弁護士の中川勝之です。
3日前に桐蔭学園賃金減額無効訴訟の不当判決を紹介したところ、問い合わせがあったので、下記争点(1)乃至(4)のうち、争点(2)(労使慣行の変更の可否)に対する裁判所の判断を紹介します(証拠の摘示等は割愛、誤字・脱字等はママ)。引き続き、ご支援、ご協力お願いします。
争点(1):労使慣行としての法的効力の有無
争点(2):労使慣行の変更の可否
争点(3):原告組合に対する債務不履行責任及び不法行為の成否
争点(4):原告組合に係る損害の有無・損害額
3 争点(2)(労使慣行の変更の可否)について
(1)規範等について
前記2で説示したとおり、本件賞与算出方法に基づく賞与及び11万6000円の入試手当(監督)の支給については、第1・第2事件原告個人らを含む中学校、高校及び中等教育学校の専任教員と被告との間の労働契約の内容の一部を構成することになるから、かかる労使慣行を使用者側の一方的意思表示で労働者に不利益に変更することは原則として許されず、その変更には、労使間の合意(労契法8条)が必要となる。しかし、継続的な契約である労働契約では、労使慣行により補完ないし修正された契約内容を変更する必要性も生じるから、その変更を常に労使間の合意がない限り行うことができないとすることは不合理であって、労契法10条による就業規則の変更のほか、就業規則自体を変更しない場合であっても、同条に準じ、労使慣行の変更を内容とする使用者側の措置による変更後の労働条件を労働者に周知させ(以下「周知性」という。)、かつ、当該労働条件の変更が、労働者の受ける不利益の程度、労働条件の変更の必要性、変更後の労働条件の内容の相当性、労働組合等との交渉の状況その他の当該労働条件の変更に係る事情に照らして合理的なものであるときは、使用者側による労使慣行の不利益変更は許されると解するのが相当である。これに反する原告らの主張は採用することができない。
(2)本件措置の合理性について
そして、前記1(6)シで認定したとおり、本件措置は、全専任教員に対し、本件書面によって告知されており、周知性の要件は満たしていると認めるのが相当であるから、以下、本件措置による労使慣行の変更の可否が、上記(1)で挙げた各事情に照らし、合理的なものであるかについて検討する。
ア 本件各シミュレーションの信用性について
(ア)前記1(6)シ及びスで認定したとおり、被告は、本件各シミュレーションを踏まえ、令和2年3月30日付け財政再建取組が必要であるとして同取組に基づき本件措置を行っており、本件措置による労使慣行の変更の可否を検討する前提として、まず、本件各シミュレーションの信用性を検討する。
この点、学校法人における学生生徒の募集定員や入学者数の決定については、生徒の質や安定的継続的な教育水準の確保等という教育的な観点や学生生徒等からの納付金の確保等という経営的な観点等からの検討を要する学校運営の根幹にかかわる基本的な事項であり、その決定については学校運営に責任を負うべき学校法人にその管理権(学校教育法5条、私立学校法36条)に基づく広範な裁量があると解すべきところ、前記1(6)シ(ウ)で認定したとおり、被告は、過去の入学者数や内進者数等の実績等を踏まえ、募集定員を基本として学生生徒数を想定して「学生生徒等納付金」を算出した上で、本件各シミュレーションを実施しているものと認められ、その判断過程や判断手法に特に不合理な点は認められず、後記(イ)で説示するとおり、そのほか本件各シミュレーションの信用性を疑わせる事情も認められないから、その信用性を肯定することできる。
(イ)原告らは、前記第3の2「原告らの主張」欄(2)イ記載のとおり、本件各シミュレーションにおいて、被告が①募集定員の増員等を想定していないこと、②高校及び中等教育学校の部次長課長並びに大学、小学校及び幼稚園の教職員の人件費のみを削減していないこと、③経営陣の経営責任による措置をとっていないこと、④経費削減措置を考慮していないことのほか、被告による⑤施設関係費の計上が不合理であること、⑥減価償却費の計上が相当でないことからすれば、本件各シミュレーションの内容は不合理であり、信用性を欠いている旨主張する。
a 上記①の点につき、原告らは、令和3年度以降、高校の外進の入学者数が募集定員(720名)を上回っているのであるから、令和2年3月時点の本件各シミュレーションにおいても、高校の生徒数につき1学年の募集定員である720名ではなく、850名から900名程度の体制を前提に財務シミュレーションをすべきであった旨主張する。しかし、そもそも原告らが指摘する高校の入学者数が募集定員を継続的に上回っている状況については、あくまで令和3年度以降のことであって、令和2年3月の本件各シミュレーションの時点でこれを考慮することはできない。また、前記第2の2(10)アで認定したとおり、学校再編初年度の平成30年度については高校の外進の入学者数が1223名と募集定員(720名)を大幅に上回っているものの(なお、学校再編による男女共学化の初年度は、その恩恵で入学者数が増える可能性が高いことは原告組合も自認している。)、平成31年度(令和元年度)については774名と大きく減少している上、令和2年度については605名と募集定員を下回っている状況にあり、学校再編前ではあるものの、平成28年度及び平成29年度については大幅に募集定員を下回っている状況にあったことも考慮すれば、平成30年度及び平成31年度(令和元年度)に外進の入学者数が募集定員を上回っている状況にあることを本件各シミュレーションの時点で重視して生徒数の想定をすることは相当ではないというべきである(なお、原告らは、平成31年度[令和元年度]及び令和2年度の高校の外進の入学者数の減少につき、被告が入学者の大半を占める一般入試[B方式]の合格の基準となる評定を引き上げることであえて生徒数の減少を図った旨主張し、原告○○は、本人尋問において、団体交渉において平岩前理事長が生徒を来させない工夫をすると述べていたなどとしてこれに沿う供述をしているが、かかる団体交渉におけるやりとりを裏付ける的確な証拠はなく、採用することができない。)。かえって、前記(ア)で説示したとおり、学生生徒の募集定員や入学者数の決定については学校法人である被告に管理権に基づく広範な裁量があると解すべきところ、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、過去の入学者数の実績のほか、高校の募集定員(720名)が全国でも有数の人数である上、同じ敷地にある中高一貫校である中等教育学校の募集定員(320名)を加えると募集定員の合計は、1学年100名にも及んでおり、極めて多数の定員を設定していること、少子化傾向が今後も継続することが明らかな状況下において、募集定員以上の生徒数を将来的に確保することができるかは不確実であり、募集定員の増員をした場合には、過去に「マンモス校」とのマイナスイメージから多くの受験生が受験を回避して入学者数を大きく減らしたように、かえって、受験者数の減少を招き、将来的に更に厳しい経営状態に追い込まれる可能性も否定できないこと等から、高校の募集定員を720名と決定し、本件各シミュレーションにおいてもかかる募集定員を前提に高校の外進の生徒数を1学年720名と想定して財務シミュレーションを行ったものと認められ、学校再編による入学者数の増加を考慮しても、その判断に不合理な点は認められず、相当であるから、原告らの主張は採用することができない。なお、原告らが主張するように、入学者の大半を占める一般入試(B方式)の合格の基準となる評定を引き下げれば多くの入学者を確保することができるが、その場合には、入学する生徒の学力水準の低下も避けられず、大学の進学実績の低下を含め、対外的な学校としての魅力が損なわれることも想定され、長期的な生徒募集の観点からみても合理的な経営判断とは言い難く、かかる原告らの主張は上記結論を左右するものではない。
また、原告らは、小学校の入学者数が令和2年度は107名(外進87名、内進20名)であり、合格倍率も4倍程度になっているのであるから、同年3月時点の本件各シミュレーションにおいても、小学校の生徒数につき1学年107名を前提に財務シミュレーションをすべきであった旨主張するが、平成28年度以降をみても、前記第2の2(10)アで認定したとおり、平成29年度の小学校の外進の入学者数は63名であり、当時の募集定員(110名)を大きく割り込み現在の募集定員である70名すら下回っているように、入学者数については年度ごとに変動が認められるから、本件各シミュレーションの時点で令和2年度の実績のみを重視して生徒数の想定をすることは相当ではないというべきである。かえって、弁論の全趣旨によれば、被告は、前記説示した学生生徒の募集定員や入学者数の決定に関する広範な裁量の下、小学校と中等教育学校の接続を強化するという観点から、小学校の入学の時点で生徒を選抜してそのレベルを維持すること等を考慮して小学校の募集定員を70名と決定し、本件各シミュレーションにおいて、かかる募集定員を前提に幼稚園からの内進生の過去の実績等を踏まえて小学校の生徒数を1学年101名(外進70名、内進30名)として財務シミュレーションを行ったものと認められ、その判断に不合理な点は認められず、相当である。したがって、原告らの主張は採用することができない。
なお、原告らは、本件労働協約において、教員の負担と被告の財務の調和を図って1クラスの生徒数を50名としているのであるから、教職員の給与を削減しなければならないほど生徒数を減少させることは、本件労働協約にも違反している旨主張する。前記第2の2(6)アで認定したとおり、本件労働協約には「1クラス50名を標準・目標」とするとの記載があるものの、あくまで目標にすぎず、1クラス50名を遵守することが原告組合と被告との間で合意されているとまでは認められないから、原告らの主張は、その前提を欠いており、採用することができない。
b 上記②の点につき、原告らは、大学、小学校及び幼稚園の教職員は、賞与及び入試手当(監督)の支給に関し、高校及び中等教育学校の教職員のような労働組合との団体交渉の経緯がなく、人件費の削減に反対していないこと、被告が支配介入の意思により高校・中等教育学校の教職員の賞与の水準を大学、小学校及び幼稚園の教職員と同じ水準に引き下げていること、大学の累積赤字が大きく、大学の学生数が減少傾向にあり、被告の財務状況を悪化させている旨主張する。しかし、前記1(6)ウ(イ)及びセで認定したとおり、被告の事業活動収支及び資金収支の赤字の常態化の主要な要因は、文科省が本件通知において指摘するように、長期的な学生生徒数の減少のほか、被告の中学校、高校及び中等教育学校の人件費比率の高さにあると認められる(文科省は、本件通知において、高校及び中等教育学校の教員給与額が神奈川県の平均よりも著しく高い旨指摘する一方で、大学、小学校及び幼稚園の教員の給与額に関しては特に指摘をしていない。)以上、原告らが主張する各事情を考慮しても、高校及び中等教育学校の教職員(部次長課長を除く。)を人件費削減の対象から除外し、高校及び中等教育学校の部次長課長並びに大学、小学校及び幼稚園の教職員の人件費のみを削減すべき合理的理由はなく、被告が、支配加入の意思により高校中等教育学校の教職員の賞与の支給水準を大学、小学校及び幼稚園の教職員と同じ水準に引き下げたと認めることもできない。また、原告らは、大学、小学校及び幼稚園の教職員が本件措置による人件費削減に反対していないと主張するが、大学、小学校及び幼稚園の教職員にのみ本件措置による人件費削減をした際には、同人らも反対する可能性が高いと考えられる。したがって、原告らの主張は採用することができない。
c 上記③の点につき、原告らは、平成24年以降増加した管理職の削減による人件費の削減のほか、部次長・主任らの手当の削減と担当授業数を週16時間とすることによる人件費の削減を実施すべきである旨主張する。しかし、学校法人の適切な運営のためには組織運営を担う管理職を適宜配置する必要がある上、管理職については、管理職として担うべき職務に応じて担当する授業時間数を調整する必要があるところ、原告らの主張を精査しても、被告による管理職の配置や授業時間数の調整等につき不合理な点があるとはうかがわれないし(なお、被告において週16時間の授業を担当している教員は管理職以外にも存在しておらず、原告組合の執行委員長である原告○○も、同人が担当する授業時間は週13時間にとどまっており、原告ら主張の管理職が担当すべきとする週16時間という授業時間数があくまで計算上の数値にすぎない旨自認している。)、前記1(6)ス(ア)で認定したとおり、管理職手当については、令和2年4月から30%減額されている上、当初の令和3年度までの2年間の予定を超えて、その後も現在まで同措置が実施されている以上、更なる手当の削減等は管理職の確保という観点からみても現実的ではなく、相当ではないから、原告らの主張は採用することができない。
また、原告らは、部次長学部長課長らの手当無給、内部理事の賞与無給、50周年記念事業を行うことを決定した平成27年度当時の理事長(学長)及び副学長の無給及び平岩前理事長による毎年1500万円の支出といった経営陣による財政負担を実施すべきである旨主張する。しかし、上記の管理職手当の減額のほか、前記1(6)ス(ア)で認定したとおり、役員報酬についても令和元年12月から賞与の20%が減額されている上、当初の令和3年度までの2年間の予定を超えて、その後も現在まで同措置が実施されており、更なる給与・報酬の減額等は管理職や役員の確保という観点からみても現実的ではなく(本件に現れた全ての証拠によっても、平岩前理事長が50周年記念事業につき、道義的責任はともかく、個人としての法的責任を負う必要があるのかは明らかでない。)相当ではないから、原告らの主張は採用することができない。
d 上記④の点につき、原告らは、令和3年度には夏季休暇期間でも終始冷房を付けているなど必要な経費削減措置を実施していない旨主張する。しかし、原告らが指摘することは、本件各シミューションが作成された後の事情である上、前記1(6)ス(ア)で認定したとおり、被告は、令和2年3月30日付け財政再建取組に基づき、役職手当の縮減その他の経費の節減のための措置を実施しており、その内容に特に不合理な点は認められず、相当であるから、原告らの主張は採用することができない。
e 上記⑤の点につき、原告らは、令和元年10月31日付け財政再建案及び令和2年3月30日付け財政再建取組にはいずれも「令和6年度まで5年間施設及び大規模な設備の整備は凍結する」と記載しているにもかかわらず、本件事業収支シミュレーションでは、令和元年10月31日付け資金収支シミュレーション及び令和2年2月29日付け資金収支シミュレーションとは異なり、施設関係支出を計上している旨主張する。しかし前記1(6)クで認定したとおり、これは、令和2年1月24日及び同月27日の私学事業団のヒアリングの際の担当者の指摘を受けて、被告において改修工事が必要不可欠な施設を調査したところ、本件各施設につき耐用年数を超過しているなど改修が必要であることが判明したため、調査後の令和2年3月に作成された財務シミュレーションである本件資金収支シミュレーションにこれらの改修に要する費用を施設関係支出として計上したものであり、合理的な理由があるから、原告らの主張は採用することができない。
また、原告らは、本件各施設の改修の要否や改修時期を遅らせることができない理由等が不明であるなどと主張するが、本件各施設の改修の必要性等は前記1(6)クで認定したとおりであり、いずれの施設についても改修が必要であるということができ、改修の内容や時期等についても不合理な点があるとはうかがわれないから、原告らの主張は採用することができない。
f 上記⑥の点につき、原告らは、減価償却費につき、本件各シミュレーションにおいて本来であれば年度ごとに変動があるにもかかわらず一定の概算値を採用している旨主張する。しかし、本件各シミュレーションに減価償却費が定額で計上された理由は前記1(6)シ(エ)で認定したとおりであり、かかる判断に特に不合理な点は認められず、相当であるから、原告らの主張は採用することができない。
g そのほか本件各証拠を精査しても本件各シミュレーションの信用性を否定すべき事情は認められず、原告らの主張は採用することができない。
イ 変更の可否について
そこで、本件各シミュレーションを前提に本件措置による労使慣行の変更の可否を検討する。
(ア)学校法人は、一般企業と同様に経済活動を営んでいるものの、利益の追求を目的とする一般企業とは異なり、教育・研究活動を目的としている上、財政的にも、その収入の大半が納付金、国や地方公共団体からの補助金で構成されており、安易に学生生徒の増員や給付金の増額を行うことは困難である上、税金を原資とする補助金その性質上、学校法人においてこれを自由に増額することは困難であることから、経営の永続性を担保するため、私立学校振興助成法により文科省が定めた学校法人会計基準に従った会計処理を行い、諸活動の計画に基づき必要な資産を学校法人会計基準30条1項所定の基本金として継続的に保持するとともに、収支の均衡を図ることが求められている。前記1(3)で認定したとおり、被告においては、少なくとも平成20年度以降、一般企業会計における損益計算に当たる事業活動収支における赤字及びキャッシュフローに当たる資金収支におけるマイナスが常態化しており、翌年度繰越支払資金を大きく減らしている状況にあったのであり、本件措置による人件費削減を実施しなければ、翌年度繰越支払資金が令和5年度には20億円を、令和9年度には2億円を下回り(前記1(6)ウ(イ)参照)恒常的に保持することが義務付けられている4号基本金である約8億円を確保することができないのみならず、運営資金が枯渇する可能性すらあったものと認められ、被告につき収支の均衡を著しく失している状況にあったことは明らかである。そして、前記ア(イ)bで説示したとおり、かかる事業活動収支及び資金収支の赤字の常態化の主要な要因は、文科省が本件通知において指摘するように、長期的な学生生徒数の減少のほか、被告の中学校、高等教育学校及び中等教育学校の人件費比率の高さにあると認められ、被告は令和元年11月に所管官庁である文科省から直ちに適切な経営改善が必要とされる集中経営指導法人に指定された上で人件費削減計画の実行を含めて人件費比率の正常化に取り組むことを強く求められているところ、かかる文科省等の指導にもかかわらず、経営改善の実績が上がらなかった場合等には部局の募集停止、設置校の廃止及び学校法人解散等を含む経営上の判断を促す通知がされる可能性もあること(前記1(6)も考慮すれば、翌年度繰越支払資金として被告の運営のために最低限必要とされる20億円程度を維持し、収支の均衡を図ることができるよう(被告が確保しておくべき4号基本金は約8億円であるところ、証拠によれば、被告は、顧問の公認会計士とも協議の上で、4号基本金とキャッシュフロー[例えば、被告は、令和4年度において期首から11月末までに資金を約11億円減少させている上、12月には賞与の支払として約7億円が必要となる。]を踏まえ、翌年度繰越支払資金として約20億円が必要である旨判断しており、その判断に不合理な点は認められず、被告の顧問会計士が翌年度繰越支払資金として約23億円が必要である旨指摘していることも踏まえれば、翌年度繰越支払資金として少なくとも約20億円が必要であると認められる。)、本件措置による人件費の削減を実施すべき高度の必要性があったものということができる。
そして、前記1(6)ス(イ)で認定したとおり、本件措置による給与の減額額は、教職員一人当たり年間で数十万円程度に及んでおり、かつ、単年度ではなく将来にわたって継続的に減額されることになる以上、労働者である専任教員の被る不利益の程度は小さくはないが、本給及び退職金は減額されず、年収と比較した減額割合も5%から6%程度にとどまっているともいえる上、本件措置による減額後も賞与乗率としては給与の5.0か月分が確保されており、企業等の一般的な水準としても高いこと(なお、例えば、東京都職員の賞与乗率は、令和2年度は給与の4.55か月分、令和3年度は給与の4.45か月分、令和4年度は給与の4.55か月分、令和5年度は給与の4.65か月分である)、入試手当についてもその廃止は入学試験の試験監督業務に従事した場合に支給される手当分(入試手当[監督])にとどまり、入試問題の作成に当たった場合に支給される手当分(入試手当[作問])は従前どおり支給されること、文科省が本件通知において被告の高校及び中等教育学校の教員の給与額が神奈川県内の教員の給与平均額よりも著しく高い状況にあることを指摘しており(前記1(6)セ)現に被告の高校の教員の年収の平均額は本件措置による減額後においても神奈川県内の公立校を除く高校の教員の平均額と比較しても平均年齢の差はあるものの高額であること(前記1(6)ス(ウ))に照らせば、労働者の被る不利益の程度がこれを受忍させることが法的に許容できないほど大きいとまではいえず、変更後の労働条件についても相応の合理性が認められる。
また、前記1(6)ス(ア)及びタで認定したとおり、被告は、かかる教職員の人件費の削減のみならず、授業料その他の学生生徒等からの納付金の改定といった増収対策のほか、役員報酬や管理職手当の縮減といった経営陣の人件費の削減その他の経費削減措置、週休2日制の導入といった代償措置も講じている上、人件費の削減につき、同じく削減対象となる幼稚園小学校及び大学の教職員や大学の教職員が組織する労働組合から反対の意思表示が明確に述べられた形跡はないところ、これらは本件措置による人件費の削減の合理性を間接的に補強するものである。
加えて、前記1(6)で認定したとおり、被告は、溝上理事長が令和元年9月30日の本件全体会において被告の全職員に対して被告の財務状況が厳しく、人件費の見直しを行うことが避けられないとの趣旨の発言をしてから、令和2年度以降に順次本件措置を行うまで、全職員に対して令和元年10月31日付け書面及び本件書面を交付するなどして、被告の財務の具体的な状況や人件費削減を含む財政再建のための各種取組を行うべき必要性等につき、財務状況のシミュレーション等を踏まえ具体的に説明をするとともに、本件措置を含む令和2年3月31日付け財政再建取組の具体的内容を周知しているほか、原告組合に対しても令和元年10月31日に全職員に対して同日付け書面を交付するのと同時に団体交渉を実施するための連絡をし、令和2年3月の理事会までに6回の団体交渉を行い、最終的な理解は得られていないものの被告の主張の根拠を示すなどして原告組合の理解を得るための相応の努力を重ねてきたものと認められる。
(イ)これらの事情に照らせば、本件措置による、専任教員らに対する本件賞与算出方法に基づく賞与乗率の引下げ及び入試手当(監督)の廃止に係る労使慣行の変更は、労働者の被る不利益を鑑みてもなお高度の必要性に基づく合理的な内容のものであるということができ、かかる労使慣行の変更は有効である。
また、非常勤講師についての非常勤講師賞与乗率は、前記2で説示したとおり、そもそも労使慣行の成立は認められないが、被告において、本件措置をとる必要性が高いこと、非常勤講師については本件措置についての代替措置が設けられているのかは明らかではないものの、それ以外の点については、専任教員らと同様に合理性も認められることからすれば、非常勤講師の賞与削減の被告の財務状況への影響はそれほど大きくないものであることや、もともと非常勤講師の収入が低額となっているとの原告らの指摘を考慮しても、本件措置による賞与の減額は有効である。
(3)原告らの主張
ア 原告らは、被告の運営のためには翌年度繰越支払資金として15億円程度を確保することができれば、年度途中に被告の運営資金が不足するような事態が生じることはなく、繰越支払資金として20億円程度は必要ない旨主張する。しかし、証拠によれば、現に令和4年11月末の時点での被告の資金収支差額は、期首と比較してマイナス11億円程度となっているところ、原告らが主張するように、前年度繰越支払資金が15億円程度にとどまる場合には、12月初めの時点での資金は計算上残り4億円程度しかなく、12月に支払うべき教職員の冬季賞与(約6.7億円)及び給与(約3億円)の合計額にも満たず、12月の納付金等による収入を考慮しても、これらの支払ができない可能性が否定できないほか、恒常的に保持することが義務付けられている4号基本金である約8億円を確保することもできていないのであるから、学校法人の財務状況として相当ではなく、原告らの主張は採用することができない。
なお、原告らは、令和4年度については水道光熱費の急騰があったことに加え、資金収支計算書においてグラウンドの修繕のために施設関係支出として1億円を計上しており、そのような年度の収支を前年度繰越支払資金の検討に用いるべきではないとも主張する。しかし、証拠及び弁論の全趣旨によれば、令和4年度の支出が、平成30年度から令和5年度までと比較して、特段多額であったと認めることはできないから、令和4年度の実績を基に、前年度繰越支払資金の必要額を検討することは相当である。これに反する原告らの主張は採用することができない。
イ 原告らは、仮に年度途中に被告の運営資金が不足する事態が生じたとしても、金融機関からの短期借入金で対応することができる以上、本件措置による人件費の削減を行う必要はない旨主張する。被告は、令和4年度に金融機関からの借入れを受けている(前記1(6)ソ)ものの、前記1(6)ソで認定したとおり、かかる金融機関からの借入れは、水道光熱費の高騰という予測できない事態が生じたことを受けて文科省に事前に相談の上で金融機関からの運営資金の借換えの限度で融資が認められたにすぎず、被告の運営資金の新規借入れが認められたわけではない。そして、被告が文科省による集中経営指導法人の指定を外れるためには、経営指導強化指標に該当しなくなるなど一定の経営改善を図る必要があり、同指標の一つである外部負債が運用資産を上回らないようにするため、安易に外部負債に当たる金融機関からの借入れを増やせるような状況にはないことは明らかであるから、運営資金の不足を金融機関からの借入れで対応することは現実的ではなく、原告らの主張は採用することができない。
ウ 原告らは、被告が文科省により集中経営指導法人に指定されているものの、文科省が高校及び中等教育学校を主体とする被告の法人解散を判断する可能性はほとんど考えられないと主張する。しかし、集中経営指導法人に指定され、文科省等による集中的な指導を受けたにも関わらず、経営改善の実績等が上がらなかった場合に部局の募集停止、設置校の廃止及び学校法人解散等を含む経営上の判断を促す通知がされる可能性があることは文科省の通知文書にも明記されており、かかる措置につき、学校法人の内容や規模による限定は何ら付されていない上、原告らの主張は、所管官庁である文科省による収支の改善に向けた指導を軽視するものであって、採用することができない。なお、原告らは、被告が令和5年度から大学に新たな学部を設置予定であることからしても、これを認可した文科省が被告を解散させることはない旨主張するが、証拠及び弁論の全趣旨によれば、被告は、文科省に届出をした上で令和5年に、大学において従前の「スポーツ健康政策学部」を「スポーツ科学部」とし、新たな学環として「現代教養学環」を設置したが、定員数には変更がなかったことが認められ、新学部設置等に関し、文科省の認可が必要であることを前提とする原告らの主張は、上記認定を左右するものではない。
エ 原告らは、平成21年以降の被告の資金収支が赤字である原因は、高校及び中等教育学校の人件費比率の高さにあるわけではなく、平成27年度の被告の創立50周年記念事業のための借入れによる借入金等返済支出が多額であったことによるものであり、教職員がかかる被告の経営の失敗による多額の借財の責任を負わされる理由はない旨主張する。しかし、そもそも、このような借入金等返済支出が記載されない事業活動収支が赤字となっており、これを改善する必要がある。そして、本件で議論されるべきは、被告が平成27年度に行った50周年記念事業その他の過去の経営判断の当否ではなく、あくまで令和2年3月の本件措置による労使慣行の変更の可否であり、本件措置による賞与及び入試手当の削減は、原告個人らに不利益を被らせるものではあるが、前記のとおり、令和2年3月時点での本件措置による労使慣行の変更の必要性や合理性が認められる以上、原告らの主張は採用することができない。
オ 原告らは、原告組合との団体交渉における前記第3の2「原告らの主張」欄(3)記載の被告の各行為がいずれも原告組合に対する誠実交渉義務に違反しており、本件措置の不合理性を基礎付ける事情である旨主張する。
(ア)原告は、令和元年10月31日付け財政再建案につき、原告組合に事前に開示することなく、全教職員に対してこれを交付したことを問題にしている。しかし、同案による労働条件の変更については、原告組合に所属する中学校高校中等教育学校の教職員のみに関係するものではなく、大学、小学校及び幼稚園を含む被告の全教職員に関係するものである以上、必ず教職員への開示に先立って原告組合に同案を開示しなければならないまでの合理的理由は見出し難い。また、その経緯をみても、前記1(6)イ(ウ)及びウ(ア)で認定したとおり、被告は、令和元年10月4日から同月16日にかけて原告組合から団体交渉に応じるよう求められた際にも、その都度、労使協議の対象となる具体的な財政再建案を策定中であり、策定後に団体交渉が必要な事項については労使協議をする用意がある旨を伝えており、直ちに団体交渉に応じることができない理由を繰り返し説明している上、現に、同月30日に理事会の承認を得て令和元年10月31日付け財政再建案が確定した後は、速やかに全教職員に対して同案を送付するとともに、原告組合に対しては、執行委員長である原告○○に書面を直接交付しつつ説明及び協議の場を設けることを依頼し、約2週間後の同年11月15日には団体交渉が開始され、同日から令和2年3月11日までの間、人件費削減を議題とする合計6回の団体交渉が行われていることも考慮すれば、被告の交渉態度は誠実交渉義務に違反するものではなく、同案の交付の経緯については、本件措置による労使慣行の変更の必要性や合理性を失わせるものではない。したがって、原告らの主張は採用することができない。
(イ)原告らは、被告が令和2年2月14日の第198回団体交渉において平成29年シミュレーションを開示しなかったことを問題にしている。当時、原告組合と被告との団体交渉において協議されていたのは、令和元年10月31日付け各シミュレーションに基づく同日付け財政再建案であるところ、被告は、要旨、平成29年シミュレーションは令和元年10月31日付け各シミュレーションに影響せず、平成29年シミュレーションを開示しなくても令和元年10月31日付け各シミュレーションの合理性及び正当性の判断は可能であるとしてその開示を拒否しており(前記1(6)カ(オ)、キ(イ)及びケ(イ)参照)、現に令和元年10月31日付け各シミュレーションは、大学基準協会からの指摘を受け、平成29年シミュレーションに依拠せずーから新しく作成されたものであって(前記1(6)ア、ウ(ア))、令和元年10月31日付け各シミュレーションに関する労使協議に当たり平成29年シミュレーションの検討が必須であったとはいえない上、前記1(6)で認定した労使交渉における原告組合の対応等からみて、被告の経営陣の経営責任を追及することが原告組合として平成29年シミュレーションの開示を求める理由の一つであったことは明らかであり、平成29年シミュレーションを開示した場合には、過去の被告の経営判断の当否に議論が及ぶことは避けられず、労使協議がより一層錯綜したものになった可能性が高かったことも踏まえれば、平成29年シミュレーションを開示しなかったことが直ちに誠実交渉義務に違反するとまではいえず、本件措置による労使慣行の変更の必要性や合理性を失わせるものではない。したがって、原告らの主張は採用することができない。
なお、前記1(5)で認定したとおり、平岩前理事長が、平成29年5月26日の団体交渉において、高校の入学者が720名を下回らない場合には教職員の賞与の維持が可能であるかのような発言をしているものと認められ、平成29年当時の被告の将来の財務状況に関する見通しが甘かったこと自体は否定できないが、過去の経営判断の誤りにすぎず、そのことから本件措置による労使慣行の変更の必要性や合理性が直ちに失われることにならない。
(ウ)原告らは、前記第3の2「原告らの主張」欄(3)イ(イ)記載のとおり、被告が原告組合から団体交渉において示された提案の検討を拒絶した旨主張する。しかし、前記1(6)で認定したとおり、いずれの提案についても、被告として検討自体を拒絶したわけではなく、検討の上で採用する合理的理由がないとしてこれを受け入れなかったにすぎず、原告らの主張は、その前提を欠いており、採用することができない。
(エ)原告らは、被告が令和元年11月に将来の資金収支のシミュレーションをするに当たって支出が多額であった平成30年度の資金収支を用いていることを問題にしているが、令和元年11月の時点で将来の財務シミュレーションをするに当たり前年度の資金収支を用いることに特に不合理な点はなく、相当であって、本件措置による人件費削減の必要性や合理性を失わせるものではないから、原告らの主張は採用することができない。
(オ)原告らは、本件資金収支シミュレーションで初めて施設関係支出を計上したことを問題にしているが、これに合理的理由があることは前記(2)ア(イ)で示したとおりであり、原告らの主張は採用することができない。
(カ)原告らは、減価償却費として一定の概算値を採用したことを問題にしているが、これに合理的理由があることは前記(2)ア(イ)fで説示したとおりであり、原告らの主張は採用することができない。
(キ)原告らは、被告が原告組合と十分な協議をしないまま人件費の削減を決定した旨主張する。しかし、前記(2)イ(ア)で説示したとおり、被告は、令和元年10月31日に全職員に対して同日付け書面を交付するのと同時に原告組合に対して団体交渉を実施するための連絡をし、令和2年3月28日の理事会までに6回の団体交渉を行い、最終的な理解は得られていないものの被告の主張の根拠を示すなどして原告組合の理解を得るための相応の努力を重ねてきたものと認められ、原告組合との交渉における被告の対応は、誠実交渉義務に違反するものではなく、本件措置による人件費削減の必要性や合理性を失わせるものではない。したがって、原告らの主張は採用することができない。
カ なお、前記1(6)アで認定したとおり、被告が平成30年に大学基準協会に対して提出した報告書には、要旨、減価償却費を除くと被告の事業活動収支の均衡がとれているとの記載があるものの、大学基準協会による認証評価を無事に通過するための便宜的な説明にすぎない面も否定できない上、大学基準協会からは財務評価につき最低のC評価がされるとともに、財務状況の改善に向けての是正勧告がされていること、前記(2)イで説示した各事情に照らし、同報告書の記載から本件措置当時の被告の財務状況に問題がないとはいえないことは明らかであり、上記結論を左右するものではない。
(4)小括
以上によれば、本件賞与算出方法に基づく賞与及び11万6000円の入試手当(監督)の支給を本件措置により変更・廃止したこと、本件措置による非常勤講師に対する賞与の減額はいずれも有効であり、原告個人らの請求はいずれも理由がない。
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