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alc2013年09号
マガジンアルク 2013/09

山形浩生の:世界を見るレッスン』 連載 91回

スノーデンの曝露:国家の盗聴は仕方ないのか?

月刊『アルコムワールド』 2013/09号

山形浩生

要約:スノーデンが曝露したアメリカその他の国家的な盗聴体制は、あまり問題視されていない印象すらある。その背後にはうちの母親のような「よい盗聴者もいる」という発想があるが、それですませていいのか?


 ここしばらく、アメリカの国家安全保障局(NSA)の違法な電話/メール盗聴に関する内部告発者エドワード・スノーデンをめぐってニュースが絶えない。ただし、そのニュースの内容は、彼がどこに亡命するかとか、どんな秘密を握っているかといった話だが、そもそもアメリカ政府が自国民に対して違法な盗聴を行っていたという問題については、あまりきちんとした報道が出ていないように思う。

 ぼくはネット上のプライバシーといった問題にはそれなりに関心があるので、この問題も追いかけてはいる。かつてウォーターゲート事件で、ニクソン大統領は民主党本部の電話を盗聴したというだけで失脚した。それがいまや、これだけ大々的な盗聴がほとんど問題視されず、内部告発者をつかまえろという話ばかりがクローズアップされるのは異様な状況だとは思う。

 さてこの手の違法な盗聴の話が出るたびに、ぼくは他界した母親の口癖を想いだしてついニヤニヤしてしまうのだ。「でもいい盗聴者だっているのよ」というものだ。

 1970年、ぼくの一家は父親の仕事の都合で一年半ほどアメリカにいた。ぼくを含む子どもたちは一瞬で英語がしゃべれるようになったが、両親はそこまではいかない。聞き取れるけれど思うようにはしゃべれない時期がしばらくあった。そして母の話では、その頃に家にいたずら電話がかかってくるようになったのだという。「奥さん下着は何色ですか」みたいなおもしろ半分のエロ電話だ。そういうのは当然世界的にある。母は応対の仕方もわからず、おろおろしていたのだという。もちろん相手はおもしろがって何度もかけてくる。

 ところが、五、六回目にそれが起きたとき、突然通話に誰かが割り込んできたのだそうだ。「おまえがこれまで何度もやってきたことは、連邦何とか法の何条に触れる連邦刑事犯罪である。今後も続けるならしかるべきところに通報する」とかなんとか。

 いたずら電話の相手は即座に電話を切り、そして二度とその手の迷惑電話がかかってくることはなくなった、と。

 さて母は、その時は呆然としたそうだけれど、しばらく考えてだんだん状況が理解できてきた。わざわざ迷惑電話に割り込んでそれを止めてくれた人物がいる。そのだれかは、たまたま今回の迷惑電話に気がついたのではない。これまでにもそういうことがあったのを知っていた。つまり、その人は明らかに常にこの家の通話を監視/盗聴していたということ。

 ぼくの父親は建設会社の人間で、アメリカに行ったのも提携先のアメリカ企業との社員交換研修制度みたいなものだった。したがって、そんな盗聴に値するようなすごい/ヤバイことはやっていない(はず)。そんな人間でも1970年という時期だと、一応チェックの対象となっていたということだろうか。いまはさすがにそんなことはない……と思っていたが、スノーデンの一件を見ると、まだやっているんじゃないかな。

 母は、大した電話はしていなかったので、別に盗聴そのものには大して腹も立たなかったという。むしろいたずら電話を止めてくれたことに大いに感謝したそうな。だから「いい盗聴者だっているのよ」というわけ。

 もちろん、だから盗聴が正当化されるわけではない。プライバシーの問題というのは、そもそも痛くもない腹を探られたりしない、というところまで含むものだ。そしてまた、犯罪やテロ防止になるから盗聴は正当化されるべきだ、という議論はつまり、母の「いい盗聴者もいるんだから」というのと、理屈としてはまったく同じだ。盗聴自体が問題にならない背景には、まさにうちの母の素朴な感想と同じものがある。だがその程度の理屈ですませていいんだろうか?



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YAMAGATA Hiroo <hiyori13@alum.mit.edu>
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