要約:東南アジア諸国をまわると賃金水準が大幅に上がっている。現在日本は、少子高齢化対策で外国労働者を入れるとか言っているけれど、それは低賃金でこきつかえるという思惑あってのこと。でもそろそろ、移民や出稼ぎ労働者にすら見向きもされない国になりかねない。
今回は年度末であまりに忙しく、時事ネタに目配りする余裕がなかったので、もっと長期の話でお茶を濁そう。最近、製造業の一部が日本回帰を見せているのはご存じのとおり。もちろん、これはアベノミクスに伴う持続的な円安による部分が大きいけれど、たぶんそれだけではないと思うのだ。そろそろ安い労働力を求めた海外進出の限界が見えつつあるんじゃないか。
ぼくが最近驚いているのは、途上国といわれた各地の賃金が、驚くほどの勢いで上がっていることだ。どこでも予想よりはるかにはやい。
かつて1970年代や80年代頃は香港やタイ、韓国が日本企業の工場移転の中心だった。その国の経済水準があがるにつれて賃金水準も上がったけれど、一部の国ではその動きも限られていた。1990年代にはそこにドーンと中国が登場し、当時は中国の農村には無数に人がいるので、安い労働力は当分枯渇せず、賃金水準も低いままと呼ばれていた。
が、その状況が予想よりかなりはやく変わった。いまや賃金は急上昇し、人もなかなか集めづらい。中国自体が、一人っ子政策により急激な高齢化を迎えそうだ。ベトナムも急激に発展し、賃金も上がってきた。
そしてこれから有望だと思われていたラオスやカンボジアも、予想よりはるかに急激に人件費が上がっている。一つの理由は出稼ぎ。工場で求めるような元気な労働力は、いますでにタイなどに出稼ぎに行っている。そういう労働者に働いてもらうには、タイ並みの賃金を支払わないとみんな出稼ぎのほうが割がいいと判断する。結局思ったほどのメリットはない。
これはある意味で当然でもある。いまや海外への工場移転はあたりまえで、環境が整えば多くの企業がドッとその国に殺到する。そしてそれ自体がその国の生産性を上げ、生産性が上がればその分賃金は上がらざるを得ない。経済学の基本的な法則ではある。最近ではミャンマーやバングラデシュが有望と言われる。その先は、アフリカや中央アジアだろうか。ここらのインフラや制度環境が整うには、あと十年くらい。でもどの地域も、投資環境が整った瞬間にみんな出ていって、そして十年もたたずに賃金があがるだろう。たぶんあと十年もすれば世界的に、安い労働力のために外国進出というパターンはつらくなるんじゃないだろうか。
もちろん、外国に出る理由は安い労働力狙いだけではない。市場目当てもあるし、そもそも日本に労働力がいなければ、高くても出ていくしかないことにはなる。
その一方でその頃の日本は高齢化が一層進み、働く人が減る。いまの日本は、移民や外国人労働力を受け入れるべきか、なんて話をしている。でもいずれ、それがそもそも困難になる。外国の労働者側も、自国で高い賃金水準が得られるなら、日本になんかわざわざくる必要もない。お願いしたって日本なんかにだれもこない状況になりそうだ。そして高齢化に応じて日本の生産性が下がってくると、日本の賃金水準も下がる。日本の数少ない若者たちのほうが、優秀なほうから出稼ぎに行くシナリオのほうが現実的になるんじゃないだろうか。
すると日本の状況はかなりつらくなりそうだ。その時期でも劣悪な日本の待遇に甘んじてくるなんて、その待遇に見合った劣悪な(こちらとしても欲しくない)労働者ばかりになる。日本に残るのも、年寄りと出来の悪いのばかり。
ロボットの可能性をもっと急速に高める、というのは解の一つだろう。でもそれが間に合うかどうか。ロボットも、ドローンなどの各種自動化方策には芽があるかもしれない。でもそれですべて解決とは思えない。少なくともそれだけを当てにするわけにはいかないだろう。
すると――ぼくはいまのストックがあって、人々が来たがっているうちに、移民にきてもらってある程度の同化政策をやっといたほうがいいんじゃないかと思うのだ。文化のちがいで摩擦が、なんていう贅沢を言っていられるのは、過去のストックが残っているいまだけだ。受入大勢を整え、アピールできるのは、2020年のオリンピックあたりが最後のチャンスじゃないかと思うんだが。
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