山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 107回
月刊『アルコムワールド』 2016/06号
山形浩生
要約:バングラデシュの法外に続く大規模ゼネストは経済発展を阻害する大きな要因だが、それはしばしば二大労組勢力の維持のはりあいと実力誇示のために行われている無意味なものだ。
さて、前回バングラデシュに到着したときに受けた衝撃についての話をした。そしてバングラデシュは、その後も衝撃を与え続けてくれたのだった。
それまでぼくが、インチキバックパッカーとして向かったところの多くは、貧乏だけれど楽しいところだった。タイも、中国も、南米も、ベトナムも、インドもアフリカも、あれもこれも、確かにごちゃごちゃしているし、汚い部分はある。でもそれなりに活気があって、人々は元気で、子供たちは大騒ぎしていて、素人目にもいろいろおもしろい社会経済的な活動があった。そして、ぼくはその自分の乏しい経験を元に、世の中すべてそういうものだと思っていた。どこへいっても、世界は本当に楽しくて、途上国にきてあれこれ文句を言っている日本人は単にぜいたく慣れしているだけだと思っていた。
でも、バングラデシュは、少なくとも当時は、そういう感じではなかった。本当に貧しかったし、悲惨なスラムはあったし、子供たちが本当に物欲しげな目をして力なくしているのをたくさん見たのも、それがほぼ初めてだった。
考えて見ればあたりまえの話で、バックパッカーは行きたいところにしか行かなくていい。他のバックパッカーたちとの雑談やガイドブックなどを見て、おもしろそうだと思ったところにしか行かない。そしてわざわざ危険で貧しくて悲惨なところに行こうなんていう物好きはそんなにいない。みんな、できれば楽しいところが見たいのだもの。
でも、仕事で行くのは、まさにその危険で貧しくて悲惨なところになるわけだ。
バングラデシュでもう一つショックだったのは、ゼネストだ。バングラに工場を持っていたり仕事をしたりしている人々はらイヤと言うほど知っている。バングラデシュでは、このせいでしょっちゅう、一週間以上にわたり国が動かなくなる。
実はバングラは大きな労働組合が主要政党にあわせて二つかそこらあって、それが張り合ってストをする。だからどこかの地方選で負けた政党の労組が「あの選挙は不正だ、それに抗議するためにうちは三日間ストする!」と宣言する。すると、それに対して勝った方の政党の労組が「いや、あの選挙は公正なものであり、それに対して文句を言うあいつらがおかしい、あいつらの不当なストに抗議するために俺たちも三日間のゼネストだ!」となる。これでもう、一週間は何も動かない。道を覆い尽くしていた自転車リキシャもほとんどいなくなる。
そしてその期間は、危険だからホテルの外に出るなと言われた。結構みんな、気が立っている。そして、スト破りがないか、かなりピリピリしているからだ。
そうしたストの翌日、新聞の見出しに「スト破りのリキシャ運転手が火あぶりに!」とある。うわあ…… そう思って現地職員の人との雑談で「火あぶりかよ!すごいなあ」と行ったところ、かれは眉にシワをよせてこう答えた。
「いやあ、それは俺たちも恥ずかしいと思ってるんだ。普通は火あぶりなんかあり得ない。いつもはめった刺しくらいで済ませておくんだけど……」
そこにいた軟弱な日本人調査団ご一行は、みんな一斉に顔を見合わせた。「い、いや、そういう問題じゃなくて〜」と言いかけたんだけれど、その先どう続ければいいのかわからなかった。その現地職員の人は、もちろん十分に学歴もあり、教育水準も高く、西洋的な価値観だってわかっているけれど、そのかれにしてこうなのか!前回の空港警備員の話もそうだけれど、これも文化的な暴力に対する感覚の完全なちがいを思い知らされた一件ではあった。
無論、これはずいぶん前の、まだ前世紀の話だ。それからバングラもかなり変わったはずだ。まだゼネストはひどいらしいけれど、それでも少しは改善されたという。とはいえ、バングラについて垣間見る各種ニュースを見ると、まだまだ先は長いようで……