2023年02月02日22:30 【悲報】東日本大震災で最も絶望的だった画像、満場一致でこれに決まる… Tweet 1: それでも動く名無し2023/02/02(木) 21:09:02.76 ID:uQ0wrl9kd0202【闇深】2ch5chの怖い話で一番好きな話 これもう映画やアニメのワンシーンやろ… 3: それでも動く名無し2023/02/02(木) 21:09:52.60 ID:beN73AgZ00202 燃えてる家が津波で流れてるとこやろ 124: それでも動く名無し2023/02/02(木) 21:24:03.76 ID:1ZW7I8Y100202 >>3 これ 6: それでも動く名無し2023/02/02(木) 21:10:15.27 ID:PViaKxTF00202 7: それでも動く名無し2023/02/02(木) 21:10:18.21 ID:mz0bnV4p

» 【マジかよ】津波と放射能汚染で崩壊していた福島県 双葉町 → 2年ぶりに来たら、とんでもないことになっていた 特集 2011年3月11日の東日本大震災。津波の被害だけでなく、福島第一原子力発電所の事故により、一帯は長らく一般人が立ち入ることのできないエリアに。 大きな進展があったのは、9年後の2020年3月14日。満を持して常磐線が全線開通。ごく一部とはいえ避難指示が解除され、制限はあれど一般人も散策が可能になった。 その時の状況は、「全線開通した常磐線で東京から福島へ / 帰還困難区域だった各駅で下車、周辺を散策してみた」という記事でお伝えしている。この時から2年。久しぶりに福島に行く機会を得た私は、再び2年前に取材した地を訪れてみることに。 ・双葉駅 「特急ひたち」に乗るのも2年ぶりだ。今回のスタート地点は湯本駅。 2年前は気温がめちゃくちゃ低いうえに、雨も降っていた。マジに凍えな

先日、福島第一原発に行った。 10年前のあの日、「会社を辞めるぞ!」と決意したこともあって、退職手続きのあれこれに追われていたことを思い出す。 何事も「面倒臭いことは全部後回しにする」というややこしい性質を持っている上、「どうせもう辞めるし」と完全に会社を舐めてかかっていたので退職にまつわる書類の提出も期限ギリギリになって大目玉を食らった。 「今すぐ持って行け!」と上司に言われ、しぶしぶ東京の本社ビルに出向き、経理課長から「お前はいつも提出が遅い。最後の最後まで……」などとお小言を食らっている最中に大きな地震が来た。 書架が倒れそうになったので支えていたら、課長から「危ないから離れろ!」と怒られる。そのうち電気が消えて天井まで落ちてきた。 慌ててビルから飛び出し、駐車場にひとまず避難したのだけど、駐車場に集まった同じ会社の人たちがワンセグ付の携帯でニュースを流していると悲鳴が起こった。津波

「福島第一原発を見に行かない?」 そう誘われたのは、1月下旬のこと。東京電力から特別な取材許可がおりたらしい。行きます、と即答した。 東日本大震災により、歴史に残る重大事故が発生した原子力発電所。返事をしたあと、ぱっと思いつくのはその程度の情報だった。 震災当時は一日中テレビにかじりついて、少しでも情報を得ようと必死だったのに。10年が経とうとする今、あの場所がどういう状態にあるのか、恥ずかしくなるほどに何も知らない。それを反省する気持ちと、純粋に知りたいという思い。そして正直に告白すると、「普通には入れない場所の非日常感」への少しばかりの好奇心が、一緒くたになっていたと思う。 名前、国籍、住所、本人確認資料、持ち込むカメラのメーカー及び機器名称。それから過去3日以内のPCR検査結果。事前に提出すべき情報がたくさんあった。カメラが必要なのは、スマホを持ち込めないからだ。久しく使っていなかっ

「日本は何も変わっていない」という嘆きと、少しの希望。被災地での女性と子どもに対する暴力を調査した女性に、あれから10年を聞いた。

東日本大震災で故郷を「失った」ある社員の思いがあった。マチマチの「防災コミュニティ」機能と、そのサービスができた背景とは。

▼〈9人も死んでしまった…トモダチ作戦で頑張ってくれた若き米兵らが 原発事故の放射能で被曝し健康を害したとして 400人超が裁判を起こしている事をあなたは知っていますか?〉10月8日、日本テレビ「NNNドキュメント」 私は労働問題を専門とし、ブラック企業や過労死の問題に取り組んできた。その中で、私がいつも思うことは「経済活動」はどこまで人間を犠牲にすることが許されるのか? という問いである。 原発賠償の問題は、そうした労働問題と同じように、原子力発電という私企業の経済活動が、個々人に与えた被害であり、実際に、労働の分野では以前から「被曝労働」が問題となってきた。 複雑な原発を維持し続けるためには、炉心の真下に人が入っての点検や、隅々までの清掃作業が求められる。驚く方も多いかもしれないが、最新鋭の原発も、人力の雑巾がけで清掃が行われているのが実態なのだ(その人員はスラムから日雇いで集められる


汗で曇ったレンズの向こうに、沈んだ群青色の海が見えた。はるか沖合を、一隻のタンカーが北に向かってゆっくりと進んでいる。全身をすっぽりと覆った防護服のせいだろうか、潮の匂いも浜に打ち寄せる波の音も聞こえない。 視界を遮るのは4機の原子炉建屋だ。冷温停止状態にあるとはいえ、実際に、その巨大な建造物と至近距離で対峙すると緊張が走る。手元の線量計の値はおよそ170マイクロシーベルト。東京のおよそ5000倍の数値を示した。 あの日、途方もない量の放射性物質を放出した巨大な排気筒が、虚空に向かってそそり立っている。重たく塞ぎ込んだ鉛色の空には粉雪が舞う。震災から5年。まだ「春」の足音はここまで届いていない。 (ノンフィクションライター中原一歩/Yahoo!ニュース編集部)

2016 - 03 - 11 あの日。 雑記 list Tweet 3月9日 宮城県北部でM7.3の地震があった。 え…RT @47newsflash : 気象庁によると、宮城県北部で震度5弱の地震があった。 http://bit.ly/17n4iz — ゆきぼう (@dosei2010) 2011年3月9日twitter.com うお…RT @47newsflash : 気象庁は、青森県太平洋沿岸、岩手県、宮城県、福島県に津波注意報を出した。 http://bit.ly/17n4iz — ゆきぼう (@dosei2010) 2011年3月9日twitter.com 会津若松は震度2だった。この揺れに自分は全く気が付かなかった。 会津若松は震度2か。 — ゆきぼう (@dosei2010) 2011年3月9日twitter.com 何をやっていたのかは覚えていないけど、とにかくTwi

今日2014年3月11日で、大地震と大津波により未曾有の被害をもたらした2011年3月11日の東日本大震災から3年が経つ。あの日以来、ネット上には様々な津波の動画がアップされ、多くの人がその恐ろしい光景を胸に刻んだ。だが、あまり知られていない映像も、まだまだ数多く存在する。 ということで今回ご紹介したいのは、東北地方整備局「震災伝承館」が公開している大変珍しい津波映像ファイル。その名も「壁のような津波が迫る」である。 ・2本の動画が語る「壁のような津波」 動画「壁のような津波が迫る」シリーズは、撮影場所の違う2本の動画がアップされている。ひとつは岩手県の久慈港。もうひとつは岩手県の野田村。どちらの動画も震災伝承館のサイトからダウンロードで視聴可能だ。なお、許可をもらい動画を YouTube に転載したので、すぐに見たい人は YouTube版をチェックするとよいだろう。 ・まさに「壁のような

『DESIGN FOR JAPAN』プロジェクトはデザイン制作会社、クリエイターとして、今、何ができるかを考え、設立したプロジェクトです。 支援活動に『デザイン』という力をプラスすることで、より多くの人へ強い想いを届けることを目的とした 震災復興ポスター・ロゴマークの無料ダウンロードサービスです。 世界各国のクリエイターからのご協力で集まったロゴマーク・ポスターを店頭のチラシ・ホームページ・名刺・パンフレットやtwitter・Facebookやアメブロ等の アイコンなど、あらゆるメディア・媒体にご使用ください。 多くの方々にご使用していただき、1人でも多くの方々の笑顔が再び、日本で見られることを願っています。
今年も、宮城県気仙沼市の「復興屋台村 気仙沼横丁」に「祈りのビッグツリー」が登場します。5年目の今年も、昨年に続き気仙沼の子どもたちがオーナメントを制作。約400個のオーナメントが、高さ8メートルの祈りのビッグツリーを飾ります。 点灯式は、11月29日(日)午後5時。子どもたちの祈りが輝く「祈りのビッグツリー」が、気仙沼のクリスマスを彩ります。
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