弁護士の笹山尚人です。
首都圏青年ユニオンとその顧問弁護団が取り組んだ、株式会社SPDセキュリA(以下、「会社」といいます。)との間の警備業労働者の未払い賃金請求事件が勝利和解で解決しました。
事案の概要と問題点
当該労働者は、会社との間で期間の定めなく労働契約を締結している労働者2名。会社が受託しているスーパーマーケットでの警備業務に従事しています。勤務形態には日勤と夜勤があり、夜勤の場合終業時刻は午前1時40分と定められています。賃金は日当扱いで支給されていました。
問題は、「前超勤」と「深夜手当」でした。
会社は、シフト時間開始前から職場に入って着替えや引き継ぎノートの確認を行うことを求めており、通常そのために20分程度時間を要します。この部分についての賃金が未払いでした。
また、夜勤の場合、午後10時を超えて就労することになりますが、この部分の深夜手当が支払われているのかいないのか、契約上曖昧でした。
当該労働者2名はこれらの問題を整理し明確にし、未払いの賃金の支給を求めて首都圏青年ユニオンに加入し、ユニオンは会社に団体交渉を求めましたが、会社は、団体交渉を一度行った段階で、2016年7月25日、横浜地裁に債務不存在確認請求事件を起こしてきたのです。
当該労働者2名は、これを受けて立つとともに、未払い賃金請求の反訴請求を提起しました。
反訴提起にあたって苦労したのは、会社の当該労働者に対しての支払いが日給として支給されているものでしたが、これが深夜手当を含むのか含まないのか、途中の経過もあって曖昧なため、時間単価をいくらと想定すべきかが判然としなかったこと。また、前超勤について、その実態を示す客観的証拠がない中で、前超勤の事実を何分と想定してそれをどのように立証するか、ということでした。
訴訟は、前超勤の事実の存否と、深夜手当の支払いの有無を争点にこの間推移してきましたが、裁判所の仲介で和解協議が開始され、2017年12月21日、和解が成立しました。
和解の内容
まず和解には、首都圏青年ユニオンが支部であるため、本部である東京公務公共一般労働組合が「利害関係人組合」として参加しています。
そのうえで、大要以下が取り決められました。
1、会社は、警備業に就く労働者と労働契約において、通常の労働時間分の賃金と、時間外や深夜などの割増賃金とを明確に区分けし、今後警備業に就く労働者を募集する際にはこの内容を明示する。
2、会社は、当該労働者2名を含む警備業労働者との間で、上記1の内容の労働契約を締結する。会社は、労働契約に関しては雇用契約書を作成して労働者に渡し、変更する場合も雇用契約書を変更したものを作成して労働者に渡す。
3、会社は、当該労働者2名を含めた警備業に就く労働者に、シフトで取り決めた労働時間前に出社する義務のないことを確認する。
4、会社は、厚生労働省のガイドラインが定める労働時間管理を実施し、警備業に就く労働者の労働時間管理を徹底する。
5、会社は、年次有給休暇の取得日数、残日数を、当該労働者2名を含めた警備業に就く労働者に対して個別に説明してその取得を全社的に促進する。
6、会社は、当該労働者2名と利害関係人組合に対して、解決金80万円を支払う。
7、会社は、利害関係人組合から団体交渉申し入れがあった場合、これに誠実に応じる。
本件和解の意義
本件和解の特徴は、第一に、前超勤の問題と深夜手当の問題について、解決金の条項において実質的に当該労働者2名の主張が認められた形になった成果が得られたこと、前超勤を今後解消する内容を勝ち取ったことです。
当たり前のことですが、シフト以前への準備的な行為についての就労指示をしたなら、その時間は労働時間と把握され、賃金が発生するものになる。労働基準法の定める深夜割増手当は、支給しなければならない。これらの原則が確認される結果となりました。
第二に、裁判上の和解としては珍しいことに、当該労働者2名にとどまらず、職場全体の賃金、労働時間、年次有給休暇に関わる合意を形成している点にあります。
裁判で問題になっているのは当該労働者だけであるということで、裁判上の和解において職場全体に関する取り決めが行われることはあまり例のあることではありません。その意味で今回の和解は、職場の労働者全体に対する波及効果が明確に定められたという点に意義があります。
第三に、会社が、労働法遵守路線を明確に打ち出したことです。
上記和解の1から5に関しては、労働基準法等の労働法規に明確に定められていることであり、本来は放っておいても社会に当然実現していなければならないことです。国会でも国会議員からそのことが問題にされれば、厚生労働省は、「それはそうだ、もし違法行為をしている企業が横行している実態があるなら指導を強化する」、と答弁するのです。
しかし、現実には多くの会社で、労働法規は遵守されていません。それどころか、違法な就労環境をあえて創設して利益を上げようとする企業、違法を指摘されても誤魔化そうとしたり問題視した労働者を追い出して隠ぺいしようとしたりする企業が後を絶ちません。「ブラック企業」というネーミングは、そうした企業体であることを象徴する言葉です。
今回、会社が当該労働者2名に対して行ってきた実態は、労働法を守ろうとしないものでした。しかし、今回の和解を通じ、会社は、上記和解の取り決めをすることで、労働法規遵守の姿勢を明確に打ち出したことになります。この点も、大いに評価できることです。
第四に、労働組合との誠実協議条項を入れることで、労働組合軽視があってはならないことを明確にしたことです。この事件は、団体交渉が行われているさなかに、当初会社から債務不存在確認請求という形で裁判が始まりました。こうした団体交渉中に裁判提起するような労働組合軽視を許すことはできません。そのことについても本件和解は明確にすることができました。
第五に、本件和解が、秘密保持ではない形で締結されたことです。第一から第四までの成果は、大いに誇るべきことですが、それを世の中全体に伝え広げること出来る形になりました。何かと不祥事を公にしたくないと秘密条項を入れたがる企業が極めて多い中、こうした和解を勝ち取れたことは大きな成果です。
世の中で大いに活用を
この勝利和解とその意義を大いに世の中全体が共有し、活用してくれることを期待します。
最後に、奮闘した、当該労働者2名と、これを支えた首都圏青年ユニオン、毎回の裁判の傍聴支援に駆け付けてくれたと首都圏青年ユニオンの組合員と、首都圏青年ユニオンを支える会の会員の皆様に、大きな拍手を。
本件を担当した弁護士は、首都圏青年ユニオン顧問弁護団から、笹山尚人、中川勝之(東京法律事務所)と、竹村和也(東京南部法律事務所)です。
弁護士の今泉義竜です。
医療法人T会の医師Aさんが雇止めされた事件において、
12月1日、労働審判においてT会が約1000万円の解決金をAさんに支払う内容での調停が成立しました。
◆雇止めの経過◆
Aさんは、10年以上にわたり、1年契約を毎年更新してきました。
期間の定めのある雇用契約であっても、本件のように長期にわたり反復更新してきた場合には、
①客観的合理的な理由②社会通念上の相当性がなければ雇止めは違法・無効となります(労働契約法19条)。
本件では、労働条件の不利益変更への同意を拒否したことが
雇止めの理由であることはメールに残っていた経過から明らかでしたので、
合理的理由のない雇止めであることは比較的明らかな事案でした。
もっとも法人は、労働審判では、病院経営を任されていたAさんの
売上が低かったこと、レセプト(医療報酬明細書)の目標枚数を達成しなかったこと、
新規事業を開拓しなかったこと、などを雇い止めの理由として
主張してきました。
使用者が後付で雇い止め理由を追加してくるということはよくあることですが、
医師に売上目標を課すという点や、診療に日々追われる医師に「新規事業の開拓」を
求めること自体、無理筋の主張と思われました。
◆うっかりでた理事長発言◆
労働審判の審理で決定的だったのは、審判の期日に出頭した理事長の発言です。
理事長は、審判官から聞かれたこと、聞かれていないことも含め
色々と話をする中で、話の流れでついこう言いました。
「(Aさんは)医師としては極めて優秀です」
つい本音が出たものと思いますが、この発言で、
Aさんの雇止め理由に合理性がないことが
審判委員会に決定的に印象付けられたものと思います。
本件は不当な雇止めであり、許されないことですが、
平気でウソを並べ立てる経営者が世の中にはたくさんいる中で、
審判期日でAさんの医師としての能力について
ある意味正直な発言をした理事長の姿勢には、
敬意を表したいと思います。
◆口外禁止について◆
ところで、東京地裁においては、労働審判の調停成立時に
全面的な口外禁止条項を入れるという運用が横行しています。
口外禁止を当然のものとして考えている裁判官や労働審判員も多いのが残念ながら実情です。
本件でも、労働審判員が「私が経験したすべての事件で口外禁止条項を入れてきた」と
豪語して、よくわからない圧をかけてきてこちらに対し相手方の要求する全面的口外禁止を飲むように説得してきました。
結果的には、交渉の末に全面的な口外禁止は入れさせずに調停を成立させることができました。
そもそも、「口外禁止」=「口止め」というのは、事件を闇に葬ることにつながります。
私は依頼者があえて秘匿することを望まない限り、
労働紛争が解決したということについては、広く周知すべきことだと考えています。
使用者が同じような事件を二度と起こさないためには、
教訓として内部的に自省するのみならず、
情報を共有し社会的に監視する、ということが大事だと思うからです。
また、同じようなトラブルに苦しむほかの労働者にとっても、具体的解決例を知ることで
泣き寝入りから一歩踏み出すきっかけになるのではとも思っています。
日本大学のスポーツ科学部及び危機管理学部は、2016(平成28)年4月に新設された学部ですが、その英語担当の非常勤講師16名全員が、2017(平成29)年度末の雇い止めの危機にさらされています。
日本大学の平成26年11月28日付けの「非常勤講師採用に関する書類等の提出について(依頼)」には、「※ 平成28年4月からご担当願います。」「※ 完成年度の平成32年3月までは,継続してご担当いただきますよう,お願いいたします。」と記載されています。
「完成年度」とは、学年進行終了時の4年を意味し、少なくとも4年間の継続雇用を期待させるものです。しかも担当開始の約4か月前ではなく、約1年4か月前の連絡です。
新設学部は「完成年度」までの4年間の計画で文部科学省に認可を受けており、合理的理由がない限り、カリキュラムや教員の変更は認められていません。
今月15日、東京大学の非正規教職員の雇用問題にも取り組んでいる首都圏大学非常勤講師組合が記者会見をしたので立ち会ってきました。前記雇い止めは新設学部の認可を不履行にするものであり、文部科学省に日本大学への是正指導を求めていると報告等しました。
また、日本大学は、上限5年で雇い止めにする制度を非常勤講師に導入しており、前記雇い止め問題も含めて、組合は団体交渉を申し入れています。
この問題で記事も出ています。
日大雇い止め撤回を 非常勤講師立つ
どの大学が無期転換ルールを最初に踏みにじるのか、注目です。
電波新聞残業代請求事件勝利和解にあたっての声明
1 事件の概要
2017年12月15日、電波新聞残業代請求事件において、労働者側の勝利和解が東京地方裁判所(民事36部・石田明彦裁判官)にて成立した。
㈱電波新聞社は、日刊電波新聞や電子工作マガジンといった、電子部品・家電などに関する新聞・メディアを発行する従業員80名程度の株式会社である。
同社においては長年ワンマン社長による従業員に対する暴言や理不尽な業務命令といったハラスメントが横行し、労働時間管理がなされない中で長時間労働が強いられる一方、36協定はなく残業代も払われない状況であったところ、記者として勤務する2名の労働者が、新聞労連・新聞通信合同ユニオン電波新聞支部を結成し団体交渉で労働条件の改善を求めてきた。その中で、会社が任意に支払いをしない未払い残業代について、当該2名の組合員が原告となって2年分の残業代合計約1200万円を求めて2016年11月22日に提訴したのが本件である。
2 和解内容
原告らが、PCのログ履歴、日記、会議メモ、休日出勤届けなどの証拠により残業の実態を明らかにした結果、裁判所は会社に対し一定の残業代の支払いによる解決を強く促し、会社が解決金を支払う形での和解が成立する運びとなった。
さらに、原告ら及び組合は、訴訟の中で、社長によるハラスメントが横行していることを問題視し、将来のハラスメントを行わないことや、全従業員に対する労務管理を適切に行うことを求め、和解の条件として提示した。
その結果、以下の項目での和解が成立した。
⑴被告は、原告らに対し解決金を支払う(金額は非公表)。
⑵被告は、平成29年12月26日までに適正な手続きに則り従業員代表を選出し、36協定を締結することを確約する。
⑶被告は、原告ら及びその他従業員が法定労働時間を越えた時間外労働をした場合には、同時間外労働に対して労働基準法に基づく割増賃金を支払う。
⑷被告は、原告ら及びその他従業員が休日出勤をした場合には、同休日出勤に対して労働基準法に基づく割増賃金を支払う。
⑸被告は今後暴言等のパワーハラスメントととらえられる言動をしないことを確約する。
3 本件の意義
本件は、単に原告2名の残業代を支払わせたというだけにとどまらず、会社に対し全従業員に対する労務管理のあり方を根本的に是正させる和解を勝ち取ったという点で、重要な意義がある。
また、和解交渉が大詰めを迎え、成立直前であった本年12月1日、数々のパワハラを行ってきた社長が代表取締役社長を退任し、社長の長男が代表取締役社長に就任したことが発表された。原告ら及び組合が社長によるパワハラや違法行為の数々を追及してきたことが、社長の早期退陣につながったものと推察される。
私たちは、新社長のもとで、電波新聞で働く従業員が生き生きと働ける職場環境を確立し、質の高い紙面を読者に提供し、より一層会社を発展させていくために、引き続き力を尽くす決意である。
2017年12月15日
日本新聞労働組合連合
新聞通信合同ユニオン電波新聞支部
原告ら代理人弁護士 今泉義竜