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2025-09-25

ダンガンロンパ1ようやくクリアした

江ノ島盾子の声優すごいなって思った(小並)

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2025-09-15

anond:20250915090750

すまん、最終回江ノ島の話ってどういうことや 文化祭ライブ終わってギター買って終わりじゃなかったか

Permalink |記事への反応(0) | 22:19

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anond:20250915131600

江ノ島で終わる構成

どう考えても脚本家の一存で決まるはずないだろうに

頭冷やしなよ

Permalink |記事への反応(0) | 17:56

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はまじあき先生を遠回しに攻撃する吉田恵里香の加害性

『ぼざろ』『虎に翼』の脚本家吉田恵里香が語る、アニメ表現の“加害性”

https://kai-you.net/article/93374

アニメ表現からってなんでもありじゃない

今回のトークイベントで、吉田恵里香さんから特に強い抵抗感を示すものとして言及されたのは「キャラ性的に消費されること」だ。

ファンの皆さんにはキャラクターをどう捉えてもらっても構いませんし、個人で何を描いても、何を想像しても自由だと思います。ただ公式側が『さぁ搾取してください!』と言わんばかりにばら撒くのは抵抗があるんです」

ぼっち・ざ・ろっく!』が覇権を狙うために排除したノイズ

吉田恵里香さんの名前を一躍有名にしたアニメぼっち・ざ・ろっく!』も、同じく10代の女の子たちを描いた作品だが、こうした原作のある作品でも前述の姿勢は崩さない。

原作ではひとりちゃん(※主人公後藤ひとり)が水風呂に入るシーンで裸になっているんですが、アニメでは水着にしてもらいました。ぼざろがそういう描写が売りの作品ならいいと思いますが、そうではないと思いますし、覇権を狙う上ではそうした描写ノイズになると思ったんです」

現実的に考えても、ギターを弾きながら胸が不自然に揺れ続けるみたいなことはないわけですし、そういう描写があったら私は幼い息子にその作品を見せるのを躊躇する。自分の子どもに見せられるかどうか、というのは大事にしている基準です」



ぼっち・ざ・ろっく!原作者のはまじあき先生は、ぼざろの連載直前まで「たわわなおっぱいは好きですか?巨乳少女アンソロジーコミック」「巨乳タイツ~黒タイツ美少女といちゃエロちゃうアンソロジーコミック」「JCの魅力を楽しむ健全アンソロジーコミック」という本にエロコメ漫画を描いてた作家で、あとがきにも「もっとエロく描けるようになりたいです」とまで書いていた人で

実はどちらかといえばエロ寄りの作家である事を吉田恵里香氏はご存知無いのでしょうか?

から原作ぼざろのエロ寄り表現ははまじ先生が描きたくて描いてる部分でもあるんだよ

それを脚本家の分際で後からやってきて原作のそういう描写を「ノイズ」と切り捨てるのは、はまじあき先生に対する加害的行為なのではないだろうか?

要するに脚本家吉田恵里香の言ってる事は「原作にある性的搾取不快ノイズで正しくない要素は、この私が正しくしてあげました。感謝しなさい」って言ってるも同然なんだが。

いったい何様のつもりなんだろうか?

というかぼざろアニメは「脚本が良かったからヒットした」作品では無いだろ、勘違いするなよ。

1期最終回江ノ島観光の話で終わるのどう考えても構成が失敗してるとしか思えなかったし、文化祭ライブで終わっとくべきだっただろ。

2期目も吉田恵里香が続投するようだけど、制作サイドに原作を大切にして原作尊重する気があるのなら、吉田は今すぐ切ったほうがいいよ。

ところでぼざろのアニメは着せ恋のアニメとほぼ同じチームで作ってるんだが、吉田恵里香の言い分に合わせれば着せ恋はものすごく加害性の強いアニメになるわけだが

そういう「加害性の強い性質スタッフ」でぼざろのアニメ作る事内心どう思ってるんだろう

Permalink |記事への反応(27) | 09:07

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2025-09-12

anond:20250911172154

・家の大掃除をしてほしい。高いところや力の要る箇所はどうしても後まわしになりがち。

・家にいる時間は減らしてほしいと思われているけど外泊続きだと家族に嫌がられる、という状態なら、ジョギングとかトレッキングを始めるのはどうかと。

趣味にできそうならラッキーくらいな感じでスタート

・日帰り旅行転職後にはまず行かれない場所には今のうちに出かけておく。

生田緑地岡本太郎美術館に行ったとあるので、箱根江ノ島なんかはお手軽に散策できるのかなという印象を受けてる。

別方向がよければ秩父三浦半島房総半島でも。

コロナ禍以前の自分を思い出しながら書いた。今のうちに楽しんでほしい。ここまで読んでも気分がのらないようなら心療内科へ。

Permalink |記事への反応(0) | 11:50

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2025-09-08

IT企業経営者の兄が首を吊って自殺した③

https://anond.hatelabo.jp/20250908163905

善意呪詛、獣欲の悪意

俺は大学生の時、予備自衛官補の訓練で銃を撃ったことがある。64式小銃という銃だ。狩猟スポーツのためではない、純粋に「人を撃つために作られた、戦争をするために作られた軍用銃」だった

その銃床を肩に当て、撃った瞬間、日本人が考え得るもっとも強力な「戦争と殺しの道具」を手にしたと錯覚した。

…あの時は、それ以上に強い武器はないと思っていた。だが、人間人間を苦しめる手段に限りがないことを今知らされている。人は、人を軍隊武器で殺すばかりではない。視線と、言葉と、善意ですら、人を壊すのだ。

14歳の兄の娘は、俺がかつて持った64式小銃よりも恐ろしい武器をその小さな心に浴び続けた。それは悪意と性欲という視線心臓を撃ち抜かれ、言葉ナイフが幼い心を裂き、さらには善意や親切でさえ…猛毒の毒矢となって彼女に降り注いだのである彼女が生まれる遥か前、俺が4歳や5歳の頃、オウム真理教というテロ組織世界初首都圏化学兵器テロを実行した。その時、俺のよく知る秋葉原駅オウム実行犯の一人はサリンを散布したという。彼女にとってはそれをも超える「視線言葉善意化学兵器」が小さな体に降り注ぎ続けたのだ。

兄の娘は、母親容姿を引き継いでいる。今となっては、その美貌は、彼女にとって祝福ではなく災厄であった。俺が見ているウマ娘というアニメ、その中のトウカイテイオーという少女面影も立ち振る舞いも似ていると感じていた。

まだ14歳の幼い彼女をその獣欲を満たそうと、有象無象無頼の輩がやってきていた。それは、昔教科書で見た百鬼夜行絵巻を俺に想起させた…人間は時に、妖怪よりもよほど醜悪である

悪意ある大人たちは、艶めかしい視線と卑しい言葉彼女に浴びせ続けた。その感情は毒であった。幼い心は、その毒に壊されていった。俺も父も、完全にそれを防ぎきることはできなかった。

悪意ある「大人」たちに艶めかしく気持ち悪い性欲のこもった眼と言葉感情を向けられ続け、彼女の心は壊れた。

だが、何も悪意と性欲だけが兄の娘の心を壊したのではない。転校する前の私立、そして小学校時代の学友や友人が、彼女心配したのだろう。クラスで書いた寄せ書きを持ってきたことがあった。思えば、代わりに俺かルカねえが受け取るべきだった。

それを見た彼女は、半狂乱で泣きわめきながらそれを引き裂いた、破いた。布団に伏し、捨てられた小動物のようにおびえて泣いた。彼女にとってもはやクラスメイトの向ける善意純粋心配好意は、彼女の心を引き裂く研ぎ澄まされた言葉ナイフに変わっていたのだ。

俺は内心悲しみを隠せなかった。「また遊ぼうね」、「元気?」…子供らしい無垢な励ましの言葉だ。数々の言葉彼女の心を締め上げる呪詛呪文以外の何物でもない。感受性の強い彼女の壊れた心は、もはや善意幸せを受け止める器の形を保っていなかったのかもしれない。

兄は娘と伴侶の心さえ破壊していく毒を残していったのだ。あまりに業の深い行為である

補導した警察官の話によれば、彼女――兄の娘はトー横でさえ価値観や会話がかみ合わず容姿ゆえの性欲しか年代落ちこぼれたちからさえ向けられなかったらしい。

同性からは「見てくれのいい生意気な女」、異性からは「エロい女」、救いを求めて流れ着いた場所でさえ、彼女の前に待っていたのは俺達が防ぎきれなかった悪意と性欲のねばついたマナコと、悪意と嫌悪の眼だけだったようだ。

彼女が求めた救済の場は、結局、欲望嫌悪の眼が渦巻く修羅の巷であった。

兄が望んで往った「キラキラした人生」…見栄と虚栄と虚位と、嫉妬と悪意と打算と性欲が渦巻く世界に、行きたくもないのに叩き落とされたのだ。感受性の強いその娘が、望んでではなく、強いられて。

俺は兄の位牌を蹴り飛ばしたい衝動かられた。どこまでも身勝手自分勝手だった兄の残した業と毒…身勝手で、他者を顧みぬ男の残した毒は、一人の少女の心を取り返しのつかぬほど破壊してしまったのだ。

…兄の娘の心が再びその瑞々しさと平穏を取り戻せることを、俺と父はその祈りにすがるしかないのである

記憶の旅の終わり、西武新宿のReゼロのレム・ラム姉妹エミリア、そしてなろう小説トー

Xを覗くと、思いがけず俺の書いたものが拡がり、人々の口端にのぼっていた。

群れをなすオッサン達の姿は、かつての兄に重なった。彼らは互いに「自分は違う」と言い訳しながら、同類であることを確かめ合っている。肩書を飾り立て、やれどこぞの企業社長だ、案件募集だ、AIがどうとか…

実体の乏しい言葉を繰り返すだけで、そこにあるのは哀れにも似た虚ろさであった。恐らくAI意味も分かっておらず、それを錦の御旗にすればルカねえや俺の様なIT音痴人間がすごいと思って枕詞につけているのであろう。一抹の哀れさすら感じる連中である

俺はそれを見て、葉の裏にくっついて擬態しなければならぬ雑虫の輩の羽虫が、アスファルトにへばりついて隠れているかのような場違いな滑稽さを感じた。

だが、それを笑えるであろうか?彼らの有り様は、兄と同じだ。都市の灯に集う羽虫に似ている。かつて昆虫が森の落葉の陰に潜み、その自然の中で調和していたように、彼らもまたあるべき場所を持つはずであった。しかし今はアスファルトに貼りつき、光に惹かれ、Xの上をただ滑稽に舞う。

そう思えば、彼らの姿は羽虫に似ている。自然の中で葉裏に潜む虫であれば、まだ調和がある。だが都市の舗道に貼りつき、光に群がる姿には、どこか場違いな痛ましさがあった。兄の変貌もまた、その群れの一つに数えられるべきものだったのであろう。

俺みたいな人間から見れば、虫と同じだ。虫マニア昆虫学者ならナントカムシだのウンタラムシだの名前と種類が違うことがわかるのだろうが、俺から見れば兄と同じくネット虚妄自尊心毒虫の様に肥大化し、ITという腐葉土に群がる虫の様にしか映らない。そこには嫌悪侮蔑感情すら感じていた。

俺と父が見た、傷心のルカねえや兄の娘に群がっていった、性欲に狂った目でイチモツをオッ勃たせる事も気にせず…いや、寧ろ見せつけて嫌がる様に性的興奮すら感じているのであろうとしか思えない程の下劣教養のかけらもない言葉遣いと毒笑を浮かべた自称IT企業社長」、「ITコンサルタント」、「芸能界関係者」、「スポーツ関係者」と同じにしか見えない、日本社会の闇に蠢く虫の様な輩の姿を再び見て、俺は暗い気持ちを抱えざるを得なかった。

―――これを見て、折に触れて思い出すことがある。トー横で兄の娘が補導され、俺と、そしてルカねえが引き受けに行った時の光景だ。

西武新宿から降りてすぐ左手パチンコ屋に、姉妹メイドと一人の王女が映ったアニメキャラの大きな看板がある、なろう小説の有名なアニメ、Reゼロキャラクターだという。

その看板の下で兄の娘とルカねえと俺は合流した。

生前、兄もこのなろう系というものを好んでいた。そこには性格がひん曲がった社会負け組中年引きこもりが、タナボタチートなるパワーを得て死んだ先の世界無双し、美少女に囲まれるという、あまりにも惨め過ぎる夢物語の内容が主で、兄と同じく氷河期世代中年男性に人気だと聞く。

自業自得の自らの業と虚栄により、人生を自ら追い込み、ありもしない一発逆転に縋って、それでも「馬鹿にされる」、「男のメンツ」とくだらないプライドを持ったまま憐れに、惨めに、そして滑稽に独り相撲を続ける兄の姿を、兄自身も歪んだ認知の中で重ねていたのだろうか。少なくとも俺には、兄が彼の好むスバルだのカズマだのゴブリンスレイヤー何某だの、ロードウォーリアーズだかオーバーロードだとか、転生スライム男だという何某の様なキャラクターにダブって見えた。

ああ、空想の中の異世界では自尊心毒虫の様に肥大化した彼らの他責思想と無法を通したとしても、都合よく逆転し、美少女に愛され、英雄になれるのであろう。だが現実は冷たい経済機構歯車が迫る経済大国の社会の枠組みの中だ。そんな人間は、社会から「いらない存在」として排斥される。兄の憧れた彼らなろう主人公にも、ルカねえや娘、俺達に忍び寄る「社会底辺と闇の世界の住人」達の世界で生きることもできないだろう。

その末路は兄と同じなのやも知れない。

思い出す。京都アニメーション放火テロ事件主犯である青葉真司という氷河期世代中年男性がいた。彼も熱心に「小説家になろう」に投稿していた男だったと裁判証拠として提出されている、とニュースで見た。

そんな彼は狂って自らと無関係大勢他者を燃やして死んだ。実に身勝手な男だ。いつか兄が見ていたどこぞのなろうアニメの様にエクスプロージョンなどという魔法でも放ったつもりだったのであろうか?身勝手にクソをヒリ出し首を吊って死んだ兄も同じではないであろうか。ガソリンをぶちまけて火を放って焼け死のうとした青葉、身勝手に首を吊り糞と精子をヒリ出し死んだ兄。炎か汚物かの違いでしかない、俺はそう思っている。

もしくはすべてを投げ出して生きている俺達に迷惑をおおかぶせたまま、兄は自ら命を絶ち、勝手に「異世界転生」をしたつもりなのかもしれない。

…だがその先に、美少女を抱く未来も、英雄となる舞台も、永遠に訪れることはない。現実は冷酷であり、兄の望んだ「なろう」の世界は、永遠に来ないのである

みずいろ

――あれは兄の娘が中学受験に受かった翌年の夏だっただろうか。

音楽関係仕事についていたルカねえの血を継いでいるのか、兄の娘は感受性が強い子だった。

兄の家族と俺とで、片瀬江ノ島にいった夏の事だった。成層圏の黒みがかったほどの抜けるような青空入道雲が眩しい日の事だった。

――思えばそのころにはすでに破滅足音家族にも忍び寄っていた。それを幼い感受性で感じ取っていたのだろう。受験で塾通いで詰め詰めだったと言い訳をしながら、兄の娘の無邪気なはしゃぎぶりは今でも記憶に強く残っている。

…それは、終わりゆく夏と自分人生のこれからの先を予見して、一秒一秒、終わりゆく夏の光を記憶琥珀に、粒に封じ込め、未来の闇に消えぬように思い出を刻み込もうとしている様だった。砂を蹴って無邪気に走り回る姿が、今なお俺の記憶を去らない。

すでに破滅足音は背後に忍び寄っていた。その予兆を、彼女の鋭い感受性は察していたに違いない。当時はまだ13歳になる手前の12歳頃であっただろうか。年の割に無邪気にあふれる様な歓喜をしめしていたのも、せめて一刻を永遠に刻もうとする幼い魂のあがきであったかもしれない。

…今思えば彼女は知っていたのだ。この夏が家族の、ひいては彼女自身人生の、ひとつの終幕であることを

俺とルカねえはその光景悲しくて居た堪れなくて見ていられなかった。憔悴しきっている兄は、娘のその機微にすら気が付いていない。その鈍さが、憐れで腹立たしくてしょうがなかった。

江ノ島神社で、お参りをした時、彼女は俺達よりずっと長く目をつぶって祈っていた。彼女の小さな肩は震えているように見えた。強く強くと神様に願いをかける様に。ルカねえと俺は彼女に聞いた、そんなに長く何をお祈りしてたの、と

彼女は壊れそうな程儚い笑顔でこう言ったのである

「みんな仲良くこれからも暮らせますように」、「今の私が大切に思ってることが消えてしまわないように、消えてしまってもぎゅって守っていられるくらいの強さをくださいって」

…あの頃を思い出すたびに俺は自分のふがいなさと弱さに泣きそうになる。胸の奥底で嗚咽をかみ殺した。世の非情さを思い知らされたかである。だが、彼女は違った。あの瞬間、彼女はすでに、世の無常をその小さな胸で受け止めていたのだ。心が壊れ、すべてが崩れ去ろうとするなかでさえ、彼女は自らの「大切に思っていること」を決して手放さなかった

ーー兄の娘は、祈った。今でも忘れえぬことは、心が壊れてしまってもなお、彼女は自らの「好きな色」を忘れず、強く固執していた。

好きな色を聞けば必ず彼女は答える。

好きな色は、「みずいろ」と

…それは夏の空の色であり、壊れ行く者が最後に抱きしめる儚い希望の色だった。心が壊れてしまった彼女が胸の奥にひそかに抱いていた、あの淡い祈りの色である

… 兄の業に翻弄され、家族が砕け散るなかで、彼女はこの「みずいろ」だけを守ろうとした。

滅びゆく者が抱きしめる色――それが、みずいろであった。

…今も俺の机の上、地獄入り口PCブルーライトの光に照らされ、小さな球体の中の「みずいろ世界」に抱かれて泳ぐ小さな鯨とともに、その色は俺に語りかけている。その色は、淡く、だが確かに輝き続けていた。

AM2:00 東京都郊外某所 Xにて

兄の人生をたどる旅を終えて今わかった。兄の姿は彼らの現身なのだ。彼ら、彼女らの飾り立てるIT技術で変わる世界美辞麗句にどこか詐欺師の語るような違和感を感じざるを得ない理由も、今ならわかる。

彼らは本当は、ただ自身毒虫の様に肥大化した自尊心と、自己顕示欲、性欲、俺だけが主人公、それ以外はモブ、そんなあまりに幼稚で下劣すぎる欲望を満たしたいだけなのだ。力も度胸もないかテロリストや反社にでもなることもできず、またその方法もこの天下泰平の法治国家日本でわかるわけがなく、それを叶える魔法の道具に「IT」を選んだだけにすぎない。

彼らのいうAIだとかiPhone何某だとか、LLMだとかい言葉を「拳銃」や「爆弾」と言い換えて見よ、何も矛盾することはないではないか…彼らの中に「自分」以外の存在は介在していない。かつての兄と同じである

思えば、人類歴史とはかくのごとき欲望の繰り返しである古代に鉄剣がそうであり、中世には火薬がそうであり、近代機関銃戦車がそうであった。令和の世においては、それが「ITであるというだけのことだ。

だが彼らの願いが叶うことは永遠にこないと思う。その末路は令和の世に入ってから幾らでも例があるではないか孤独業火に焼かれた青葉、狂気の刃を振るった平原、性欲と憎悪欲望に溺れた和久井――いずれも同じ末路に至った。兄の姿もまた、その一つにすぎなかった。

IT神輿美辞麗句を飾り立てる彼らも兄と同じく、一皮むけば糞と小便と涎とザーメンの混合物…汚物の様な感情だけで動くそれらが詰まった肉の袋、人とは言えぬ何かでしかないのだ。

今では、ミサイル爆弾を落とすにもスマホ写真を撮ってSNSで座標を知らせる、ということまでウクライナで行われ、かつてのアフガニスタンでは行われていたらしい。IT世界は確かに変わった。だがそれは悪い方向に、でしかない。

――窓の向こうで、東京の都会の灯がうっすら見えている。

ルカねえや兄の娘、そして兄と見た府中分倍河原の夜の様な星空は、その虚栄の光に隠れて見えなくなっている。

羽虫の様に光に集まる人々たち、欲も善も悪も聖も全てのみ込んで、東京の夜は深まっていく、田舎と都会の合間に住まう窓の外を見て、何とも言えない兄と、人の業の深さを感じている。

窓外に目を転ずれば、府中の夜空に瞬いた星は、もはや東京の灯にかき消されていた。星が見えぬということは、文明の光に包まれているということである。だがその光は、羽虫の群れをも包み込み、欲も善も悪も、すべてを呑んでしまう。

兄はなぜ首を吊らなければいけなかったのか。なぜ変わってしまったのか、ルカねえと兄の娘はなぜあんな目に合わなければならなかったのか。なぜヒーローは助けに来なかったのか。

星空も夜も、そして東京の光も、この苛立ちとも悲しさとも怒りともつかない感情の疑問に、答えを出してくれない…時は、ただ深夜二時の時間だけを静かに刻んでいる。

Permalink |記事への反応(7) | 16:42

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IT企業経営者の兄が首を吊って自殺した②

https://anond.hatelabo.jp/20250907140118

残された人たち…善意と優しさが悪意と魑魅魍魎を呼ぶ、この世の地獄がそこにあった

人間善意ややさしさは、ときに逆説的に、魑魅魍魎を呼び寄せる。地獄とは死者の後にあるのではなく、生者の営みのなかにこそ現れる。

残されたIT会社社員の人たちは、現場?に入ってる別のパートナー会社?というところの人たちが引き受けて業務継続することとなったらしい。つまり、吸収のような形のようだ。俺はIT業界で働いたこともなければ、経営なんてしたこともないのでこれ以上の詳細はわからない。

webベンチャーで始まった会社は、兄の無法により傾いた会社をどうにか回すため、客先常駐業?を始めたらしい。それに反発して大量の社員が去っていった。後に残るのはわずか数人、というありさまだったらしい。兄もその「客先常駐」の一人としてよその会社に働きに行っていた、という。

ただ、どうも兄の葬式などの手続きで奔走している間、伝え漏れてくる奥さんや他の人たちの話を聞いていると、兄の会社が傾いた理由は、本業ITのせいではなく、兄が多角経営をしようと株(先物?)だとか、不動産だとかに手を出した結果、凄まじい損が出た結果らしい。

本人は「時代の潮流に乗る」と信じていたのだろう。だが歴史をひもとけば、一発逆転を夢見た者の多くは滅んでいる。兄がかつて憧れた15年前の意識高い系インフルエンサーといった生物たちで、現在でも生存している人間はいるだろうか?彼らは当然の如く時流を見誤り、あえなく路傍に果てた。兄もまた、その群像の一人ではないだろうか?

当人は良かれと思ってやったのだろう。6年か7年前だっただろうか、「ネットを見てみろ、大体みんな投資やっているぞ」、「ある程度不動産も回さなければ安定した経営はできない」、「Xで有名な〇〇さんだって…」と実家帰省した度に兄がよく自慢していた。

俺は口が裂けても言えなかった、「それ」は本当のことなのか?本当に儲かってる奴が儲かってるなどとネット公言するだろうか?アポ強盗さえ流行しているご時世に。

兄が憧れた「キラキラ生活」もそれだ。本当にキラキラした人生キラキラした生活を送っている美男美女は、そんな自慢はしない、そもそもITベンチャー社長などと名乗っている奴らが本当なのであれば、気〇いみたいにXなんかをしている暇なんかないであろう。少なくとも俺はそう思うし、業種は違えどそれほどの責任ある立場の人たちはみんなそうだった。忙しいのだ、単純に、世の中で暇な社長などいるであろうか?いたら見てみたいものである

キラキラした世界」で生きていたルカねえもそうだ、彼女は兄の様に見栄を張らなかった。ありのまま自然世界を見つめていた。それは俺でさえ忘れてしまいそうな人間として当たり前の自然調和した感覚なのではないだろうか?

…だがそんな中でも兄は「キラキラ生活」をやめようとしなかった、「いつか一発逆転ができる」…追い詰められた人間特有のありえない夢想は、かつて子供の頃の俺に「IT世界は変わる」と語っていた夢が首を吊った時にヒリ出した糞と小便とザーメンで混ざり合って変質した思想だ。

当然、現実はそれを許さない。それを粉砕するように冷たく回るこの経済大国社会の前に、心が折れた兄は首を吊って自殺した。

――残された中で一番可哀想なのは、兄の娘だ。

兄の自殺死体第一発見者奥さんだったようだが、学校が終わって帰ってきた娘も居合せたという。

生きている人間には絶対できないトカゲの様に舌をたらし、小便と糞便と精子を漏らし縊死して「てるてる坊主の様に(俺の父が形容するには)」になっている兄の姿を見て、娘はしばらくショックで意識を失っていたという。

俺はそれを聞いて、朴訥だったIT少年だった兄にまとわりついたIT情報化社会の「毒」が抜けて出た汚れが、首を吊っててるてる坊主になった下にたまった糞と小便がブレンドされた汚物なのだろうか、と思った。

兄の魂は天へ昇ったのではない、虚勢と見栄と業でがんじがらめになって、ネットの海と地の底の闇の世界へと、魂は糞と小便にザーメンに溶け混じった汚物と混じって堕ちていったのではないだろうか、その死に様を聞くたびに、そう思わずはいられない。

今も兄の娘はトラウマ精神疾患で、精神科に通院をしている。音楽関係の母(兄の奥さん)を持つだけあって、芸術素養のある血統があったのだろう、絵画コンクールなどで受賞した利する程だった彼女は、とてもではないが形容できない闇の深い滅茶苦茶な絵をかいたり、黒く塗りつぶした様な絵だとかに変わっている、という。

それはまるで、兄が縊死した末に堕ちていった世界の一端を描いているかのようだ。芸術とは本人が意識せずとも、世界の裏側を映すことがある。兄の娘の病んだ絵は、父が堕ちていった闇を娘故に見えてしまったのかもしれない。

それだけのことをいうのにも理由がある。兄が死んでから暫くというもの、ルカねえの「音楽関係時代の知り合い」や「兄のビジネスパートナー会社社長」、「経営友達」などと肩書だけは社長だと名乗る風体からして怪しい連中が押し寄せて、兄の娘を「芸能界デビュー」させようと、「おじさんに何でも相談して」等と明らかに性的搾取をするために下心丸出しで群がる様になった。電話lineSNS、酷いときには登下校中の彼女に対して、性欲にギラついた性獣そのものの目を向けて兄の娘をそのいきり立った股座を隠すこともなくケダモノの様な獣欲でモノにしようと群がっていたという。その光景は、死にかけた草食獣に群がるハゲタカハイエナを想起させた。(当然、即俺やルカねえや父たちは警察相談して事なきを得た)

――兄の娘は、制服を見るだけでもそれを思い出して立てないくらい立ち眩みを起こして何度も吐く様になった、これを心身症という。日本社会底辺沈殿した悪意と欲望が、無垢少女にまとわりついた結果である

俺と父はそれに対処しながら、「本当にこんなエロ漫画エロゲーみたいな種族日本にいるのだな」と内心思っていた。これもまた、兄の見栄と虚勢と業が生み出した禍だ。

「あのルカねえのセンスを受け継いでてカワイイの子がこの業界にこないのは人類の損失ッスよ!俺にプロデュースかませてくださいよッ」、俺たちの前で軽薄にチャラついて兄の娘に獣欲を隠しもせず艶めかしく気持ちの悪い目線を見せている、山師の様な連中、普通人間であればしない臭いが鼻を突いた。後で警察官の知人に聞いたところによると、大〇を吸っている人間はそんな臭いをまとわせるのだという。不思議なことに、獅子舞の様にドレッドヘアーを振り乱して、制服姿の兄の娘をチラチラみながら軽薄と欲望と悪意と性欲を向けて喋る彼の顔が、俺にはかつての兄に重なって見えた。

何の罪もない感受性の強い14歳の娘に、社会底辺からの悪意と性欲の手と邪眼の様ないやらしいマナコが常に体にまとわりついている。残されたルカねえと兄の娘にとって、これほどの地獄があるだろうか?(俺が14歳の頃といえば、こっそり家でネットエロ同人オナニーをして、昼休みクラス遊戯王カードでバトルが開始され、部活で汗を流し、職員室や校長室の掃除教頭校長と話をして大人世界の一端を聞き、校庭の向こう入道雲未来に思いをはせて大人背伸びしていた気になっていたような年頃だ)

だがしかし、この地獄は兄一人の死からまれたのではないと思う、虚栄と業に囚われた一人の男の末路が、時代社会の病を照らし出したにすぎない、俺はそう思う。

壊れたプラネタリウムはもう綺麗な星空を映さない、ただただグロテスクで虚無で悪意に満ちた闇で人を呑み喰らう

時期はぼかすが、兄の娘が警察補導された。学校にいてもほとんど「体調不良」で保健室にこもりっきり、周りともうまく合わせることが出来ず。彼女は流れ着いたトー横で警察補導された。

間一髪だったと思う、しかし明らかにその様子は精神的にも異常だった。俺や父にまで肉体関係を結びたいとほのめかすような言動をしていた。当然母にいってルカねえと即心療内科へ連れて行った。彼女社会の闇の部分の悪意に当てられて、身を守るために「女」であることを、まだ齢14や15で覚えてしまおうとしている、俺と父は背筋が凍る思いがした、人はこんな簡単に「壊れる」ものなのかと。

聞けば、ルカねえが精神科への通院をやめさせたらしい。彼女最後に縋ったもの…それは自殺した兄と同じく根拠のない「願望妄想」の亜種であった。

精神科からの投薬でさら精神状態悪化したとルカねえは考えたのだろう。通院を辞めて怪しい漢方薬やら青汁やらといった民間療法に縋るようになった。娘がそんなもので心が治るはずもない、それさえもわからないほど心がすり減ってしまっているのだ。

気功波動、そんな怪しい連中になけなしの金を払って縋り付いている。俺にはそれが腹立たしくて悲しくてやりきれなくて仕方がなかった…彼女たちは何も悪くないというのに。社会底辺の悪意が彼女から弱った心に付け込んで、社会の底に漂う闇が、弱き心に牙を立てている。金も全てを奪い去ろうとしている。まさにこの世の地獄がそこにあった。

俺が暮らしていた府中大国魂神社は、この地に古くから鎮まる武蔵国総社である神社はかつて人々の心をつなぎとめ、共同体の絆を保つ拠点であった。しか近代都市化のなかで、古き信仰は力を失い、かわって都市の片隅に怪しい宗派が芽吹いた。

トドメとばかりにルカねえの前に「例の壺売り」の亜種の様な連中やら似非神道仏教キリスト教の一派、様々な怪しい宗教がどこから聞きつけたのか搾取しようとやってきた。その姿は、山中に棲むヤマビルを思わせた。磨り減った心に吸いつき、血を啜ろうとする。もはやルカねえにそれをはね返す力は残されていなかった。

それでも俺の両親も、俺もどうにかこうにかマトモな生活ができる様に接し続けていた、助け続けていた。普通に生きてたら恐ろしくて相対することも怖い様な「墜落したUFOから這い出てきた宇宙人」の様な連中が夏の蚊の如くたかってくるのを追い返しながら、

思えば、それもまた兄が、ありもしない見栄や虚勢をネットSNS,そしてIT見出して引き寄せた業そのものだ、ただ伴侶で、娘というだけで、日本人で普通に生きているのならば一生見ることもなく、また普通人間なら見てはいけない世界存在を業として背負わされている。

そこには10ちょっと前のあの日府中分倍河原で見たプラネタリウムと、あの日の帰路の夜見た星空の様な綺麗な「夜」ではない。あのとき見た星は、清澄で、人の夢を誘うものだった。だが違う、これは悪意に満ちた「闇」である。そこに希望も夢もなく、ただ人の毒が漂っている。兄の娘とルカねえは、その闇に呑み込まれた。彼女らが何の罪も犯していないにもかかわらず。

夜と闇の違いがあるとすれば、そこに人の希望や夢があるかどうかであろう。闇に潜むしかない生まれや育ちの人間だって、確かにこの社会はいるのかもしれない。しかし闇は、夢を赦さない。兄は本来、朴訥なIT好きの少年であった。

だがいつしか、踏み入れてはならぬ領域に足を進め、虚栄と虚飾に体と心を食い尽くされた。そこに群がったのは、毒虫のような人間たちであった。

――そんな中で記憶に残っている光景が一つだけある。ふとそんな雑輩の対処に父とおわれている時、土日の朝であったであろうか。仮面ライダーウルトラマンがやっていたのを見た。銀幕の中で「悪の怪人、怪獣」と戦う彼らの姿を見て、俺と父は思わず鼻で笑った。

ウルトラマン仮面ライダーも、現実には存在しない。彼らが戦うのは彼らと同じく怪獣や怪人といった架空世界存在だけだ。子供たちのヒーローは決して、俺たちが今戦っているようなグロテスク社会悪…欲望と虚栄に塗れた人間たちとは理由をつけて戦わない。

ヒーロー超人的な力はただの人間に振るってはいけない」だとか「どうしようもない存在に等しい力でとめるのがヒーローだ」と言いつつ。笑ってしまう、現実には彼らなど「警察官立ち寄り所」のシールが張られたコンビニ以下の抑止力しかない。そう、ウルトラマンはいないし、仮面ライダーは助けに来ない。それがルカねえと兄の娘の前に横たわった冷酷な現実だった。そして、それと戦っているのは今まで荒事などに遭遇したこともない、普通人生を生きただけの牙も爪も持たぬ一般人である父と俺だった、仮面ライダーウルトラマンといった存在ですら「理由をつけて戦わない程厄介極まる社会悪という敵」と戦う俺たちは、スペシウム光線も打てなければ空も飛べない、ライダーキックもできなければサイクロン号ものっていない。持っているのは柔道初段、乗ったことがあるのはスーパーカブだけ、戦闘技術らしきものといえば、大学の時夏休みを利用していった予備自衛官補の訓練だけだ。64式小銃を執銃するたびに指の皮がむけてバンドエイドを張り、分解結合は3分もかかった。的には実弾射撃で一発も当たらず訓練を終えた。そんな凡骨が、警察をも恐れず14歳少女の瑞々しい肢体を欲望毒牙に掛けようと闇から這い出てくる、犯罪生業とする無頼の連中と、矢面に立って戦わされている。

実際は、俺たちの知っている「正義ヒーロー」など、企業経営のための利潤を求める売り上げ高のある「商品の一つ」にすぎない。ああ、立派な志を掲げて人々を守ると誓い、TVの画面の向こうで勇ましく戦ったにもかかわらず、今はマニアオタクしか知らずにその活躍存在も忘れ去られたヒーローなど幾らでも昭和の昔からいたではないか秋葉原に行けば、かつて大志を掲げて戦ったはずの昭和ヒーローたちが、忘れ去られ、玩具の片隅に埋もれ、ショーウィンドーに忘れ去られた玩具として並べられている。

かつてTVの向こうで戦った英雄たち…ショーウィンドーや中古オモチャの箱に押し込められ、埃をかぶったその姿は、もはや仏像の破片の如く、往時の光を失っている。

そして、せめて闇に堕ちた兄が唯一這い上がれる救済の光を出し続けていたルカねえや娘は兄の引き連れてきた「黒い遺産である彼らに闇の毒牙を突き刺され、心が壊れた。…壊れてしまったプラネタリウムはもう星空を照らさない。また直ることは決してない。

――弟である俺が言うのもなんだが、兄は地獄へ堕ちている、と思っているし、堕ちていなければならないと思っている。彼はそれだけのことをしてきたからだ。

自室の中のどこにでも置かれたこの世の闇と地獄への入り口、そして穢れのない海と空の蒼い世界を飛び続ける鯨

俺のパソコンは窓側の後ろにある。目が疲れたら遠くの景色を眺めるためだ。

遠くには街の灯りがうっすらと見え、人の営みがまるで夜の闇に「プラネタリウム」のように輝いている。

…あの星の一つ一つには物語がある、人生がある、それらが輝き合って社会世界を作っている。兄は、それに最後まで気が付かなかった。ネットSNSITの毒に当てられ、自尊心毒虫の様に肥大化し、自分一番星の生まれ変わりと信じようとして…星は無間の闇へ堕ちた。

PCの画面に向かう時、俺は兄が落ちたこの世の闇と地獄への入り口を同時に覗いているのだ。そう考えると背筋が凍る思いがした。

ただの0と1の数式で動く電気計算機でしかないPCは、社会の闇と地獄を、一生関わり合いにならない人たちを引きずり込むほどの魔力を手に入れた、それは皮肉にも、「IT世界は変わった」と言えるのであろうか。俺達が想像した方向性での世界ではなく。暗い闇と地獄の窯として。

HDの上にはみんなで江ノ島に行ったとき水族館で200円のガシャポンで買った、青く透明のスーパーボールの中に、シロナガスクジラが入っている。

空とも海ともいえる闇とは無縁の蒼い世界を泳ぐ鯨を見て、闇と地獄が忍び寄る影が消え去っていくような気がした。昔、兄がやっていたPCゲーム最終試験くじら」を思い出していた。内容は覚えていない。ただ曲と世界が綺麗だった。よく今はなきMDで曲を聞いたことをよく覚えている。繰り返し聴いたあの曲は、蒼い空と海を思わせた。そこには、ルカねえや娘に群がった下劣人間たちの姿はなかった。ただ清らかな青があった。

ルカねえや娘、俺達に群がる石の裏をひっくり返した蠢くようなグロテスクな蟲の様な連中とは無縁で決してたどり着けない、青い空を泳ぐ鯨、どこかそれを思い出していた。

――こんな話を昔聞いたことがあることを思い出した。

ルカねえと兄のなれそめは、兄がiTunesの同期が上手くいかいからと、直したこときっかけだったそうだ。

「すごいねぇ、こういうことできる人って、尊敬ちゃうな、人の役に立てる技術があって、それを他人のために使える人って、カッコイイよね」、ルカねえはそういったという話を実家での酒の席で聴いたことがある。

ああ、兄はひたむきに朴訥に「IT世界を変える」のではなく「ITで人の役に立っていた」時期でとどまっておくべきだったのだと思うし、そういう仕事をすべきだったと、今にして俺は思う。

人の役に立つための技術であれば、彼もまた人を照らす星であれたはずだ。

…人の役に立つことを誇りとする。それ以上のものを望まずとも、兄は一つの星でありえた。

今兄はどこへいるのだろうか。首を吊った時に染み出た糞と小便とザーメンと体液に魂が溶け出して、娘を狙ってやってきていたIT業界だとか雑多な業界から魑魅魍魎世界永遠に満たされない苦痛地獄の中で、ルカねえと娘に暴力を振るった時の様な慟哭叫び続けて泣き続けているのだろうか?

それとも、ITネットSNS毒虫に刺されたように肥大化した自我を首を吊った時に染み出た糞と小便とザーメンと体液に流れて心が浄化されて、己のやってきたことを「壊れたプラネタリウム」の様な無間の闇の中で後悔しながら何度も答えが出ることもなく虚空の闇に魂が逡巡を彷徨い続けているのだろうか?

死んだ後の世界の話など、生きている俺たちは知りえることもない。ましてや、あまりにも見栄と虚勢と業に塗れた兄がいった世界など、想像しえるはずがない。

ただ一つ、確かなことがある。残された者の苦難は、死者のそれよりも長く、重いということだ。

俺は願っている。ルカねえと娘の心に、再び光が差すことを。

ただただ、ルカねえと残された娘の魂と人生の安らぎが戻ることを願うだけである

東京の闇を映すパソコンと、永遠の蒼を泳ぎ、飛ぶ「最終試験くじら」。

鯨はただ、地獄入り口であるモニターブルーライトで照らされた青の中を泳ぐ。人の業を超えたその姿に、俺は兄が生涯見ることのなかった「青い世界」を重ねてしまうのであった。

パソコンの向こうのXで繰り広げられる、貧困、見栄、虚飾、性欲、憎悪グロテスク感情の数々と地獄の様な世界。あれらとは無縁の蒼い世界を、鯨は悠々と泳いでいる。

youtubeで調べて曲を見つけた、「ディアノイア」という曲だった。旋律はあの頃と変わらず。澄んでいた。あれを聴いていた日々だけは、今も青い光として心に残っていることを思い出した。

「想い出はキレイな 夢を紡ぐから、会えなくても信じてる輝いている君の瞳を」、「いつまでも変わらない ほら、真実の愛がある」

…兄が最後に見ることのなく、ルカねえと兄の娘の壊れた心では永遠にたどり着けなくなった「青い世界」は、いまも机の上の小さな球体の中で、鯨とともに静かに息づいている。

その③ 

https://anond.hatelabo.jp/20250908164257

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2025-09-04

anond:20250904152356

夜を超える夢、夢を超える夢――その言葉を、私はいまも生田緑地の丘に立つとき思い出す。

 小田急線が丘のふもとを走り、その向こうに新宿摩天楼が霞む。春や秋の宵には、武蔵野台地のはてに東京の灯がちらちらと瞬き、湾岸の明滅と重なって、まるで大きな銀河のように見える。あの夜、彼はそこに立っていた。

 「この光を見ろよ。世界を照らすんだ」

 彼は烈しい声でそう言った。社会に侮られたと感じる魂の奥底から、どこか英雄の夢を引きずり出そうとするように。

 やがて彼は、その烈しさを収めきれず、ウクライナへ渡った。

 南ウクライナの大地は、春になれば黒々としたチョルノーゼム(黒土)の平原が続き、空はどこまでも広い。その平原に彼の姿はあった。SAS教官から授けられたと信じたナイフを携え、自衛隊で扱った軽機関銃を構え、そしてアニメ小説に見た幻影を己の背にまとっていた。

 「ベルくんみたいだろ」

 と笑いながら刃を振るう姿を、彼は動画にして送ってきた。その映像のなかの表情は、秋葉原の雑多な軍用品店で玩具の銃を抱えていたときの無邪気さと、なんら変わらなかった。

 だが、現実戦場は烈しい魂を顧みはしなかった。

 ロシア軍砲撃は、彼の信じた「死に戻り」を許さず、ナイフも、機関銃も、ただ鉄と火薬の奔流のなかに呑み込んだ。ニュースには「抵抗なく制圧」とだけ、冷たく記されている。

 思えば――この平和日本のなかで、烈しい魂はしばしば行き場を失う。多摩丘陵一角夜景を前に語った夢は、黒土の大地で炎となり、そして燃え尽きた。

 彼は誤ったのか。あるいは私たちが誤っていたのか。

 その答えを私は持たない。ただ、あの夜、丘の上から見た東京の光が、いまも私の胸の奥に残っている。世界を照らす灯だと信じた彼の言葉とともに。

ウクライナ多摩江ノ島相模湾箱根

地名を列挙しただけのようであるが、そこにはひとりの若者の軌跡が、まるで風土歴史に導かれるようにして刻まれている。

生田は、小田急線新宿国会議事堂といった政治経済の中枢に三十分もあれば届く近さにありながら、背後には江ノ島の白砂、さら箱根の峻嶺をひかえる

この「都会と牧歌結節点」ともいえる地で、彼は夢想したのである――己が「ロシアを倒し世界を救う電光超人グリッドマン」に変じる姿を。

多摩は古来、武士団発祥地でもあった。

坂東武者がここから都をにらみ、時に反抗し、時に吸収されながら歴史をつくっていった。

その風土が彼にとっての原風景となったのは、偶然ではあるまい。

彼は、東京の光の海を遠望しながら、そこに「なろう小説」の主人公栄光――極上の美少女たちに慕われ、社会を見返す人生逆転の物語――を幻視した。

同時に背後には、古き自然神秘を湛える箱根の山がそびえている。

権力牧歌文明自然未来過去。その境目に立たされるのは、若者の魂をして、しばしば極端な夢想へと駆り立てるものである

だが、夢想の果てに彼が選んだのは、ウクライナという「現代史のただなか」であった。

そこで彼は、自衛隊で鍛えた技能も、地下格闘技ジムで培った肉体も、また国内戦闘スクールで学んだ秘術も発揮できぬまま、砲弾の一撃に倒れた。

近代軍隊というものは、個の技を圧倒する巨大なシステムである

その前に人間は、藁束が風に刈りとられるように消えていく。

彼は「槍の勇者のやり直し」を夢み、「盾の勇者の成り上がり」を志し、グリッドマンとして悪のロシアを討つと信じた。

しか現実は、近代国家という冷たい怪物であった。

彼が嫌った官僚主義のものの鉄鎖の網にかかり、物語主人公ではなく、歴史の一頁にすら記されぬ無名兵として死んだのである

人はしばしば「なぜ彼はそこまで零落したのか」と問う。

だが問う者自身もまた、会社という装置にすり減らされ、生活に押し潰されているではないか

墜ちていく彼を笑うことは、結局は自らを嘲うことに等しい。

彼は、大人になることを拒んだ。

夢や野心を手放し、現実に折り合いをつけることを「成熟」と呼ぶならば、彼は永遠に子どものままでいたいと望んだのである

だが時は残酷で、人を少年の心のまま中年にしてしまう。

その矛盾の痛みが、彼を戦場へと駆り立てた。

私は友人として思う。

彼は夢に殉じて死んだのではない。

彼は、時代のもの矛盾を背負わされ、その果てに命を燃やし尽くしたのだ。

そう信じるほかに、友として彼を悼む言葉を持たない。

Permalink |記事への反応(1) | 22:02

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anond:20250904152356

feat司馬遼太郎

生田の丘、夢の残響

多摩生田、その高台に立つとき、人は時代狭間に立つ。眼下には東京の光が、無数の星屑のように瞬く。新宿ビル群が夜を切り裂き、国会議事堂の重々しい影が、権力の中心を静かに物語る。小田急線は、この丘からわずか三十分で日本心臓部へと人を運ぶ。一方、背を向けると、相模湾潮騒が寄せ、片瀬江ノ島の風光が柔らかく誘い、箱根の山々が清冽大気を湛えてそびえる。この地は、都会と田園、権力牧歌過去未来交錯する一瞬の結節点であった。まるで、人の運命歴史の奔流に翻弄されるように、生田の丘は静かにその姿を晒している。

彼――かつて私が友と呼び、共に少年の夢を語り合った男――にとって、この生田風景は魂の故郷だった。昭和残響が漂う住宅街、どこか懐かしく穏やかな家々の連なり。高台から眺める東京の光は、彼が少年の日に心奪われた「なろう小説主人公」のような輝かしい人生を映し出す鏡だった。レムやエミリアウマ娘に愛され、逆境を跳ね返し、オープンカー美少女を乗せて江ノ島の海沿いを疾走する自分。彼はそんな幻を追い、信じた。だが、歴史は無情である東京の光は彼を招かず、箱根清浄な山々も彼を癒さなかった。人の夢は、時代という大河の流れに抗う術を持たない。

彼はかつて自衛隊に身を置き、特殊戦闘の技を磨いた男だった。戦場の風を肌で知り、鉄と火薬匂いの中で生きる術を学んだ。だが、隊を離れた後の人生は、まるで戦国落武者故郷を失うように、坂道を転がる石の如く零落れていった。南ウクライナの戦野で、彼は「悪のロシア」を倒す「電光超人グリッドマン」になる夢を見た。自衛隊で鍛えた技、国内戦闘スクールで学んだ奥義を手に、盾の勇者の如く成り上がろうとした。だが、戦場現実は、物語の甘美な約束を裏切る。戦車戦闘機の鉄の嵐が吹き荒れ、彼は誰が放ったかも知れぬ砲弾に倒れた。藁束のように、儚く、無惨に。

彼の死を伝え聞いた私は、ロシア語のニュースと、彼の母から漏れ聞く断片的な話を繋ぎ合わせ、彼の足跡をたどった。自衛隊のどの部隊にいたのか、その輪郭がかすかにかぶ。だが、なぜ彼がそこまで墜ちていったのか。その問いは、まるで戦国末期の武士時代の奔流に飲み込まれる姿を思わせる。歴史は、個人の夢を冷たく見下ろすものだ。

誰が彼を笑えようか。夢を追い、挫折に苛まれた彼と、社畜として日々すり減る私。その差は、歴史のページに記されぬ一瞬の差に過ぎない。彼は、少年の心を捨てきれなかった男だった。アニメ美少女に愛され、なろう小説英雄のように無双し、人生を逆転させる――そんな夢を、燻りながらも捨てきれなかった。生田配水池の高台に立ち、東京の灯を眺めながら、彼はかつて私に語った。「ウクライナロシアを倒し、サムライとして立つ」と。あの光の中心、高級住宅街に住む美少女たちを手に入れるのだと。それは、戦国若武者が天下取りを夢見たような、幕末若者洋装文明を前に刀を握りしめたような、純粋で危うい野心だった。

大人になること、それは夢を諦め、野心を折り畳むことだったのかもしれない。彼はそれを拒んだ。少年の心を抱えたまま、齢を重ねた彼は、うまくいか人生と、彼を嘲笑社会に怒りと悲しみを募らせた。その生の感情は、まるで戦国の世に生きた男たちが、己の無力を嘆きながらも刀を握った姿を思わせる。誰がそれを否定できようか。私にはできなかった。

彼は南ウクライナの地で、命を燃やし尽くして死んだ。友として、私はそう信じたい。生田の丘に立ち、東京の光と箱根の山々を眺めるたび、彼の夢と挫折が胸に去来する。あの風景は、彼の魂を映す鏡だった。だが、鏡は冷たく、ただ現実を映すのみである歴史は、人の夢を飲み込み、ただ風の音だけを残す。

彼はなぜ、都会と自然過去現在狭間で踏みとどまれなかったのか。その答えは、ウクライナの戦野に散り、箱根の山風に消えた。人の命は、時代という大河に浮かぶ一葉の舟に過ぎない。生田の丘に立つ私は、ただその舟の行方を思い、静かに目を閉じる。風が吹き、江ノ島潮騒が遠く響く。歴史は、ただ黙して進む。

Permalink |記事への反応(0) | 19:29

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2025-06-09

6月1週LINEオープンチャットはてなブックマーカー」1週間のまとめ

これは何?

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の1週間分の要約を、さらAI使用し、試験的にまとめまています

要約内容

🍽️ 食とグルメ

🎪イベント &エンタメ

📱デジタルガジェット &AI

🏠住まいライフスタイル

🐾動物ペット

🩺健康・体調・気候

📰社会文化ニュース雑談

まとめ

1 週間(6 / 1 〜 6 / 8)のオープンチャット「食・イベントガジェット」の三大雑談を中心に、住まい健康社会時事がスパイス的に混ざる構成

参加者リンク実体験を交えてフラット意見交換し、ローカルグルメ熱量ガジェットの“詰まり相談特に盛り上がったのが特徴でした。

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https://anond.hatelabo.jp/20240722084249

オープンチャットの参加URL

LINEオープンチャットはてなブックマーカー」の参加はこちから

https://line.me/ti/g2/MFSXhTJoO_pLfrfds1LpyJ0OlBgcPJSqHoRbBg?utm_source=invitation&utm_medium=link_copy&utm_campaign=default

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2025-06-07

江ノ島腰越に行って生しらす丼を注文する人たちへ

生しらす+釜揚げシラスハーフ丼を頼んだほうがいいですよ。

Permalink |記事への反応(1) | 23:25

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2025-02-10

anond:20250210120727

江ノ島は、神奈川県南部教養無い奴が大食いするだけの記事からな。

大卒には耐えられないレベル

Permalink |記事への反応(0) | 22:40

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2025-02-09

anond:20250209194453

江ノ島キモい

デブが汚らしくメシ食ってるのマジ無理

ブコメ江ノ島君〜❤️とか言ってるおばさん含めて本当嫌過ぎてデリポ見る頻度減ってる

これも編集部に伝えといて

Permalink |記事への反応(1) | 20:50

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2025-02-08

anond:20250208142421

江ノ島近いの羨ましい

Permalink |記事への反応(0) | 14:27

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神奈川県藤沢は魅力的な街だよ

今まで住んできた街はこんな感じ

幼稚園~小6夏:福岡県香椎

・小6~中学中央区豊海

中学高校練馬区光が丘

大学千葉県西千葉

社会人1年目:兵庫県神戸市深江

社会人2年目:埼玉県和光市

社会人2年~3年目:東京都江東区東陽町

社会人4~6年目:東京都新宿区早稲田

社会人7~9年目:東京都港区白金広尾恵比寿らへん(具体的な場所でいうと、北里大学のすぐそば。)

社会人1011年目:東京都江東区木場

無職社会人12年目:神奈川県鵠沼海岸江の島あるとこ)←※今回はこの話

今まで住んできて1番好きな街かもしれない

1番の魅力ポイントは、やっぱ海と公園だね。

藤沢には大きな公園が多い。(まぁ海側にだけど)、湘南海浜公園辻堂海浜公園はめちゃ広いから、散歩やすくて最高。今の時期とか凧揚げとかしてる人多い。

海がすぐ近くにあるのは非常にポイント高い。気軽に海に行けるって、やっぱいい。2年住んだけど、海と富士山景色全然飽きない。サーファーとかビーチバレーやってる人も沢山いるから見てて退屈しないし。ぼーっと眺めてられる。

休日かに、とりあえず海に散歩に行くだけで充実した1日を過ごした気分になれるから、「今日は何もしてないな~」ってことがあんまりない。

藤沢駅ってちょいどいい

ちょうどいい規模感なんだよな。

特に何かあるわけじゃないけど、かといって「何もない」って感じでもなくて、必要ものはひと通り揃ってる。

藤沢駅にはジュンク堂ビックカメラもあるしね。

飲食店基本的チェーン店はだいたいあるし、困ることはない。

文化的な所でいうと、僕は服にはあんまり興味ないけど、いくつか古着屋があって雰囲気よさげから、まぁそれなりに退屈はしないのではないか?(わからないけど)

ひとつ隣の辻堂駅に行くと、テラスモール湘南っていうちょっと高級感のあるショッピングモールがあるし、辻堂藤沢中間地点にある湘南モールフィルっていうショッピングモールは安めな店が多くて、気軽に買い物できる。ホームセンターあるの地味に嬉しい。

というか、こんなに近くに2つのショッピングモールがあるのおもろいんだよな。でもそれなりに成り立ってるってのを見ると、人口が多いんだろうなぁと思う。

僕はあんまり飲みに行かないから、ちょっと見当外れかもしれないけど、

夜の藤沢駅周辺は、地方都市にしては明るいし、遅くまで飲める店もそれなりにある。

藤沢飲食店

ボージャンインドカレー屋さんなんだけど、僕結構カレー屋色々と巡ったけど、個人的には日本で1番美味しいと思う。まぁ藤沢っていうか茅ヶ崎だけど

ラーメン屋結構充実してて、

藤沢駅のヌードルワークス:豚骨ラーメン。安くて(790円)めちゃ美味しい。

・鴇(とき):淡麗系の醤油ラーメンで、すごく丁寧に作られてる。美味しい。

ラーメン二郎藤沢本町店:ラーメン二郎もある。

・じげもん:野菜たっぷりちゃんぽんが840円でコスパ良し。かなり美味しい。

・うずとかみない:藤沢から江ノ島側へ1駅の本鵠沼にある名店。ベーシック醤油ラーメンもあるんだけど、創作ラーメン結構スパイスが効いてる系)があってそっちがかなり好みだった。

ハンバーガー屋も多くて、下の2つが特におすすめ

・MOKICHI:藤沢駅。酒蔵がビールもつくってて、その流れでレストランもやってるお店。ランチハンバーガーセット(1900円)は内容考えたらめちゃ安い。最高。サラダフライドポテトにザワークラストデザートもあるし、コーヒーちゃんと美味しいコーヒー出してくれるの凄い。

・クッカーズグリル辻堂駅にある店。美味しいね。お店の雰囲気がかなりアットホームな感じ(個人的にはこういう雰囲気は苦手だけど)。ゴルゴンゾーラハニーバーガーが一番おすすめ

その他

・喜びの里(藤沢駅)っていう、ちょっと名前なんとかならんかったのか?っていう居酒屋は、690円で唐揚げランチ味噌汁ご飯おかわり自由)出してたけど、最近800円になってコスパが落ちた。

・幸庵(藤沢駅):ちょっとした記念日に使える懐石料理やさん。こういうお店もあるのが嬉しい。ただ味は美味しいがずば抜けては無い。

スイーツ事情

スイーツちょっと微妙かな。

・葦っていうお菓子屋さんは、美味しくて手が込んでる感じ。ただ、めちゃくちゃ美味しいって感じじゃなくて、コスパが良い感じ。

鎌倉のレザンジュは微妙だった。おすすめされてたかクッキー缶も試してみたけど、期待ほどではなかった。モンブラン普通…。

パン屋東京のほうがレベル高いけど、藤沢にもいいお店はある。まぁこんだけあればもうええでしょ。

・プルクワデザートデニッシュがめちゃくちゃ美味しくて、安い(300円くらい)の最高!!!

・PINY(パイニー):まぁそんなに飛び抜けて美味しいって感じではなくて、安定感のある昔ながらのパンって感じなんだけど、朝食セットは1300円で、パン3つ、サラダドリンクソーセージがついててお得。

マダムルージュ:高いけど、ちゃんと美味しい。

住宅事情

家賃東京より全然安くて、築15年55㎡で10.3万くらい。ヘーベルハウス系の2階建てアパートヘーベルメゾン)。

東京木場)だと築35年50㎡で14万円はする。玄関のドアがあの鉄でできたバコンッ!って閉まるタイプの家。

藤沢コスパの良さが際立つ。

海側の雰囲気

スケートボードパークもあって、海側ではサーフボード自転車の脇に積んで走る人とか、上裸人もめちゃくちゃ多い。

日焼けするために寝っ転がってるおっさんがうじゃうじゃいてちょっとおもろい。みんな真っ黒。

・犬もめっちゃ多くて、小型犬はもちろん沢山いるんだけど、大型犬も沢山いる。大きい家に住んでるんだろうなって思う。

鵠沼ってところは、結構お金持ちが住んでるエリアで、住宅街歩いててもかっこいい家が多くて楽しい

鎌倉も近いっちゃ近い

鎌倉までも自転車で40分くらいで行けるから、割と気軽に行ける。ただ正直、鎌倉ってそこまで面白くないねぇ笑。

でも、人が少ない奥のほうのお寺は意外と楽しめた。

杉本寺:苔のある階段は映えてた。

浄妙寺お茶が飲める所あって、人が少なくてオススメ

ちなみに銭洗弁天は、お金洗うために30分くらい並ばないといけなくて、ディズニーランドみたいで笑えた。行かなくてもいいと思う笑

まとめ

ショッピングモールが中心になってる地方都市あるあるみたいなのと、個人店もあってちょっと雑多な都会っぽい雰囲気もあるし、海とかの自然もあるっていう結構バランスよくまとまってる街だと思う。

住みやすいからみんな来なよ!(仕事は無いかもしれないけど笑)

Permalink |記事への反応(22) | 14:24

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2025-01-04

anond:20250104151817

白金とか広尾あたりは都会の割には緑多いよね。

今は江ノ島の方?良いところ住んでんなー、神輿担ぎなよ。

Permalink |記事への反応(0) | 16:30

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2024-12-22

おれって鈴村あいりだったんだあ

 コバヤシがタヤの待っているコーンホール練習場に着いたときにはもう練習が始まってから時間三十分も過ぎていた。

「もう何もかも終わっちゃったぞ。こっちチームが22点、そっちチームは9点だ」とタヤが言ったが、コバヤシは「いいよ。おれ、今日プレイしない」と言った。それからコバヤシは思い出したようにトイレへ駆けていった。

やれやれ公式戦は来週なのに」。数分後、小走りで戻ってきたコバヤシは、まるで誰かに怒られたかのような表情で下を見ていたが、タヤはまったく気にしない様子でコーンホールの片付けを始めた。

 コバヤシは「おれ、プレイしないぜ」と言うとじぶんの左の耳たぶを触ったりひっぱったりした。

 その後、ふたりはそのスキニータイプズボンに恥じない速さで練習場をあとにすると、これから昼食を取る人間の歩幅でもって地上へと出た。

 それからコバヤシは機を見計らって以下のような内容を話し始めた。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 先週、その運動場のベンチで肌を焼きたがっている男はすくなくとも30人はいた。だからコバヤシとオオヤがそれぞれうつ伏せと仰向けになってセロトニンを分泌するまでには二時間ほど待たなくちゃいけなかった。

テレビでその人が、じぶんを大切にしなさいって言ってるのを聞いたんだけど、こんなお金持ちの言うことなんだからきっと正しいんだろうなーとおもった。でも飲み仲間から「お前そのままじゃやばいよ」って言われたら確かにそうかもなって思った。だから何かしようかなって」コバヤシが言った。

 オオヤは起き上がると横に置いてある2リットルペットボトルに口をつけてこう言った。

「たとえば?」

「わからないけど。みんなが言うには、じぶんのために自主的に動いてみるだとか」

「いい心がけだな。それならいい話があるぞ。お前にぴったりな話だ。今度、江ノ島ゴミ拾いがある。一緒にどうだ?」

「えー」

「それなら今度、江ノ島ゴミ拾いするんだけど一緒にどうだ?」

「うん?」

「よく考えてもみろ。これ以上ない話だろ。他に当てがないんだし。よく考えてもみろよ。これ以上ない話だぜ」

「あー、まあそれもそうか」

 ボトルキャップを閉めると、オオヤはふたたび仰向けの姿勢になった。お互い日が沈むまで一言も喋らなかった。

 後日ふたり小田急線に乗って江ノ島海岸までいくと、そこにはもうすでにゴミ拾いの集団がのさばっていた。するとひとりの女性がコバヤシたちのもとへ近付いてきた。

「まったくイカれてる。Twitter活動報告するとこれだよ。わたしたちが先に始めたっていうのにね。遊びじゃねーんだよ。でもあんた達は別だよ、連絡くれたしね。これが終わったらそこで缶ビール開けて打ち上げするんだけどどうかしら?」

「いーです」

「あらそう? まあわからないことあったら聞きなさいな。これはわたしたち最初に始めたんだから。遊びじゃねー」

 女性は去っていった。

「えらいなー。あんなブスなのに」

 ふたりが清掃活動を続けていると、他の団体もいることに気付いてちょっと気まずい雰囲気になったりした。それからゴミはおもったより多かったので、おもったより汗だくになった。

「やーめた」とオオヤが言った。

「なにがだぜ?」

「クソつまらん」

 オオヤはそう言うと向こうの方へ走っていき、違う団体の、水着の上にシャツを着ている、アリクイみたいな女の子たちを口説こうとし始めた。するとその団体代表者がそれを阻止しようと頑張った。あまり大きな揉め事にはならなかったが押し出される形でオオヤは締め出されてしまった。

「おれもAV女優と体の構成は同じなんだから、うやまってそういう扱いをしろよ。それ相応の扱いをよ」と言いながらオオヤは戻ってきた。

 コバヤシはそれを聞いて、ピンときた。何気ないざれごとだったが、その日はやけにそれが心にひっかかった。コバヤシは、「えー、あー。てことはおれも鈴村あいりと同じなのかあ」と思った。「もしかして、じぶんを大切にするってそういうことなのか?」とも思った。

「もう帰ろうぜ。あいつら埒があかねぇ」

「おれって鈴村あいりなのかあ」

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

 ここまで話し終えたコバヤシは、タヤに「おれ、SUBWAYってのを食べてみたんだけど」と言った。

「そこまで良いものじゃないぞ」

「そうなの? まあ、でもSUBWAY食べる。だからそういうのがあって、おれもじぶんのことをもっと大事にしたほうがいいのかなーって思いだした。みんなの言う事ばっかり聞くんじゃなくて、食べたいものを言ってみたり、やりたくないことはやらなかったり。徐々にだけど。自主的にじぶんを大切にしてさ。なんせおれは鈴村あいりなんだし」

Permalink |記事への反応(0) | 19:19

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2024-12-07

海沿いの街で食べる海鮮丼意味

観光地サーモン海鮮丼を食べる人が理解できない。

神奈川なら江ノ島三浦半島千葉なら館山とか勝浦のような観光地的な海沿いの街って日本全国にあるよね。

観光客ランチ魚介類を食べることが多いと思うけど、こういう観光地海鮮丼を食べる意味がよくわからない。

自分はその地域で取れた旬の地魚を食べたいと思ってるんだけど

観光地海鮮丼具材ってサーモンマグロイクラウニホタテ、甘エビ、みたいなラインナップなんだよね。これって全て地元で取れた魚じゃないよね?

江ノ島シラス三浦マグロはありだけどそれ以外は明らかにどこか他の場所から仕入れたやつじゃん。下手したら解凍物だったりするわけで旅行で海沿いの街に来てそれを食べる理由がわからない。

それとも海沿いの街だと輸送関係で新鮮だったり魚の扱いに慣れていて美味しかったりするんだろうか。

グルメサイト投稿写真二郎系ラーメンのようなサーモン山盛り海鮮丼だったりするとその店は避けてしまう。

そういう人達は海沿いの街で海鮮丼を食べたという事実大事なのか。おそらく中華街食べ放題のお店に入ってしま人種なのかもしれない。

Permalink |記事への反応(3) | 19:20

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2024-10-18

anond:20241018094652

江ノ島くんのこの記事を捧げる。

https://dailyportalz.jp/kiji/oredatte-steak-miya

Permalink |記事への反応(0) | 10:00

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2024-09-24

はてなブックマークを叩いてもいいサイト認定した著名人

Permalink |記事への反応(1) | 15:33

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2024-09-17

嫌いなデイリーポータルZライター発表ドラゴン

江ノ島

Permalink |記事への反応(0) | 18:42

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2024-09-07

anond:20240906091639

正解。

正直京都奈良の1/10くらいしか、見るものがない。

古都として考えるんやなくて、海沿いの今風な観光地として考えると、洒落た店は多いし楽しいんやけど。



江ノ島鎌倉半日散歩先としてちょうど良い。

おすすめ

江ノ電(すいている時に限る)から見る海沿いの景色

報国寺

空気が澄んだ日の七里ガ浜夕焼け

以前は鶴岡八幡宮の大イチョウ鎌倉象徴する風景だったけど、折れてしまたからなぁ。

Permalink |記事への反応(0) | 09:35

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2024-09-06

関西人にしてみると、鎌倉って、よくわからない

関西から引っ越してきて、鎌倉に何度か日帰りで行ってみたのだけど。

鎌倉、人の多い関東観光地から仕方ないけれど、それにしても人が多すぎる。

山科くらいの狭い土地に大量の外国人日本人観光客がごった返してて、ビックリする。

そのわりに、関東歴史遺産を一手に引き受けてるのかもしれないけど、正直京都奈良の1/10くらいしか、見るものがない。

古いものが残ってないのは仕方ないとしても、数少ない古建築だって江戸時代の悪いところを凝縮したような、頭でっかち建物ばっかり。

唯一の国宝円覚寺舎利殿なんかは、もう少し見せてくれてもええやんか…と悲しなる。

関西みたいに、そこいらに国宝ボンボンある場所とは違って、貴重なんやろけどなあ。

まあ、古都として考えるんやなくて、海沿いの今風な観光地として考えると、洒落た店は多いし楽しいんやけど。

田舎者関西人としては、江ノ島の方が楽しかったなあ。最初からいかにもな観光地然としてて。

ちょっと、思ってたんと違ったなあ。

Permalink |記事への反応(3) | 09:16

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2024-08-30

anond:20240830063825

いわゆる「一都三県」県を想定したときの、鎌倉市より西、立川市より西、さいたま市より北、千葉市より東が「他県」って感じ。

生活圏が重ならない。「何かの時に行く場所」が共通しない。ちょっと気合を入れたお出かけでもそこまで行かない(あるいはこっちの県の都心部まで来ない)、って感じ。

江ノ島は「一都三県」県内だけどサザンビーチは湘南県民テリトリー大宮鉄道博物館県内だけど春日部は県外。浦安鉄筋家族県内だけど木更津キャッツアイは県外。

一都三県民はついそれを田舎と同視しがちだけど、県内である川口市より藤沢市の方が都会なように、県内田舎よりは他県の都会の方が都会。だからこそ生活圏が重ならないわけだけども。

Permalink |記事への反応(0) | 08:50

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2024-08-21

江ノ島くん

しか江ノ島くんにはてブが嫌われてるのは地味にショックだな

江ノ島くんだからショックなんだろうな

まさかあの温厚そうな江ノ島くんがって

(ここで炒飯の米を纏っているラードのようにふくよかな身体に温厚をまとってそうな江ノ島くんにとか無駄レトリックを考えるからダメなんだな)

Permalink |記事への反応(1) | 13:12

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