この広告は、90日以上更新していないブログに表示しています。
最近、僕が読んだ本の中に、ジェイン・ジェイコブズの「市場の倫理 統治の倫理」があります。元々は、僕がこのブログでも取り上げたことがある山岸俊男氏や松尾匡氏の著書で内容が取り上げられていたので興味を持ったのですが、たまたま最近復刊されたこともあって読み始めたところ、夢中になってしまいました。
asin:4480097163:detail
この本では、古今東西の様々な道徳律を2つのタイプに分類して、それぞれを「市場の倫理」と「統治の倫理」と呼んでいます。
| 市場の倫理 | 統治の倫理 |
|---|---|
|
|
東日本大震災から5年がたった。3月11日のテレビではこれまでの5年を振り返った放送が多かった。筆者は5年前の3月11日は大阪にいたので、大震災はほとんど体感しなかったが、東京の家では本箱、コンピュータが倒れて大変だった。当日は新幹線が動かなかったので大阪に一泊して、翌朝早くに東京に帰ってきた。
大震災の状況は大いに気になったが、その過程で、当時の菅政権が野党の自民党・谷垣禎一総裁と組んで「復興増税を企んでいる」という情報が入ってきた。
これは経済学を学んだ人なら、すぐ間違いとわかる政策だ。課税の平準化理論というものがあり、例えば百年の一度の災害であれば、100年債を発行して、毎年100分の一ずつ負担するのが正しい政策である。その当時、大震災という重大事に何を考えているのかと大いに憤った記憶がある。
そこで大震災直後、2011年3月14日付けの本コラムで「「震災増税」ではなく、「寄付金税額控除」、「復興国債の日銀直接引受」で本当の被災地復興支援を 菅・谷垣『臨時増税』検討に異議あり」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2254)を書いた。正直言えば、大震災直後の人命救助が重要なときに、復興モノを書くのはためらったが、時の菅政権のあまりの非常識に怒ったわけだ。
このときの増税勢力は勢いがよかった。大震災で、多くの人が被災者を助けたいという「善意」を悪用して、復興増税は結果として行われた。
経済学者も情けなかった。そのとき、経済セオリーを主張する者はほとんどおらず、逆にセオリー無視の復興増税を推進した人たちのリスト http://www3.grips.ac.jp/~t-ito/j_fukkou2011_list.htm)は以下の通りだ。
[http://gendai.ismedia.jp/mwimgs/2/5/600/img_25cf709652c63fe37be515c8f87fefca350530.jpg:image]
一流と言われる学者たちでもこの有様なので、社会からの信頼を大いに落としただろう。大震災直後の増税勢力は、1ヶ月後の4月14日、復興会議の五百旗頭真(いおきべまこと)議長の挨拶のなかに「増税」を盛り込ませている(2011年4月18日付け本コラム「あらためていう。「震災増税」で日本は二度死ぬ 本当の国民負担は増税ではない」(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/2463)。
5年たった現在、そのことがどう評価されているのか。今年3月12日に放映されたNHKスペシャル『“26兆円” 復興はどこまで進んだか』は興味深かった(http://www6.nhk.or.jp/special/detail/index.html?aid=20160312)。インタビューに応じた五百旗頭氏が、開口一番「復興増税がよかった」といったのだ。これにはかなり驚いた。
増税勢力は東日本大震災を「利用」した 〜あんな非常識なやり方を忘れてはいけない | 高橋洋一「ニュースの深層」 | 現代ビジネス [講談社]
この時のことは僕も覚えています。東日本大震災が起こり、福島第一原発が大事故を起こして、2万人近い死者・行方不明者が出て、何十万もの人々が避難生活を余儀なくされ、東京でも電力や物資の不足に苦しんでいる時期に、事態に責任を持つ政治家や、一流と思われていた経済学者やメディアが、被災者そっちのけで増税を唱えだしたのですから。
これこそまさに「倫理的破綻」だと思います
この時、復興増税を唱えた勢力が、今もなお消費税増税に固執しています。あれだけの大災害でも増税を唱えた人たちですから、日本経済や世界経済がどうなろうと増税を進めるのが当たり前という考えなのでしょう。前回の記事でも書きましたが、すでに前回の消費税増税が日本の消費を止めてしまったことは、はっきりしているというのに。
なぜ、彼らがここまで増税に固執するのか、これまで色々考えてきましたし、このブログでもそのような考えを書いてきましたが、単なる個人的、組織的利害だけで本当にあれほどの固執が生まれるのかが、心に引っかかっていました。彼らが何らかの倫理的な正当性を持っていて、しかも実はそれが本当は間違っていると考えなければ、あのような間違いは説明できないでしょう。
先ほど述べた「節倹たれ」は、「市場の倫理」の中では間違いなく正しいものです。ただし「統治の倫理」に持ち込んではいけないものです。それを行ってしまったから、大災害の最中に「節倹」を実施して増税を行うことになってしまったのでしょう。
大災害の時は、「統治の倫理」の「気前よく施せ」が何よりも求められることでしょう。その正反対である「節倹たれ」を「統治の論理」と混ぜ合わせてしまったことが、あのような倫理的破綻の原因だと思います。
そのような間違いを犯し続けている勢力が、財務省を中心として、日本の政官財マスコミ、さらには経済学者まで広く及んでいます。現代の日本は、まさに「緊縮主義」という名の倫理的破綻に首まで浸かっているのです。人々を苦しめた日本の長期デフレ不況「失われた20年」もそのような倫理的破綻の結果として起こったものでしょう。
さらに恐ろしいのは、そのような「緊縮主義」という名の倫理的破綻に落ちいっているのは日本だけはないということです。ギリシャは長年経済危機に陥ってますが、昨年誕生した左派政権がきっかけで経済危機が深刻化した時、アメリカやIMFは債務減免を求めました。しかし、ドイツはそれに抵抗して、債務の減免を認めませんでした。*1このようなドイツの「緊縮主義」には、多くのEU加盟国も反発していますが、欧州最大の経済大国であるドイツには表立って逆らえません。
その後、欧州では難民の流入が深刻な問題になっていますが、その最大の入り口は他ならぬギリシャです。経済危機に陥っているギリシャには、難民の通過を抑える力はありません。本来ならば、難民問題の解決策として、ギリシャへの経済支援が再考されるべきなのですが、そのような話は全く出てこず、EUはトルコの民主化勢力弾圧を見逃して、トルコに難民問題への協力を求めています。
このような状況になっている原因も、ドイツの「緊縮主義」という名の倫理的破綻なのでしょう。おかげでEU内の移動の自由を保証したシェンゲン協定は有名無実となり、各国では極右勢力が台頭し、EUの理念も危機に陥っているのですが。
このように「緊縮」も「腐敗」と同様に、世界に大きな影響を及ぼす問題だと思います。そしてこの2つがどちらも「統治の倫理」と「市場の倫理」の混合による倫理的破綻として分析できることは、倫理体系の自覚的選択というジェイコブズが指摘した解決策が、非常に重要であることを示していると思います。
ただ、「腐敗」はこれまでも倫理的に大きな問題だと考えられていましたが、「緊縮」はそこまで大きな問題だとはみなされていませんでした。しかしこの2つが同じ原因を持つ問題であり、どちらも世界的に大きな問題を引き起こしていることを考えると、「緊縮」も「腐敗」と同じくらい、倫理的に大きな問題だと言えるのではないでしょうか。
改めて文章を読み返してみて、説明不足だったところがあったので、ここで補足します。
まず、リーマンショックを招いたアメリカ金融業界の腐敗について、どのような倫理の混合が起こったのかについてです。本来、金融業界は「市場の倫理」に従うべきですが、そこに「統治の倫理」の「目的のためには欺け」が入り込んだのでしょう。具体的には「企業の利益のためには顧客を欺け」ということで、その「倫理」に基づいて「金融工学」がリスクを過小に見せることに悪用され(つまり、こんなことに「新奇・発明を取り入れよ」や「創意工夫の発揮」が使われて)、最終的には倫理の混合による破綻がリーマンショックという形で起こったのだと思います。
次に「節倹たれ」を「統治の倫理」と組み合わせた「緊縮主義」についてです。「節倹たれ」は「市場の倫理」においては「生産的目的に投資せよ」と結びつき、節約したお金は投資されるようになります。このような貯蓄の再投資が生産性向上につながり、長期的には経済を成長させる原動力となります。
しかし、「節倹たれ」が「統治の倫理」と結びついた場合、それだけでは再投資されることはありません。「統治の倫理」は占取(taking)に関する道徳ですから、国民から取った税金をひたすら貯め込むことになり、経済は停滞することになります。「財政再建」も財政赤字を減らすことですから、「国民から取った税金をひたすら貯め込む」のと同じ効果をもたらすでしょう。
ただ、実際には「統治の倫理」に「生産的目的に投資せよ」を組み合わせることもあります。「国有企業」がその典型例ですが、これは資本主義の中に部分的に社会主義を作るようなものなので、旧共産圏と同じような失敗をもたらすでしょう。実際にこれを行うと、「統治の倫理」の様々な項目に影響されて、結果的に「生産的目的」以外のところに投資されることになります。今、その悪影響が最も目立っているのは、やはり中国でしょう。あの国は非生産的な公共投資が大量に行われましたから。そのような投資は財政を悪化させるだけで、長期的な経済成長にはつながりません。
引用をストックしました
引用するにはまずログインしてください
引用をストックできませんでした。再度お試しください
限定公開記事のため引用できません。