
はてなキーワード:人生とは
家を買うだけの財力が欲しかった
オウム真理教の教祖は愛人100人だったそうだから、一個師団ぐらいのカリスマになれるのでは?
あー、欲しい、ベーコンが欲しい、
私は双極性障害を患っている。
明けても暮れても病人で、躁の時は過労と気が狂ったような金遣いに悩まされ、鬱の時は出勤ひとつまともにできない。
そもそも母も精神障害を患っており、それ以前の問題として小学生の頃から母の看病に人生を捧げた結果、私も発症した。
母は私から看病を受けながら景気良く私を虐待し、私は自他共に認める異常者と成り果てたわけだ。
以前私は、発達障害、ASDを疑われた際に知能検査を受けた結果、IQが130あると言われた。
ちなみにASDではなく、グレーですらなく、単なる人でなしであるという結果だった。
あまりにも私らしすぎて結果を聞いたその場でひっくり返って笑った覚えがある。
母から精神的・肉体的虐待を受け、自殺教唆を受け、それを「普通」と認識してしまった。
当然の帰結とも言えるが、なんと男運まで悪く、母と同じく私を精神的・肉体的に虐待し、私に対して自殺教唆を繰り返したり殺人未遂を働いたりする男とくっついて、別れたのが数年前。
この上手くいかない人生の帳尻を合わせるには、私の抱え続ける夢を叶えるしかないというのが私の見解だ。
しかし多分、IQは130あったとしても、私にはその方面の才能が無い。
気付いてしまった、精々が「上手い素人」、プロになれる域に達していない。
私のIQの平均値を130までテコ上げしているのは主に記憶力の類だそうだ。
聞いて納得、私の最初の記憶は2歳の頃のもので、母が甘ったるい声で「お姉ちゃんなんか死ねば良いのにね」と妹をあやしている声を2分前のことのように思い出せる。
片や論理的思考は(平均より数値は高いとは言え)あまり得意ではなく、実際、学生時代の数学のテストは壊滅的だった。
私が「その道のプロ」になるには論理的思考が出来ないとどうしようもない。
そして私の論理的思考能力は「生き延びるという結果から逆算して今の最善行動を弾き出す」という計算にしかほとんど使われたことがない。
だって論理的思考を「何故自分が今不遇にあるのか」という推測に使ってしまったら死ぬしかなくなるから。
同じように、「私はこのまま人生の負債を目一杯負ったまま死ぬしかないのだ」と論理的に考えてしまっても。
私が130という中途半端に高いIQを使って成し遂げたのは「病人になってでも生き延びる」ということだけだ。
そんなにどうしようもないことって無いだろう!
その道の才能が欲しかった。
せめて安心できる家庭環境か、それが手に入らなくても抜きん出た才能が欲しかった。
死にたくない。
死なないためには、才能が必要だ。
私は昨日も一昨日も先一昨日も、才能を伸ばすための努力を続けている。
それは果たして芽吹くのか。
私は死なずに済むのだろうか。
どうすればいいんだよ
こんなになるならはてブで、はてウヨとバカ反トランスTERFとレスバしないでもっと勉強すればよかった
レスバしてもタイ人みたいな美女ニューハーフになるわけじゃない。むしろ時間を浪費してただブサイクオッサンへの道を進むだけ
ちきゅしょおおおおおおおおおぉおおおおおおおおおおおおおおおoおおおおおおおっぽおおぽおお!!!!!!!!!!!!!!!!!
当方アラサー女だが子供の頃から体質がまるでおっさん。髪の毛はいつも脂ぎっており、顔はテカテカでニキビまみれ。毎日お風呂に入ってはいるがいつも全身どこかしらが痒い。耳の中まで毎日痒かった。
大学時代には美容好きなギャルに「保湿しなさすぎて逆に顔から皮脂が出ているのでは?」と言われた。今なら言えるがこれは絶対に違う。肌を傷つけないよう洗いすぎない、を徹底した顔は角質でゴワゴワだった。たまに化粧をして、肌に刺激があると言われていたオイルクレンジングをしたらツルツルになった。
世の中は乾燥肌向けの情報に溢れすぎていた。自分の体からとんでもなく皮脂が出ているというのに気づくまで20数年かかった。肌髪全てゴワゴワになると周囲が悲鳴を上げるヨーロッパで肌と髪が絶好調となり、美容師に洗浄力の強いメンズシャンプーを勧められたあたりからどうも世間の美容情報は自分の体質に合わないようだと気付き始めた。
数ヶ月前に美容室に行ったところ、食器用洗剤で髪を洗われた。もちろん毎日髪は洗っている。ベトベトするのが嫌で常にリンスはつけない。シャンプーブラシだって両手持ちの構えだ。なのに、美容師曰く皮脂が髪の毛をコーティングしてしまっているらしい。普通に考えるとNG行為だがオイリー女にはピッタリだったようで、食器用洗剤で二度洗いされた後の髪の毛は人生で一番サラサラで美しかった。
今は洗浄力の強い韓国シャンプーを通販で取り寄せている。体もアメリカ製の固形石鹸で洗うようになってから痒くなることは少なくなった。「うるおい」や「しっとり」と書いてあるシャンプーやボディソープは私の天敵だ。
残る悩みはオナラと足臭だ。私は脂が出まくるので体臭もきつい。脇はパースピレックスでかなり改善したが、足とオナラの臭いが公害レベルで身内にも指摘されている。
ある時夫に足を近づけたらあまりの臭いに本気で吐き気を催していた。電車内でオナラが出るとあまりの臭さに周囲の人がキョロキョロし始める時がある。
足やオナラは手術しようもないので困っている。まさか足裏を引っ剥がしてアポクリン腺をとるわけにもいかないし。心苦しさはあるが、根本的な解決策がわからない。特にオナラについては臭いの原因とされる油物や肉類は苦手であまり食べないし、体型もBMI19と普通体型。どうすればいいのかわからない。
テーテーテー!↓ テーテーテー!↑(火サスのオープニングテーマ)
とはいえ、ペペは別に悪い事をしたわけではなく、むしろ誠実だったと言える。
恋愛至上主義の女性2名と違って、自分の恋心なんかより義理を通す事を優先しただけである。
じゃー、誰が悪かったかというと、イワン(結婚後)とカヤ(結婚後)であって、
前半戦は実は誰も悪くない。
結果論としては酷い事になったが、これはもうイワンの自爆が原因なのであって、ペペに責任は無い。
イワンも別に悪い奴ではなかった。ただ愚かで弱かっただけである。
リンダもまた駆け落ちしてでもペペと一緒に行く望みは持っていたものの、
ペペがいなくなった後に一人で追っかけるまでの決断はしなかったわけで、
結局は結婚生活が破綻するまでは我慢して妻の役割を果たしていたわけである。
イワンは悪い男ではないがダメな男であり、カヤはダメな女ではないが悪い女であった。
この二人のその後は、リメイク版ではグリンフレーク編が終わるまでは原作通りだったが、今後どっかでフォローされるんだろうか?
エンゴウと同じ時代だから、エンゴウに流れ着いててもおかしくないし、リメイクから消されたリートルードにも通じていたはずなのでそっちに行った可能性もある。ダイアラックと同じ時代かどうかは分からないが、移民の街に行ったのかもしれない。
カヤにとっては望みが叶ったとも言えるが、カヤが好きだったのは若い頃の独善的な優しさを持ったイワンであるわけなので、
もはや大人の良識を持ってしまったイワンから愛される事があるのかどうか微妙な感はある。
カヤは過去に囚われている女であって、小瓶の紐や、旦那がいなくなって屋敷を手に入れればイワンを取り戻せると思ってる辺り、あんまり現実が見えていない。彼女に見えているのは過去でしかない。
イワンは明らかに「昔からのよしみで責任を取る」といういわばペペと同様の心持ちでカヤを連れて去ったのであり、
カヤへの情は愛ではなく「不始末への責任感」でしかないように見える。
イワンはくたびれ切った中年であって、カヤへの情よりも明らかに息子への情の方が強かったはずだ。
その上で、いかにエゴイスティックなものであろうと自分への愛ゆえに道を誤ったカヤを見捨てる決断まではできないという、
ペペと同様に、自分の最愛のために戦う決断ではなく、最低限の道義を通すことに意味を見出していたわけである。
しかし、それは男の意地の一種ではあっても、勇気とは異なる何かなのであって、勇気のない道に人生は微笑まない。
堀井先生が二人のその後を描かなかったのは、「これもう人生詰んでんだろ」という判断からだったのかもしれない。
4人が4人とも、大人になる事に失敗した男女4名の物語であった。
あ、あと魔王倒した。
ネット上で「『行けたら行く』は絶対来ないし、行きたくないときの言い訳だ」のような言説があるが、
今までの人生で「行けたら行く」なんて言ったことも言われたこともない
私にとって誰かと出かけるというのは、やりたいことや行きたい場所がある前提で人を誘うものであり、相手が来ないならば成り立たないイベントなのである
来てくれるなら行先に予約を入れるし、来ないなら延期するか、イベント自体がなかったことになるからだ
「行けたら行く」という言葉は、集団の内において自分一人が参加しなくてもイベントが成り立つ前提があった上での回答に他ならない
さらに言えばディズニーのような特別なイベントではなく、カラオケ、街ぶら、誰々の家に集合など、雑に集まれる関係性であることも示唆している
何が言いたいかというと、「行けたら行く」のコミュニケーションができる集団にいる時点で交友関係カースト上位であり、
数少ない友達ひとりひとりを大切に1件ずつ予定を組んでいる私などとは一線を画す上澄みな存在である自分の状況を自覚しろということだ
そんな広い交友関係の中で「行けたら行くとかいうやつ信用できないわー」とかほざくな羨ましい
どうして私にはそんな交友関係がないんだ
こうやって僻んでるようじゃ無理か
ははっ
社会の底辺の弱者男性の俺より人生のレベルが低い奴って、そんなにいないと思うんで、やっぱり俺が1mmでも高くなるしかない、
俺が高くなれば、相対的にみんなは低くなる、数人ぐらいは追い抜けるかもしれない、
そう、モテですよ、
男たるもの、人生で一度ぐらいはモテたい、黄色い声援を浴びたい、グルーピーの女の子とやりたい、槍隊!
モテるためには仕事、運動、絵画、音楽、ハイテク技術、ヨガ、瞑想、ファッション、清潔感、
もう、高市とか戦争になんか構ってられないはずです、モテるために頑張っていれば、毎日が忙しいはず!😟
孔雀の羽を考えればファッションや見た目、清潔感は重要ですし、
求愛のダンスを考えれば、やはりストリート系のダンスは押さえておきたいところ…😟
m.c.A・Tって何?アーマードトルーパー?ボトムズにそんなのいた?
ロボアニメばかり見ていちゃ駄目ですよ、これからはダンスミュージックの時代です、
なんでって?
何十年も遅れて、俺のマイブームがここ数十年のダンスミュージックなんですよ…😟
そもそもですね、ダンバインの、あの出だしのベース、ブラスの後のデンデケデケデン、
あれが大好きだったんですが、ネットのどこかで誰かが書いてたんですよ、
これ、当時のディスコ系ですよね、
あー、それだ!!😟
そして、今はダンスミュージックとメタルの融合みたいなのが熱いと思ってるんです、
打ち込み系の速いフレーズに合わせるために、ギターも速弾きが必須です、
でも、最悪ギターが弾けなくてもいい、ボーカルも歌わなくてもいいんです、
打ち込みのシンセとかドラムンベースとか、ただカラオケを流していれば、オーディエンスは踊ってくれるんです…😟
こんなに楽なライブはない、楽なのに盛り上がるんです
共働きサラリーマンの家に生まれ何一つ不自由ない暮らしをしてきた。小学生の時から習い事をさせてもらい、中高一貫校に通わせてもらった。
受験もうまくいった、旧帝大の機械学科に進学し大学院も無事卒業して最大手の機械メーカーに就職した。
正直人生上がりだと思っていた。両親のように家庭を持ち、大きな家と自家用車2台を買って同じような境遇の子供を再生産する運命なのだと思っていた。
しかしうまくいかなかった、俺は想像以上に社会に対する適応度が低かった。
設計職としてやる気に満ち溢れていた俺は、毎日現場に怒鳴られ、品保にダメだしされ、調達にすっぽかされ徐々に気力を失っていった。
入社当初に持っていた新しい概念の製品を出すという志は消え、感情を殺し省力で定時を迎えるRTAに没頭するようになっていた。
適応度が高ければこの生活に慣れて家庭に集中するようになるんだろうが、俺はダメだった。
目の死んだ、コルチゾール臭のするゾンビ人間のような上司のおっさんに収斂していく自分が耐えられなかった。
姉は東大卒のエリートサラリーマンと結婚し、都内のタワマンで贅沢暮らし。俺は実家の子供部屋で死臭を放つ、この対比も耐えられなかった。
血便が出て、出社前に自殺の歌を歌うようになったころ、さすがにおかしいと精神科に行くと適応障害と診断された。
俺は退職を決意した。両親のような人生からのドロップアウトも決めた。
今の俺は自由だ、マイクロ法人を立てて“節税”しつつ、グレーな“副業”とチンパン投資で前職なら40歳でもらえてた年収を稼いでいる。
社会は俺に手を差し伸べてくれなかった、助けてくれなかった、はじき出した。だから俺も社会に手を差し伸べない。
いや、その「宣言してるくせに実際そういう映画じゃない」っていう前提自体がちょっとズレてるんだよね。
ラ・ラ・ランドって、最初から最後まで歌い倒す“純ミュージカル”やりますって約束してる映画じゃなくて、「現実と夢のあいだを行き来するラブストーリー」をミュージカルの文法“も”使ってやります、ってタイプの作品なんだよ。
「一番盛り上がるのがバンド成功してエマ・ストーンが複雑な顔してるとこじゃん」ってのは、まさにその通りで、あそこが物語的クライマックスだからだよ。
盛り上がりのピークを“歌って踊って大団円!”にしないで、成功と引き換えにすれ違っていく現実のほうに置いているからこそ、あえてミュージカルを全面には出してない。
むしろ「ちゃんとドラマの山場はドラマで見せて、ミュージカルは内面とか理想の世界を見せるために限定的に使う」という設計になっている。
「夢追い人の渋滞だけミュージカルやって、あとは持て余してる」というのも、使い方の目的が違う。
冒頭は「この街にはこういう夢追い人がいる」という世界観の提示と、「現実が一瞬だけミュージカル的に跳ね上がる」というルール説明。
そのあとは、
みたいに、「現実そのもの」じゃなくて「心の動きとか、叶わなかったバージョンの人生」を見せるときだけ、ちゃんとミュージカルを使っている。
だから、「全編を通して均等にミュージカルをばら撒いてない=持て余してる」って判断は、そもそも評価軸が違うだけなんだよね。
あなたは「ミュージカル映画って名乗るなら、常に音楽が主役でしょ」という期待で見ているけど、この作品は「音楽はあくまで感情と幻想を膨らませるための道具で、主役はミアとセブの選択」として作られている。
その意味では、「宣言通りに“ミュージカルを演出として”使い、でも物語の主役は音楽じゃない」という、かなり一貫したやり方をしていると言えると思う。
JCOMBSで昨年から、初期のころの世界名作劇場(フジテレビ)を再放送している。
「アルプスの少女ハイジ」に始まり、「フランダースの犬」、「あらいぐまラスカル」などが放送され、現在は「母をたずねて三千里」を放送中。
「フランダースの犬」は名画に憧れる少年を主人公にしている作品だが、そのわりには森の樹々や建物、集乳缶などの背景描写がやや粗く感じられた。ヨーロッパの風景が、どこか記号的でステレオタイプに処理されている印象が拭えない。
「昔のアニメだからこんなものかもしれない」と思って、録画していた前作の「アルプスの少女ハイジ」と見比べてみると、生活の細部の描写においては、明らかにハイジのほうが緻密だった。家屋の構造、食卓の様子、季節によって変化する牧畜の営みなど、日常生活に手触りや奥行きがある。
特に物語の前半、ジェノバでの生活を描いた部分は、あの時代のアニメにしては極めて丹念で、生活世界の細部にまで目が届いている。
郵便物の配達、路地をまたいで張られた洗濯物、建具職人の作業の息遣い、瓶洗いの労働、人形劇の旅芸人といったインフォーマルな生業に至るまで、マルコの子供時代を支えた当時のジェノバの都市生活がきめ細やかな質感で描かれているのに思わず見入ってしまう。
もうひとつ思うことがある。
マルコのキャラクターデザインは、のちに「おしん」の脚本を書いた橋田寿賀子は、この作品に何らかのインスパイアをされたのではないかと思うほど、おしんとマルコには共通項が多い。
直接の影響関係があるかはわからないけれども、逆境のなかで人々に支えられながら成長していく構図には共通項が多い。おしんもまた、いわば「股旅もの」の性格を帯びた作品であり、「一宿一飯の恩義」が物語全体を貫いている。
特に、旅先で出会う人々との関係を通して成長するロードムービー的な要素は、1970年代から1980年代にかけての日本社会が過去を振り返る作法とでもいえるものだったように思う。
集団就職や上京、出稼ぎ、高度経済成長に伴う人口移動を経験し、その果てに核家族化や消費社会を迎えていた当時の人々にとって、「人とのきずな」や「誰かに支えられてきた時間」は、単なる郷愁ではなく、確認しておきたい記憶だったのかもしれない。
「母をたずねて三千里」や「おしん」が強く支持されたのは、それが当時の視聴者の人生のどこかに、すっと収まる場所を持っていたからだろう。名作とは、しばしばその時代の人々がどのように受け取ったかによって形づくられる。だからこそ、ある時代の名作が後世にとっても同じ温度で響くとは限らない、ということもまた理解しておくべきだと思う。
逆に言えば、名作と呼ばれる作品が自分の心に響かないとき、「すっと収まる場所」が自分のなかに見当たらないのはなぜなのか、と考えてみることもまた、作品鑑賞の楽しみのひとつなのかもしれない。
F先生は若い女性だった。よく笑う人だった。色白で目の充血が目立った。学年全体の合唱練習の時、ノリノリでみんなの前でマイクを持って歌う人だった。小柄でよく人にぶつかり、児童の足を踏むことがたびたびあった。要領が悪くて生徒を苛立たせたり、少しヒス気味だったりするところはあっても、F先生の特徴はそれぐらいだ。極端に嫌われる理由は先生にはなかった。私たちははけ口を欲していた。F先生でなくても誰でもよかったと思う。娯楽だった。
私は友人に混じって、毎日F先生を「デメキン」「早く死ね」と陰で笑って罵っていた。
心の底から笑っていた。呼吸困難になるほど爆笑していた。友達と笑い転げている時、罪悪感は全くなかった。
「死ね」「消えろ」という言葉は、笑いが止まらなくなる娯楽だった。
数年後、父の転勤に伴い私は地元を離れた。しばらくして小学校時代の友達A子に再会した。
A子は元6年✕組だ。まさにF先生の受け持ちのクラスにいたA子は、特にF先生を嫌悪していた。私が最もF先生の中傷で爆笑し、毎日のように盛り上がっていた友人がA子だった。
A子は激変していた。見ていて不安になるほど痩せ細っていた。小学校時代に受けたいじめが原因で、高校で心を病んだという。不登校になり留年をしたが、薬と食事療法で回復した。
母校の同級生たちの近況を詳しく教えてくれた。最後にA子は言った。
「F先生、去年亡くなったって」
その言葉には小6の時の憎悪は込められていなかった。ただ懐かしんでいた。
え、そうなんだ。
私もそれしか言えなかった。
それ以上聞けなかった。
以来、私は折に触れてF先生の死を思い出している。
私の「F先生のデメキン、早く死ね」が、先生を死に追いやった。
そう思う。
そうとしか思えない。
本人の前で言ったわけじゃない、陰で仲間と盛り上がっただけだ、とか、そういう問題ではない。私は言葉によってF先生を殺した。F先生を死に追いやった無数のナイフの1本になった。
ナイフを刺された人間はその痛みを忘れない。ナイフで刺した人間はあっけなくそんなこと忘れる。挙句、刺された人間からぶつけられる恨みや憎しみを「そんなこと早く忘れろ、みっともない」とさえ言う。
なぜ被害者の人生をめちゃくちゃにした加害者がのうのうと生きているのだろう。
私の母は、実の両親(私の祖父母にあたる)から虐待を受けて育った。そうして40過ぎに精神を病み、家から出られなくなった人だ。
母が病み始めたのは、ちょうどF先生が亡くなった知らせを聞いて一年くらいたった後だった。
私は祖父母を恨んだ。心から恨んだ。なぜ被害者の人生をめちゃくちゃにした加害者が、謝罪一つなく、のうのうと生きているのだろう。
早く死ねばいいのに。同じ苦しみを味わえばいいのに。
そう思った時、F先生のことを思い出した。
ずっと忘れていたF先生のことを。
私の恨みや憎しみが、そのまま自分に返ってきていた。
どうして私は生きてるんだろう。
同じ苦しみを味わい、早く死ぬべきだ。
私は人見知りだった。人の顔色を窺いまくるというか。自分が申し訳ない、と思うことに耐えられない。毎日F先生のことを思い出すわけではいし、むしろ忘れている時間の方が多い。
あれから、私には親しい友達がいない。誰かと仲良くなっても、ずっと心の底では恐ろしい。私は頑張って笑っている。謝ってばかりいる。ギャグ一つ言えない。
F先生のことがあったからかもしれないし、私のもともとの人見知りのせいなのかもしれない。
とにかく、私はあれから人を信じられずにいる。
母のことさえ、恨んでいる。
転校した高校で親しくしてくれた女の子がいた。馴染めずにいた私と手を繋いでくれた。刻名した万年筆をくれた。私が彼女を信じられずにこちらから裏切るような最悪な真似をして、喧嘩別れした。
母の心の病で学校に徐々に行けなくなっていた私を、熱心に支えてくれた恋人がいた。不安定な私は彼を信じられず、重荷に感じるようになり、別れた。
高校を卒業して、母と揉めるようになり、私は母を見捨てた。一人暮らしを始めた。
私は介護施設で働いた。高齢者の介助では自分が救われるような心地を覚えた。だが、新人の私は仕事の覚えが悪く、遅かった。馴染めなかった。先輩たちに認められずにいる状況に耐えられなかった。私は私を責め続けて、半年もたたずに辞めた。
私には最も好きだった友人がいた。彼女といると心がずっと動いていた。涙が出ることもあった。就職を機に一緒にルームシェアをして住み始めた。
私は最も好きな友人と一緒にいることに耐えられなくなった。好きだから耐えられなかった。耐えられなかった。介護施設を辞めて転職したことを機に、ルームシェアを解消した。
幸い、母は回復した。
家から出て働けるようになった。行政の福祉手当を受けて就労支援に通い、職を得た。
私は地元から離れた場所で、一人で暮らしている。友人も恋人もいない。
光田秀『眠れる予言者エドガー・ケイシー』によれば、憎しみを憎しみで返してはいけない。業(カルマ)は愛と忍耐によって克服できるからだ。憎悪は良縁に変えられる。神は人間に克服できない業を与えない、と記してあった。
母は「あの人たち(両親)が早く死ねば私は楽になれるのに」と繰り返し零していた。
母は両親と縁を切っている。
私も少なからずそう思う。だが、母は心の底では本当は、「お前、そんなに辛かったのか。本当に悪かった。謝って許されることではないが、謝らせてくれ」と両親が母に寄り添うことを望んでいるのだと、私にはわかる。
F先生は何を望むんだろう。
龍が如くや悪役ざまぁみたいや路線でいけば、恐らく、自分を馬鹿にした子供らが大人になり幸福を知り、その幸福の頂点で転落し、ドン底の絶望を味わい救われることなく死んでいくのを望むのかもしれない。私は恐れている。
でも、そう思うこと自体、F先生に対する冒涜なのではないかとも感じる。
5年生のキャンプファイヤーでは、ファイヤーパフォーマンスのサプライズがあった。
5年生たちがぐるりと囲む焚き火の前にたった一人、小柄な女性が現れた。なんとF先生だった。
両手に長いトーチを持っていた。明るく燃えさかる炎を、F先生はジャグリングのように振り回して踊った。かっこよかった。私たちは最後、興奮して拍手を送った。
キャンプファイヤーが終わる。ぞろぞろと列をなしてテントに戻った。
私は火の消えた松明を持っていた。まだ楽しい気分が続いていた。松明はまだ熱く、先から煙がたなびくのがおもしろくて、振り回して遊んで歩いていた。「危ないよ!誰かに当たったらどうするの」と後ろから肩を叩かれた。F先生だった。
「もー、駄目だよ。あなた何組?」
混んでいる暗い山道だったから、F先生は私の顔がわからないみたいだった。どきどきして、怒られるのが怖かった。私は人波に流されるようにしてなんとかF先生から離れた。
私とF先生が話したのはそれきりだ。
端的にいうとなにかに秀でてないと見向きもされず孤独に苛まれるケモナー人生を送ることになる。
ぼっちになりたくないなら以下の一芸を参考にして孤独を回避しよう!
TearSS
癖開示バトルで君も勝負だ!
Tier S~A
マッチョ体型、デブ専にモテそうなふくよかな体型を持ち合わせていれば君の身体目当てに雄が寄ってくること間違いなし。
結局身体かよ!と思うかもしれないが9割9分ゲイの界隈なので悲しいけれどこれ、現実なのよね。
Tier A
自分の着ぐキャラがいればとりあえずチヤホヤされるのは確証される。
但しコミュ力がないとTierは下がる。
Tier A~B
絵描きに比べるとやはり需要は落ちるがエロい文章とそれなりの字数が書ければpixivでブクマ100以上は堅い。ノベルゲームもまだまだ人気があるので需要は一定数ある。
君も字書きにならないか?
Tier ?
未知数。ケモナーかつケモV好きな人しか見にこないので平均視聴者数は1桁2桁(2桁いけば凄いほう)の人が大多数で同接や登録者数を伸ばすのは難しい印象。
モデルを依頼するにせよセルフ受肉するにせよ活動を継続していくにはお金が掛かる。
配信するためのパソコンもそれなりに良いスペックでないとパソコンが悲鳴を上げるのでケチらず金を掛けよう。えっ?いまこんなに高いの……?ヤバぁ……
人生なんて意味ないよ。やりたいことやって、気付いたら寿命がきてる状況になってたらなんでもいい。
BSジャパネクストがリニューアルBS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
-----
-----
-----
・03カナダ
・04アンジェラ・アキ
・05春日部(市
・06 鎖骨 さこつ
・09 [1番をあてましょう]私
・11 2(点
・13ショコラティエ
・14中川翔子 なかがわしょうこ
・15レミオロメン
・19 [覚えてください]バウムクーヘン
・22大沢あかね
・26森英恵 もりはなえ
・27下関(市
・29e 3(回続けて
-----
=====
(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかけるロングブレスで激変物語【元CoCo宮前真樹が呼吸で腰痛改善】」→14:45BS10からのお知らせ
15:00から16:00からは「ジャパネットたかたのテレビショッピング」
(15日日曜日)