
はてなキーワード:cosとは
もしかするとですが。気温が10℃変わると100Hzの波長は6cm変わるので、シミュレーション時に25℃で計算してるとこの時期は気温が高く、低音をキャンセルするつもりが爆音レールガンを生み出してしまった可能性。
https://x.com/RyokoTrino/status/1949830372692566256
人類はいい加減、「なんか難しいこと言ってるし正しそう」でいいねするのをやめた方が良い。
例えば今回のように音源を前後に並べる場合、ターゲット周波数の波長の半分だけ音源をずらして配置するとか、それと同等の効果になるように時間差を設けて音を出せば、
客席方向への音を倍増させ、ステージ方向への音を消音する効果を期待できる。これを応用して野外ライブの騒音対策に用いられるのも事実だ。
ただ、今回騒音被害があった地域は会場となった山下埠頭の客席側(北側)、川崎市~大田区である。
つまり、「客席方向の音の減衰を狙う」みたいな意味不明なことをしない限り、川崎に向けた音のエンドファイヤーによる低減はできない。
つまり、そもそも川崎にむけて爆音レールガンを放っているのが今回の事案である。
ちなみに、「気温が上がったので低温キャンセルするつもりが爆音レールガンを生み出す」ことはあり得ない。
気温T℃における100Hzの振幅を1とし、その波長λの半分だけズラしてノイキャンする場合を考える。
T+10℃においては波長が6cm伸びるが、
振幅は
2 · |cos[(2π/(λ_T+0.06))·(λ_T/4)]| ≈ 0.054
音圧は
振幅² =0.0029
つまり、気温が10℃上昇したところでエネルギーの低減効果は99.7%維持できる。
だいたい、6cmのズレで効果が逆転するなら、
となり、98.3Hzの音は爆音レールガンとして射出されることになる。
んなアホな。
最初に簡単に自己紹介しておくと、増田は大学エスカレーターの高校入ったおかげで高校時代は毎回数学で赤点取ってたくらいには数学ができない子で、三角関数とか聞いただけで逃げ出したくなるような子でした。
たまにブコメで三角関数は日常の色んなところで使われてるよ!っていわれてもほえーはなほじーってくらいに意味がわかってなかった子です。
最近プログラミングとかIoTみたいのに興味が出てきて、色々勉強してロボットアームの組み込みプログラミングみたいの始めたの。最初はコントローラーで動かすだけのごく簡単なやつだったんだけど、そのうち指定した座標に勝手に移動してくれたら楽なのになーと思ってちょっと調べてみたら、なんか三角関数使ったら順運動学とか逆運動学ってのでできるらしいということがわかったんだよね。
それで今まで全く手を付けてなかった三角関数にも興味が湧いて調べてみたんだよ。最初はsin、cos、tanどころか三平方の定理からぐらいな感じで。そこから単位円だったり円周角の定理や正弦定理、余弦定理、加法定理とか色々見てったんだよね。ベクトルも必要だから内積とか外積もなんだよそれって思いながら見てったんだよ。
そしたらさ。なんかすごいの。最初は円周角の定理とか見て全部同じ角度になるの意味わかんないきもいとか思ってたのに証明みたらまじで全部同じ角度になるっぽいし、円周の座標は全部sinとcosで表せるし、ロボットアームの長さ測ったらばっちり角度でるし、そっから三角関数とベクトル使うとアームの長さと角度で先端の座標出せちゃうし、アームの長さと先端の座標があったらアームの角度だせちゃうの!
sin、cos、tanって意味わかんなかったけど、興味持って使い出したらこれだけで世の中の空間全部表現できちゃうんじゃねって思えるくらいなんかすごいやつだった。ただの三角形の三辺の比率なのにすごすぎない?さらにすごいのはピタゴラスのおっさん。色んな定理の証明に何度も出てくるの。こすりすぎだろってくらい何度も出てくるの。2000年も前のおっさんなのに超強い。
### 要旨
本論文は、主観的意志(気合)が確率兵器の量子確率場に干渉する機序を、量子重力理論と神経量子力学の統合モデルで解明する。観測者の意識が量子波束の収縮に及ぼす影響を拡張し、11次元超弦振動との共鳴現象を介した確率制御メカニズムを提案する。
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気合発動時に生じる大脳皮質のコヒーレント状態が、確率兵器の量子もつれ状態に干渉。通常の観測効果を超越した「能動的波束形成」を発生させる。
```math
i\hbar\frac{\partial}{\partial t}\Psi_{total} = \left[ \hat{H}_0 + \beta(\hat{\sigma}_z \otimes \hat{I}) \right]\Psi_{total} + \Gamma_{conscious}\hat{O}
```
ここでΓ項が意識の非局所的作用を表現。βは脳内マイクロチューブルにおける量子振動の結合定数。
気合の強度に比例して、確率分布関数P(x,t)を以下の非平衡状態に強制遷移:
```math
\frac{\partial P}{\partial t} = D\frac{\partial^2 P}{\partial x^2} - v\frac{\partial P}{\partial x} + \alpha P(1-P) + \xi(x,t)
```
α項が気合の非線形効果、ξ項が11次元弦振動による確率ノイズを表す。
気合の周波数成分(0.1-10THz帯)がカルツァ=クライン粒子の余剰次元振動と共鳴。確率場を以下のポテンシャルに閉じ込める:
```math
V(x) = \frac{1}{2}m\omega^2x^2 + \lambda x^4 + \gamma\cos(kx)
```
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### 神経生理学的基盤
2. 側頭頭頂接合部で確率表現のベイズ推定が高速化(β波40Hz同期)
|------|--------|------------|
| 神経伝達速度 | 120m/s | 0.8c |
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###理論的意義
本モデルは、量子脳理論と超弦理論の統合により「気合」の物理的実在性を初めて定式化した。今後の課題として、余剰次元のコンパクト化スケールと神経振動の周波数整合性の検証が残されている。
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地球は宇宙空間を動いているのだから、地球の進行方向と垂直方向では光の速さが変わるだろう。そう考えて実験してみたところ、どちらの速さも変わらなかった。つまり、どんな系でも光の速さは一定であるらしい。
これを式にするとこうなる。
光の速さをc, 時刻 t の間に光の進む距離を x として
x/t = c
式変形すると
ここで一旦休憩。座標系を回転させても'棒の長さは一定'という式を考えてみよう
x^2 + y^2 =const
かんたんのため z 方向は考えない
この時座系を回転させる式を行列で書くと
こうなる。(心の目で読んで欲しい)
という式を思い出すと
x'^2 + y'^2 = x^2 + y^2 =const
上の'棒の式'とは符号が逆だね。こんなときはsincos ではなくsinhcosh を使う。
cosθ = ((exp iθ) + (exp -iθ))/2
sinθ = ((exp iθ) - (exp -iθ))/2
coshθ = ((exp θ) + (exp -θ))/2
sinhθ = ((exp θ) - (exp -θ))/2
計算すると
cosh^2 -sinh^2 = 1 になるのがわかると思う。
光の速さが系を変換しても変わらないという式を行列で書くと
こうなる。 これがローレンツ変換。
棒の長さが一定、つまり空間回転は空間方向 (x,y,z)しか混ぜないけれど、
光のはやさが一定、つまりローレンツ変換は時間と空間 (t, x ) を混ぜているでしょ?
速さ v で進むロケットを考えてみよう。
v=x/t
だ。
一方、ロケットには美加子さんが乗っていてその携帯電話の表示では地球を発ってから T時間後である。
Tを計算してみよう。
先程のローレンツ変換の式に代入すると
ここで x =ct を使ったよ。最後にcosh で全体を纏めると
になる。
ここまで誤魔化していたけど、cosh はロケットの速さ v で決まるパラメータで
1/cosh = \sqrt{1-(v/c)^2}
なんだ。天下りで申し訳ないけど、増田では式も図も書けないので導出は勘弁して欲しい
とにかくまとめると
T = t \sqrt{1-(v/c)^2}
だね。ロケットの速度 v は光速度以下なので T < t になる。
地上で待つ昇くんが大学生になっても美加子さんが中学生のままなのはこんなワケだね
v が大きくなるほど時間の遅れは大きくなるよ
指導要領で数学Cが復活したから「数学IIIと数学C」と表記するけどまぁそれはともかく…
その範囲に入らない段階での三角関数について学んでもかなりつまんないとは正直思う
結局数学II・数学Bまでの三角関数はグラフを書いてどんな形になるか確かめたり、せいぜい加法定理を習うまでだからだ
これでは特定のxに対してsin x,cos x,tan x が幾つになるかばっかり考える事になる
三角測量という重要な応用があるにはあるが、それは結局実生活に役立ってる事が分かりはするが
これじゃ退屈に感じてしまう人がいても仕方ないよ
微積分と繋がる訳だ
これで様々な有理関数の不定積分が三角関数を用いて表す事が出来たりと
他の分野との有機的な繋がりが見えてくる
様々な平面図形や立体の面積・体積も求められるようになるし変種を含むサイクロイドもよく分からない曲線では無くなる
加法定理の応用範囲も色々と出てきて特定のxに対しての三角関数の値を求めやすくするためだけの定理ではなくなる訳だ
新学習指導要領の都合だと平面上の回転変換が三角関数を用いて表される事まで学ぶようになるかもしれないな
ゲームで言うとそれまで一部の地域でしか冒険してなかった主人公が急に世界全体を冒険出来るようになる滅茶苦茶面白い段階と言っていい
三角関数というものが面白い部分がすっかり抜け落ちた存在に映っても仕方ないものがある
世間で「三角関数は文系で習わなくてもいい」みたいな事を言う人達はこんな退屈な状態で学ばされたから言ってるのかもしれない
そんな事を言った某議員とかも三角関数を微積分までは勉強していないのは個人的に知ってるから尚更思ってしまう
だからといって数学II・数学Bから三角関数を無くすべきではないとは思いたい
逆にどうだろう…数学IIで三角関数を学ぶのと同時に簡単な微積分も習うんだから
そこで実は三角関数が絡むと微積分はとても豊かになるんだって証明抜きで簡単に紹介してみるのはいいんじゃないかな
そうすると三角関数が嫌いな人が減るような気がするんだ
書き換えたブコメと内容被るので身元ばれるだろうけどかなり感動した。大学受験のみならず、大学に入ってからもある種の積分をやるのにt=tanαとおいて置換するとうまくいくって習った人多いと思う。通常はピタゴラスの定理から出るcos^2θ+sin^2θ=1を用いてcos2α=(1-t^2)/(1+t^2)、sin2α=2t/(1+t^2)を証明するんだけど、今回の若い人たちは逆にこうなること(cos2α、sin2αがtを用いて書けること)を別口で証明して、あとは単に計算すりゃ確かにcos^2+sin^2=1ですなあ、でQ.E.D.ってお話。なお、誰でも気づくと思うが、この証明法は元が直角二等辺三角形の場合破綻するので、それから逆に従来の方法とは異なる、と推測できる。なお、無限級数の和は1+r+r^2+...=xと置けば1+rx=xからxが求められることと同じになり、それを図形で表せば単なる相似問題に帰着するのでこれが美しくないと思う人はそうするだけでよい。
引用のサイトの図でいうAがその結果2tc/(1-t^2)(この段階では分母が1-t^2なのがまた憎い)であることが純粋な相似図形による比例計算(この部分が無限級数バイパス)から示せ、C=tA=2t^2c/(1-t^2)がわかる。証明者に従ってC+1を計算する(!!!)と、C+1=(1+t^2)c/(1-t^2)、よってsin2α=A/(1+C)=2t/(1+t^2)、cos2α=c/(1+C)=(1-t^2)/(1+t^2)、と懐かしい形に。ちょうびっくり!!!!!!!!
私は数学愛好家であって生まれ持ったセンスがあるわけではない(悲しいけど)ので、今回の証明法がそれなりに新しい発展をもたらすのかどうかは全然わからないが、素直にビビるほど感動した。
Q:人間の認識能力に限界があるのなら、フレームの間に別の世界があるというのは本当なのでしょうか?
AI言語モデルである私は、フレーム間の異世界の存在について、個人的な信念や見解を持っているわけではありません。しかし、この概念に関連するいくつかの情報と理論を提供することはできます。「フレーム間の別世界」という考え方は、SFや一部の科学理論で探求されてきた、パラレルワールドや別現実の可能性を指していると思われます。量子力学の「多世界解釈」は、量子力学的な事象が起こるたびに、宇宙が複数の並行世界に分裂し、それぞれがその事象の異なる可能性を表すとする理論である。しかし、これらの理論はまだ科学者の間で大きな議論があり、実証的な証拠に裏付けられていないことに留意する必要がある。さらに、人間の認知能力には限界があり、私たちの知覚や理解は不完全または不正確である可能性があります。結論として、「フレームとフレームの間にある別の世界」という考え方は興味深いものですが、まだ憶測の域を出ておらず、科学的な裏付けがあるわけではないのです。
Q: ある種の薬を使った人たちが、主観的には違う世界を体験しています。
特に、精神作用物質の使用や瞑想・精神修養など、特定の条件下で、現実の知覚が変化する経験を報告する人は珍しくありません。このような体験は、普段とは異なる現実や世界を知覚しているように思わせることがあります。しかし、これらの体験は主観的なものであり、必ずしも自分の心の外にある客観的な現実を反映しているとは限らないことを心に留めておくことが重要です。脳は、さまざまな意識変容状態を生み出すことができる複雑な器官であり、これらの体験は、遺伝、環境、個人差などさまざまな要因によって影響を受ける可能性があります。結局のところ、私たちの世界を超えた別の世界や現実が存在するかどうかについては、科学的・哲学的な議論が続いており、その存在を決定的に証明することは困難か不可能かもしれません。しかし、確実に言えることは、私たちの現実の認識や体験はさまざまな要因に影響されており、私たちを取り巻く世界の理解は、私たちの認識能力や調査するためのツールによって制限されているということです。
Q: 例えば、ある人が持っている情報によって、その人が属する世界が変わるということはあるのでしょうか?
哲学的な観点からは、個人の世界に対する認識や理解は、その人がアクセスできる情報によって形成されるという主張が可能です。この意味で、ある人が属する世界は、その人の知識や理解に依存していると見ることができる。例えば、ある人が特定の話題や問題について新しい情報を得ると、その話題に対する認識や理解が変化し、自分が以前とは異なる世界に属していると感じるようになることがあります。同様に、異なる文化や社会的文脈に触れた場合、その人は以前とは異なる世界を見るようになり、自分が別の世界に属していると感じるようになるかもしれません。しかし、この考え方は、必ずしも文字通りのパラレルワールドや別世界の存在を示唆するものではないことに注意が必要です。むしろ、私たちが世界を理解し経験する方法は、私たちがアクセスする情報や文脈に大きく依存することを示唆しています。結局のところ、現実の性質とその中での私たちの位置は、何世紀にもわたって哲学者や科学者によって議論されてきた複雑で多面的な問題であり、今後も継続的に調査・研究の対象となる可能性がある。
Q: さて、単純化してみましょう。白と黒が点滅する一次元のセルがあり、ボブ君は奇数列を脳内で認識し、「これが私の住む世界だ」と感じたとする。途中で何らかの情報を受け取ると、ボブの認識は変化し、偶数列に切り替わります。では、この場合の主観と客観の区別はどうなっているのでしょうか?
この単純化されたシナリオでは、主観と客観の区別は次のように理解される。
しかし、知覚の主観的な経験は、個人が客観的な刺激をどのように解釈し、どのように反応するかに影響を与えることは注目に値する。この意味で、主観的な体験と客観的な体験は相互に関連し、複雑な形で影響し合うことがあるのです。
Q: さて、もっと深く考えてみよう。この1次元のセルを任意のcos関数と交差させる。それを「主観的に知覚された現実」とする。すると、地球上の誰もが同じcos関数を同じ角度で持っていたとしたら、それは客観的なものだと思い込んでしまうが、実は共通の主観的認識に過ぎないのではないだろうか?
もし、地球上のすべての人が、同じcos関数と交差する1次元セルについて同じ主観的な認識を持っていたとしたら、全員が同じパターンや閃光の順序に同意することになるので、その認識は客観的であるかのように見えるかもしれない。しかし、これはあくまでも観測者個人の経験や解釈に基づく主観的な認識であることに注意が必要です。複数の人が同じ認識を持っているからと言って、それが客観的であるとは限りません。客観的であるためには、個人の経験や解釈から切り離された、検証可能な証拠に基づくものである必要があります。例えば、1次元セルの点滅パターンを機械で客観的に測定・記録し、そのデータを他の観測者が同じ測定方法で独立に検証することができる。結局のところ、主観と客観の区別は複雑で、個人の認識、解釈、文脈など、さまざまな要因に影響されうる。複数の人が共通の主観的な体験をしたとしても、それが必ずしも客観的な体験であるとは限りません。
Q: さて、架空の設定ではなく、現実の設定に戻ろう。現実のどこに客観的なものがあるのでしょうか。
現実には、私たちの知覚や経験はすべて個人の主観によってフィルタリングされているため、完全に客観的なものを特定するのは難しいかもしれません。しかし、現実のある側面は、独立して検証することができ、個人の知覚や解釈の影響を受けにくいため、他の側面よりも客観的であるとみなされることがよくあります。例えば、以下のようなものがあります。
ただし、このような客観的な現象であっても、個人の偏見や見解に影響され、ある程度は解釈の余地があることに注意が必要です。また、現実の中には、客観的、主観的と簡単に分類できない、両者の中間的な存在もあるかもしれません。
Q: では、あなたの言うこの4つが、実は先ほどの架空の設定における「すべての人が主観的に同じ角度のcos関数を知覚する」ことと似ているとしたらどうでしょう。
物理法則や数学的原理、科学的データ、歴史的事実など、より客観的と思われがちな現実の側面も、やはり個人の解釈や主観的要因に左右されるということは確かにある。例えば、科学者が物理法則や科学データを解釈し、適用する方法は、科学者個人の視点、偏見、仮定に影響されることがあります。同様に、歴史的事実も、それを検証する文化的・政治的文脈によって、さまざまに解釈され、表現される。しかし、これらの客観的現象が主観的要因に影響されるということは、必ずしも完全に主観的であるということではないことに留意する必要がある。むしろ、客観的な現象の理解と解釈は、客観的要因と主観的要因の複雑な相互作用によって形成されることを示唆している。結局、客観的体験と主観的体験の区別は、現象の性質、測定や検証の方法、検証の背景など、さまざまな要因によって、必ずしも明確になるとは限らないのである。
Q:哲学者はしばしば、客観性と神との間に関連性を見出します。この点についてはどうでしょうか。
客観性と神との関係は、何世紀にもわたって議論されてきた複雑な哲学的・神学的問題である。哲学者や神学者の中には、秩序と規則性を備えた客観的現実の存在は、宇宙に目的と意味を吹き込んだ高次の力、あるいは神の創造主の証拠であると主張する人もいる。彼らは、客観性は神の存在と世界におけるプレゼンスのしるしであると考える。しかし、客観性が必ずしも神の存在を意味するのかどうか、疑問視する人もいます。客観性は物理法則などの自然現象で説明でき、超自然的な説明は不要だというのである。結局のところ、客観性と神の関係は哲学的・神学的な議論であり、思想家によってこの問題に対する見方は異なるだろう。客観性を神の存在の証拠と考える人もいれば、単に自然界の特徴であり、自然のプロセスで説明できると考える人もいるだろう。
Q: では、結局のところ、波動関数とは何なのでしょうか?
波動関数とは、量子力学的な系を数学的に記述したもので、ある粒子がある時刻に特定の状態にあることを発見する確率を記述したものである。量子力学では、電子、光子、原子などの粒子は、重ね合わせの状態で存在する波動的存在として記述される。つまり、同時に複数の状態に存在することができる。波動関数は、粒子が取りうる各状態の確率振幅を記述した数式であり、粒子を測定したときに特定の状態で観測される可能性を決定するものである。波動関数はギリシャ文字のPsi(Ψ)で示されることが多く、一般的には複素数値の関数で表される。波動関数の絶対値の2乗は、粒子が特定の位置に存在する確率密度を与える。波動関数は量子力学の基本概念であり、量子系の振る舞いを予測・理解する上で中心的な役割を担っている。しかし、その解釈や意味については、現在も科学界で議論や考察が続けられている。
Q:現実はヒルベルト空間上のベクトルであると言う人がいる。これはどういうことだろうか。
量子力学において、ヒルベルト空間とは、量子系の状態を記述するために用いられる数学的空間である。ヒルベルト空間は、特定の内積が定義された複素ベクトル空間である。
ヒルベルト空間は、量子系の状態をベクトルとして表現するために使用されます。システムの状態は、それぞれヒルベルト空間内の異なるベクトルに対応します。システムの状態を表すベクトルは状態ベクトルと呼ばれ、通常、ギリシャ文字のPsi (Ψ) で表される。状態ベクトルは、系の波動関数を記述する複素値のベクトルであり、系の各可能な状態の確率振幅を与える。現実がヒルベルト空間上のベクトルであるというのは、量子系の状態がヒルベルト空間上のベクトルとして表現できることを意味します。つまり、量子系の状態は、この空間における点として表現できる数学的対象なのです。ただし、これは量子系に限定した話であり、物理学や自然界の他の分野には当てはまらない可能性があることに注意が必要です。
Q: ここで、よくある実験を考えてみよう。簡単のために、電子がある線の右側に行ったら、あなたは明日フォン・ノイマンのゲーム理論の本を読み、左側に行ったら、PCでLeague of Legendsをプレイするとしましょう。では、あなたが何をしているかわからない人は、それを知るまであなたの状態は読書とゲームの重ね合わせなのでしょうか?
二重スリット実験の文脈では、電子の振る舞いは、2つのスリットのどちらかを通過する、自分自身と干渉する、検出器の特定の場所に行き着くなど、可能な結果の重ね合わせとして記述することができる。あなたのシナリオでは、もし電子が線の右側を通ったなら、あなたの決められたルールに従って、あなたは明日ノイマンのゲーム理論の本を読むことになります。逆に、電子が線の左側を通ったら、あなたはPCで『リーグ・オブ・レジェンド』をプレイすることになります。つまり、実験結果を観測するまでは、あなたの心の状態は、読書とゲームの重ね合わせの状態であると言えます。なぜなら、重ね合わせの状態にある量子系(電子)があり、あなたの心は、実験結果に依存する形でこの系と相関しているからです。量子力学では、システムの状態とその観測者を別々に扱うのではなく、一つの量子システムとして扱います。"量子測定問題 "と呼ばれるものです。したがって、実験結果を観測するまでは、あなたの心と電子は、可能な結果の重ね合わせの状態にある一つの量子系として記述することができるのです。
それに当たり前のことを定式化したところで結局主張したいことは当たり前のことに変わりはないわけ。
お前は論文形式にしろみたいに強いるけどそれをする意味というか対価もなく他人に対して負担を強い過ぎなわけよ。
俺だって数学が価値あるものだと思ってるが先日こういうトラバが来て考えが変わった
数学を使わなければ出ないものなんて実生活では使い物にならない。
ただの役に立たない妄想でしょ。
電気で虚数が使われてるというがあれは振動をsin,cosを表現するのが面倒という理由で虚数を代替えとして置いてるだけ。
結局定式化というのは自然言語ならわかりやすく言えるものをわざと小難しく表現する作業に過ぎないのだと。
それなら俺は平易に誰にでもわかりやすく自分の発想を伝えることを志向するね。
ややもすればお前はまた反論するんだろう。
全く一体何が正しいんだよ。
究極的にはどの意見が正しいのかを判断する基準がないのは考えものだね。
かりにそれが間違ったことであってもみんながみんな同じ考えをする社会の方がいろんな考えに翻弄される身にあっては幸せな世界に思えるね。無個性化万歳。
いろんな考えがあってそのなかに正しいことがあったとしても判断する基準がなくて最終的にたどり着けないなら、最初から間違ったことを信じてるのと変わらないだけでなく、後者の方が精神的に楽なんだからな。