モンゴル文字で書かれた「モンゴル」 モンゴル語 (モンゴルご、Монгол хэл 、Mongol hel、ᠮᠤᠩᠭᠤᠯ ᠬᠡᠯᠡ 、mongGul kele、英 :Mongolian, Mongol )は、モンゴル諸語 に属する言語である。モンゴル国 の国家公用語 であるほか、中華人民共和国 の内モンゴル自治区 においても主要な公用語の一つとして使用されている。
モンゴル国の憲法 (英語版 ) 第8条はモンゴル語をモンゴル国の国家公用語 に規定している。モンゴル国では、行政 ・教育 ・放送 のほとんどがモンゴル語でなされるが、バヤン・ウルギー県 では学校教育をカザフ語 で行うことが認められている。モンゴル国以外では、中国の内モンゴル自治区 や新疆ウイグル自治区 、甘粛省 などの一部、およびロシア 連邦のブリヤート共和国 、カルムイク共和国 などに話者が分布している。
モンゴル諸語のうち、どこまでを「モンゴル語」と呼ぶのか明確な定義はないが、一般的にはモンゴル国や中国の内モンゴル自治区でも話されているものがモンゴル語とされる[ 1] 。
ブリヤート語 やオイラト語 (カルムイク語)などとともにモンゴル語族 に属する。
モンゴル諸語は、テュルク語族 、ツングース語族 などとともに次のような特徴を持つ。
母音調和 がある固有語の語頭にrが立たない いわゆる膠着語 で接尾辞型の言語である 語順類型はSOV である 英語の「have」(有する)に相当する動詞が存在しない これらの共通点から、かつてはこれらの言語が共通の祖語に遡るというアルタイ語族 仮説が有力視されたこともあった。しかし、基礎語彙間の厳密な音韻対応規則が立てられないことなどから、現在では、これらの共通点は遺伝的な親縁関係によるものではなく、長期間の地理的近接による相互影響(言語連合 )の結果であると考える見方が主流となっている。
モンゴル語を話す女性 ハルハ方言の音韻について述べる。
モンゴル語にはアクセントによる単語の弁別は存在しないが、語の第一音節の母音、長母音・二重母音がはっきりと発音される。高低は、((一音節の単語を除き)低く始まり、)その後高くなり、低く終わる[ 5] 。塩谷 & 中嶋 (2011) , p. 8では、モンゴル語のアクセントは概して最終音節に来るとしている。
音素としての短母音は/ɑ, e, i, ɵ, o, ɔ, u/ の7つであり、それぞれに対応する長母音/ɑː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː/ が存在する。短母音は第一音節では/ɑ, e, i, ɵ, o, ɔ, u/ となるが、それ以外の場合には、/ɑ, e, ɵ, o/ は弱化 し、元の音価と関係なく[ə] になる[ 6] 。/i/ は弱化すると[ɪ] になる[ 6] 。なお、第二音節以降に短母音/o, u/ は若干の接尾辞を除き現れない[ 6] 。長母音は概ね[aː, eː, iː, ɵː, oː, ɔː, uː] で実現されると考えて良いが、гааль、хуваарь など、/Cj/の前ではй を伴う二重母音と似た発音になる。Svantesson (2003) ,Svantesson et al. (2005) ,Janhunen (2012) によると/e/ は/i/ に合流したとされるが、植田 (2014) は完全に合流したとは言い難いとしている。
斎藤 (2004) によると、/ɑ/ 、/ɔ/ 、/o/ は/Cj/の前で前舌化し、[æ] 、[œ̠] 、[ø̠] となる。山越 (2022) , pp. 32–33は[æ] 、[œ] 、[y] となるとしている。二重母音のうち、主要母音が前にあるものには/ɑi, oi, ɔi, ui/ の5つがある。なお、эй はээ と同じ発音をする長母音に同化した。斎藤 (2004) によると、これらの音声は概ね次のようになっている。
斎藤 (2004) による二重母音の音声/ɑi/ [ae] /oi/ [o̟e] /ɔi/ [ɔ̟e] /ui/ [u̟i]
主要母音が後ろにあるものには/jɑ, je, jɵ, jo, jɔ, ju/ の6つがある。
語末において、г単独だと[ɡ~ɣ] になるが、гаやгоのように短母音を伴って表記している場合は[ɢ~ʁ] となる[ 7] 。 /g/ は[ʃ] ,[s] ,[t] などの直前で[k] となる場合のほか、[x] となる場合もある[ 8] 。в は、т, ц, ч, с などの直前は無声化する[ 8] 。[ɬ] はモンゴル語の特徴的な発音である。この子音は母音間で有声化し、[ɮ] として発音されることがある。/r/ は基本的に語頭には現れない。(アルタイ諸語 に見られる特徴)そのため、この音から始まる外来語で、/r/ の前に母音をつけて発音する話者が存在する[ 9] 。また、この子音は/t/ などの前で逆行同化し、無声化しうる[ 8] 。小沢 (1986) と塩谷 & エルデネ・プレブジャブ (2001) によると/x/ は、男性語では[χ] 、女性語では[x] になるとしている。藤田 (2009) による聞き取り調査では、更に以下の条件異音が報告されている。表では非口蓋化音のみを記しているが、モンゴル語では口蓋化音と非口蓋化音の対立があり、ロシア語の軟音と硬音の対立と同様にь の有無で区別する。ただし、軟音符の直前の母音が男性母音である場合は、その母音は[i] に近づく[ 10] 。なお、人称関係助詞におけるь は、口蓋化を行わないが、а は[æ] と発音される[ 11] 。
例:тав [tɑβ] 「5」,тавь [tæβʲ] 「50」)。 モンゴル語の子音は、破裂音・歯擦音に対し、「張り子音」と「弛み子音」の対立が見られる。この対立が有声性によるものとみなされ、張り子音が無声子音、弛み子音が有声子音と書かれることがあるが、「一般に、張り子音の安定した特徴は無声で緊張があること、弛み子音の安定した特徴は無気または時には完全に弱くなることにある[ 12] と述べられているとおり、この対立は帯気性も関わることが示唆されている。斎藤 (2004) によると、張り子音と弛み子音の条件異音は以下のとおりである[ 13] 。この対立は、音韻論的にはそれぞれ一つの音素(例えば弛み子音 /b/ と張り子音 /p/)として扱われるが、その音声的な実現は、語頭か語中かといった位置や話者によって多様である。重要なのは、/b/ が常に有声音 [b] で発音されるわけではなく、むしろ無気音の [p] として現れることが多い点であり、同様に /p/ は有気音 [pʰ] として現れることが多い。したがって、この対立は有声・無声の対立というよりは、無気・有気の対立として捉える方が実態に近い。 張り子音と弛み子音の条件異音 斎藤 (2004) 張り子音 弛み子音 音素 語頭 語中・語尾 音素 語頭 語中・語尾 /p/ [pʰ] [pʰ] /b/ [p] [w] /t/ [tʰ] [t] /d/ [t] [d̥] /k/ [kʰ] [kʰ] /g/ [k] [g̥] /ts/ [tsʰ] [tsʰ] /dz/ [ts] [d̥z̥] /tʃ/ [tʃʰ] [tʃ] /dʒ/ [dʒ] [d̥ʒ̥]
また、植田 (2020) による分析結果は以下のとおりである。
植田 (2020) による分析結果張り子音 弛み子音 /p/ [ʰp] ,[ɸ] /b/ [p] ,[b] ,[β] /t/ 安定して[ʰt] /d/ 安定して[t] /k/ 安定して[ʰk] ,[k] /g/ 主として[ɣ] ,[ɰ]
/g/ に関しては、藤田 (2009) による聞き取り調査では、以下の条件異音が報告されている。藤田 (2009) による/g/ の異音硬口蓋 軟口蓋 口蓋垂 破裂音 k g q ɢ 語末または[ʃ] ,[t] いずれかの前 語頭かつ[ɑ] ,[ɔ] 以外の母音の前 語末の男性短母音字の前 語頭かつ[ɑ] ,[ɔ] の前 摩擦音 ç ɣ ʁ [s] ,[t] ,[tʃ] いずれかの前語中かつ[ɑ] ,[ɔ] 以外の母音の前 語中かつ[ɑ] ,[ɔ] の前
モンゴル語では、単語内および後付けする語尾における母音の組み合わせに関して次のような制限がある。
モンゴル語の母音は、次のように男性母音 、女性母音 、中性母音 のどれかに分けられ、1つの単語内に男性母音と女性母音とが共存できないという法則がある。これを母音調和 という。中性母音は男性母音・女性母音どちらとも共存できる。
男性母音 女性母音 中性母音 А 系列а ,аа ,ай ,я ,яа Э 系列э ,ээ ,эй ,е ,еэ И 系列и ,ий О 系列о ,оо ,ой ,ё ,ёо Ө 系列ө ,өө ,эй [ 注釈 5] ,е ,еө У 系列у ,уу ,уй ,юу Ү 系列ү ,үү ,үй ,юү
男性母音を含む単語を男性語 といい、女性母音を含む単語および中性母音のみを含む単語を女性語 という。たとえばохин 「娘」、сайхан 「楽しい・すばらしい」、дулаан 「暖かい」、бодно 「思う」は男性語であり、хүү 「息子」、эхлэх「始まる」、миний 「私の」、гэр 「家」(ゲル )、өвөө 「祖父」は女性語である。
ы は母音/iː/ を表す母音字であるが、「~の」を表す変化語尾–ы(н) など限られた変化語尾にしか使われず、なおかつ男性語にしか使用されない。女性語につく場合はий が使用される。
ただし、この原則にはいくつかの例外が存在する。
2つ以上の単語から成る複合語や合成語では、それぞれの語が元の母音を保つため、男性母音と女性母音が共存することがある。例:Нарангэрэл (ナランゲレル、人名) -гүй (~ない),-жээ (~したようだ) のように、母音調和に従わない不変化の接尾辞が存在する。例:явахгүй (行かない),харжээ (見たようだ)一単語に存在する母音の種類は、上記の母音調和の規則のみならず、次に示す母音配列の規則にもしばられる。モンゴル語の単語は、外来語や固有名詞など一部をのぞき、単語の第一音節にくる母音の種類によってそれ以降にくる母音に一定の制限が加わる。この規則を表にすると、以下のようになる。
第一音節の母音 第二音節以降にくることのできる母音 男性母音 А 系列、У 系列А 系列、У 系列(短母音у を除く)、И 系列О 系列О 系列、У 系列(短母音у を除く)、И 系列女性母音 Э 系列、Ү 系列、И 系列Э 系列、Ү 系列(短母音ү を除く)、И 系列Ө 系列Ө 系列、Ү 系列(短母音ү を除く)、И 系列
上記の母音調和の規則および母音配列の規則は、名詞の格変化や動詞の活用語尾(後述)にも適用される。
たとえば、疑問詞 (「何」「いつ」など)なしの疑問文で未来に対する行動を質問する場合、文末は "(動詞語幹)-х + уу / үү ?" で表現され、たとえば次のようになる。
男性語авна 「買う」⇒авахуу ? 「買うか?」 女性語үзнэ 「見る」⇒үзэхүү ? 「見るか?」 このように、語尾の接続される単語が男性語か女性語かによって、語尾も母音調和に適合するようにそれぞれ男性母音形(上例ではУ系列)、女性母音形(上例では、У系列に対応する女性のҮ系列)を接続する。単語に含まれる母音の種類によって母音が異なる語尾であることを明示するため、辞書などでは "-х уу2 ?" のように表記されることが多い。
У/Ү/И 系列以外の母音をもつ語尾には、母音配列の規則が適用される。母音の変化を単語の母音の種類と対照させると、下表のようになる。
単語(動詞の場合は語幹)に含まれる母音の種類 語尾の母音 男性語 А 系列 and/orУ 系列А 系列О 系列 (andИ 系列)О 系列女性語 Э 系列 and/orҮ 系列Э 系列И 系列のみӨ 系列 (andИ 系列)Ө 系列 (ただし語尾によってはЭ 系列)
平たく言えば、О 系列はА/У 系列と、Ө 系列はЭ/Ү 系列とともには現れないということになる。
たとえば、手段や方法をあらわす「~で」などの意味をあらわす-(г)аар は、単語によって次のように変化する。
А 系列:халуунаар 熱で、дугуйгаар 自転車でО 系列:мориор 馬で(<морь )Э 系列:сэрээгээр フォークで、сүүгээр 乳でӨ 系列:мөнгөөр お金で(<мөнгө )このように母音が4種類とりうる語尾であることから、-аар4 と表示することが多い。
なかには、Ө 系列からなる単語に対して、語尾にӨ 系列をとらずにЭ 系列の母音を採る語尾がある。一例として、-тай3 「~とともに」は、өй という二重母音が存在しないことから、代わりに-тэй をとる:өвгөнтэй 「祖父とともに」。
外来語や固有名詞・合成語などでО 系列とА/У 系列、男性母音と女性母音などが共存する単語の場合、最終音節の母音の系列にしたがって語尾の母音が変化する。たとえば、場所や時間の起点などを示す-аас4 「~から」に対し、Японоос 「日本から」(<Япон) 、Осакагаас 「大阪から」(<Осака) 。
なお、以上で述べた母音調和や母音配列の規則に従わず、母音が変化しない例外的な語尾が一部存在する。たとえば、名詞や形容詞につけて「~のない」「~ではない」の意を表す-гүй は、母音調和の規則に従わず、不変化である:болохгүй 「だめだ」(<болох 「よろしい」)
モンゴル語の表記は歴史的に、古ウイグル文字 をもとに作られた縦書きのモンゴル文字 (モンゴルビチゲ)により表記される蒙古文語 が専ら使用されてきた。歴史的には、この他にパスパ文字 (元朝の公用文字)、ソヨンボ文字 、チベット文字 、漢字 (『元朝秘史 』など)なども表記に用いられた。
伝統的なモンゴル文字は、13世紀初頭に古ウイグル文字 をもとに作られた音素文字 であり、縦書きで、行は左から右へと進められる。チンギス・カン による採用以来、モンゴル語の主要な表記法として長きにわたり使用されてきた。
この文字体系は、歴史的な蒙古文語 の表記を基本としており、現代の口語(ハルハ方言など)の音韻体系と必ずしも一対一で対応するわけではない。例えば、一部の音素(o と u、 ö と ü、t と d)を文字の上で区別しない場合がある。
中国内のモンゴル系民族はモンゴル文字 やトド文字 (オイラト語 の表記に使用)による表記体系を現在まで維持している。なお、中華人民共和国 内モンゴル自治区 では、文字こそ伝統的なものではあるものの、かつての文語ではなく、言文一致を指向してきた。しかし、近年は教育現場などで中国語の使用が優勢となる状況も報告されている[ 15] 。
特に2020年 には、自治区内の小中学校において、モンゴル語教育を縮小する政策が導入され、抗議運動が発生するなど、言語環境は変化している[ 16] 。
ソビエト連邦 の全面的な支援によって独立を果たしたモンゴル人民共和国 では、1930年代 にラテン文字 による表記体系が試みられた時期を経て、1941年 にソビエト連邦 の影響下でロシア語 のキリル アルファベット に2つの母音字を加えた表記体系が採用された。これにより、言文一致の表記が可能となった。1957年 にはキリル文字で書かれた教科書も出版されている。
このキリル文字表記法は、言語学者のツェンディーン・ダムディンスレン(Ц. Дамдинсүрэн )が中心となって起草したもので、1942年に草案が完成し、1946年から全国的に施行された。この正書法は、いくつかの微修正を経て、1983年にダムディンスレンとB.オソル(Б. Осор )による『モンゴル語正書法辞典(Монгол үсгийн дүрмийн толь )』として集大成された。その後も言語の現状に合わせて見直しが続けられ、2018年には大統領直属の国家言語政策評議会が中心となり、1983年版を基礎としつつ一部の規則を現代に合わせて更新・明確化した『モンゴル語正書法規範辞典(Монгол хэлний зөв бичих дүрмийн журамласан толь )』が刊行され、現在の公式な規範となっている。
現在用いられているモンゴル語の文字と音価の対応はおおよそ以下の通りである[ 17]
大文字 А Б В Г Д Е Ё Ж З И Й К Л М Н О Ө П 小文字 а б в г д е ё ж з и й к л м н о ө п 転写 a b v g d je jo ž (dž) z (dz) i i k l m n o ö p 音価 [ɑ] /b/ /β, w/ /g~ɣ~ɢ~ʁ/ /d/ /je~jɵ/ /jɔ/ /dʒ/ /dz/ /i/ /j/ /k/ /ɬ~ɮ/ /m/ /n/ /ɔ/ /ɵ/ /p/
大文字 Р С Т У Ү Ф Х Ц Ч Ш Щ Ъ Ы Ь Э Ю Я 小文字 р с т у ү ф х ц ч ш щ ъ ы ь э ю я 転写 r s t u ü f x (kh) c č (tš) š šč y ' e ju ja 音価 /r/ /s/ /t/ /o~ʊ/ /u/ /ɸ~f/ /x~χ/ /ts/ /tʃ/ /ʃ/ /ʃtʃ/ /iː/ /e/ /jo~ju/ /ja/
モンゴル語に用いるキリル文字はロシア語に用いるキリル文字にө とү の2つの母音字を追加したものである。母音字12、子音字20、記号2、半母音字1の35文字からなる。このうち、к ,п ,ф ,щ は外来語にのみ用いられ、固有のモンゴル語に用いられることはない。また、о ,у の発音はロシア語ではそれぞれ[o, u] だが、モンゴル語ではそれぞれ口を大きく開けて[ɔ, o] と異なって発音されることに注意。また、е およびю は2種類の発音がある。
男性母音 女性母音 中性母音 短母音 表記 а о у ү ө э и 音価 [ɑ] [ɔ] [o] [u] [ɵ] [e] [i] 長母音 表記 аа оо уу үү өө ээ ,эй ий 音価 [ɑː] [ɔː] [oː] [uː] [ɵː] [eː] [iː] 二重母音 表記 я ё ю е 音価 [jɑ] [jɔ] [jo] [ju] [jɵ] [je] 表記 яа ёо юу юү еө еэ 音価 [jɑː] [jɔː] [joː] [juː] [jɵː] [jeː] 表記 ай ой уй үй 音価 [ai] [ɔi] [oi] [ui]
モンゴル語の正書法では、第一音節の7つの母音は上記7文字の1つ1つを対応させる一方、第二音節以降に唯一現れうる1つの短母音については、実際の発音とは一切関係なく、機械的にいずれかの文字を選ぶことになっている。
長母音を表記するための専用の文字はなく、対応する短母音(第一音節に現れるもの)を表記する母音字を2つ重ねることでこれを表記する[ 18] 。従って、ハーン (/xɑːŋ/ ) は、хаан となる。ただし、и の長母音のみは例外で、記号である「ハガス・イー」й を使いий と書く場合とы の字を使う場合との2通り存在する。ただし、ы は付属的な要素が男性語に後続する場合のみで用いられ、発音はどちらもほぼ同じである[ 19] 。なお、й は、и 以外の母音字と共に2文字で1つの重母音を表記する綴りともなる。
ただし、一音節のみからなる一部の単語би, чи, та, вэ, бэ については、長母音であるが母音字を重ねない[ 20] [ 21] 。また、ロシア語借用語の一部ではアクセントを持つ母音を長母音として発音する[ 6] 。一方で、一音節のみからなる単語でない場合は、一つの母音字で終わる場合、その母音字は読まれない[ 22] 。ロシア語からの借用語の語末のи は発音されない[ 23] 。ただし、二重子音に後続するи は、口蓋化を表す[ 24] [ 25] 。
ロシア語の借用語の場合は、元の綴りがу が[u] を表すものとして用いられていれば、モンゴル語でもү ではなくу のままで[u] を表すことがある[ 26] 。
ロシア語における軟音記号ь や硬音記号ъ は、モンゴル語においても同様な用途でもって使用される。
軟音符ь は単独では使用されず、一部の子音の直後に付き、その子音に半母音/j/ の音が弱く混じったような音に変化することを表す(例:морь /mɔrʲ/ 馬)。この際、ь 自体単独で音価を持つことはなく(ゆえに単独では使われず)、子音に付くことで元の子音とは別なもう1つの子音であることを意味している(さきの例で言えばр /r/ に対しрь /rʲ/ という別な1つの子音であることを表している)。これを子音の軟音化 といい、この軟音ともとの子音との対立が語彙の違いに影響する。なお、人称関係助詞におけるь は、口蓋化を行わないが、а は[æ] と発音される[ 11] 。
また、軟音符ь で終わる単語に母音で始まる接尾辞や、一部の子音で始まる接尾辞が付く場合、ь はи に変化する。
суурь (基礎) +-ийн →суурийн (基礎の)тавь (置け) +-аад →тавиад (置いてから)зорь (目指せ) +-х →зорих (目指す)硬音符ъ は、子音と母音の間に挟んで、それぞれが分けて発音されることを本来表す文字である。この文字は勧誘形を形成する場合以外で見ることはない[ 19] 。勧誘形で用いられる「軟音符/硬音符+半母音」の形において、実際の発音は[əj~ii] である[ 27] 。例:суръя [sorəj] (学ぼう)
語末のя ,е ,ё は半母音/j/ のみを発音する[ 27] [ 28] 。
иа, ио, иу は口蓋化音に続く長母音を続ける[ 29] [ 30] 。уа は前の子音を唇を丸めて発音し、その後に長い母音を続ける[ 31] 。
еү は、[juː] と、ёу は、[joː] と、еий は、[jiː] と、それぞれ発音される[ 30] [ 32] 。
語末におけるн は、[ŋ] と発音される。そのため、語末において[n] を表すために、短母音が附される[ 33] 。
語末におけるг は、[g~ɣ] と発音される。そのため、語末において[ɢ~ʁ] を表すために、短母音が附される[ 7] 。
固有語においてб とв は相補分布をなす。語頭ではб を書き、語中ではл, м, в, н の後ではб を書き、それ以外ではв を書く。語尾ではв を書く。
モンゴル語の正書法に関して、日本語資料としては『モンゴル語の音声と正書法』(ナドミド ジャンチブドルジ ラグチャー、栗林均訳)がある。
モンゴル語のキリル文字表記は、発音と表記が常に一致するわけではない。特に、第一音節以外の短い母音は弱化して曖昧な「ə」のような音になるか、ほとんど発音されなくなる。これを曖昧母音 (балархай эгшиг )と呼ぶ。この発音されない、あるいは曖昧にしか発音されない母音を、どの位置にどの母音字で書くかについては、厳密な規則が存在する。
曖昧母音を表記するかどうかの規則は、子音の性質に基づいている。子音は以下の2種類に大別される。
7つの母音要求子音 (эгшигт гийгүүлэгч ):м, н, г, л, б, в, р 。これらの子音は聞こえ度が高いため、単語内で前か後ろのどちらかに必ず母音字を伴わなければならない。(記憶法として「Монгол баавар 」が用いられる)なお、н,г は識別母音としての母音がつくことがある。 9つの半子音 (заримдаг гийгүүлэгч ):д, т, ж, з, с, ш, ц, ч, х 。これらの子音は、母音字を伴わずに表記されうる。なおп, к, ф, щ は外国語表記のみで使われ、7子音にも9子音にも相当しない。
基本的な規則は以下の通りである。
7つの母音要求子音が単独で現れる場合、必ず前後に母音字が必要となる。 9つの半子音が2つ連続する場合、2つ目の半子音の前後に母音字が必要となる。 例外として、с, х の後にт, ч が続く場合は、間に母音を入れずに表記できる。 単語に長母音で始まる接尾辞が付く際に、語幹最終音節の短母音が脱落する[ 34] 。
аймаг (県) +-аас →аймгаас (県から)ただし、これに対しては例外もある[ 35] 。
эхнэр (妻) +-ийн →эхнэрийн (妻の)また、固有名詞では常に母音は脱落しないことになっている[ 35] 。
Улаанбаатар (ウランバートル ) +-аас →Улаанбаатараас (ウランバートルから)長母音、二重母音終わりの語幹に長母音、二重母音が接続するときはг が挿入される[ 35] 。
хороо (囲い) +-оос →хороогоос (囲いから)モンゴル人民共和国がソビエト連邦の崩壊 に伴い新生モンゴル国 となって以降、民族意識の高揚と共に、伝統的なモンゴル文字を復活させようという動きが起こった。1991年 には1994年 からのモンゴル文字公用化が決定された。
しかし、長期間キリル文字が使用されてきたことや、言文一致のキリル文字表記に比べ伝統的なモンゴル文字(文語)の習得が困難であることなどから、モンゴル文字への全面的な切り替えは実行されなかった。
現在、モンゴルの一般教育ではモンゴル文字の教育が行われているが、社会生活においてはキリル文字が主流である。なお、モンゴル政府は、パソコン上での使用のためのラテン文字 への置換え基準を制定したが、電子メール などでは個人によって様々な表記が使用されている実態がある。
その後もモンゴル文字への回帰を目指す動きは続いており、モンゴル政府は2025年 1月2日より、公文書においてキリル文字とモンゴル文字を併用することを義務付けている[ 36] 。
モンゴル語は、形態論的には膠着語 に分類され、語幹に接尾辞を付加することで文法関係が示される。主要部終端型 言語と分析される。
モンゴル語の句構造は一貫して「補部 -主要部」の順序を取る。これにより、基本語順はSOV型 (主語・目的語・動詞)となり、統語木は左分岐の構造を描く。ただし、かき混ぜ (英語版 ) が許容されるため、談話上の焦点などの要因により、表層的な語順は比較的自由である。文法範疇 として、名詞 には格 (主格、属格、対格、与位格、奪格、具格、共同格、方向格など)が存在するが、冠詞 や文法上の性 は存在しない。名詞修飾においては、英語のような関係代名詞を用いず、動詞の形動詞形(連体形)が名詞の前から修飾する構造をとる。動詞 は、人称による一致を持たないと分析され、時制・相・法を表す接辞によって活用する。また、主語や目的語などの項が文脈から復元可能な場合に音形を持たない空範疇として実現する、いわゆる項省略が頻繁に生じる。
モンゴル語の語彙の中核は、モンゴル高原の伝統的な遊牧生活や自然環境を反映した固有語彙によって形成されている。特に家畜(モンゴル「五畜」:馬、牛、駱駝、羊、山羊)に関する語彙が非常に豊富である。例えば、馬だけでも性別、年齢、毛色などによって無数に呼び分けが存在する(例:адуу (馬の総称)、азарга (種牡馬)、гүү (牝馬)、унага (仔馬)、даага (2歳の馬)など)。
固有語彙の基盤の上に、以下に述べるような歴史的経緯による借用語が加わっている。
サンスクリット語・チベット語 16世紀以降のチベット仏教の普及に伴い、宗教、哲学、医学、天文学などの学術用語が大量に流入した。 例:шашин (宗教) < チベット語、тив (大陸) < チベット語、рашаан (聖水) < サンスクリット語 中国語 古くから交易等を通じて日常的な語彙の借用があったほか、近代以降にも新しい概念を表す語が入ってきている。 例:цай (茶)、бууз (肉まん)、ган (鋼) ロシア語 20世紀のソビエト連邦との強い結びつきの中で、政治、経済、科学技術、教育などの近代的概念を表す語彙が大量に借用された。モンゴル国で話されるモンゴル語に特に多い。 例:машин (車、機械)、инженер (エンジニア)、сонин (新聞) 英語 近年のグローバル化に伴い、情報技術やビジネス、ポップカルチャーなどの分野で英語からの借用語が増加している。 例:компьютер (コンピューター)、интернет (インターネット)、менежер (マネージャー) 外国語の概念を取り入れる際、単語をそのまま借用するだけでなく、モンゴル語の既存の語根を組み合わせて新しい単語を作り出すこと(翻訳借用)も活発に行われる。
例:хөргөгч (冷蔵庫) <хөргөх (冷やす) + 接尾辞-гч 例:мэдээлэл зүй (情報学) <мэдээлэл (情報) +зүй (学) ^a b “モンゴル語 ”. 東京外国語大学言語モジュール . 東京外国語大学 . 2008年9月23日閲覧。 ^ 山越 2022 , p. 3.^ “Törijn alban josny helnij tuhaj huul' ”. MongolianLaws.com (2003年5月15日). 2009年8月22日時点のオリジナル よりアーカイブ。2009年3月27日閲覧。 The decisions of the council have to be ratified by the government.^ "Mongγul kele bičig-ün aǰil-un ǰöblel ".Sečenbaγatur et al. (2005) , p. 204 も参照せよ ^ 山越 2022 , pp. 34–35.^a b c d 塩谷 & 中嶋 2011 , p. 6. ^a b 山越 2022 , p. 31. ^a b c 斎藤 et al. , 3.1 後ろの音による子音の発音の変化. ^ 斎藤 et al. , 2.5 語頭のр.^ 山越 2022 , pp. 32–33.^a b 山越 2022 , p. 33. ^ Мөөмөө 1979 , p. 97.^ 植田 2020 .^ 山越 2022 , pp. 24–25.^ 二木博史. “中国のモンゴル語教育の危機 ”. 日本モンゴル学会コラム . 2021年12月28日閲覧。 ^ “中国・内モンゴルで抗議運動、中国語教育の強化に対し内モンゴル、抗議で130人が拘束 中国語教育の強化で ”. 日本経済新聞 (2020年9月14日). 2025年11月27日閲覧。 ^ 山越 2022 , p. 9.^ 山越 2022 , p. 13.^a b 山越 2022 , p. 17. ^ 山越 2022 , p. 32.^ 斎藤 et al. , 1.17 「子音字1つ+母音字1つ」だけからなる単語の母音.^ 斎藤 et al. , 2.4 短い母音は語末、音節末に現れません.^ 斎藤 et al. , 2.6 ロシア語からの借用語の語末のи.^ 斎藤 et al. , 2.3 「子音2つ+母音и」で終わる語.^ 塩谷 & 中嶋 2011 , pp. 2–3.^ 塩谷 & 中嶋 2011 , p. 4.^a b 山越 2022 , p. 30. ^ 斎藤 et al. , 1.14 語末・音節末のе ё я.^ 塩谷 & 中嶋 2011 , p. 3.^a b 塩谷 & 中嶋 2011 , p. 2. ^ 斎藤 et al. , 2.1 иа ио иу уа.^ 斎藤 et al. , 1.15 еү ёу еий.^ 山越 2022 , pp. 30–31.^ 山越 2022 , p. 28.^a b c 山越 2022 , p. 29. ^ “行政公式文書はキリル文字とモンゴル縦文字の両方で作成 ”. モンゴル通信社 (2025年1月3日). 2025年11月27日閲覧。 Janhunen, Juha A (2012), Monglian , John Benjamins Publishing Company Svantesson, Jan-Olof (2003), “Khalkha”, in Janhunen, Juha A., The Mongolic Languages (Routledge Language Family Series 5) , Routledge Svantesson, Jan-Olof; Tsendina, Anna; Karlsson, Anastasia; Franzén, Vivan (2005), The Phonology of Mongolian , Oxford University Press Мөөмөө (1979), Орчин Цагийн Монгол Хэлний Авиан Зүй , Улаанбаатар : Улсын Хэвлэлийн Газар Sečenbaγatur , Qasgerel; Tuyaγ-a [Туяa] , Bu; Jirannige, Wu; Yingzhe, Činggeltei (2005), Mongγul kelen-ü nutuγ-un ayalγun-u sinǰilel-ün uduridqal , Kökeqota : ÖMAKQ, ISBN 7-204-07621-4 植田尚樹「UB モンゴル語の i と e の合流」『京都大学言語学研究』第33巻、京都大学大学院文学研究科言語学研究室、2014年。doi :10.14989/196277 。 植田尚樹「モンゴル語ハルハ方言の語中閉鎖音の音声的バリエーションと音韻解釈 」『日本モンゴル学会紀要』第50巻、日本モンゴル学会、1-18頁、2020年。https://ja-ms.org/bullten/JAMS(50)2020-01.pdf 。 小沢重男 『モンゴル語四週間』大学書林 、1986年5月1日。ISBN 4475010209 。 斎藤純男「モンゴル語 」『言語情報学研究報告』第4巻、東京外国語大学大学院地域文化研究科、95-113頁、2004年。https://www.coelang.tufs.ac.jp/common/pdf/research_paper4/095.pdf 。 塩谷茂樹 ; エルデネ・プレブジャブ『初級モンゴル語』大学書林 、2001年6月1日。ISBN 447501851X 。 藤田淑子「モンゴル語の研究 : 音声と表記に関する一考察」『東京女子大学言語文化研究』第18巻、東京女子大学言語文化研究会、39-55頁、2009年。 山越康裕『詳しくわかるモンゴル語文法[新版]』白水社、2022年6月10日。ISBN 9784560089422 。 岡田, 和行; 向井, 晋一 (2016), 東外大言語モジュール モンゴル語文法モジュール , https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/mn/gmod/ 斎藤, 純男; 温品, 廉三; ドルジデレム; ニャマデルゲル; サランツェツェグ; ホルツエルデネ; トグスバヤン; ウネンバト, 東外大言語モジュール モンゴル語発音モジュール , https://www.coelang.tufs.ac.jp/mt/mn/pmod/practical/ モンゴル語初級eラーニング , http://el.minoh.osaka-u.ac.jp/wl/mn/index.html?page=hajimeni Монгол хэлний зөв бичих дүрмийн журамласан толь , https://president.mn/mongol-khelnii-zuv-bichih-durmiin-juram/ 塩谷, 茂樹 、中嶋, 善輝『モンゴル語』 3巻、大阪大学 出版会〈世界の言語シリーズ〉、2011年3月31日。ASIN 4872593278 。ISBN 978-4-87259-327-3 。 栗林, 均 「言語学大辞典 第4巻 世界言語編(下-2)」、三省堂、1992年。