「野々宮図書館」で住み込みのアルバイトを始めて数日が経った。たまに、田所さんやパートナーが(冷やかし半分に)顔を見に来てくれるものの、基本的にはこの不気味な洋館に自分一人……。最初の内は怖くて仕方が無かった。逃げ出そうと考えたことも一度や二度じゃない。だが、何かがここに踏み止まらせている。単位なんかじゃなく、もっと別の「何か」が。
玄関に飾られている肖像画に描かれた女性。ある日、田所さんに夢に現れるこの女性について聞いてみたところ、既にこの世にはいないらしい。だが、夜ごと夢に現れ「ニゲロ」と伝えて(脅かして)くるこの女性の存在を、自分は確かに感じている。
……開かずの間。もし、それが開くことがあったなら。
そう思ったとき、心の中に巣くう恐怖が溶け出し、代わりに「何か」を予感するようになっていた。 長い夏は、まだ始まったばかりだった。
more...