立て続けに女性エンジニアの半生を綴った記事が注目されて、その際のブコメにIT以外のエンジニアはどうなんだと指摘されたので書く。エンジニア警察にも、機械系ならまだ「エンジニア」として名乗っても許されそうな気がするし。 機械系と書いたが、職種としては機械設計。 製品のコンセプトや仕様決めから考えることもあるけど、だいたいは顧客からの要望やニーズに沿った製品を考える感じです。 どういった機構を使うか?どういった構造にするか?必要な部品は?その部品どうやって留める?材料はどうする?作ってくれるところはあるかな?単価は大丈夫?評価方法どうするよ、、、などなどなど まあこんなことをCADソフトとにらめっこしつつ、図面書いて部品発注して組んで試作して測定して、また設計し直しての日々です。 最近はCAEが発達してきて、PC上である程度予測がつけられるのはいいですね。 ただそればっかやってると、組み立て性


いや、大学に進学したのなら「大卒」を前提に人生設計を組んでるでしょ。 現状で「高卒では就けない職業」は多数ある訳で、それを外部要因で「大卒の可能性を奪われる」ことへの恐怖や実害は、大いにあるでしょうに…。 https://t.co/mP1UyJB6mk


エンジニアは最初の会社を1年程度で辞めた方がよい理由 こちらの勝又さんの記事、話題になりましたね。実際最近は売り手市場ではあるのでこういった考え方を持たれてる方も増えてはきていますし、そういった行動をされている方も見かけることが多くなってきました。ただこういった考え方を最初から持たれているとそもそも最初の会社に入れないんじゃないのかなと思ったので今回は採用側の視点から書いてみたいと思います。 補足 今回書く内容でのエンジニアは主にWebエンジニアのお話で企業もWeb系の企業を想定していますので、SESのような現場に突っ込んでしまえば利益が出るような企業は想定しておりませんのであしからず。また未経験というのは完全未経験、新卒、元SIerなどWeb系のプログラミング実務未経験を総称して未経験と書かせていただきます。 未経験エンジニアの採用環境 現在エンジニア経験者の中途採用が人気ですよね。売り


TL;DR これは、このブログの本題とは何の関係もない僕自身の回顧録にして懺悔録であり、見ようによっては怪文書です*1。故に、記事中には何の参考になる内容も書かれていないことを予めお断りしておきます。それでも良いという方だけ、この先をお読みください。ただしTL;DRと書いた通りで、超長文につきご注意を。 当時から7年が経ち、この中に登場する人物の中には既にリタイアしている人もいれば、物故している人もいます。ある意味もう時効だろうということで、その時起きたことをつぶさに書いてみることにした次第です。 研究者を辞めた時のこと 研究者の道を目指した理由 正直言って無能だったが、勉強だけは熱心なポスドクだった ポスドク待遇改善運動、研究体制改革運動を経て、業界では知らぬ者のないお尋ね者になった そしてポスドクをクビになり、国内に行き先がなくなった 土壇場でシンガポールでのjob talkに招かれた


アップルやディズニーなどの外資系企業でマーケティングを担当し、グローバルでのビジネス展開に深い知見を持つ阿部川“Go”久広が、グローバルを股に掛けたキャリアを築いてきたIT業界の先輩にお話を伺うインタビューシリーズ。 今回は、プログラム言語「Ruby」のコミュニティーで英語と日本語を駆使しながら活躍し、Twitterで日本独特のネットスラング「www(草生える)」の意味を英語で解説したことでも注目を浴びたGitHub(以下、ギットハブ)のソフトウェアエンジニア、Aaron Patterson(アーロン・パターソン)氏にご登場いただく。 阿部川“Go”久広(以降、阿部川) アーロンさんは、生まれも育ちもソルトレイクシティー(ユタ州)なんですね。 Aaron Patterson(以降、アーロンさん) そうです。1980年生まれです。 阿部川 どんな子どもだったんですか? アーロンさん (じっと


これらのエントリに影響されて書きました。 東京藝術大学の学生生活は本当に病むから気をつけた方がいい | 画家・棚村彩加東大の学生生活は本当に病むから気をつけたほうがいい ただのつまらない自分語りです。このエントリの内容を要約すると、周りの人間と比べても良いことはなにもないのでやめましょう、ということになります。 タイトルの通り、京大の理系学部に10年ほど前に入学しました。 京大も日本でトップクラスの学力を要している学生が集まります。 一学年3000人ほどの学生数で、変人が多いと言われる大学です。実際入学してみてもその通りでした。 私自身は、小さいころから特に勉強には不自由せず、全国有数の中高一貫校から京大に入学しました。 そういった自負もあり、「京大に入学しても簡単に授業についていけるだろう」、「秀才と言っても大したことないだろう」、と思っていましたが、京大の秀才のレベルは違いました。


Webエンジニアとして経験を積むことでいくつかのプログラミング言語やツール・ミドルウェアの使い方を覚えたりもしたけど、それらのうちいくつかは 10 年後ぐらいには陳腐化してしまっているかもしれない。 だけどそれらを通じて身につけた価値観や哲学はもっと普遍性を持っているような気がする。 大学を卒業し、Webエンジニアとしての職を得て 6 年 5 ヶ月、日数にして 2344 日経ったので、現時点での頭の中にあるもののダンプを残しておく。 どこかで聞いたようなことばかりで新鮮味はないと思うけど、自分で実感を持ってたどり着けたことには意味があるはず。 プログラミングについて 言語はいろいろなものを試してみる 毎年新しい言語に挑戦せよ、というのは確か dankogai さんの講演をまとめた記事で読んだはずなんだけど、記事が見つからない。 キーワードをもとに検索してみたら達人プログラマーにもそうい
Twitterでハッシュタグ「#naoya_sushi」が生まれてしまうほど、無類の寿司好きとして知られる伊藤直也氏(@naoya_ito)。そんな伊藤氏をホスト役とし、トップエンジニアをゲストに招いて、寿司をつまみつつホンネで語ってもらおうという、この企画。 第七回にして本対談もついに最終回を迎えることになりました。その栄えある最終回を飾ってくださるのは、あの『株式会社ドワンゴ』の川上量生氏! 創業期からエンジニアとして第一線で活躍し、現在は代表取締役会長と『象徴CTO』を兼務。そして『株式会社KADOKAWA・DWANGO』(10月1日付で社名を『カドカワ株式会社』に変更予定)の代表取締役社長、『スタジオジブリ』のプロデューサー見習い、アニメーション製作会社の『株式会社カラー』では取締役と、業界では知らぬ者はいないスーパースター。そんな川上氏が、プライベートでもゲーム仲間として交流のあ


凡人の僕ががんばったのは、毎日元気に会社に行くこと小野裕史氏(以下、小野):そして、今から居酒屋コースに行ってもらいましょうか。焼き鳥?(笑) 池谷さんの「これ、やっといて良かったな」っていう、原点となっているような、特に20代前半のキャリアエピソードを。 池谷大吾氏(以下、池谷):そろそろ焼き鳥屋さんから一流フレンチまで持っていきたいと思うんで。 小野:楽しみにしてます。どうぞ。 池谷:ギア変えますけどね(笑)。結論から言うと、出会いですよね。小野さんに出会ったのが大きかったんですけど。ただ、すごく大切にしていることがあって、僕は24歳で社会人になって、今38歳になってますけど、僕未だに欠勤したことないですよね。遅刻もないですね。 だから14年間連続試合出場、全イニングって感じ。これはもちろん、こんな不摂生やってるのに健康な体に産んでくれた両親に本当に感謝しかないんだけども。 それはすご

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