束を立てるならわしもある[ 11] 。
サートゥルヌスの像 ユール・ログ、ユール・ゴート、ユール・シンギング(家々や果樹園を訪ねてキャロル を歌うこと)その他のユールに関する系統のものは、キリスト教以前からの祭りで、はっきりした日付は分からないが、13世紀 の時点では、11月14日 から12月13日 の間であったといわれる。その後、年末の時期となったが、ユールの時期を、いつかであるか特定するのは難しい。神々に供物 をする時期は、他に参考となるものが見つからず、真冬の祭りに一体化させるというのが、一番信頼性があると思われる[ 25] 。また、初期のゲルマン人の天文学 の知識は大雑把なものだったともいわれている[ 26] 。
ユールは、古代ローマ の冬至祭であるサートゥルナーリア祭 に起源があるともいわれる[ 27] 。この祭りは元々、ローマ神話 の農業 の神サートゥルヌス (ギリシャ神話 のクロノス )を祝うもので、12月17日 に行われていたのが、1世紀 ごろに12月23日 に行われるようになった。この日は完全な安息日 で、偽王(モック・キング)[ 注釈 4] が登場した。古代ローマにはカレンズ (英語版 ) という年明けの祭もあり、これもサトゥルナリアと同じやり方で行われた[ 29] 。
新異教主義 の宗教であるウイッカ の信者は、それぞれの家庭でこの祭りを祝うとされる[ 30] 。
Rouche, Michel, "Private life conquers state and society ", inA History of Private Life vol I, Paul Veyne, editor,ハーバード大学 出版(Harvard University Press)、1987年 、ISBN 0-674-39974-9 ジェリー・ボウラー 著 『図説 クリスマス百科事典』笹田裕子 ・成瀬俊一 訳、中尾セツ子 監修、柊風舎 、2007年武田龍夫 著 『白夜に谺(こだま)する夏至祭の歓喜 北欧生活詩』中公文庫 、1996年Tanya Gulevich,CHRISTMAS A to Z , Chicago: University of Chicago Press, 2011 ^ Mulled Wineに日本語版としてグリューワイン という記事があるが、記事中で北欧のグロッグに言及されていないので、英語版に仮リンクをつけている。 ^ 武田龍夫『白夜に谺(こだま)する夏至祭の歓喜 北欧生活詩』170ページによれば、ノルウェーもニッセである。 ^ フィンランド語で「ユール・ゴート」を表すヨウルプッキと同じ意味であり、フィンランドではユール・ゴート即ちサンタクロースである。 ^ 祝祭の場で王の代わりに殺される偽王[ 28] 。 ^ デズモンド・モリス 『クリスマス・ウォッチング』(扶桑社 )「10 ユールタイドとは何か?」。^a b Gulevich, p. 533 ^a b 武田、70頁。 ^a b 武田、170頁。 ^ 武田、212頁。 ^ Gulewich, pp. 514-516 ^ Gulewich, p. 534 ^ 武田、210-211頁。 ^ 武田、67頁。 ^ 武田、66-67頁。 ^a b c d e ボウラー、553-557頁。 ^ Gulevich, p. 535 ^a b Gulevich, p. 536 ^a b デズモンド・モリス 『クリスマス・ウォッチング』(扶桑社 )「11 ユール・ログの由来は男だろうか?」。 ^ Gulevich, p. 537 ^a b Gulevich, p. 538 ^a b The Story Of Yule Goat ^ クリスマス・ゴート クリスマス小辞典 ^a b Viking Yule ^a b c d e サンタクロースと仲間たち The Lyra’s Blue Star ^ ボウラー、553頁。 ^a b 武田、62頁。 ^a b ボウラー、552頁。 ^ 子どもたちを震え上がらせる、怖くて悪いサンタたち アイスランド AFPBBNews ^ Simek, Rudolf (2007) translated by Angela Hall.Dictionary of Northern Mythology . D.S. BrewerISBN 0-85991-513-1 ^ ボウラー、550頁。 ^ Jones, Prudence. Pennick, Nigel (1995).A History of Pagan Europe. Routledge.ISBN 0-415-09136-5 ^ 王殺し、偽王(モック・キング)の戴冠と死 ^ Gluevich, pp. 421-423 ^ CELEBRATIONS; It's Solstice, Hanukkah, Kwaanza: Let There Be Light! New York Times 1997年12月21日