『宇宙は数式でできている なぜ世界は物理法則に支配されているのか』(須藤靖 著)朝日新書 宇宙に興味があるのに、意味不明の数式だらけだった高校の物理が苦手で、よくわからなかった。そんな人は少なくないだろう。 「細かい数式なんて、本当はどうでもいいんです。最終的に覚えていてほしいことはただ一つ。私たちの宇宙と自然界は法則に従っていて、それは数学で書き下せるということだけです」 そう語るのは、東京大学教授の須藤靖さん。数式が苦手な人でも楽しめる『宇宙は数式でできている なぜ世界は物理法則に支配されているのか』を上梓した。 「今までの研究を通じて、私は『この世界は数学で記述される法則に支配されている』と信じざるをえない実例を数多く目の当たりにしてきました。この驚くほど単純な世界観に納得してほしいと思って書きました」本書は、ニュートンやアインシュタインなどの物理学者が「発見」した理論とそこから得

物理学者の不器用さ、応援したくなる 知り合いの編集者から、「物理学に関係した小説を出版予定なのですが、科学的立場からコメントする監修者となっていただけませんか?」という連絡を受け取った(つまり、この書評はある意味ではゆる~い利害関係者によるものであることをあらかじめ明記しておく)。軽い気持ちでお引き受けし、早速読んでみてずいぶんと驚かされた。 まず、著者は米国人である。しかし、本書は英語からの翻訳ではない。著者自ら日本語で執筆したものである。それを教えられずに読んだ人は決して、著者が日本人でないなどとは夢にも思わないだろう。私は最初、マーニーとは日本人のペンネームではないかと疑ってしまったほどだ。今でもまだ完全に信じられずにいる。 しかしこの点だけを強調するのは、著者に対して失礼というものだ。日本人が書いた(としか思えないほど高いレベルの日本語の)小説であろうと、つまらないものはつまらない

過去のデータを分析して、その傾向から何かしらの因果や法則を見出し、再現性を計測する。この営みを科学という。営むターゲットが素粒子や遺伝子や恒星など、適用先によって呼び名は違えども、本質は一緒だ。営まれてきた研究成果や論文は膨大な数となり、かつ、指数関数的に積み上がっている。 では、適用先を「科学」そのものにしてみたら?つまり、「科学の営み」そのものをターゲットとし、論文、プレプリント、助成金申請書、特許を過去データとし、研究活動の痕跡データを解析する。 なにしろ登録された論文だけでも5,800万件にも及ぶ。論文の最初の1ページをプリントアウトして積み上げると、キリマンジャロの頂上(標高5,895m)まで達する。これを「科学の山」という。 うち1,000回以上引用されたのは頂上付近の1.5m で、ほぼ頂点となる上から1.5cmは、1万回以上引用されたものになる(ちなみに、五合目以下の半分は、

図書館の資料(本・CD・DVD)が、どうやって選ばれているかご存じでしょうか? 今回は、一般の方がなかなか知り得ない、図書館の本選び(選書)についてお話してみたいと思います。図書館員がよく使用する選書ツールに、『週刊新刊全点案内』という雑誌があります※1。 一般流通はしていないので、図書館関係者以外、ほとんどの方は知らないでしょう。 これは、図書流通センターという図書館管理業務(図書館の運営)を請け負う企業が、図書館向けに発刊している書籍です。 100~150文字程度の簡単な内容の説明文が書かれており、全てではないものの、多くの書籍の表紙画像も付いています。 「全点」を謳っているものの、実際には全点を掲載しているわけではありません。 図書流通センターの触れ込みでは、「最も網羅的な出版情報誌」とのこと。 しかし実際には掲載されているのは、選書されたものになります。 ◆明示されている非掲載ジ

本が売れなくなった話はごちゃごちゃしているので、整理したいと思って書きます。 たくさんの方に読んでもらっているようです。 ご意見・反論はコメントをいただけると、他の方のためにもなります。 ◼️【業界でない人向け】書籍と雑誌の違い前提として、取次を介して商業的に流通している本(以下、本)には書籍と雑誌があります。 裏に雑誌コードがあれば雑誌、なければ書籍です。 コミックはたいてい雑誌ですが、雑誌コードがなければ書籍です。 しかし、いわゆる「雑誌が売れなくなった」という話のときはコミックは含みません。 雑誌の売上が減っていることや、その原因については争いがないと思うのであまり触れません。 書籍の話だけをします。 ◼️「書籍」の売上推移書籍の売上推移は以下です。 棒グラフが売上です。 【出典】 1995年以降、30年間で1兆円から6000億円に、40%減っています。 70%減っている雑誌よりはマ

「戦国の世」のはじまり 応仁の乱から長く続いた戦乱の世も、ある戦国大名の登場によって、ようやく終わりを迎えます。その戦国大名とは、織田信長(1534~1582)です。1573年、室町幕府の第15代将軍である足利義昭(1537~1597)が京都から追放され、室町幕府が事実上、滅亡しました。室町時代(戦国時代)が終わり、安土桃山時代が始まりました。 織田信長(1534~1582) ただし、天下人となった織田信長の時代は長くは続きませんでした。1582年、明智光秀(1528?~1582)の謀反(本能寺の変)によって、信長は命を落とします。信長の家臣だった豊臣秀吉(1537~1598)(当時は羽柴秀吉)は、すぐさま明智光秀を討ち、以降、信長の後継者としての発言力を増していきます。1585年には、秀吉は武士として初めて、天皇を補佐する役職である「関白」になり、その地位を確実なものとしました。 秀吉と

✑花田菜々子 ちくま文庫は2025年12月4日に創刊40周年を迎えます。ここまで来られたのも、ひとえに読者のみなさま、そして書店さまのおかげです。心より御礼申し上げます。 40周年を記念して、高円寺にある書店「蟹ブックス」の店主・花田菜々子さんが寄稿してくださいました。 蟹ブックスはオープンして4年目の書店だが、オープンからずっと驚異的に売れ続けているちくま文庫の本がある。『傷を愛せるか』(宮地尚子)。累計で600冊くらい売っている。全国的なロングセラーとはいえ、トラウマの研究者による旅エッセイ、という地味といえば地味な内容で、当店でそこまでプッシュしているわけでもないのだが、永遠に売れ収まらないので、平積みのいい場所から3年間動かせずにいる。そんな本は当店の中でもこの『傷を愛せるか』だけなのだ。 宮地尚子『傷を愛せるか』 こうなると、いったいなぜこの本はそこまで売れるのだろう、と考えざる

「運転手」の問題は、どちらを選んでも「加害する」になる。そのため、「1人か5人か」を選ぶ消極的義務の中での問題となり、義務違反を最小化するために1人を犠牲にするという理屈は<一応は>成り立つ。 一方、「歩道橋」バージョンは、「善行する(5人を助ける)」と、「加害する(1人を殺す)」の衝突が起きている。 この場合私たちは、それぞれの義務を果たす、あるいはそれに背くといった、行為の性質の違いを考慮に入れなければならない。「歩道橋」の一人の加害が許されない理由は、異なった義務が衝突する場合、より厳格な消極的義務が優先されるからではないか。 『政治哲学講義』p.93より たとえ5人を見捨てることになるとしても、「加害しない(消極的義務の遵守)」ことを優先する。作為の方が不作為よりも責任を問われることは、医療倫理の「何よりも害を与えてはならない(Primum non nocere)」にも繋がるという

『大江戸線建設物語』を読みました。先日読んだ『つくばエクスプレス建設物語』と同じシリーズで成山堂書店から出ているものです。 前回より随分厚くなりました。また、前回は行政的な手続きの話などにもかなり割いていたのですが、今回は東京都地下鉄建設が第三種鉄道事業として建設を行った話をちょっと触れている程度で、後はひたすら建設の話をしていました。おかげで、前回は個別の工事についてはそれほど詳しく触れられていなかったのに対して、今回は大江戸線のかなりの区間に渡って、特徴のある建設工事についてその手順などが触れられていました。 飯田橋駅の工事がおもしろくて、東京地下鉄東西線の下を掘らなければならず、いわゆるアンダーピニングをするのですが、東西線の躯体がA線B線で異なる高さになっており、一部だけ重量を負担すると躯体を壊す恐れがあるということで、大変慎重な躯体の掘り出しと仮受けが必要になったようです。また出
コンサバ会社員、本を片手に越境する 2025.11.24 公開 ポスト 「感情こそが人間の武器?」AIの台頭があぶりだす、感情労働に疲れたアラフォー会社員の眠れる真価梅津奏 勤務している会社で、とある研修に参加した。 招集されたのは、「中年の危機」に爪先が入ったくらいの年代の女性15名。もちろん人事部からのお達しにはそれらしい研修目的が記載されていたが、一方的に参加通告された側は「念押ししておきたいんだろうな」と受け止めた。 会社員でない人にはなんのことか分からないと思うので解説すると、つまりこういうことになる。30代で活躍できるフィールドを与えられている女性というのは会社からもそこそこ期待されているので、上位職目指してパワーアップする覚悟を決めてくださいよってこと。(ただし当たり前だがキャリア保証はない)仕事は面白いし裁量も十分に与えられているし、副業認可まで勝ち取っている私としては、
グローバル化の産物であるコロナウイルスは、過剰なまでに相互接続された現在の技術・経済構造の脆さを明らかにし、私たちの生を土台のない状態へとひとしく直面させている。私たちは生の土台のなさをもとに、不確実性を分かち合う民主主義を思考し、私たちの人間性、権利、自由の意味を新たに発明していかなければならない。 ◎けいそうビブリオフィルで一部内容を公開中です。 あとがきたちよみ「訳者あとがき」 まえがき Ⅰ あまりに人間的なウイルス Ⅱ 「コミュノウイルス」 Ⅲ 子どもでいよう Ⅳ 悪と力 Ⅴ 自由 Ⅵ 新ウイルス主義 Ⅶ 自由を解放するために Ⅷ 有用性と非有用性 Ⅸ あいかわらずあまりに人間的な 付録1 ニコラ・デュタンとの対話 付録2 未来から来るべきものへ─ウイルスの革命 (ジャン=リュック・ナンシー/ジャン=フランソワ・ブトール) 訳者あとがき

2025年1月に刊行した『世界を旅して見つめたクマと人の長いかかわり』(グロリア・ディッキー著、水野裕紀子訳、解説は東京農業大学の山﨑晃司先生)。ディッキーは、8種のクマの現状を知るため世界各地を訪れ、生息地に足を運び、ステークホルダーとの対話をとおして、恐れられつつも愛されるクマと人の関係を掘り下げます。 日本にはツキノワグマ(本州、四国)とヒグマ(北海道)の2種が生息。世界にはほかに6種(メガネグマ、ナマケグマ、マレーグマ、アメリカクロクマ、ホッキョクグマ、パンダ)が生息します。 世代を超えて愛されるキャラクターがある一方で、凶暴さを恐れられもするクマ。手厚い保護の対象にもなれば、駆除の対象になるクマもいます。クマといっても、種によって扱い方は大きく異なります。 「熊出没!」が大きなニュースになる昨今。「人類の歴史とともにあった、美しくも複雑な関係性」を失わないために、どんなことができ

『ピル承認秘話 わが国のピル承認がこれほど遅れた本当の理由(わけ)』(薬事日報社)を出版した、産婦人科医の北村邦夫さん。承認にこぎつけるためにどんな戦略で動いたか、今だから言えることを明かします。

まじめにふまじめ、知的で痴的な一冊。歴史、医学、宗教、経済学、生物学、文学、テクノロジーなど、あらゆる学問分野から「下半身の知」を掘り下げる。知的好奇心と性的好奇心を同列に扱う。 性欲旺盛な高校男女が手にして、知的探求のあまり学問に目覚めるかもしれぬと思うとニヤニヤが止まらぬ。学校図書館に常備しておきたい。 変な場所で性行為:牛車から宇宙空間まで、カーセックスの1000年史 例えば、カーセックスの歴史。 日本初のカーセックスは平安時代にまで遡る。『和泉式部日記』に「車宿りの一夜」というのがあるそうな。「車宿り」とは牛車の駐車場。 人静まりてぞおはしまして、御車にたてまつりて、よろづのことをのたまはせ契 「みんなが寝静まってから駐車場に来て、牛車に乗って色々な話をしてからまぐわった」になる。昔も今も、クルマの中はプライベート空間になる。透過率が低いスモークフィルムだと車検NGだけれど、牛車

私がいま一番注目している日本の知識人は與那覇潤氏だ。同氏の博士論文を改稿して上梓した『翻訳の政治学 近代東アジア世界の形成と日琉関係の変容』(岩波書店、2009年)は、沖縄県の成立過程(琉球処分)に関する歴史に残る研究だ。100年後に琉球処分に関する研究論文をまとめる学者も参考文献表にこの本を必ず入れることになる。博士論文の結論部で、與那覇氏は、「中国化する世界」という作業仮説を提示している。優れた知識人は、学術論文で難解な術語を駆使し、緻密に展開した議論を、レベルを落とさずにわかりやすく言い換えることができる。『中国化する日本』は、最先端の歴史研究の成果を踏まえた上で、グローバリゼーションとどう対峙すべきかというきわめて実践的な問題を扱っている。與那覇氏は、グローバリゼーションの起源は中国の宋朝のときに成立したと考える。 〈宋朝時代の中国では、世界で最初に(皇帝以外の)身分制や世襲制が撤

気象学者の増田善信(よしのぶ)さんは生前、何度も自伝出版の誘いがありました。そのたびに「研究が忙しいから」と。昨年やっと、ジャーナリストの小山美砂さんの聞き書きで自伝にとりかかりましたが、完成を待たず101歳で亡くなりました▼その評伝『気象学者 増田善信』が本の泉社から出ました。原爆によって広島に降った「黒い雨」の実態を再調査し、見捨てられた被害者の救済に道を開いた増田さん。小山さんは「人を救うために科学があることを体現した人だった」と語ります▼小山さんは増田さんに最後に会ったとき、「101年の人生はどうでしたか」と聞きました。すると増田さんはこう答えました。「共産党員として大変なこともあったけれど、世のため人のために尽くすのが私の生まれてきた意味だと思って生きてきました」▼「戦争体験と共産党員であることが増田さんの生き方を支えてきたのだと、ことばの端々から感じました」と小山さん▼「黒い雨

小泉悠・評「『ラスボス』が語る地経学入門」 地経学という言葉を頻繁に目にするようになったのはいつ頃からだろうか。私の場合、「オッ、地政学かと思ったら違うのか。地経学なんていう言葉があるのか」というようなことを数年前に思った記憶があるので、おそらく横文字ではなく日本語で遭遇したのだろう。とすると、2020年代に入る頃には、もうこの概念が日本語になって言論空間で流通していたことになる。 そうこうするうちに2022年には地経学研究所(IOG)が設立されて、我が国における外交・安全保障議論の中心に「地経学」がドーンと鎮座しているということになった。本書『地経学とは何か─経済が武器化する時代の戦略思考─』の著者である鈴木一人教授は、まさにそのIOGの所長を務める人物である。ということは、日本における地経学議論のラスボスみたいな存在だ。そのラスボスが地経学について語る本書は、入門編として最適の一冊と言

誰もがうらやむはずの宝くじの高額当選。しかし現実には、それがきっかけで不幸になってしまう人もいます。不幸のパターンは、 親族トラブルが続発する 浪費が過ぎて宝くじに当たる前より貧困になる仕事(人生)にやる気がなくなる など様々ですが、それらがすべて襲いかかったのが、本編の主人公、坂下健一です。 「ここまで裏目に出る人なんているはずない」と思われる方もいるかもしれません。 が、時に現実は想像よりもずっと残酷です。2005年には、サマージャンボ宝くじの1等2億円に当選した岩手県の女性が、交際相手の男性に殺害される事件が起きています(判決は懲役15年)。 坂下がハワイからの帰国便で目にしたのは、おそらくこの事件の回顧記事でしょう。妻はうだつの上がらない坂下に不満を感じている、いわゆる恐妻ですが、坂下は彼女のことを、心根は優しい女性だと信じていたように思います。 そんな思いを打ち砕いたのが、寄

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