改正案は内閣の恣意的な人事権行使を許してしまう
私は、内閣の人事権を否定しているものではありません。内閣に人事権があるからこそ、その人事権は公正に行使されなければならないといいたいのです。
公正な人事権の行使を担保するためには、人事権行使の要件はできるだけ恣意の入る余地のない客観的なものでなければいけません。
改正案の本質的かつ致命的な問題は、特定の検察官について、年齢という客観的基準を曲げて、「内閣の裁量」によって定年を延長して役職に就くことを法制度化する点にあります。
しかも、延長の要件を客観的に定めることができないことは、武田大臣がいとも簡単に認めてしまいました。
これでは、「裁量」の適正な行使が保障されないことは明らかです。
時の政権と検察には緊張関係が必要
検察は、時の政権との関係でも、また捜査対象となる国民との関係でも大きな緊張関係にあります。前者は、政治腐敗に対して本来行使すべき権限を行使するかどうか、後者は、捜査によって人権侵害を引き起こさないかどうか、という形で現れます。
この緊張関係を正しく自覚してこそ、検察全体の権限行使が適正化されるのではないでしょうか。
現行法では、法務大臣の検事総長に対する指揮権(検察庁法14条)の制度がありますが、この制度は、政権と検察の緊張関係を反映したものといってよいでしょう。
しかし、今回の改正案は、検察に求められる時の政権との緊張関係を、圧倒的に政権寄りに緩めてしまいます。
時の政権との緊張関係を欠いた検察は、政権に都合の悪い捜査を控えるだけでなく、政権の意図を受けた権限濫用(国策捜査)を行う危険性がより高まるのではないでしょうか。
さらにいえば、そもそも検察は、役職定年を厳格に遵守しても、その職務が適正に行使できるような組織であるべきです。それは十分可能でしょう。
だから、今回の改正案は、やはり「不要不急」、さらにいえば、「百害あって一利なし」といわざるを得ません。
検察による人権侵害のチェックは大切だけど、法案とは別個の問題
検察による国民の人権侵害を防止することは大変重要な問題ですが、今回の法案とは別個の問題として考えるべきです。
裁判所による厳格なチェックや刑事司法制度の改革が必要です。私たち弁護士は、どのような事件でも、検察の権限濫用を抑止する立場で活動しなければなりませんし、そのような立場で活動しているつもりです。なにより、多くの方々が検察のあり方に関心をもち、必要な場合はきちんと批判していくことが重要です。
最後に、繰り返しになりますが、検察の「暴走」を心配される方にこそ、今回の法案に対し、一緒に反対していくことを呼びかけます。
(回答)従前から用意されてきた制度は、①検察官を含む国会公務員の定年を65歳に引き上げ、63歳で検事長や検事正といった役職の定年を設けるものでした。
しかし、黒川検事長の定年延長(これは違法)問題と時期を同じくして、内閣が認めた場合に限り、②役職定年延長、③検察官定年延長という、今回の問題となっている部分が法案として追加されるに至りました。突然追加された時期と量の比較は以下の写真がわかりやすいですね(Twitter 山添拓 より)。従前のシンプルなものから、問題部分がドサっと追加されたのです。
(1)入口と出口を混同しない
検事総長の任命を「入口」とするなら、定年退職時は「出口」です。
改正法の問題は、この「出口」に内閣が介入することができる点です。
換言すると、改正案の本質的かつ致命的な問題は、特定の検察官について、年齢という客観的基準を曲げて「内閣の裁量」によって定年を延長して役職に就くことを法制度化する点にあります(なお5月13日の内閣委員会では定年延長の基準すらないことが武田大臣の答弁から明らかになりました)。
なお、役職を継続することによってその者の収入にも大きな影響があることをQ9で説明しています。
(2)検察の暴走を止めるのは内閣?
検察の暴走とは、つまり検察官が行う捜査や訴追によって人権侵害を引き起こす恐れがあるということです(人質司法や冤罪問題)。これは「捜査による真実発見」と「国民の人権侵害」は対立し緊張関係にあることを意味し、検察の暴走を止める役割が行政府には求められます。
そのため現行法では、法務大臣の検事総長に対する指揮権(検察庁法14条)の制度があり、この制度は、政権と検察の緊張関係を一定反映したものといってよいでしょう。
しかし、今回の改正案は、検察に求められる時の政権との緊張関係を、圧倒的に政権寄りに緩めてしまう点が問題なのです。
時の政権との緊張関係を欠いた検察は、政権に都合の悪い捜査を控えるだけでなく、政権の意図を受けた権限濫用(国策捜査、対立者への弾圧)を行う危険性がより高まるのではないでしょうか。
この緊張関係の中では、定年退職においては「年齢」という客観的な指標を基準とすべきなのです。
内閣は検察人事に介入してよいか否か(0か100か)という単純な問題ではなく、上記の「緊張関係」の度合いが大事なのです。
そのため、「内閣が人事に介入して何が悪い」という意見は上記のような程度問題を理解しておらず、反対意見(法案反対意見も行政府の適正な人事権行使を否定していない)と議論が噛み合っていないと言えるでしょう。
(3)任命時に介入してよいわけではない
ちなみに「じゃあ、入口は内閣が介入してもよいのか?」と言われるとそうではないことも確認しましょう。
検事総長の任命権者は内閣ですが、歴代の自民党政権は、検察庁とりわけ前任の検事総長の意見を尊重し、これに介入しないという慣例がありました。しかし、黒川検事長の定年延長問題はこのような慣例を破ったことを押さえてください。
これまでも安倍政権は、2013年にも内閣法制局次長を昇格させるのが慣例であった内閣法制局長官に外務省出身の小松一郎氏を任命し、集団的自衛権の行使容認という解釈改憲を行うなど、慣例に違反する人事を行ってきました。
黒川検事長の定年延長問題は、上記のような慣例違反を超えて、法律の規定さえも無視(定年延長規定の根拠はなく違法)している点で常軌を逸しているのです。
〜回答の補足〜
慣例違反がなんだ、法律では任命できるんだから、全く問題がないじゃないかという反論もいただきました。
ただ法律に規定されていなければ、何をしてもよいのでしょうか(そうではないですよね)。検事総長は検察内部で決定する、政権はこれに介入しないという不文律は、検察の不偏不党を支える重要なルールとなっていました。
この重要なルールを一切破ってはならないとまでは言いませんが、少なくともこのルールを破るに足る相応の理由が必要です。
加えて上記に述べたとおり、黒川検事長の定年延長問題は法律の規定されも無視してしまった点で「常軌を逸している」のです。
弁護士の江夏大樹です。
コロナで大変な情勢の中、すごく危険な法案が来週の4月16日にも衆院で審議入りしようとしています。
まさに「火事場泥棒」です!
(続報)4月16日に審議入りしました。なお、この危険な法案は他の法案との一括法案として内閣委員会に付託されるため、法務大臣が答弁に立たずに審議を終え、5月13日採決の見込みとなっています。