要約:ポケモンGOは、現実世界にスマホの世界を重ねることで、スマホが主で現実世界はそのいれものにすぎないという新しい逆転した世界観をつくり出している。
ポケモンGO人気は、リリース直後ほどではないものの、未だ衰える気配もない。普段はあまりゲームやらハイテクガジェットやらに興味を示さない同僚までが即座にはまったのには驚いたし、8月半ばに香港と深圳から帰ってきて、上野の不忍池を通りがかったら人が大量に群れていて、イベントでもあるのかと思ったらポケモン出没ポイントなのだとか。ぼくは未だ、ポケモンGOを開発したナイアンティック社の前のゲームであるイングレスをちまちまやっているのと(まだレベル6)、あとは流行り物は廃れてから手を出すのが主義なのとで、ポケモンGOを実体験するのはかなり先になりそうだ。それでも、日本に限らず世界中であれに興じている人の姿を見ると、感慨深いものがある。
ご存じの通り、ポケモンGOはスマートフォンのカメラを通じて実際の場所を見ると、そこにコンピュータが生成したモンスターが出てくる、拡張現実(AR)を使ったゲームだ。これまでのAR利用は、本や画像や特定のガジェットをスマホで映すとそこにキャラなどが出たり画像が動いたりといった限定的なものがほとんどだった。でも『ポケモンGO』ではあらゆる世界の上にバーチャルな世界が重なり、いま目の前にある世界がまったくちがう意味合いを持つ――これを大規模に実現できたのは、イングレスで培った実績を持つナイアンティック社の面目躍如だ。そしてそれが普通に老若男女問わず受け入れられているということは、たぶん人間と仮想世界との関わりの中で、大きな意味を持つだろう。
さっき、不忍池に寄ったのは深圳の帰りだったと述べた。香港のコバンザメ都市だった深圳は、いまや世界のIT系ハードウェアの(正規版、海賊版問わず)一大メッカになっている。そしてその8月末の深圳ですさまじく流行していたのは、バーチャルリアリティ(VR)用のヘッドマウントディスプレイやスマホアダプターなどだった。
1980年代末に登場したVRは、派手に喧伝されたものの、当時の粗いディスプレイや非力な描画能力のせいで、頭痛と吐き気を催すばかりの代物で、かなり特殊な用途以外ではとても使えないと思われていた。
でもその後の画像処理技術の向上で、2年ほど前に一般向けのVR装置であるオキュラス・リフトなどがそれなりに注目され、そして深圳の状況が先触れだとすれば、今後その各種改良版が一気に普及しそうな気配だ。現時点では、大したアプリケーションはない。それでも人々は(少なくともハイテクガジェット好きは)それに飛びつきつつあり、そしてその背後に、ポケモンGOを受け入れた大量の一般利用者が存在しており、さらにそのバックには、目の前の現実を見ずスマホばかり注視する人々の大群が生まれつつある。人類は今や、何か経済的な利得があるわけでもない状況で、この世界から仮想世界に入り込むための手法を本気で模索しているように見えるのだ。
するとどうなるだろう。ポケモンGOも、いまは目の前の現実に仮想的な世界の存在を重ねる、というものとなっている。現実世界が主で、スマホはそれをもとにちょっと拡張するためのものだ。でももうしばらくすると、これが逆転するだろう。多くの人にとって、むしろコンピュータが生成した画像のほうがなじみある世界となり、本当の物理的な「現実」のほうが添え物となる。そんな時代がもうすぐくるのではないか。
そしてそれは必須ともいえる。最近一部で話題の井上智洋『人工知能と経済の未来』では、人工知能により飛躍的に生産性が向上し、労働がほとんど不要となる未来世界が予見されている。これが正しければ、人類は今世紀中に物理的な物質の制約にぶちあたる。生産性がいくら上がっても、物質は一定量しかない。急速な生産性上昇を実際に享受するためには、人類はたぶん物理環境の制約を突破する必要がある。仮想世界の比重を増やし、情報だけで実現できる環境を主体にする必要がある。
いまの人々の動きは、たぶんそれを予感しているんじゃないか。人類が脱物質化に向かう準備を始めているのでは、と思うんだが……
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