AGCグリーンテック株式会社男女差別訴訟
東京地方裁判所勝訴判決の確定にあたっての声明
1 原告は、AGC株式会社の100%子会社であるAGCグリーンテック株式会社(以下「AGCグリーンテック」という。)に勤める「一般職」女性である。
訴訟提訴時(2020年8月14日)まで、AGCグリーンテックでは、「総合職」は過去1名の女性を除き全て男性であり、「一般職」は1名を除き全て女性であった。「一般職」男性は、原告が加入する労働組合が男女差別是正を求めた後に「一般職」として採用されている。
このような中、AGCグリーンテックは「総合職」には借り上げ社宅制度(以下「本件社宅制度」という。)を利用させて賃料の8割などの負担をするが、「一般職」には住宅手当を支払うのみであり、大きいときには約24倍もの格差が生じていた。
2 2024年5月13日、東京地方裁判所民事第33部合議乙B係(別所卓郎裁判長、根本宜之裁判官、大門信一郎裁判官(口頭弁論終結時))は、本件社宅制度について、間接差別に該当するとして違法と認め、不法行為に基づく損害賠償請求を認容する判決(以下「本判決」という。)を言い渡したが、AGCグリーンテックは控訴を断念し、同月28日に本判決が確定した。
本判決は、日本で初めて間接差別を違法と認め、かつ、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(以下「均等法」という。)に定めた三類型以外の間接差別についても違法と判断した点で、極めて画期的な判決である。
3 AGCグリーンテックは、控訴をしていないことからも、本判決が判示した本件社宅制度が間接差別に該当し違法であるという点を認めたものである。
本判決は、間接差別の是正に関し、「平成23年7月以降、被告が社宅制度の利用を総合職のみ認め、一般職に対して認めない運用を続けていることは、均等法の趣旨に照らせば、間接差別に該当し、被告はそれによる違法な状態を是正すべき義務を負っている。そして、被告がこうした状態を是正する場合、相当数の総合職が恩恵を受けている社宅制度自体を撤廃することは事実上困難であるから、一般職にも社宅制度の適用を認め、総合職と同一の基準で待遇すること以外に現実的な方策は考え難い。かかる方策をとることなく、間接差別に該当する措置を漫然と継続した被告の行為は違法であり、少なくとも過失が認められることから、被告はこれにより原告に生じた損害につき賠償する責任を負う。」と判示している。
このように、AGCグリーンテックは、控訴をせず、本判決を受け入れたのであるから、本判決が示すとおり、一般職にも社宅制度の適用を認め、総合職と同一の基準で待遇し、間接差別を是正し、重大な人権侵害を改めなけなければならない。
均等法の「法の下の平等を保障する日本国憲法の理念にのつとり雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保を図る」(第1条)という趣旨や本判決が判示する上記内容に照らしても、「総合職」男性の待遇を下げて「一般職」女性との均等な待遇を確保したように見せかけることは決して許されるものではない。万が一、AGCグリーンテックが本件社宅制度を改悪して、「総合職」男性の待遇を引き下げるということがあれば、就業規則の不利益変更(労働契約法9条、10条)としてその効力は認められない。AGCグリーンテックの法的責任が生じ得るのみならず、男女差別を是正したものとは到底言えるものではなく、ビジネスと人権に関する指導原則の観点からして、親会社であるAGC株式会社も厳しい社会的批判は免れない。
原告、弁護団及び原告を支援する労働組合は、AGCグリーンテック及びAGC株式会社に対し、本判決を真摯に受け止め、本件社宅制度を一般職にも認めることでの是正を図ることを求める。
4 日本を代表する大企業の一つであるAGC株式会社の子会社でさえ、本判決が示した間接差別が存在することからすれば、日本の多くの企業においても間接差別が存在することが考えられる。本判決を契機として、企業には改めて自主的に間接差別の是正を図るべきである。
また、均等法第7条、同法施行規則2条は、間接差別となる対象事項を限定列挙しているが、本判決が示すとおり、均等法が定めたもの以外にも間接差別として違法となることが司法判断として明確になった。そのため、国会・政府には、均等法7条・同法施行規則2条による限定を撤廃し、間接差別をしてはならないことを明確にする法改正をすべきであるとともに、男女差別が依然として日本企業に存在することを直視し、格差やその合理的理由の立証責任の転換など、男女差別の是正を図ることが可能となる法制度に改めることが求められる。
以上
2024年5月29日
原告
原告弁護団
ユニオンちよだ
千代田区労働組合総連合
千代田区労働組合協議会
弁護士の平井康太です。
AGC株式会社の100%子会社であるAGCグリーンテック株式会社の男女差別訴訟で、本日(2024年5月13日)、東京地方裁判所が男女差別(間接差別)を認め、原告勝訴判決を言い渡しました。
原告の弁護団として、私のほかには、当事務所の今野久子弁護士、小林譲二弁護士、大竹寿幸弁護士が担当しています。
1 本件の概要及び本判決の意義
AGCグリーンテックでは、本件提訴まで、「総合職」には過去1名を除き男性のみで、「一般職」には1名を除き女性しかいませんでした。
本件で特に問題となったのは、社宅制度です。被告の社宅制度は、いわゆる借り上げ社宅で、賃貸物件の賃料の何割を補助するというものですが、その負担が8割にも及ぶ場合があります。この社宅制度は「総合職」のみを対象としています。
他方で、社宅制度の適用がない「一般職」には住宅手当の支給がありますが、社宅制度の適用がある「総合職」と比較すると、過去には最大で約24倍もの差が生じることもあり得る制度となっており、現在でも「一般職」(女性)が著しく不利な制度となっています。
また「総合職」には、自己都合の場合であっても社宅制度の利用が認められており、転勤の有無などは関係がない実態がありました。
本件において、東京地方裁判所は、「一般職」に社宅制度の適用を認めないことを間接差別として違法と認めました。間接差別に該当し違法と判断したのは本判決が日本で初めてと思われ、画期的な判決と評価しています。
ここで、直接差別と間接差別の違いですが、直接差別は性別を理由とする差別のことで、差別意思が必要とされています。他方、間接差別は性別以外の事由を理由とする実質的な性差別で、差別意思の存在を問わないとされています(水町勇一郎教授『詳解労働法[第3版]』349頁)。
過去の男女差別訴訟では、使用者の男女差別意思の立証が困難で、男女差別(直接差別)が認められないというハードルがありました。しかし、間接差別は男女差別意思の立証が求められないことから、間接差別が違法と認められれば、男女差別と認められる範囲が広くなります。
本判決は、男女差別について間接差別の判断枠組みを示し、間接差別に該当することを初めて認めた判決として画期的です。また、男女雇用機会均等法第7条は間接差別が認められる場合を限定列挙しているのですが、本判決は、男女雇用機会均等法第7条に定める間接差別以外の間接差別についても違法となることを認めており、この点でも画期的といえるでしょう。本判決は、本件に限らず、男女差別の是正の可能性を大きく広げるものです。
2 間接差別についての判断
間接差別について裁判所が判示した判断枠組みは次のとおりです。
「均等法(平成18年6月21日号外法律第82号による改正後)7条は、『事業主は、募集及び採用並びに前条各号に掲げる事項に関する措置であつて労働者の性別以外の事由を要件とするもののうち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率その他の事情を勘案して実質的に性別を理由とする差別となるおそれがある措置として厚生労働省令で定めるものについては、当該措置の対象となる業務の性質に照らして当該措置の実施が当該義務の遂行上特に必要である場合、事業の運営の状況に照らして当該措置の実施が雇用管理上特に必要である場合その他の合理的な理由がある場合でなければ、これを講じてはならない。』旨規定している。
均等法7条を受けた同法施行規則2条2号には、『労働者の募集若しくは採用、昇進又は職種の変更に関する措置であつて、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするもの』が挙げられている。ここには、住宅の貸与(均等法6条2号、同法施行規則1条4号)が挙げられていないものの、①性別以外の事由を要件とする措置であって、②他の性の構成員と比較して、一方の性の構成員に相当程度の不利益を与えるものを、③合理的な理由がないときに講ずること(以下「間接差別」という。)は、均等法施行規則に規定するもの以外にも存在し得るのであって、均等法7条には抵触しないとしても、民法等の一般法理に照らし違法とされるべき場合は想定される(平成18年6月14日衆議院厚生労働委員会「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律及び労働基準法の一部を改正する法律案に対する附帯決議」、令和2年2月10日雇均発0210第2号「「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」の一部改正について)参照」。
そうすると、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、同法7条の施行(平成19年4月1日)後、住宅の貸与であって、労働者の住居の移転を伴う配置転換に応じることができることを要件とするものについても、間接差別に該当する場合には、民法90条違反や不法行為の成否の問題が生じると解すべきであり、被告の社宅制度に係る措置についても同様の検討が必要である。すなわち、措置の要件を満たす男性及び女性の比率、当該措置の具体的な内容、業務遂行上の必要性、雇用管理上の必要性その他一切の事情を考慮し、男性従業員と比較して女性従業員に相当程度の不利益を与えるものであるか否か、そのような措置をとることにつき合理的な理由が認められるか否かの観点から、被告の社宅制度に係る措置が間接差別に該当するか否かを均等法の趣旨に照らして検討し、間接差別に該当する場合には、社宅管理規程の民法90条違反の有無や被告の措置に関する不法行為の成否等を検討すべきである(「労働者に対する性別を理由とする差別の禁止等に関する規定に定める事項に関し、事業主が適切に対処するための指針」(平成18年厚生労働省告示第614号・最終改正:平成27年厚生労働省告示第458号)第3の1(1)、(3)ロ参照)。」
このような間接差別の判断枠組みを裁判所が示すことは本判決が初めてと思われ、他の事件においても間接差別法理が妥当する可能性を切り拓いたものと考えられます。
そして、本判決は、「少なくとも平成23年7月以降、社宅制度という福利厚生の措置の適用を受ける男性及び女性の比率という観点からは、男性の割合が圧倒的に高く、女性の割合が極めて低いこと、措置の具体的な内容として、社宅制度を利用し得る従業員と利用しえない従業員との間で、享受する経済的恩恵の格差はかなり大きいことが認められる。他方で、転勤の事実やその現実的可能性の有無を問わず社宅制度の適用を認めている運用等に照らすと、営業職の採用競争における優位性の確保という観点から、社宅制度の利用を総合職に限定する必要性や合理性を根拠づけることは困難である。そうすると、平成23年7月以降、被告が社宅管理規程に基づき、社宅制度の利用を、住居の移転を伴う配置転換に応じることができる従業員、すなわち総合職に限って認め、一般職に対して認めていないことにより、事実上男性従業員のみに適用される福利厚生の措置として社宅制度の運用を続け、女性従業員に相当程度の不利益を与えていることについて、合理的理由は認められない。したがって、被告が上記のような社宅制度の運用を続けていることは、雇用分野における男女の均等な待遇を確保するという均等法の趣旨に照らし、間接差別に該当するというべきである。」と判示しました。
その上で、本判決は、「上記のとおり、平成23年7月以降、被告が社宅制度の利用を総合職にのみ認め、一般職に対して認めない運用を続けていることは、均等法の趣旨に照らせば、間接差別に該当し、被告はそれによる違法な状態を是正すべき義務を負っている。そして、被告がこうした状態を是正する場合、相当数の総合職が恩恵を受けている社宅制度自体を撤廃することは事実上困難であるから、一般職にも社宅制度の適用を認め、総合職と同一の基準で待遇すること以外に現実的な方策は考え難い。かかる方策をとることなく、間接差別に該当する措置を漫然と継続した被告の行為は違法であり、少なくとも過失が認められることから、被告はこれにより原告に生じた損害につき賠償する責任を負う。」と判示して、不法行為に基づく損害賠償請求を認めています。
男女差別は法の下の平等(憲法14条1項)に反する重大な人権侵害です。AGCグリーンテックには本判決を真摯に受け止めて、男女差別を是正すべく、一般職にも社宅制度の適用を認めることが求められ、併せて、親会社であるAGC株式会社に対しても、ビジネスと人権の観点から、AGCグリーンテックについて男女差別を速やかに是正させることが求められます。
4 声明
弁護団、原告、原告を支援する労働組合の声明は以下のとおりです。
本件に関する報道としては以下のものなどがありました。
“総合職男性社員だけの社宅制度は間接差別で違法” 会社側に損害賠償命じる判決 東京地裁 | NHK | 働き方改革
総合職限定の社宅制度は女性への「間接差別」 東京地裁が初認定:朝日新聞デジタル (asahi.com)
総合職のみ家賃補助は「間接差別」 会社側に賠償命令 東京地裁 | 毎日新聞 (mainichi.jp)
総合職の男性厚遇は女性差別 AGC子会社、「間接」初認定:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)