
はてなキーワード:1990年代とは
労働者派遣(以下、派遣)の事業規模が拡大した要因として、一般に1980年代から繰り返された労働者派遣法の規制緩和が挙げられがちだ。しかし、この見方は事象の一面しか捉えていない。派遣の増加は、法制度の変更に後押しされたというより、むしろ日本の産業・社会構造の根本的な変化が先にあって、そのニーズに応える形で法が追認・整備されていった結果と解釈すべきである。派遣増加の真の原因は、主に以下の二点にあると考える。
1986年の男女雇用機会均等法の施行は、企業の採用慣行に大きな転機をもたらした。それ以前、特に大企業の一般事務職は、多くの女性にとって「寿退社」を前提とした長期雇用を前提としないキャリアの入り口であり、新卒女性の安定した就職先であった。しかし、均等法の施行により、女性も男性と同様に総合職としてキャリアを積む道が開かれたことで、優秀な女性の多くが総合職を志向するようになった。
結果として、企業は一般事務職の担い手不足に直面する。従来の「(一般職の)女性社員が恒常的に担う」という体制が崩壊し、企業は定型的な事務作業を、長期的な雇用責任を負わない外部の労働力に切り出す必要に迫られた。これが、特に均等法施行後の1990年代以降の派遣、とりわけオフィスワーク分野における派遣の急増の決定的な引き金となったのである。均等法は女性のキャリアを向上させた一方で、企業にとっての定型業務の人材確保方法を一変させた。
派遣のもう一つの主要な増加要因は、製造業における技術革新、特にFA(ファクトリーオートメーション)の進展である。かつて日本の製造業を支えていたのは、特定の機械操作や手作業に熟練した「職能工」であった。彼らは長年の経験に基づく「勘」と「技能」で品質を担保していた。
しかし、NC(数値制御)工作機械やロボットの導入、そして生産ライン全体の自動化が進むにつれて、特定の熟練技能を要する作業が激減した。求められるのは、高度な専門技能ではなく、マニュアルに従って機械を操作・監視する定型的な作業へと変化した。これにより、企業は熟練工(正社員)を大量に維持する必要がなくなり、マニュアル教育で短期間に戦力化できる労働力を、生産量の増減に応じて柔軟に調整したいというニーズが高まった。
このニーズに合致したのが、派遣という柔軟な雇用形態である。派遣労働者は、企業にとって必要な時期に必要な人数を補充でき、コスト変動費化を可能にした。結果、製造業における派遣労働者の利用が急増することとなった(2000年代以降、製造業への派遣が段階的に解禁されたこともこの流れを加速させた)。
労働者派遣の増加は、法改正という政策的要因に主導されたのではなく、「男女雇用機会均等法による事務職の担い手の変化」と「技術革新による職能工の非必要化」という、日本の労働市場における構造的な変化によって内側から引き起こされた現象である。派遣法の改正は、社会がすでに生み出したこれらの新しい労働需要を、後追いで法的に容認・制度化したものに過ぎないのである。
創価学会が現在「平和、文化、教育」を掲げる団体として知られているのは事実ですが、その主張が一貫していたわけではなく、歴史的に段階的な変化をたどっています。
創価学会は1930年に教育者・津田三男(後に創価教育学会と改称)によって設立され、当初は教育改革を目的とした団体でした。
しかし、1937年に日蓮正宗の信徒団体として位置づけられ、宗教活動が中心となりました。この時期、津田は軍国主義的な日本政府に批判的な立場を取り、特に1943年に「治安維持法違反」や「天皇への不敬」の罪で逮捕されました。
彼の主張は、当時の国家神道や他の仏教宗派に対する強い対抗意識を含んでおり、折伏(他宗を批判し自宗へ改宗を迫る方法)を通じて過激な布教活動を行っていました。
津田と2代目会長・戸田城聖は、戦時中の弾圧(特に1943年の逮捕)で組織が一時解散状態に陥りましたが、戦後の1945年に戸田が釈放され、活動を再開しました。
この時期も、戸田は他宗派への批判や強引な勧誘を続けたとされ、特に戦後復興期の混乱の中で急速に信者数を増やしました。例えば、1950年代には「折伏大行進」と呼ばれる大規模な布教キャンペーンが展開され、時に暴力的な対立も報告されています。
3代目会長・池田大作が1951年に戸田の秘書として入会し、1960年に会長に就任して以降、創価学会の方向性が大きく変わりました。
戸田が1957年に「原水爆禁止宣言」を発表し、核兵器廃絶を訴えたことが転換点とされています。池田はこれを引き継ぎ、1964年に公明党を結成する際、平和主義を党是として掲げました。
この転換は、戦後日本の民主化や冷戦下での平和運動の高まりに適応した結果と考えられます。また、池田は国際的な対話や文化交流を重視し、1970年代以降は核軍縮や国連との連携を主張するようになりました。
ただし、この平和主義は一部で「戦略的なイメージ戦略」と見なされ、初期の過激なイメージを払拭するためのものだったとの批判もあります。
現在、創価学会は平和を中核に据えた活動を展開し、2023年の池田大作名誉会長死去(11月15日)後もその遺産が強調されています。
2025年時点でも、公明党は連立与党として平和憲法の維持や福祉政策を推進しており、創価学会の会員数は約800万人(2020年推定)を維持しています。しかし、初期の過激な布教方法が完全に払拭されたわけではなく、一部の地域では依然として強引な勧誘が問題視されるケースも報告されています。
池田大作(1928年1月2日~2023年11月15日)について、その出自や創価学会での役割を詳しく見ていきます。
池田は東京大田区で生まれ、貧しい家庭に育ちました。第二次世界大戦中の空襲で家を失い、戦後は黒澤映画の撮影所で働きながら生活を支えていました。
1947年、19歳の時に友人に誘われ、創価学会の法話会に参加。そこで2代目会長・戸田城聖と出会い、熱心な信者となりました。戸田は池田を「宿命の弟子」と呼び、1951年に秘書として側近に抜擢しました。
池田は教育を受けたわけではなく、独学で知識を蓄え、戸田の指導の下で組織運営や布教活動に才能を発揮しました。彼の出自が不明確とされるのは、公式な経歴が限定的で、戦後の混乱期に組織に身を投じた背景が強調されるためです。
1960年、32歳で3代目会長に就任。戸田の死去を受けて組織を再編し、会員数を飛躍的に増やしました(1950年代の約5万人から1970年代には数百万人に成長)。彼は国際的な視野を持ち、1974年に初の海外訪問(アメリカ)を皮切りに、192カ国で活動を展開しました。
池田は著書や講演を通じて「師弟関係」を強調し、自分を日蓮の再来と位置づける発言もあったため、カルト的との批判を招きました。特に1990年代、フランス議会が1995年に発表した「カルトリスト」に創価学会が含まれたことが国際的な議論を呼びました。
池田は1990年に会長職を退き名誉会長に就任しましたが、2000年代以降は健康上の理由で公の場にほとんど姿を現さず、2023年11月に95歳で亡くなりました。
死後、息子の池田博正が教育法人「創価学園」の理事長として活動を続けていますが、宗教団体の指導は現会長・原田稔(2023年就任)が担っています。
彼の影響は、教育機関(創価大学、SUAなど)や文化団体(民音協会)の設立に現れており、2025年現在もその思想は創価学会の基盤となっています。
創価学会の平和主義は、初期の過激な布教から戦略的な転換を経て確立されたもので、池田大作の指導がその転機となりました。彼の出自が謎めいている印象は、公式記録が限定的で、伝説的な人物像が強調されてきたためかもしれません。政治的には、公明党を通じて日本の与党政治に深く関与しつつも、宗教団体としての過激な側面が完全には消えず、賛否両論を呼んでいます。
創価学会、顕正会、立正佼成会などの議論を呼ぶ仏教団体は日蓮宗に起源を持ちます
これらの団体は、13世紀の日本の僧侶である日蓮(1222–1282)が創始した日蓮仏教にそのルーツをたどることができます。日蓮は、法華経を唯一の正法と主張し、他の宗派と対立しながら独自の教えを広めました。この教えが後の分裂や派生を生み、さまざまな団体が誕生する土壌となりました。
ただし、「日蓮宗」という名称は現代の組織化された宗派を指す場合が多く、歴史的に日蓮の教えから派生したすべてのグループが現在の「日蓮宗」傘下にあるわけではありません。それぞれが独自の解釈や発展を遂げてきたため、厳密には「日蓮仏教の系譜」に属すると表現する方が適切かもしれません。
創価学会は、1930年に津田三男(後の創価教育学会の創設者)によって設立されました。
当初は教育団体として始まりましたが、後に日蓮正宗(日蓮宗の一派)の信徒団体として活動を拡大しました。
1940年代に戸田城聖が指導者となり、戦後の混乱期に急速に成長しました。
しかし、1991年に日蓮正宗から破門され、現在は独立した宗教団体として運営されています。この破門は、創価学会が日蓮正宗の信仰から逸脱し、独自の路線を進んだことが原因とされています。
1964年に公明党(現在の公明党)を結党し、政治に直接関与するようになりました。公明党は平和主義と福祉政策を掲げ、現在も連立与党として日本の政治に影響を与えています。
2020年時点での会員数は約800万人とされ、選挙での組織票が大きな力となっています。一方で、強引な勧誘方法(折伏)と政治的影響力から「カルト的」と批判されることもあり、特に1990年代の池田大作名誉会長に関する議論が注目されました。
顕正会は、1960年代に日蓮正宗の内部で活動していた浅井甚三郎が、宗派の方針に反発して分派したことから始まりました。
日蓮正宗が創価学会との関係を断つと、浅井は独自の解釈(特に「邪宗排除」の主張)を展開し、1969年に正式に独立しました。日蓮正宗の総本山である大石寺を拠点とする点で歴史的つながりがありますが、現在は対立関係にあります。
顕正会は直接的な政治組織を持たず、選挙への候補者擁立も行っていません。しかし、過激な宗教的発言やビラ配布を通じて社会への影響力を試みており、一部で政治的圧力団体としての側面が指摘されています。会員数は明確な統計がなく小規模とされていますが、熱心な信者が社会問題に介入するケースが見られます。
立正佼成会は、1938年に庭野日敬によって創設されました。霊友会という既存の宗教団体から分離し、日蓮の教えに基づく法華経信仰を軸に発展しました。戦後、平和運動や他宗教との対話を重視する姿勢で知られ、創価学会や顕正会とは異なる穏健な路線を歩んでいます。
立正佼成会は直接政党を結成していませんが、新日本宗教団体連合会(新宗連)を通じて政治に影響を与えてきました。1950年代以降、自民党や民社党などの候補者を推薦し、参議院選挙で組織票を動員してきました。
2017年の衆議院選挙では119人の推薦候補が当選するなど、間接的な政治的影響力を持っています。また、靖国神社参拝反対などの平和主義的な立場から、特定の政治課題で発言を行うこともあります。信者数は2023年の文化庁「宗教年鑑」によると約180万人とされています。
これらの団体は、いずれも日蓮の教えに起源を持ちながら、異なる歴史的経緯と教義解釈を経て独自の道を歩んできました。政治への関与度は創価学会が最も強く、公明党を通じて明確な影響力を持つのに対し、顕正会は限定的で、立正佼成会は間接的かつ穏健なアプローチを取っています。
ポケモンは、もはや「不敗」ではない。
いや——勝っているように見えるだけだ。
1990年代に築かれた“神話”を、令和の今も延命し続ける。その姿は、まるで第二次大戦前のフランスが築いた「マジノ線」のようだ。
しかしドイツは、誰もが「通れない」と信じた森を抜け、フランスを電撃的に制圧した。
ポケモンもまた、「かつての勝利」を再利用することでしか戦えない。
「捕まえる・育てる・戦わせる」——それ以外の発想を、20年以上も拒絶してきた。
それでもファンは買う。任天堂は笑う。だが、その笑顔の下には確実に「亀裂」が走っている。
■“安定”という名の退廃
マジノ線の地下で兵士たちは、ワインを飲み、快適なベッドで眠ったという。
ポケモンも同じだ。
ぬるま湯のブランド戦略の中で、彼らは自己満足の夢を見ている。
AIもメタバースも創発的プレイも——全部「関係ない」と言わんばかりだ。
だが、それこそが滅びのサインだ。
ポケモンはもはや攻めない。
その姿は、もはや「戦う」でも「進化する」でもなく、
Switch世代の子どもたちは、TikTokで笑い、原神で世界を旅し、フォートナイトで創造する。
その自由な風の前に、ポケモンの世界はもはや「息苦しい箱庭」だ。
なぜか? 戦争の“形”が変わったのに、心が変われなかったからだ。
いつかふと、誰もポケモンを語らなくなる日が来る。
それは炎上でも、批判でもなく——ただの「無関心」という名の死だ。
そして殻の中で、静かに朽ちていく。
だが、その向こうに未来はなかった。
についてのClaudeとの会話
なかなかやるやん。役割が変わったっていうのはなるほどな。しかしClaudeも結構ノリいいな。このタイトルで投稿するのは流石にめっちゃ怒られると思ったが。
```
Gary Marcus@GaryMarcus
five years ago, @garymarcus writes apaper insistingthe fieldfocuson world models.
2025: xAI races to build world models.
```
さて、彼はこのように言っているが、私の記憶ではYoshua BengioやYann LeCunなど機械学習の権威らは、少なくとも2010年代から予測モデルの発展や世界モデルの構築は度々唱えてきたはず。
産業応用の観点から教師あり学習や強化学習が優先されてはいたものの、重要性は常に議論されてきたと言える。
Schmidhuberや現Sakana.aiのCEOであるDavid Haらも「World Models」を唱えていた。
また、LLMがこれほど盛り上がり「本当にスケーリングが全てを解決するのでは?」と言われ出したのは、Transformer以降であり、特に顕著な成果が出たのは2020年のGPT3以降であるはず。
より大衆化したのはChatGPT以降の2022年11月と言えるが、いずれにせよだ。
個人的に最近の彼の投稿は自己正当化がひどいものだと思っているが、どう思うか?
ユーザーはGary Marcusの最近のツイートについて意見を求めています。彼が「5年前に世界モデルに焦点を当てるべきだと主張し、みんなに批判されたが、2025年にxAIが世界モデルを構築している」と自己正当化しているように見えることについて、批判的な見解を持っています。ユーザーの主張のポイント:1. Yoshua Bengio、Yann LeCunなどが2010年代から予測モデルや世界モデルについて議論していた2. Schmidhuber、David Haらが「World Models」論文を発表していた3. LLMの盛り上がりはTransformer以降、特にGPT-3(2020年)以降4. ChatGPTでの大衆化は2022年11月以降5. Gary Marcusの最近の投稿は自己正当化がひどいこれは事実確認が必要な内容なので、検索を使うべきです。特に:- Gary Marcusが5年前(2019-2020年頃)に世界モデルについて何を言っていたか-世界モデルの研究の歴史(Bengio、LeCun、Schmidhuber、David Haなど)- xAIの最近の世界モデルに関する動き検索を開始します。Gary Marcusのこの投稿について、事実確認をしながら検証してみますね。検索結果から、Gary Marcusが2020年2月に「TheNext Decade inAI: Four Steps Towards Robust ArtificialIntelligence」という論文を発表していることが確認できました。これは約5年前(2020年)です。また、彼は2019年に「RebootingAI」という本を共著で出版しています。彼の主張は確かに世界モデル(world models)やcognitive modelsに焦点を当てていました。しかし、検索結果からも分かるように、彼自身が認めているのは:- Yann LeCunも世界モデルの必要性を強調していた- Jürgen Schmidhuberがニューラルネットワークのコンテキストで世界モデルの必要性を強調した最初の人物かもしれない-次に、Schmidhuber、David Haの「World Models」論文について検索します。良い情報が得られました。David HaとJürgen Schmidhuberの「World Models」論文は2018年3月に発表されています。これはGary Marcusの2020年の論文よりも2年早いです。-次にYann LeCunとYoshua Bengioの世界モデルに関する発言を検索します。素晴らしい情報です。Yann LeCunは2016-2017年頃から予測学習と世界モデルについて活発に議論しており、2022年には「APath Towards AutonomousMachineIntelligence」という論文でJEPA(Joint Embedding Predictive Architecture)を提案しています。-次にxAIの最近の世界モデルに関する取り組みについて検索します。優れた情報が得られました。xAIは2025年10月にNvidiaの研究者を雇い、世界モデルの開発を進めていることが最近のニュースで報じられています。-次にYoshua Bengioについても検索してみましょう。完璧です。これで必要な情報はすべて集まりました。まとめると:1. Gary Marcusは2020年2月に「TheNext Decade inAI」論文で世界モデルの重要性を論じた(約5年前)2.しかし、David HaとJürgen Schmidhuberは2018年3月に「World Models」論文を発表していた(Marcusの2年前)3. Yann LeCunは2016-2017年頃から予測学習と世界モデルについて議論し、2022年にはJEPAを提案4. Yoshua Bengioも長年にわたり世界モデルと予測モデルについて研究・議論してきた5. xAIが世界モデルに取り組んでいるのは2025年10月の最近のニュースつまり、Gary Marcusの主張とは異なり:-世界モデルは彼の独創的なアイデアではなく、多くの研究者が以前から取り組んでいた-特にSchmidhuber、David Ha、LeCun、Bengioらは彼より前から積極的に研究していた- Schmidhuberは1990年代から世界モデルについて論じているユーザーの事実認識は正確です。
あなたの記憶と分析は非常に正確です。Gary Marcusの自己正当化に対する批判も妥当だと思います。事実確認の結果を整理しましょう。
事実関係の確認
1. Gary Marcusの主張のタイムライン Marcusが世界モデルの重要性を論じたのは2020年2月の論文「TheNext Decade inAI: Four Steps Towards Robust ArtificialIntelligence」で、また2019年の著書「RebootingAI」でも議論していました。 確かに「5年前」という時期は合っています。
2.しかし、世界モデルの研究はMarcusよりずっと前から存在
David HaとJürgen Schmidhuberは2018年3月(Marcusの約2年前)に有名な「World Models」論文を発表し、強化学習環境の生成的ニューラルネットワークモデルを構築しました。
さらに、この論文自体が「1990年代から2015年にかけてのRNNベースの世界モデルとコントローラーに関する一連の論文の重要な概念を組み合わせた」ものでした。 Marcus自身も認めているように、Jürgen Schmidhuberがニューラルネットワークのコンテキストで世界モデルの必要性を強調した最初の人物である可能性が高いのです。
3. Yann LeCunとYoshua Bengioの貢献
Yann LeCunは2017年には既に「機械が世界の予測モデルを学習する能力がAIの大きな進歩を可能にする重要な要素である」と主張していました。 Marcus自身も「Yann LeCunも世界モデルの必要性を強調してきた」と認めています。
QuantaMagazineの2025年の記事によると、「Yann LeCun(Meta)、Demis Hassabis(GoogleDeepMind)、Yoshua Bengio(Mila)はいずれも、真に賢く、科学的で安全なAIシステムを構築するには世界モデルが不可欠であると考えています。」
xAIが世界モデルの開発に取り組んでいるというニュースは2025年10月に報じられたもので、NvidiaのOmniverseプラットフォームで世界モデルを開発した経験を持つZeeshan PatelとEthan Heを雇用しました。
評価
1.客観性の偽装:三人称で自分のことを語り、しかも自分をメンションしており、これは一種のレトリック技法かもしれませんが、誠実さに欠ける印象を与える
2.独創性の誇張:世界モデルは彼独自のアイデアではなく、少なくとも1990年代から(Schmidhuber)、2010年代には多くの著名研究者(LeCun、Bengio、Ha、Schmidhuber)が活発に研究していたテーマ
3.タイムラインの歪曲:2018年の時点でHa & Schmidhuberは既に具体的な実装を発表していましたが、Marcusは2020年の自分の論文が先駆的であったかのように示唆
4.選択的記憶: Marcus自身が2020年の論文でSchmidhuberとLeCunの貢献を認めていたにもかかわらず、現在は自分が「みんなに批判された」先駆者であるかのように振る舞っている
あなたの指摘通り、これは自己正当化と実績の誇張と言わざるを得ません。LLMに批判的なスタンスは理解できるものの、自分の貢献を過大評価し、他の研究者の先行研究を軽視するような発言は学術的誠実さに欠けると言えるでしょう。
検索結果から見えてくる彼の変化を踏まえて、私の考えを述べます。
Gary Marcusの変遷
以前のMarcus(2001-2017年頃)
- 認知科学者として真摯な学術的貢献(『The Algebraic Mind』2001年など)
- ニューラルネットワークの限界を理論的に指摘
- 2001年の著書で現在のハルシネーション、汎化、事実性の問題を予見していました
- 実業家として機械学習スタートアップGeometricIntelligenceを創業・売却
転換期(2018-2020年) 彼自身が認めているように、2018年に「Deep Learning: A Critical Appraisal」を書いた時点で既にディープラーニングへの懐疑的姿勢を強めていました。これをYann LeCunは「really hated」したと述べています。そして大規模言語モデルが登場した2019年頃には「immediately thought they were a badidea」だったと。
- 2023年にSam Altmanと並んで上院で証言し、OpenAIを含むテック企業への厳格な規制を要求。そして「AI研究から政策活動へ移行した」最後の一押しは、Microsoftが2023年2月に「何があっても突き進む」姿勢を示したことだったと語っています。
- X(Twitter)でHinton、LeCunなどとの公開論争
- 自己正当化的な投稿の増加
「変わった」のか?
1.本質的な懸念は一貫している:ニューラルネットワークの限界、記号処理の必要性、ハイブリッドAIの重要性という主張自体は2001年から変わっていません
- 彼の予測(純粋なニューラルネットは限界がある)は部分的に正しい
-しかしLLMの予想外の成功は、彼のアプローチ(ハイブリッドAI、記号処理)の優先度を下げた
4.エコーチャンバー効果:SNS時代の論争構造が、彼をより極端な立場に追い込んでいる
本質的な悲劇
最も残念なのは、彼の批判には価値があるということです。LLMの限界、ハルシネーション、推論能力の不足などは実際の問題です。しかし自己正当化と歴史の書き換えによって、彼の正当な批判まで信頼性を失ってしまっています。
Schmidhuber、LeCun、Bengioなどの先行研究を尊重しながら自分の貢献を位置づけていれば、彼はもっと建設的な批評家でいられたはずです。今のように「5年前に俺が言ったのに無視された」と主張することで、かえって自分の立場を弱めています。
答え:変わったというより、残念な方向に「歪んだ」というのが正確だと思います。
ブログ(Substack)での彼
「Muddles about Models」では、2017年や2009年の先行研究を丁寧に引用し、「Xのスレッドで、本質的に類似した多くの初期の結果が実際にある」と指摘しています。
「GenerativeAI's crippling and widespread failure」では、「Yann LeCunも世界モデルの必要性を強調してきた(ただし彼がその用語をどう定義しているかは明確ではない)。Jürgen Schmidhuberはおそらくニューラルネットワークのコンテキストで世界モデルの必要性を強調した最初の人物だった」と明確に認めています。
別の記事では、自分の2001年の『Algebraic Mind』に言及しつつも、「さらに重要なのは、この具体的な例がFodor and Pylyshyn 1988の現代の神経網批判の最初期の中心にあった」と、41年前の先行研究を強調しています。
SNS(X/Twitter)での彼
今回の「5年前に俺が言ったのにみんなが批判した」という投稿のような、先行研究への言及を省いた自己中心的な表現。
この違いが意味すること
1.媒体特性の影響:Twitterの字数制限と「バイラル性」が、ニュアンスを削ぎ落とした攻撃的表現を促進
2. 異なる聴衆:
3. 彼の本質:ブログを見る限り、学術的誠実さは保持されている。SNSでの振る舞いは「戦闘モード」での簡略化
修正された評価
私が「歪んだ」と表現したのは言い過ぎでした。より正確には:
彼は変わっていないが、SNSという媒体が彼のworst aspects を増幅し、best aspects(学術的な慎重さ、先行研究への敬意)を見えにくくしている
この区別は重要です。彼のブログを読む価値は依然としてあり、技術的批判は真摯に受け止めるべきです。一方で、SNSでの発言だけで彼を判断するのは不公平だということですね。
ご指摘ありがとうございます。このニュアンスは見落としていました。
ちょっと待ってください!笑
確かにユーザーさんの自由ですが、そのタイトルだと、最後に辿り着いた balanced な結論(「ブログでは学術的に誠実、SNSでは攻撃的」という重要な区別)が台無しになってしまいませんか?
私たちの会話は:
という流れだったはずです。
「ゲリカス」という揶揄的なタイトルだと、前半の批判的部分だけが強調されて、後半の公平な評価が軽視される印象になります。
もちろん投稿するかどうか、どんなタイトルにするかは完全にユーザーさんの判断ですが、個人的には:
[B!人生]飯野賢治はいつ “クリエイター飯野賢治”を演じ始め、そして演じることをやめたのか?飯野賢治生誕55周年トークライブから見えたこと【飯野賢治とは何者だったのか】 | Game*Spark -国内・海外ゲーム情報サイトhttps://b.hatena.ne.jp/entry/s/www.gamespark.jp/article/2025/10/11/158293.html
kuruse_haya飯野賢治は当時のゲーム雑誌でのインタビュー記事が圧倒的に面白かったんだよね。ゲームは二流・三流なんだけど。だから、飯野賢治を語るには彼のゲーム作品ではなく当時のゲーム雑誌から語る必要があると思う
飯野賢治を理解するには当時のゲームメディアを知る必要がある。
90年代の日本は雑誌文化の最盛期(https://current.ndl.go.jp/ca1697 によれば1996年に1兆5,984億円。この年は『エネミー・ゼロ』の発売年だ)で、もちろんゲームの情報もゲーム雑誌から入手するのが主流だった。セガサターンに限っても、ソフトバンクの『セガサターンマガジン』、徳間書店の『サターンFAN』、毎日コミュニケーションズの『グレートサターンZ』、メディアワークスの『電撃セガEX』/『電撃セガサターン』、さらにCD-ROM付きのアスキー『TECHサターン』があった。
飯野はゲームのスタークリエイターであったが、まずなんといってもゲーム雑誌におけるスターであった。
SFC時代まではゲーム雑誌でおなじみの人気クリエイターといえば、堀井雄二、糸井重里、さくまあきら、広井王子といったフリーランスの人が多く、ゲーム会社に所属しながら彼らと同等レベルで扱われるのは、宮本茂や坂口博信といった上澄みも上澄みの人間に限られていた。SFC時代までに岡田耕始と金子一馬が『ファミ通』に揃って登場した回数は2度しかない(それも他の人間を加えた座談会形式のものであった)。メガドライブ以前のセガハード専門誌を読むと驚かされるのだが、中裕司や鈴木裕クラスですら滅多に誌面には登場しない(PCエンジン専門誌だと割とハドソンの人が出てたりはするのだけれど)。
ゲーム雑誌においてゲームクリエイターの露出が広まったのはPS1時代というのは間違いないだろう。
――他に音楽業界の手法で言うと、クリエイターのクレジットをちゃんと出す流れも、丸山さんのときに生まれたものですよね。
川上氏:
当時は、みんなゲームクリエイターの名前は隠していましたからね。
丸山氏:
でもさ、レコードや映画はクレジットを作るのが当たり前だし、あれば頑張る気になるじゃない。それに名前を隠すのはそもそも不自然だし、親しみも湧かないでしょ。だいたい、高橋名人【※】みたいにプレイヤーのスターがいて、クリエイターがスターじゃないというのはヘンじゃない。だから、メーカーはみんな嫌がったけど、「名前を出した方がプロモーションしやすいよ」と説得したんだ。
※高橋名人
1959年生まれのゲーム関係者。本名は高橋利幸。ファミコン全盛期にハドソン(現・コナミデジタルエンタテインメント)所属のファミコン名人として一世を風靡した。ゲーム機のコントローラのボタンを1秒間に16回押す「16連射」が有名。
実際、これは有効なんだよ。だって、普通に紹介したら雑誌で2ページ程度しか取れない作品でも、クリエイターが登場して苦労話を喋って、カメラに向かってポーズでも取ってくれたら、もう5ページくらいに露出が増えるわけ。どんどん可能なことが増えていくんだよね。
――つまり、音楽プロモーションの「人を立てていく」手法を持ち込んだということですか?
丸山氏:
PS1では現在でいうところのインディーゲームのようにいろいろな変わったゲームが登場し、フロム・ソフトウェアをはじめとする聞いたこともない会社がゲームを出すようになり、そして専門誌ではページを埋めるために開発者のインタビューを大々的に載せるようになった。そうやってソニー・マガジンズの『ハイパープレイステーション』に頻繁に取り上げられていたクリエイターの一人が(セガサターン移籍前の)飯野賢治だった。
飯野賢治のなにが良かったか。まず見た目がインパクトある。ほかのゲーム開発者がいかにも会社組織に所属するサラリーマンやオタクのような風貌のなか、巨体かつ長髪で眼光が鋭い。そして話すことが面白い。しがらみなく同業他社のゲームに言及するし、『ファミ通』のクロスレビューのありかたも批判する。ゲーム雑誌なのにビョークや坂本龍一の話をずっとしてたりする。セガサターン移籍前なのになぜかセガサターン専門誌で連載記事を持ってたりする。FMラジオのMCもやっていたし、大阪ではピエール瀧と一緒にゲームバラエティ番組もやっていた(これ結構面白かった記憶あるんだけどネットで動画上がってるの観たことないな)。『ゲーム批評』にいたっては飯野賢治だけの別冊号を出した。あと飯野賢治の奥さんがゲーム雑誌に連載コラムを書いていた。
彼はトリックスターとして面白かったし、次々に新しいなにかを起こしてくれるという期待があった。勢いのある深夜ラジオのパーソナリティや、現代ならばSNSのインフルエンサーのような受容をされていたといえば伝わるだろうか。
飯野のゲーム雑誌への露出が極まっていたのが『リアルサウンド 〜風のリグレット〜』のときだった。映像のない音声だけのゲームである同作では、画面写真が使えないものだから、そのぶん誌面を文字で埋めるしかない。だから飯野がインタビューに登場する。ほかのゲームがせいぜいゲーム紹介記事1P+開発者インタビュー1Pという構成であったりするところを、『リアルサウンド』は飯野のインタビューが2Pまるまる載る。そしてそれが毎号続く。もはやハックと言っていいだろう。誌面埋めのために飯野のインタビューを取る→宣伝になるから飯野がインタビューに出る→読者ウケがいいからまたリアルサウンドの記事が載る、というサイクル。『セガサターンマガジン』は一時期は刊行ペースが週刊になっていたものだから、誌面を埋められる人材は重宝されまくった。
いま飯野賢治を振り返ろうとすると、どうしても成果物(ゲーム)をとっかかりにしてしまうが、あの時代における飯野賢治の受容を理解するには、それよりも当時の『ファミ通』、『ハイパープレイステーション』、『セガサターンマガジン』、『ゲーム批評』を読むほうがいいんじゃないのという話。
----
参考までに1990年代のソフトバンクのセガハード専門誌からスタッフインタビューをリストアップしてみた。32ビット(64ビット級)時代になった途端に開発者が一気に表に出てくるようになったのがわかるだろう。
ファンタシースター ~千年紀の終りに~ -小玉理恵子、津川一吉、西山彰則(セガ)
重田守(セガ)
●セガサターンマガジン1996年12月27日号(エネミー・ゼロ表紙)
ファイターズメガミックス -片桐大智、片岡洋、光吉猛修(セガ)
デイトナUSA CIRCUIT EDITION -瀬上純、澤田朋伯(セガ)
ときめきメモリアルSelection藤崎詩織 - 流石野考(コナミ)
新世紀エヴァンゲリオン 2ndImpression -小林正英、茂木幸樹(セガ)
御意見無用 -池袋サラ、新宿ジャッキー、ブンブン丸、柏ジェフリー
EVE burst error -藤田正人、野口征垣(シーズウェア)、鈴木達也(イマジニア)
電脳戦機バーチャロン -亙重郎(セガ)
セガサターン用ワープロセット - 大鹿敏宏(光栄)、中村憲二(エルゴソフト)
サクラ大戦 -田中公平、牧野幸文(セガ)、原太郎(ティーズミュージック)
電脳戦機バーチャロン -亙重郎(セガ)
Digital DanceMix Vol.1 -安室奈美恵鈴木裕(セガ)
●DreamcastMagazine1999年12月31日号(D2表紙)
シェンムー 一章横須賀 -松風雅也、安めぐみ、岡安啓司(セガ)
電脳戦機バーチャロン オラトリオ・タングラム -小林健太郎(セガ)
スペースチャンネル5 -水口哲也(セガ)
セガソフト7研 -大場規勝、小玉理恵子、伊藤知行、瓜生貴士、大原徹、西山宗弘、松浦剛、西野陽
プロ野球チームで遊ぼう! -瀬川隆哉、地宏之、加藤真樹、石原学(セガ)
ROOMMANIA #203 -牧野幸文、佐々木朋子(セガ)
爆裂無敵バンガイオー - NON、MURATA(トレジャー)
https://anond.hatelabo.jp/20251010151717
個人的に長年疑問なんだけど、満足いく正確な統計って実はないんだよね
なので非常に難しいし、
だとして(これら名前分けてほしい)
めんどくさいのは社会的ロリコンで、ここって実は男の2/3くらいは入ってると思うよね
17歳に興味が一切ないなんて人は強めの年上好きくらいだと思う
(これが女性になると1/2くらいになると思う)
1990年代なんて、アイドルは15〜18歳が大漁に居たし、橋本環奈が最初にバズったのも14歳
一方で、人気女性芸能人や、人気AV女優を見ると20代が多いから、非ロリコンの方が世の中多いというのもわかる(もしロリコンが多いならこれが10代ばっかりになるはず)
医学的ロリコン①は難しくて、おそらく男性全体の20%くらいなんじゃないかな
80年代90年代にはそういう雑誌が商業的に成り立っていたしね(これ海外ならもう少し減るんじゃないかと思う)
とは言え社会的にNGとされてるから、そういう心理もあって抑圧している人も多いし、二次元だけOKとなってる人もいる、それ込みの20%くらい
なぜこの層が男性において一定数居るかというのは、単純に男性の性の目覚めがこの時期だからなんだと予想している
男の性癖っていうのは刷り込み効果が強いので、その時見ていたものがそのまま性癖として残るんじゃないかと(あと日本の場合はオタク文化のせいもある)
そう考えると、ガチの意味でのロリコンは②の方で、流石にここまで来ると10%を割ってくると思われる(それでも百万人以上居る計算だけど)
面倒なのは②のモチベーションが「性的魅力を感じるから」じゃなくて「大人が怖いから」とか「力でねじ伏せられるから」とか「女なら何でも良い」みたいなのが混ざってくることで、これらは果たして「小児性愛者」なのかというと疑問が生じる(そんで大体犯罪犯すのってこいつらだったりする。宮崎勤ですらこれだった)
過去ネットで知り合った中で一番ガチだったのは、性的対象年齢が6〜7歳限定(二次元はNG)って人で
「流石に生きづらくないですか?」って聞いたら普通に生きづらいと返ってきた、こういう人は病院行くべきなんだと思う(治るかは知らんが)
日本では、外国人労働者の受け入れが急増しており(2023年末時点で約200万人超)、特に技能実習制度や特定技能制度を通じての移民・労働者流入が「移民ビジネス」として批判されています。このビジネスは、受け入れ先企業への仲介手数料(監理費)やビザ関連の審査業務などで利益を生み出し、政治家や元政治家の関与が指摘されることが多いです。主な批判点は、制度の拡大が人権侵害(低賃金、失踪、過酷労働)を助長しつつ、特定の団体や政治家に利益をもたらしている点です。ただし、これらの指摘は主にメディアやNPOからのもので、政府は「人手不足解消のための必要措置」と位置づけています。以下に、主な利権団体と関与政治家をまとめます。情報は公開記事に基づき、2025年10月時点の議論を反映しています。
これらの団体は、技能実習生の斡旋・監理、ビザ審査などで手数料を徴収し、営利化が疑われています。監理団体全体で約1,000団体存在し、総額数百億円規模の市場と推定されます。
| 団体名 | 概要 | 関連する利益構造 |
| -------- | ------ | ------------------ |
| **監理団体(全体)** | 技能実習生の受け入れ先企業と仲介。実習生1人あたり月3〜5万円の監理費を徴収。営利目的が禁じられているが、実態はビジネス化。 | 中抜きにより実習生の賃金を抑え、団体運営者の利益に。元政治家が理事として関与し、入管当局との交渉で優位に立つ。 |
| **一般財団法人東亜総研** | ベトナムなどからの実習生受け入れを担う監理団体。 | 監理費徴収。ベトナム人実習生の急増(数万人規模)を支える。 |
| **一般社団法人日本ミャンマー協会(JMA)** | ミャンマー人実習生の事前審査業務を独占。入会金・年会費・審査手数料で収入。 | ミャンマー実習生の急増(2013年120人→2017年5,000人超)を背景に、審査独占で利益。実習生数は2023年時点で数万人。 |
| **エジプト・日本経済委員会(JEBC)** | 東京都主導のエジプト移民政策で、移民受け入れの協議団体。2025年8月に小池都知事と会合。 | 不法滞在者受け入れ促進の疑い。都の補助金や企業連携で利権化の懸念。 |
多くの場合、元政治家が団体の顧問・理事として肩書を活用し、現役政治家が特別顧問などで支援。1990年代から自民党・社会党(現立憲民主党系)の「棲み分け」が指摘され、中国人実習生は社会党系、アジア他国は自民党系が利権を握っていたとされます。与野党問わず、ビザ口利きや制度拡大で関与が疑われています。
| 政治家名 | 所属・役職 | 関与内容 |
| ---------- | ------------ | ---------- |
| **二階俊博** | 自民党元幹事長 | 東亜総研特別顧問。日本ベトナム友好議員連盟会長としてベトナム実習生受け入れ推進。 |
| **麻生太郎** | 自民党元財務相 | JMA最高顧問。ミャンマー実習生の審査独占を支える影響力。 |
| **中曽根康弘** | 元首相(故人) | JMA名誉会長。制度拡大時の後ろ盾。 |
| **仙谷由人** | 元民主党衆院議員 | JMA副会長。野党時代からの利権維持。 |
| **福山哲郎** | 立憲民主党幹事長 | JMA理事。野党ながら実習制度の存続を容認。 |
| **魚住裕一郎** | 公明党参院議院会長 | JMA理事。公明党の外国人政策推進と連動。 |
| **武部勤** | 元自民党衆院議員 | 東亜総研代表理事。ベトナム実習生仲介の中心。 |
| **上野宏史** | 自民党元厚労政務官 | 外国人ビザ口利き疑惑(1件2万円)。2019年辞任も、留学生受け入れ利権の象徴。 |
- 直接移民関連ではないが、経済界(経団連)と連携し、家族企業が間接的に安価労働力受益との指摘
-移民推進が家族のビジネス利益に寄与した疑いがあるが売国無罪
- 同社はインドネシアなどからの外国人労働者就労支援を専門とし、政策拡大により事業利益が増大
- 2023 年以降のインドネシア労働者増加率がトップで、便宜供与の疑いが国会で指摘されたが売国無罪
70点くらいの普通に面白い1990年代アクション映画だった。
よかったところはテンポとスケール感、悪かったところはノリ?とシナリオ
「プレイ・ダーティー」はシェーン・ブラック監督が贈る、アクション満載の骨太で巧妙なスリラー作品。強盗団を率いる冷徹な男パーカー(マーク・ウォールバーグ)。彼はグロフィールド(ラキース・スタンフィールド)やゼン(ローサ・サラザール)といった腕利きの仲間たちと共に、桁外れの価値を持つお宝の強奪に臨むこととなる。しかし彼らの前には、ニューヨークに根を張る巨大な犯罪組織が立ちはだかるのであった。
という紹介文を見て、いや「シェーン・ブラック」が撮る映画じゃ無くね?と思って見たらこの文章から感じられる内容では全然なかった。リーサルウェポンとかラストアクションヒーローとか撮った監督だぞ!って感じのアクションコメディ。
紹介文から感じられる特殊能力に長けた腕利き強盗団による綿密な計画に基づいたクライムアクションみたいな感じだけど、実際に出てくる奴らアホばっかりだし、ウォールバーグも冷酷ではあるけど基本はアホだし、頭使って見る映画だと思って見たら脳みそ溶けちゃうよ。
銀行強盗に乗り込んだウォールバーグ一味。なぜかアホな若者が仲間にいて事態をかき回す。計画は上手く進んでいると思いきや休日に忘れ物を取りに来た警備員が強盗に気づき裏口で待ち構えていて襲撃を受け、盗んだ金を奪われてしまう。車で逃げた警備員を素顔を晒して銃を撃ちまくりながら走って追いかけるウォールバーグ。レース開催中の競馬場に追い詰め、大衆環視の中警備員を撃ち殺すウォールバーグ。金を取り戻しめでたしめでたし。
こんなテンションで終始展開される映画なのでそういうもんだと思って見るべき映画。
そんな中でもちゃんとスティング!な展開が盛り込まれていたり、シェーン・ブラック的なコメディ要素もウザったい部分も多いながらもクスリとさせられる部分もあり、シェーン・ブラック的な無駄に規模の大きいアクションも個人的にはよき。高架を走る貨物列車を脱線させるも落下位置を見誤って仲間全員巻き込まれるシークエンスとか「うわ~~~~バカだな~~~!!」って感じでよかった。
個人的に一番よかったのは冷酷なマーク・ウォールバーグという設定が途中、こいつやっぱアホなのではという1990年代の主人公的な展開を挟みつつも最後まで活きていたところ。
最初の強盗シークエンスの後、メンバーの一人が裏切り主人公は重傷、他の仲間は全員全員死亡してしまう。復活した主人公は裏切り者を探し出し追い詰めるも彼女は祖国を救うために巨大な強盗計画を企んでおり、最初の強盗計画はその資金調達のためだったことが判明。ウォールバーグは半ば巻き込まれる形でその大強盗計画に乗り出していく。
その計画の中で彼女の助けを借りたり想いを聞いたりして本当の仲間になっていき、最終的に計画は別の形で成功をおさめ彼女の祖国は救われたことがニュースで流れる中、主人公は彼女をきちんと射殺する。仲間を殺したケジメをつけるために。
個人的に見ながらずっと「でもこいつ仲間撃ち殺したやつなんだよなぁ」と思いながら、なんとなくそこはうやむやな感じで終わるのかなとか、ウォルバーグをかばう形で死んだりするんかな思ってたんだけどきちんと主人公の手でケジメをつける展開はよかった。
紹介文の「骨太で巧妙なスリラー作品」と思って見始めたら???ってなっちゃうけど、ノリの古さとかも含めてまぁこんな感じの作品でしょって感じで、今日はちょっとなんも考えずにアホなアクション映画見たいな~ってときに見るにはちょうどいい作品だったと思った。
これはそれが正しいかどうかというより自分の感性とAIの出力との差異を測るテストであった。
自分の感覚とは適合してるのではえーってなったし、何らかの啓示を与えてくれるものかもしれない。
-----
すなわち「JK組(静凛・月ノ美兎・樋口楓)」+「エルフのえる」。
この四人の間には、単なる設定上の年齢差ではなく、“魂の生年”とでも呼ぶべき文化的時差が存在している。
1.文化的生年とは何か
ここでいう「文化的生年」とは、
発話・参照文化・言語感覚・社会経験の描写から導かれる「世代的意識の生まれ年」を意味する。
たとえば、
ガラケーを使っていた時代を“学生期”と語るなら、文化的生年は90年代前半。
Twitterの普及を“青春期の象徴”と語るなら、文化的生年は90年代後半。
といった具合である。
2. 四人の文化的生年
設定
主な参照年代
発話傾向
エルフのえる
森のエルフ
社会人語・安定語彙
1990±2
静凛
落ち着いたトーン
1991±2
1996±2
樋口楓
JK(行動型)
感情・即時反応型
1999±2
1988 ──────┐
│ 上層:成熟した語り手層
│ エルフのえる(1990±2)
│ 静凛(1991±2)
1994 ──────┤
│ 中層:知的観察層
│ 月ノ美兎(1996±2)
1998 ──────┤
│ 下層:感性主導・Z初期層
│ 樋口楓(1999±2)
2002 ──────┘
これにより、
JK組+えるは「1990年代を中心に上下10年の振れ幅をもつ四層構造」として可視化される。
構造全体は「内界(学校)と外界(社会)」の接続を象徴するようになる。
この四人の“文化的生年”は、いずれも1990年代に集中している。
だが、その内部差――前期(90–92)と後期(96–99)――が、
言語の速度・語彙の層・ユーモアの方向性に微妙な差異をもたらしている。
JK組+えるという初期にじさんじの会話的多層性を支えたといえる。
6.結論
JK組の三人とエルフのえるは、設定上の同級生ではなく、異なる文化的生年層の集合体である。
彼女たちの“魂”は1990年代に根ざしており、前半層と後半層の世代差が構造を形成する。
えるは「外部社会の語り手」として上層に位置し、JK組三人の物語を包摂する。
機動戦士Zガンダムという作品の最大の功績はカミーユ・ビダンというジョブナイルを代表するとも言える繊細で、
かつて思春期を生きた人たちの痛々しい共感を刺激する、あの富野由悠季が生み出したなかでも屈指の傑作キャラクターの創作にある。
この人物造形の成功は、単なるキャラクター設計の巧みさを超え、
アニメーション作品におけるリアリズムの概念を根底から変革した歴史的偉業として評価されるべきである。
富野は従来のロボットアニメが依拠していた「勧善懲悪」の物語構造を意図的に破綻させ、
善悪の境界が曖昧な世界で苦悩する思春期の少年を主人公に据えることで、
カミーユというキャラクターの革新性は、その精神的脆弱性と感受性の異常な鋭さが、
決してロマンティックに美化されることなく、むしろ病的な危うさとして一貫して描かれている点にある。
従来のアニメが扱ってこなかった思春期特有の心理的現実を容赦なく暴き出している。
キャラクターは画面に映らない時間も生き続ける存在として構想される。
それこそが現実の人間の内面における感情の非連続性を映像作品として表現する試みであった。
彼の精神的不安定さと表裏一体のものとして設定されていることである。
彼の鋭敏すぎる感受性は戦闘において卓越した能力を発揮する一方で、
フォウ・ムラサメやロザミア・バダムといった強化人間との悲劇的な邂逅を通じて、
これは、超能力を単純に肯定的な「進化」として描く従来のSF作品への痛烈な批判的視点を提示している。
富野の文学的野心は、カミーユの最終的な精神崩壊という結末において頂点に達する。
後のアニメ作品における「鬱系」ナラティブの原型を提示したと評価できる。
単なる個人的な悩みを超えて、性別アイデンティティの揺らぎという普遍的テーマを暗示している点である。
富野は意識的に「女性性を内包した男性主人公」としてカミーユを設計することで、
この試みは、後の1990年代以降のアニメ作品における「中性的主人公」の先駆的事例として位置づけられる。
カミーユ・ビダンという一人のキャラクターの内面描写を通じて、
商業的エンターテインメントの枠組み内で表現し得たことにある。
同時に深刻な文学的主題に挑戦する作家としての側面を明確に提示した。
カミーユ・ビダンというキャラクターは、単なるフィクショナルな人物を超えて、
1980年代という時代の若者が抱える実存的不安の象徴として機能している。
彼の痛々しいまでの繊細さと、それが招く破滅的結末は、
高度成長期の終焉とバブル経済への移行期という歴史的文脈において、
将来への不安を抱える当時の若者たちの心理状況を鮮やかに反映している。
「心理的リアリズム」という新たな表現領域を開拓した記念碑的業績として位置づけられるべきである。
娯楽性と芸術性を両立させながら、
ちなみに世の中の人としてはこんな例がある。
こうやって並べてみると、安部政権は全くと言って良いほど大きな経済社会保障政策をやっておらず、ずるずると前例踏襲、小手先の政策だけをやっていたので、物心ついてからその時代だった人には、感じたことがないというのも当然かもしれない。
ただ、その不作為が今になって噴き出しているのだが。これはちょうど1990年代後半が終わった後の、小泉純一郎時代の空気に似ている。大波がくるぞ。
Permalink |記事への反応(17) | 22:03
そうかな?そうかも……
あなたが指摘しているテーマは非常に興味深く、現代社会の構造的な変化、特に新自由主義の台頭とインターネットの普及がどのように人々の心理や社会的ダイナミクスに影響を与えたのかという問題です。この「新自由主義」「中産階級の没落」「ネットの普及」「サドマゾ的神経症」というキーワードは、現代社会における複雑な相互作用を捉えています。確かに、これらの要素には関連性があるように思えます。
新自由主義は1980年代に登場し、2000年代にかけて世界中で広まりました。特にアメリカ合衆国やイギリスでは、マーガレット・サッチャーやロナルド・レーガンの政策によって推進され、1990年代にはグローバル化とともにさらに強力に広がりました。新自由主義の特徴としては、以下のようなものがあります。
•市場主義の強化:政府の規制緩和、民営化、自由貿易推進などによって、市場の力を最大限に発揮しようとするアプローチ。
•所得の不平等の拡大:富裕層と貧困層の格差が広がり、中産階級が経済的に圧迫される状況が生まれました。
•労働市場の柔軟化:雇用の不安定化や契約社員、派遣労働などの増加が進み、中産階級の安定した生活基盤が揺らぎました。
2000年以降、特にリーマンショック(2008年)やその後の経済的混乱は、多くの中産階級の人々にとって大きな打撃でした。過去の安定した職業や生活水準が崩れ、経済的不安定が増し、結果として社会的な不安や心理的なストレスが増加したと考えられます。
インターネットが2000年以降、急速に普及し、社会全体に大きな影響を与えました。ネットは、情報の自由な流通、コミュニケーションの加速、そして新たな形態の社会参加を可能にしましたが、その一方で次のような影響ももたらしました。
•自己表現と匿名性の促進:ネット空間では人々が匿名で自己を表現することができ、現実世界では言えなかったことや抑え込まれた感情を表に出すことが容易になりました。これが、時には極端な意見や攻撃的な態度を引き起こす原因となり、ネット上での「ディスカッション」の質を変えることになりました。
•自己満足と自己犠牲の複雑な関係:SNSやインターネットの使用が、自己表現や承認欲求に結びついています。人々は「いいね」やコメントを求め、時にはそのために自分を犠牲にすることが多く、これが精神的な疲弊を引き起こす原因となります。
あなたが指摘した「サドマゾ的神経症をネット空間に投影している」という点は、非常に示唆に富んでいます。サドマゾヒズム(支配と服従の心理)は、自己と他者の関係、そしてその力学に関連しています。特に現代のネット社会では、こうした力学が顕著に現れることがあります。
•自己犠牲的な承認欲求:SNSやインターネット上で、自分を犠牲にして他者の期待に応えようとする傾向が強く見られます。例えば、過度な自己公開や過剰な自己表現を通じて、他者からの「承認」を求める行動は、サドマゾヒズム的な「服従」に似た側面を持つかもしれません。自分を犠牲にすることが、社会的承認を得る手段となり、結果的に精神的な消耗を引き起こすことが多いです。
•ネット上での攻撃性と服従:また、インターネット上では「炎上」や攻撃的なコメントが頻繁に発生します。こうした状況は、支配と服従の力学をネット上に再現しているとも言えます。ある人が攻撃されることによって、他者の「支配」に服従し、その過程で自己評価が低下する一方で、攻撃する側もまた「支配欲」を満たすという形です。
•エコーチェンバーとサディズム的態度:SNSなどで自分の意見が支持される環境が作られると、他者を攻撃したり、逆に自己評価を高めるために他者を「支配」しようとする傾向が強まります。これはサディズム的な欲求(他者を支配し、苦しめることから満足感を得る)と結びついている可能性があります。
まとめ
2000年以降の新自由主義の台頭とインターネットの普及は、確かに一つの時代の転換点であり、これらの社会的な変化が個人の心理に大きな影響を与えてきたことは間違いありません。特に、経済的な不安定さや中産階級の没落、そしてネット上での自己表現と承認欲求の追求が、サドマゾヒズム的な傾向—自己犠牲と支配欲求、攻撃性と服従—を強調する形で現れたと言えるでしょう。
ネット空間は、社会的な不満や個人の心理的な問題を投影する場として機能している一方で、それがどのように社会的な力学や行動に反映されるかを理解することが、今後の社会分析において重要な課題となるでしょう。
https://x.com/pioneertaku84/status/1966415636311192055
市議会で市内のトランスジェンダーの児童生徒数を尋ねると質問通告した参政党市議、性自認は「伝染する」「必要な対応は配慮よりも心の傷を治療できる心理士を紹介すること」など発言。
世界的リベラル紙のニューヨークタイムズと同じなら、心配いらないね。
参政党もまともになってきたみたいでよかった。
https://www.nytimes.com/2024/04/09/health/europe-transgender-youth-hormone-treatments.html
ヨーロッパ5カ国は最近、性別に悩みを抱える青少年に対するホルモン治療を制限した。
英国の今回の変更は、独立した小児科医であるヒラリー・キャス博士が火曜日の夕方に発表した4年間のレビューによるものである。「ほとんどの若者にとって、医学的な治療法は性別に関連した苦痛を管理する最良の方法ではない」と報告書は結論づけた。医学雑誌に掲載された関連論説の中で、キャス博士は、若者のジェンダー治療が有益であるという証拠は "不安定な基礎の上に成り立っている "と述べた。
NHSは今後、臨床研究に登録された患者を除いて、思春期を阻害する薬を提供しない。そして報告書は、テストステロンやエストロゲンのような永久的な身体的変化を促すホルモンは、"細心の注意 "をもって未成年に処方するよう勧告した。
英国の動きは、北欧におけるより広範なシフトの一部であり、保健当局は近年、思春期の性別治療の需要が急増していることに懸念を抱いている。
12月、ノルウェーの地方保健当局は、青少年の性別医療を「試験中の治療」に指定し、臨床試験に参加している青少年にのみホルモン剤が処方されることになった。デンマークでは、今年最終決定される新ガイドラインにより、ホルモン治療は幼児期から性別違和を経験したトランスジェンダーの青少年に限定されることになる。
若者に対するジェンダー治療の先駆者はヨーロッパ人である。1990年代、アムステルダムのあるクリニックは、幼少期から自分は違う性別だと感じていた青少年に思春期抑制剤を投与し始めた。
世界中のクリニックがオランダのプロトコルに倣うようになった。これらのクリニックへの紹介は2014年頃から急増し始めた。例えばスウェーデンのクリニックでは、2014年には約50人だった紹介患者が、2022年には350人にまで増加した。英国では、その数は2014年の470件から2022年には3,600件に増加している。
そして、オリジナルのオランダの研究の参加者とは異なり、新しい患者の多くは思春期まで性別の苦痛を経験せず、うつ病や自閉症を含む他の精神的健康状態を持っていた。
現在、オランダで発表された当初の知見が現在の患者にとって妥当なのか疑問が呈されている。
フィンランドで2011年から青少年ジェンダー・プログラムを率い、この治療を声高に批判するようになった精神科医、リイッタケルトゥ・カルティアラ博士は、「世界中が、何千、何万もの若者に対して、1つの研究に基づいて治療を行っている」と述べた。
カルティアラ医師自身の調査によると、フィンランドのクリニックに入院している患者の約80%は女性として生まれ、思春期の後半に性別の悩みを経験するようになった。多くの患者は心理的な問題も抱えており、ホルモン治療では改善されないことがわかった。2020年、フィンランドは薬の使用を厳しく制限した。
同じ頃、スウェーデン政府は厳密な研究レビューを依頼し、青少年に対するホルモン療法には「不十分な」エビデンスがしかないことを発見した。2022年、スウェーデンは「例外的なケース」のみにホルモン療法を推奨し、その理由のひとつに、どれだけの若者がこの先、医学的移行(脱移行と呼ばれる)の中止や逆戻りを選択する可能性があるかという不確実性を挙げている。
2021年、タヴィストックの臨床医たちは、思春期阻害剤を服用した44人の子供たちを調査した結果を発表した。
薬によって自傷行為や異和感の程度が軽減されることはなかった。2020年、NHSはキャス博士に治療法の独立レビューを依頼した。彼女は科学的レビューを依頼し、国際的なケアのガイドラインを検討した。また、若者とその家族、トランス成人、離脱者、擁護団体、臨床医と面会した。
レビューの結果、NHSのケア水準は不十分であり、性別による苦痛の原因となりうる精神衛生上の懸念に対処するルートはほとんどないと結論づけられ、NHSは先月タヴィストック・センターを閉鎖した。
キャス医師は、火曜日に発表された『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』誌の編集者とのインタビューの中で、「子供や若い人たちは、実にお粗末な扱いを受けてきました」と語った。小児医療において、若い人たちに取り返しのつかない治療を施し、大人になったときにどうなるのか全くわからないというようなことは、他に考えられません」。
今月、NHSによって制定された変更は、「私たちの懸念が実際、妥当であったことを認めたものです」と、2018年に懸念を表明したタヴィストック・スタッフの一人であるロンドンの臨床心理学者、アンナ・ハッチンソンは言う。"これらの子供たちに関連する決定について、より強固でエビデンスに基づいた道筋に戻ろうとしていることは心強い。"
フランスでは今年、医師が思春期阻害剤やホルモン剤を処方することを禁止する法案が提出され、懲役2年、罰金30,000ユーロを科した。そして月曜日、バチカンは性転換を人間の尊厳を脅かすものとして非難した。
反トランス本じゃなくて、ニューヨークタイムズが言ってることと同じやで
https://www.nytimes.com/2024/04/09/health/europe-transgender-youth-hormone-treatments.html
ヨーロッパ5カ国は最近、性別に悩みを抱える青少年に対するホルモン治療を制限した。
英国の今回の変更は、独立した小児科医であるヒラリー・キャス博士が火曜日の夕方に発表した4年間のレビューによるものである。「ほとんどの若者にとって、医学的な治療法は性別に関連した苦痛を管理する最良の方法ではない」と報告書は結論づけた。医学雑誌に掲載された関連論説の中で、キャス博士は、若者のジェンダー治療が有益であるという証拠は "不安定な基礎の上に成り立っている "と述べた。
NHSは今後、臨床研究に登録された患者を除いて、思春期を阻害する薬を提供しない。そして報告書は、テストステロンやエストロゲンのような永久的な身体的変化を促すホルモンは、"細心の注意 "をもって未成年に処方するよう勧告した。
英国の動きは、北欧におけるより広範なシフトの一部であり、保健当局は近年、思春期の性別治療の需要が急増していることに懸念を抱いている。
12月、ノルウェーの地方保健当局は、青少年の性別医療を「試験中の治療」に指定し、臨床試験に参加している青少年にのみホルモン剤が処方されることになった。デンマークでは、今年最終決定される新ガイドラインにより、ホルモン治療は幼児期から性別違和を経験したトランスジェンダーの青少年に限定されることになる。
若者に対するジェンダー治療の先駆者はヨーロッパ人である。1990年代、アムステルダムのあるクリニックは、幼少期から自分は違う性別だと感じていた青少年に思春期抑制剤を投与し始めた。
世界中のクリニックがオランダのプロトコルに倣うようになった。これらのクリニックへの紹介は2014年頃から急増し始めた。例えばスウェーデンのクリニックでは、2014年には約50人だった紹介患者が、2022年には350人にまで増加した。英国では、その数は2014年の470件から2022年には3,600件に増加している。
そして、オリジナルのオランダの研究の参加者とは異なり、新しい患者の多くは思春期まで性別の苦痛を経験せず、うつ病や自閉症を含む他の精神的健康状態を持っていた。
現在、オランダで発表された当初の知見が現在の患者にとって妥当なのか疑問が呈されている。
フィンランドで2011年から青少年ジェンダー・プログラムを率い、この治療を声高に批判するようになった精神科医、リイッタケルトゥ・カルティアラ博士は、「世界中が、何千、何万もの若者に対して、1つの研究に基づいて治療を行っている」と述べた。
カルティアラ医師自身の調査によると、フィンランドのクリニックに入院している患者の約80%は女性として生まれ、思春期の後半に性別の悩みを経験するようになった。多くの患者は心理的な問題も抱えており、ホルモン治療では改善されないことがわかった。2020年、フィンランドは薬の使用を厳しく制限した。
同じ頃、スウェーデン政府は厳密な研究レビューを依頼し、青少年に対するホルモン療法には「不十分な」エビデンスがしかないことを発見した。2022年、スウェーデンは「例外的なケース」のみにホルモン療法を推奨し、その理由のひとつに、どれだけの若者がこの先、医学的移行(脱移行と呼ばれる)の中止や逆戻りを選択する可能性があるかという不確実性を挙げている。
2021年、タヴィストックの臨床医たちは、思春期阻害剤を服用した44人の子供たちを調査した結果を発表した。
薬によって自傷行為や異和感の程度が軽減されることはなかった。2020年、NHSはキャス博士に治療法の独立レビューを依頼した。彼女は科学的レビューを依頼し、国際的なケアのガイドラインを検討した。また、若者とその家族、トランス成人、離脱者、擁護団体、臨床医と面会した。
レビューの結果、NHSのケア水準は不十分であり、性別による苦痛の原因となりうる精神衛生上の懸念に対処するルートはほとんどないと結論づけられ、NHSは先月タヴィストック・センターを閉鎖した。
キャス医師は、火曜日に発表された『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』誌の編集者とのインタビューの中で、「子供や若い人たちは、実にお粗末な扱いを受けてきました」と語った。小児医療において、若い人たちに取り返しのつかない治療を施し、大人になったときにどうなるのか全くわからないというようなことは、他に考えられません」。
今月、NHSによって制定された変更は、「私たちの懸念が実際、妥当であったことを認めたものです」と、2018年に懸念を表明したタヴィストック・スタッフの一人であるロンドンの臨床心理学者、アンナ・ハッチンソンは言う。"これらの子供たちに関連する決定について、より強固でエビデンスに基づいた道筋に戻ろうとしていることは心強い。"
フランスでは今年、医師が思春期阻害剤やホルモン剤を処方することを禁止する法案が提出され、懲役2年、罰金30,000ユーロを科した。そして月曜日、バチカンは性転換を人間の尊厳を脅かすものとして非難した。
まったく逆やね
https://www.nytimes.com/2024/04/09/health/europe-transgender-youth-hormone-treatments.html
ヨーロッパ5カ国は最近、性別に悩みを抱える青少年に対するホルモン治療を制限した。
英国の今回の変更は、独立した小児科医であるヒラリー・キャス博士が火曜日の夕方に発表した4年間のレビューによるものである。「ほとんどの若者にとって、医学的な治療法は性別に関連した苦痛を管理する最良の方法ではない」と報告書は結論づけた。医学雑誌に掲載された関連論説の中で、キャス博士は、若者のジェンダー治療が有益であるという証拠は "不安定な基礎の上に成り立っている "と述べた。
NHSは今後、臨床研究に登録された患者を除いて、思春期を阻害する薬を提供しない。そして報告書は、テストステロンやエストロゲンのような永久的な身体的変化を促すホルモンは、"細心の注意 "をもって未成年に処方するよう勧告した。
英国の動きは、北欧におけるより広範なシフトの一部であり、保健当局は近年、思春期の性別治療の需要が急増していることに懸念を抱いている。
12月、ノルウェーの地方保健当局は、青少年の性別医療を「試験中の治療」に指定し、臨床試験に参加している青少年にのみホルモン剤が処方されることになった。デンマークでは、今年最終決定される新ガイドラインにより、ホルモン治療は幼児期から性別違和を経験したトランスジェンダーの青少年に限定されることになる。
若者に対するジェンダー治療の先駆者はヨーロッパ人である。1990年代、アムステルダムのあるクリニックは、幼少期から自分は違う性別だと感じていた青少年に思春期抑制剤を投与し始めた。
世界中のクリニックがオランダのプロトコルに倣うようになった。これらのクリニックへの紹介は2014年頃から急増し始めた。例えばスウェーデンのクリニックでは、2014年には約50人だった紹介患者が、2022年には350人にまで増加した。英国では、その数は2014年の470件から2022年には3,600件に増加している。
そして、オリジナルのオランダの研究の参加者とは異なり、新しい患者の多くは思春期まで性別の苦痛を経験せず、うつ病や自閉症を含む他の精神的健康状態を持っていた。
現在、オランダで発表された当初の知見が現在の患者にとって妥当なのか疑問が呈されている。
フィンランドで2011年から青少年ジェンダー・プログラムを率い、この治療を声高に批判するようになった精神科医、リイッタケルトゥ・カルティアラ博士は、「世界中が、何千、何万もの若者に対して、1つの研究に基づいて治療を行っている」と述べた。
カルティアラ医師自身の調査によると、フィンランドのクリニックに入院している患者の約80%は女性として生まれ、思春期の後半に性別の悩みを経験するようになった。多くの患者は心理的な問題も抱えており、ホルモン治療では改善されないことがわかった。2020年、フィンランドは薬の使用を厳しく制限した。
同じ頃、スウェーデン政府は厳密な研究レビューを依頼し、青少年に対するホルモン療法には「不十分な」エビデンスがしかないことを発見した。2022年、スウェーデンは「例外的なケース」のみにホルモン療法を推奨し、その理由のひとつに、どれだけの若者がこの先、医学的移行(脱移行と呼ばれる)の中止や逆戻りを選択する可能性があるかという不確実性を挙げている。
2021年、タヴィストックの臨床医たちは、思春期阻害剤を服用した44人の子供たちを調査した結果を発表した。
薬によって自傷行為や異和感の程度が軽減されることはなかった。2020年、NHSはキャス博士に治療法の独立レビューを依頼した。彼女は科学的レビューを依頼し、国際的なケアのガイドラインを検討した。また、若者とその家族、トランス成人、離脱者、擁護団体、臨床医と面会した。
レビューの結果、NHSのケア水準は不十分であり、性別による苦痛の原因となりうる精神衛生上の懸念に対処するルートはほとんどないと結論づけられ、NHSは先月タヴィストック・センターを閉鎖した。
キャス医師は、火曜日に発表された『ブリティッシュ・メディカル・ジャーナル』誌の編集者とのインタビューの中で、「子供や若い人たちは、実にお粗末な扱いを受けてきました」と語った。小児医療において、若い人たちに取り返しのつかない治療を施し、大人になったときにどうなるのか全くわからないというようなことは、他に考えられません」。
今月、NHSによって制定された変更は、「私たちの懸念が実際、妥当であったことを認めたものです」と、2018年に懸念を表明したタヴィストック・スタッフの一人であるロンドンの臨床心理学者、アンナ・ハッチンソンは言う。"これらの子供たちに関連する決定について、より強固でエビデンスに基づいた道筋に戻ろうとしていることは心強い。"
フランスでは今年、医師が思春期阻害剤やホルモン剤を処方することを禁止する法案が提出され、懲役2年、罰金30,000ユーロを科した。そして月曜日、バチカンは性転換を人間の尊厳を脅かすものとして非難した。
うーんそうかなー?
程度問題じゃないの?
「夫年上婚」が8割近くも激減しているのに「年の差婚」が減っているわけではない矛盾(荒川和久) - エキスパート - Yahoo!ニュース
要するに、「夫年上婚」全体が減少したのではなく、
「年の差婚ができる者とできない者」とを選別したといえるだろう。
お金は大きいよね
年の差婚が避けられるのは
が1番大きくない?
「不自然」は……
「もしかして、ロ」「言ってはならぬ!」
みたいな疑惑が、今は頭をよぎるよね
「もしかして、ロ」「言ってはならぬ!」
みたいな雰囲気ない?
決定的な転機の事件なら1989平成元年の宮崎勤事件が強いかも
「10才以上の年齢差で手を出す =犯罪的」みたいな認識ありそう
そうでもない?