昨日のエントリはなんか意図しない方向に各方面で議論されちゃってたような。 ネタとして妥当だったとか、ネタの意図まで理解できないとネタだとわかってもだめだとか、そもそも色々考慮して読んでも意図がわからないよとか。 まさか、ネタとわかってなおその意図について疑義を呈する必要が有るかとまでは思わなかったなあ。というのは僕が銀英伝を知っているからではない。日本語ムズカシネ。 単純な構造として、XXは悪だなんてかけらも思っていない人が、架空の、あるいは実在の悪と目される人物あるいは団体に、あるいは、皮肉るべき対象であるところの衆愚という名の世論に、「やっぱりXXは悪だ」と語らせる。そのことにより、「ひでーこと言いやがるなあこいつら」みたいな印象を与えるわけだ。で、その背景にある思想なりがそういうことを言わせる=そういう考え方は駄目だ、というのを暗に提示するわけ。そのひとつの手法として、そのような立場
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