(霊媒の話より)題未定 安部公房初期短編集 [著]安部公房 文学部で教えていて恐ろしいことがある。安部公房の名前をあげても、〈?〉顔の学生ばかり。いや、この反応に〈!〉顔の教師だって作家の全貌(ぜんぼう)を知っているわけではない。でも学生たちに世界文学の宇宙で燦然(さんぜん)と輝く〈安部公房〉の名くらいは知ってほしいし、その喚起するイメージくらいは共有してほしいと思うものだ。 平易であるが研ぎ澄まされた方法意識に貫かれた文体で、無国籍的で不条理な作品を書いた作家。本書所収の短編を読めばわかるように、地名や人名などの固有名詞のない抽象的な作品設定は、その発想力と言葉の力だけで読者を作品世界に引きずり込む。文化的背景についての知識を持たないまっさらな若い読者に、文学の魅力・魔力を伝えるのにこれほどふさわしい作家もいないのだ。 言葉の力だけで、と書いたが、そんな魔力を持った言葉を、その使い手自身
本書のなかでも紹介されているが、スーザン・ソンタグは、写真は常に「死」と連れ立ってきたと指摘している。彼女が、こう指摘したとき思い浮かべていたのは、フェリーチェ・ベアトが先鞭(せんべん)をつけた凄愴(せいそう)な戦場の写真だった。インド大反乱や第2次アヘン戦争にさいして、ベアトは、人骨や死体の散乱する情景を——多分に演出を交えながらも——当時の常識を破って写真に記録したのである。こうした残虐な戦場のイメージをつくりだすことで、ベアトは世の注目を集めたのだ。 しかし、写真が死にかかわるのは、戦争においてばかりではない。ベアトは、幕末の日本各地を撮った興味深い写真を数々のこしているが、その景観は、すでに大半が失われている。それを見つめた写真家の目もすでにこの世にはない。人物もまた然(しか)り。華奢(きゃしゃ)な刀を手にした眉目(びもく)秀麗な青年や、「かささん」と名を記されたうつくしい女性も、
平成25年1月12日 東京大学生産技術研究所 1. 発表者: 金丸 隆志 Takashi Kanamaru(工学院大学 グローバルエンジニアリング学部 准教授) 藤井 宏 Hiroshi Fujii(京都産業大学 名誉教授) 合原 一幸 KazuyukiAihara(東京大学 生産技術研究所 教授) 2.発表ポイント ①エピソードの想起や心的イマジェリー(注1)など、脳が心の中で記憶を思い浮かべる際に、脳内ニューラルネットワークで働くメカニズムの基礎となる数理理論を最近の脳神経科学の知見をもとに構築・提案した(図1)。 ②ある記憶を意識的に思いだす際には、神経伝達物質アセチルコリンによって起こるニューラルネットワークの状態変化が重要であることが明らかになった。 ③脳内のアセチルコリン量欠乏の関与が知られるレヴィ小体型認知症やアルツハイマー病などにおける認知障害に関わる症状を理解する理論的
伊藤野枝と代準介 [著]矢野寛治 こんなにも知的な美人、とは意外だった。 伊藤野枝、である。評者の知る野枝は、大正期の婦人運動家で、結婚を破棄して上野高等女学校の英語教師だった辻潤と同棲(どうせい)、無政府主義者の大杉栄と出会うや恋慕し、やがて大杉の子を五人産む。この間、平塚らいてうらの女性文学雑誌「青鞜(せいとう)」に参加、のち発行をひきついだ。大正十二年の関東大震災直後、大杉と大杉の六歳の甥(おい)と共に、憲兵大尉らによって虐殺された。 奔放な恋に生きた女。それが評者の野枝観である。行動からのイメージより、野枝の伝記に添えられている写真で形成されたものだった。 櫛(くし)を入れていない髪。男を誘うようなまなざしと笑顔。伊藤野枝といえば、大抵この写真である。写真で肉感的イメージが固定された。だから本書の表紙写真を見た時、そのキッとした鋭い目と、利発な口元、意志の強そうな顎(あご)、何より
社会運動の戸惑いフェミニズムの「失われた時代」と草の根保守運動 著者:山口 智美 出版社:勁草書房 ジャンル:社会・時事・政治・行政 社会運動の戸惑い [著]山口智美・斉藤正美・荻上チキ 1990年代半ばに登場した「ジェンダーフリー」という言葉は、フェミニストによって政治化され、99年の男女共同参画社会基本法成立を牽引(けんいん)した。しかし、自治体による条例づくりの過程で、保守派の反対運動が顕在化する。彼らは「ジェンダーの解消」を極端な思想と認識し、批判を展開した。本書は、2000年代のフェミニストと草の根保守の対立過程を詳細に描く。 問題は、ジェンダーフリーという言葉の輸入プロセスに端を発する。日本のフェミニストは、米国の教育学者ヒューストンの提唱する概念として流用したが、彼女はジェンダーフリーを不適切なアプローチと主張していた。この誤読とミスリーディングが、保守派の反発を喚起する。
3次元で生きるわれわれには、実際に4次元の世界を見ることができない。しかし、位相幾何学的グラフ理論の第一人者で、なおかつ「計算しない数学」を提唱している著者は、4次元の身体感覚を身につけることは可能だ、という。 ごく簡単に言えば、4次元とは、4本の座標軸が直交している空間であり、3次元空間を見下ろしたり、無限に重ねたりできる。それは、われわれが、紙に書かれた2次元の世界を上から見下ろしたり、重ねたりできるのに近く、そういった具体的なものからイメージを広げていくことで徐々に4次元の世界を想像できるようになってくる。 ドラえもんの「4次元ポケット」の構造や、4次元ではふたを開けずに箱の中身を取り出せたり、あらゆる結び目がほどけてしまうことなども、なんとなく納得できるようになるのだ。 スプーン曲げや壁抜け、瞬間移動などのオカルト的なトピックを敢えて取り上げて数学的に解説するなど、その内容は親しみ
大阪長居公園でのホームレス排除の件。 権利を主張する前に、義務をはたせ!! 人権団体が権利、権利と叫ぶが、義務を果たしてこその権利である。 基本的に権利を主張する前にまず義務を果たせと言いたい。 権利とは義務の遂行の結果に与えられる物でしょ?ホームレスと言うものは、一切の義務と責任、権利と自由を放棄しているのだから、公園に勝手に住む権利はない。 権利は、義務を満たしてこその権利であって、義務を果たさないものに権利は与えられない、表裏一体のものと考えられる。 権利と義務は反対語であるように、権利を主張するのであれば、義務は果たさないと駄目よ。 …類似の記述は他にいくらでも見つかります。どうも僕は、この種の言い回しが権力の行使を正当化する文脈で使われるのを見るたびにハラワタが煮えくりかえるようです。ホント頭きたので、権利と義務の構成についてはこれからちょっと勉強することにしようと思います。が
J.G. ∗ 2003 6 24 -7 12 Ver.1.0.1 1 1 2 2 2.1SF . . . . . . . . . . . . . . . . 2 2.2 . . . . . . . . . . . . . . . . 5 2.3 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 7 2.4 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 9 2.5 . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . . 10 3 10 4 12 1 J.G.SF ∗ c 2003 YAMAGATA Hiroo http://www.
海外FX業者を利用する上で、ボーナスは絶対に欠かせません。口座を新規開設するだけでもらえる「口座開設ボーナス」、入金時にもらえる「入金ボーナス」、その他にもキャッシュバックなど、様々なボーナスがもらえます。 受け取ったボーナスはそのまま取引に使え、利益が出た時は出金することも可能です。お得はあっても損はないボーナスなので、海外FX業者を選ぶ際には必ず比較しておきたいところです。 そこでこの記事では、海外FXボーナス(口座開設ボーナス・入金ボーナスキャンペーン)全195社を徹底的に研究した上で、おすすめ完全比較ランキングにまとめました。日本人に人気のFX業者だけでなく、マイナーの海外FX業者や注意点なども詳しく解説していきます。 「海外FXボーナスが豪華な業者をすぐに知りたい」という方向けに、海外FXボーナス選びに役立つカオスマップを作成したのでこちらも併せて参考にしてください。 「どのFX
情報時代のオウム真理教 [責任編集]井上順孝 私たちは「オウム真理教」を忘れている。正確にいえば、無意識のうちに忘れたがっている。その証拠に、麻原彰晃の裁判がどういうプロセスを経て現在に至っているか、多くの人は知らない。関心はとっくの昔に薄れている。 そもそもオウム真理教がなぜ地下鉄サリン事件を起こしたのか、その原因を世の中は共有しているのだろうか。 もちろん凶悪事件の原因を、完全な形で特定することはできない。しかし、私たちはその前段階で、思考することを放棄している。事件が起こった1995年にはあれほど大騒ぎしたにもかかわらず、熱狂がさめると一気に無関心と忘却が広がった。残されたのは不透明感と不安。そして過剰なセキュリティー社会だ。 私たちは、やはりオウム真理教といま一度、向き合う必要がある。あの事件はなぜ起きたのか。教祖と信者の関係はいかなるものだったのか。オウム真理教が説いた教義とは何
隠れていた宇宙 上 (ハヤカワ文庫 NF <数理を愉しむ>シリーズ) 著者:ブライアン・グリーン 出版社:早川書房 ジャンル:SF・ミステリー・ホラー 隠れていた宇宙 上・下 [著]ブライアン・グリーン あのとき別の選択をしていれば——人生は常に後悔に満ち、人は常にあり得たかもしれない別の世界を夢想する。そして星の彼方(かなた)や次元のひだの向こうに、その別世界が実在してほしいと願う。無数の小説や映画のテーマとなったそんな夢が、本書の第一のテーマだ。本書の描く最先端の物理学モデルによれば、無限の変奏を繰り広げる無限の宇宙がある——それも九通り。が、そこにでかけることはおろか、その様子を見ることも通信もできない。モデルが「ある」と言うだけだ。さて、それは本当に「ある」のか? それが本書第二のテーマとなる。 著者グリーンは現役物理学者で名科学ライター。これまで超ひも理論や時空論の発展を活写す
ようこそゲストさん ブログトップ 記事一覧 ログイン無料ブログ開設 The Red Diptych
2012/5/299:0 3.11以後の世界とSF第一世代の可能性(1) 新城カズマ×稲葉振一郎×田中秀臣 想像を超える自然災害、急激に変貌する経済の動向、日常生活が直面する先の見えない不安。東日本大震災以後、私たちの想像力と論理的思考の成果と限界とが問われて続けている。SFというものは、人間の思索(Speculation)の限界に挑戦し、その限界を拡張する試みだといわれている。例えば、多くの日本人は日本を代表したSF作家小松左京の『日本沈没』のエピソードのいくつかを、今回の大震災においても想起したに違いない。それは小松の世界観の強度を改めて私たちに認識させると同時に、また私たちが(小松でさえも予想しなかったような)新しい環境に直面していることをもいやでも認識する出来事だったろう。 今回の座談に集まった私たち三者は、小松左京を中心に、日本のSF「第一世代」といわれる作家たちの業績を振り返
『もしドラ』を出してから、ぼくは数えると200回近くの講演を行った。去年(2011年)はおおよそ3日に1回講演をしていた計算になり、それまでは一度もしたことがなかったので、これはぼくの生活を激変させるような大きなチャレンジだった。ぼくは講演をすることがそもそもの仕事ではないから、「講演をしない」という選択肢もあった(つまり講演をしなくても生活することはできた)。それでも(生活を激変させてまで)講演にトライしたのは、「そこに何かがある」という予感があったからだ。「そこに何かがある」という予感は、ぼくがロールモデルとしている『ハックルベリー・フィンの冒険』を書いたマーク・トゥエインが好んで講演会を行った、というエピソードを知っていたからだ。マーク・トゥエインがなぜ講演を好んで行ったのかは知らなかったが、しかし好んで行ったのは知っていた。だから、「そこに何かあるのではないか」と思ったのだ。文学史
リリース、障害情報などのサービスのお知らせ
最新の人気エントリーの配信
処理を実行中です
j次のブックマーク
k前のブックマーク
lあとで読む
eコメント一覧を開く
oページを開く