はてなキーワード:ムフとは
現行のイラン・イスラーム共和国は1979年のイラン革命によって樹立されたが、遡ればペルシア民族は人類史上で初めて「帝国」を樹立( *1)した民族でもあり、以降はずっと帝政・王政が続いてきた。
19世紀以降は英仏露の干渉に対抗する形で民族意識が興隆(*2)し、立憲革命を経て王政はなおも続くのだが、1951年に「アバダン危機」が起こる。当時の首相であるモハンマド・モサッデクが、英国系石油メジャーが管理していたアバダン油田の国有化を図ったのだが、結局は果たせず、モサッデクは逮捕・投獄された(*3)。
これによりパフラヴィー(パーレビ)朝の第2代であるモハンマド・レザー・シャーが復権し、米国の後ろ盾を得て白色革命を進めていく。しかしこの人物が、自らイデオロギーとして打ち出した「イラン・ナショナリズム」のための各種イベントをはじめ濫費が甚だしく、またシーア派宗教指導者を蔑ろにする施策を採ったこともあり、民衆からの反発を招く。さらには第1次オイルショック後に石油価格が下落して国家財政が窮乏したことも重なり、政情が不安定化していた折、シャーがエジプトに出国した(*4)タイミングでルーホッラー・ホメイニーが帰国し、革命評議会を組織する。これがいわゆる「イラン革命」であり、ペルシア民族は史上初めて共和政を営むこととなった。
革命後のイランで特徴的なのは「ヴェラーヤテ・ファギーフ(法学者による統治)」で、これは要するに、宗教指導者(*5)が立法・行政・司法および軍の上に立つ指導体制である。この点を指して「非民主的」「神権国家」と批判されることが多い。だがそもそもイランとは、民族的には多様性がある一方、宗教的には国民の約9割がシーア派(十二イマーム派(*6))イスラーム教徒であり、宗教が国民統合の重要な理念となっている以上、統治理論としては一定の正統性・合理性が認められるべきだろう(*7)。
これにより、イランの大統領選や国会議員選では、宗教指導者による資格審査を通過した立候補者が選挙戦を展開する。一定の範囲内で民意が反映される制度と言える。
イランの大統領選に関する報道ではしばしば対米姿勢の硬軟に注目されるが、民意がそれなりの幅で動いていることは結果にも反映され、それを受けて路線転換が試みられているのも事実である(*8)。むしろ米国がイスラエルの意向を重視しすぎており、イランが改革派政権である時期にも関係改善を進められずにいる方が、世界秩序の観点からは非合理的と批判されるべきだろう。
イスラエル(*9)、というかベンヤミン・ネタニヤフは、「ハーメネイー師の斬首作戦によりイランを民主化する」と主張している。だが、そもそもイランは民衆革命によって王政を打倒した共和政国家であり、その経緯を踏まえてそれなりに民主的な体制となっていることは、ここまで説明した通りである。
「スカーフ強制」が抑圧の象徴とされることも多いが、世の中はブルジョアとインテリだけで回っているわけではなく、ファッションに使う金に事欠く一般市民にとっては「イスラームに従って生きていくことの、いったい何が不満なのか」となる。長期にわたる経済制裁の下でも着実に科学教育や軍事技術を進歩させ、世界でもトップクラスの水準に達している(*10)ことは事実であり、「表面的な『自由』のために民族の誇りを売り渡すのか」という意識も根強いことは論を待たない。
仮に「法学者による統治」を廃して「民主政」を導入したとしても、それで米欧イスラエルに従順な政権が生まれるのか?という点は、大いに疑問である。
それが目的なら、あらかじめ亡命指導者などを「子飼い」にしておくものだが、現状そんな人物は見当たらない(*11)。さりとて、誰を据えようがシーア派の信仰に基づく民族意識が基盤になる以上、宗教指導者の意向を無視した政権運営は不可能だろう。
また、現在のイランの指導者である革命第1世代は、イラン・イラク戦争で前線に立った世代でもあり、武力行使には慎重な傾向があるとされる。しかも現体制トップのハーメネイー師は、「イスラームの教義に反する」との理由から核兵器開発に否定的である。こうした人々が一掃された場合、かえって好戦的な層が台頭してくる可能性は、決して小さくない(*12)。
付言すれば、(下記の注にも記したが)シーア派の特徴として「殉教精神」が挙げられることがある。殉教者攻撃(自爆テロ)も元々はシーア派に特有の戦術(*13)だった。仮に米国の傀儡と見なされるような政権が立つなら、かつてサッダーム・フセインが放逐された後のイラクで殉教者攻撃が頻発したことをご記憶の向きも多かろうが、おそらくそれより酷い事態が展開すると予想される。
イランに「民主化」を求めるならば、粘り強い対話によって漸進的な改革を促していく他ないだろう。武力行使による強要は、かえって地域情勢の不安定化を助長する蓋然性が非常に高く、米欧イスラエルが「民主化」のために支払うコストは、想定よりも桁違いに高く付くのではなかろうか。
2:高校世界史の範囲ではタバコ・ボイコット運動(当時はガージャール朝)などが有名。これが20世紀初頭のイラン立憲革命に繋がっていく。
3:英米と対立したためソ連邦への接近を試みたものの、モサッデク自身は王政打倒までは考えておらず、イ-ソ間の溝は埋まらなかった。志半ばに終わったとはいえ、現在でもなおイラン国民から敬愛されている人物である。
4:妻がエジプト出身だったためだが、これ以降シャーはイランに帰国できなくなり、実質的な亡命生活が始まる。途中で米国に滞在していた際、イランの大学生たちはシャーの拘束と身柄引き渡しを米国に要求し、これが「テヘラン米大使館占拠事件」に繋がる。
5:宗教指導者(ウラマー)といっても、イスラームの場合はファトワー(教令/宗教的見解)を下すことが重要な職務であり、イスラーム法学を修めていることが必須の要件となる。日本の教育制度で言えば「法学士の取得が最低条件」のようなものか。なおシーア派では、ウラマーの中でも相応の学識・人望の持ち主がアーヤトッラー(アヤトラ)と呼ばれ(スンナ派のムフティーに相当)、ファトワーを発出できるようになる。
6:第4代カリフ、アリーを初代イマームとし、その血筋を引く者が正統な指導者であると奉ずる。特徴的なのは、アリーや第3代イマーム、フサインの生涯から、殉教を一つの理想像としていること。フサインに関しては「カルバラーの悲劇」が伝承されており、現在でもアーシューラーの儀式が行われている。また、第12代イマームの「お隠れ(ガイバ)」は今なお続いており、いずれ救世主として再臨する、とされている。「高野山では空海が今なお禅定を続けている」という信仰と似た面がある。
7:中華人民共和国では共産党のトップが国家を率いる統治構造になっていることを踏まえると、理解しやすいのではないか。
8:改革派とされたモハンマド・ハータミー大統領の時期に対米関係が改善せず、2005年の大統領選では対米強硬派のマフムード・アフマディーネジャードが選出された例などを想起されたい。なお現職大統領のマスウード・ペゼシュキヤーンは、改革派とされる。
9:そもそもイランから見れば、「キュロス2世(=アケメネス朝の建国者)によりバビロン捕囚を解かれ、エルサレム神殿を再建させてもらった大恩を忘れたのか」という話でもある。ネタニヤフが歴史に断罪されるべきであることは間違いない。
10:特に高速度ミサイルの制御技術に関しては、現状だと世界最高度の水準だろう。
11:パフラヴィー朝の元皇太子が米国に在住しているものの、米国とイランは断交したままなので、母国への影響力はほぼ無い人物である。それ以前に、今なおイランではパフラヴィー朝のイメージが非常に悪いため、新体制の指導者として歓迎されるとは少々考えにくい。
12:パレスチナでは、2006年の評議会選挙でハマース(対イスラエル強硬派)が単独過半数を得るも、米欧イスラエルは「選挙結果を黙殺する」という暴挙に出た。しかしイランの人口は9000万人であり、さすがに黙殺するには大きすぎるだろう。
13:1983年にベイルートで米海兵隊兵舎が爆破された事件は、イスラエルおよび米国がレバノン内戦から撤退する契機となった。なお、パレスチナの住民の多くはスンナ派イスラームだが、抵抗運動の指導者がレバノンに追放されていた際にヒズブッラー(シーア派)と接触して戦術を学び、殉教者攻撃を行うようになった。これとは別の流れで、後にアル・カーイダ(スンナ派)も戦術として採用することになる。
現行のイラン・イスラーム共和国は1979年のイラン革命によって樹立されたが、遡ればペルシア民族は人類史上で初めて「帝国」を樹立( *1)した民族でもあり、以降はずっと帝政・王政が続いてきた。
19世紀以降は英仏露の干渉に対抗する形で民族意識が興隆(*2)し、立憲革命を経て王政はなおも続くのだが、1951年に「アバダン危機」が起こる。当時の首相であるモハンマド・モサッデクが、英国系石油メジャーが管理していたアバダン油田の国有化を図ったのだが、結局は果たせず、モサッデクは逮捕・投獄された(*3)。
これによりパフラヴィー(パーレビ)朝の第2代であるモハンマド・レザー・シャーが復権し、米国の後ろ盾を得て白色革命を進めていく。しかしこの人物が、自らイデオロギーとして打ち出した「イラン・ナショナリズム」のための各種イベントをはじめ濫費が甚だしく、またシーア派宗教指導者を蔑ろにする施策を採ったこともあり、民衆からの反発を招く。さらには第1次オイルショック後に石油価格が下落して国家財政が窮乏したことも重なり、政情が不安定化していた折、シャーがエジプトに出国した(*4)タイミングでルーホッラー・ホメイニーが帰国し、革命評議会を組織する。これがいわゆる「イラン革命」であり、ペルシア民族は史上初めて共和政を営むこととなった。
革命後のイランで特徴的なのは「ヴェラーヤテ・ファギーフ(法学者による統治)」で、これは要するに、宗教指導者(*5)が立法・行政・司法および軍の上に立つ指導体制である。この点を指して「非民主的」「神権国家」と批判されることが多い。だがそもそもイランとは、民族的には多様性がある一方、宗教的には国民の約9割がシーア派(十二イマーム派(*6))イスラーム教徒であり、宗教が国民統合の重要な理念となっている以上、統治理論としては一定の正統性・合理性が認められるべきだろう(*7)。
これにより、イランの大統領選や国会議員選では、宗教指導者による資格審査を通過した立候補者が選挙戦を展開する。一定の範囲内で民意が反映される制度と言える。
イランの大統領選に関する報道ではしばしば対米姿勢の硬軟に注目されるが、民意がそれなりの幅で動いていることは結果にも反映され、それを受けて路線転換が試みられているのも事実である(*8)。むしろ米国がイスラエルの意向を重視しすぎており、イランが改革派政権である時期にも関係改善を進められずにいる方が、世界秩序の観点からは非合理的と批判されるべきだろう。
イスラエル(*9)、というかベンヤミン・ネタニヤフは、「ハーメネイー師の斬首作戦によりイランを民主化する」と主張している。だが、そもそもイランは民衆革命によって王政を打倒した共和政国家であり、その経緯を踏まえてそれなりに民主的な体制となっていることは、ここまで説明した通りである。
「スカーフ強制」が抑圧の象徴とされることも多いが、世の中はブルジョアとインテリだけで回っているわけではなく、ファッションに使う金に事欠く一般市民にとっては「イスラームに従って生きていくことの、いったい何が不満なのか」となる。長期にわたる経済制裁の下でも着実に科学教育や軍事技術を進歩させ、世界でもトップクラスの水準に達している(*10)ことは事実であり、「表面的な『自由』のために民族の誇りを売り渡すのか」という意識も根強いことは論を待たない。
仮に「法学者による統治」を廃して「民主政」を導入したとしても、それで米欧イスラエルに従順な政権が生まれるのか?という点は、大いに疑問である。
それが目的なら、あらかじめ亡命指導者などを「子飼い」にしておくものだが、現状そんな人物は見当たらない(*11)。さりとて、誰を据えようがシーア派の信仰に基づく民族意識が基盤になる以上、宗教指導者の意向を無視した政権運営は不可能だろう。
また、現在のイランの指導者である革命第1世代は、イラン・イラク戦争で前線に立った世代でもあり、武力行使には慎重な傾向があるとされる。しかも現体制トップのハーメネイー師は、「イスラームの教義に反する」との理由から核兵器開発に否定的である。こうした人々が一掃された場合、かえって好戦的な層が台頭してくる可能性は、決して小さくない(*12)。
付言すれば、(下記の注にも記したが)シーア派の特徴として「殉教精神」が挙げられることがある。殉教者攻撃(自爆テロ)も元々はシーア派に特有の戦術(*13)だった。仮に米国の傀儡と見なされるような政権が立つなら、かつてサッダーム・フセインが放逐された後のイラクで殉教者攻撃が頻発したことをご記憶の向きも多かろうが、おそらくそれより酷い事態が展開するだろう。
イランに「民主化」を求めるならば、粘り強い対話によって漸進的な改革を目指す他ないだろう。武力行使による強要は、かえって地域情勢の不安定化を助長する蓋然性が非常に高く、米欧イスラエルが「民主化」のために支払うコストは、想定よりも桁違いに高く付くのではなかろうか。
2:高校世界史の範囲ではタバコ・ボイコット運動(当時はガージャール朝)などが有名。これが20世紀初頭のイラン立憲革命に繋がっていく。
3:英米と対立したためソ連邦への接近を試みたものの、モサッデク自身は王政打倒までは考えておらず、イ-ソ間の溝は埋まらなかった。志半ばに終わったとはいえ、現在でもなおイラン国民から敬愛されている人物である。
4:妻がエジプト出身だったためだが、これ以降シャーはイランに帰国できなくなり、実質的な亡命生活が始まる。途中で米国に滞在していた際、イランの大学生たちはシャーの拘束と身柄引き渡しを米国に要求し、これが「テヘラン米大使館占拠事件」に繋がる。
5:宗教指導者(ウラマー)といっても、イスラームの場合はファトワー(教令/宗教的見解)を下すことが重要な職務であり、イスラーム法学を修めていることが必須の要件となる。日本の教育制度で言えば「法学士の取得が最低条件」のようなものか。なおシーア派では、ウラマーの中でも相応の学識・人望の持ち主がアーヤトッラー(アヤトラ)と呼ばれ(スンナ派のムフティーに相当)、ファトワーを発出できるようになる。
6:第4代カリフ、アリーを初代イマームとし、その血筋を引く者が正統な指導者であると奉ずる。特徴的なのは、アリーや第3代イマーム、フサインの生涯から、殉教を一つの理想像としていること。フサインに関しては「カルバラーの悲劇」が伝承されており、現在でもアーシューラーの儀式が行われている。また、第12代イマームの「お隠れ(ガイバ)」は今なお続いており、いずれ救世主として再臨する、とされている。「高野山では空海が今なお禅定を続けている」という信仰と似た面がある。
7:中華人民共和国では共産党のトップが国家を率いる統治構造になっていることを踏まえると、理解しやすいのではないか。
8:改革派とされたモハンマド・ハータミー大統領の時期に対米関係が改善せず、2005年の大統領選では対米強硬派のマフムード・アフマディーネジャードが選出された例などを想起されたい。なお現職大統領のマスウード・ペゼシュキヤーンは、改革派とされる。
9:そもそもイランから見れば、「キュロス2世(=アケメネス朝の建国者)によりバビロン捕囚を解かれ、エルサレム神殿を再建させてもらった大恩を忘れたのか」という話でもある。ネタニヤフが歴史に断罪されるべきであることは間違いない。
10:特に高速度ミサイルの制御技術に関しては、現状だと世界最高度の水準だろう。
11:パフラヴィー朝の元皇太子が米国に在住しているものの、米国とイランは断交したままなので、母国への影響力はほぼ無い人物である。それ以前に、今なおイランではパフラヴィー朝のイメージが非常に悪いため、新体制の指導者として歓迎されるとは少々考えにくい。
12:パレスチナでは、2006年の評議会選挙でハマース(対イスラエル強硬派)が単独過半数を得るも、米欧イスラエルは「選挙結果を黙殺する」という暴挙に出た。しかしイランの人口は9000万人であり、さすがに黙殺するには大きすぎるだろう。
13:1983年にベイルートで米海兵隊兵舎が爆破された事件は、イスラエルおよび米国がレバノン内戦から撤退する契機となった。なお、パレスチナの住民の多くはスンナ派イスラームだが、抵抗運動の指導者がレバノンに追放されていた際にヒズブッラー(シーア派)と接触して戦術を学び、殉教者攻撃を行うようになった。これとは別の流れで、後にアル・カーイダ(スンナ派)も戦術として採用することになる。
Permalink |記事への反応(16) | 15:43
Overwatch2でOverwatch1時代の環境を再現するOverwatchクラシックのイベントが開催されていて、
今回はOverwatchの歴史において一時代を築いたGOATSメタ環境を再現したモードになっている
GOATSとは3タンク3ヒーラー(特にブリギッテを主軸にする)で構成され、圧倒的な耐久力で相手を押しつぶす戦法で、
それ以外の構成ではほぼ太刀打ちができず、GOATS同士の押し引きが当時の環境での醍醐味になっていた
で、GOATSメタが復刻した今クラシックモードをプレイしているのだが、
この環境で役に立たないダメージロールをプレイしている人は何がしたいんだろう?
百歩譲ってドゥームフィストは分かる、それ以外のダメージロールは選ぶだけで利敵行為と言っても過言ではない
FGOをほめてくれてうれしいけど、あれは本当におかしい才能のおかしな「小説」だから。
きのこの書いたメインストーリー500万字だし、歴史に詳しくなれて因縁話をたのしめるし。
イベのたびに、三田さんとか虚淵とか鋼屋ジンとかアムフィビアン?(この人のことはよくわかってないけどイベはおもしろかった)とか、まぁそうそうたる面々に書いて貰ってるし。
残虐行為をした歴史人物を可愛くもいつか手を噛まれそうにちゃんと書いてある
それを社長が絵にするわけよ
それを絵と声とドット絵みたいな戦闘シーンのおまけつきでいつでも読み直せるわけよ
ほぼ無料でな
ひるがえって中国は、いやそのほかは全部「ゲーム」だからこそおいしくねえのよ
ゲーム自体若い者をたぶらかす悪者だとおもってるからチョイワルオヤジがなかなか出せない
小説500万字って薄目のラノベ文庫本でいうと50巻以上いくのね
それなら置く場所もないし電書で買いたいとおもってたらゲームで無料配信してくれるんだからもういうことないの
自社の既存チームからパイを奪うのは言語道断、他社経由にすれば無駄に自社の利益を削るだけ
そもそも大手ベンダー配下の開発チームから既存チームに引き継いだはずの領域なので、奪うというか取り返す という営業指針は顧客からしてもあり得ない
既存チームの領域を担当する名目で人員を配置したいなら、奪うではなく既存チーム担当者多忙のため補佐する という口上であるべきだ
その上で引き継ぎ期間として今期末までだったものを延期する、といった形以上にはなり得ない
顧客は大手ベンダーには、きめ細やかな運用を高い金かけて依頼するよりは多少費用がかかってもスムーズな新規開発 の能力を求めている ように思う
なので次期予算確保のためには、新規システムの要望を掘り起こすのが一番たしかな道だとは思う
思うが、、そこの需要を探るのはもはやこちらの権限をはるかに越えている
どうするかな…
自分自身の話に止めるなら、異動はしたくないし継続したい顧客ではあるが…
人別にどこにアサイン可能かを考えると、もう既存チームフォローで参画してるメンバーは確保できる前提
一人既存チーム側で離任が見込まれるメンバーがおり、この後続のジョブ担当に一人入れる
あと1名、新規レポートの相談係に新規で一名アサインできると良い
今、マネジメント担当で参画してる人員はプロジェクト縮小により不要あるいは0.1〜0.3参画等に費用を落とす
これまでも業務運用部署からの依頼は潰さないよう対応してきたけれど、積極的な働きかけとまではいかない
居座り要員:モイラ、ボール、オリーサ、ゴリラ、ベンチャー、メイ
モイラ対策:ザリア、マウガ、ジャンクラで拘束、EMP、チャージではがす
20分続いたオーバータイムがD.Va出して自爆したら終わることもよくある
ディフェンスマトリックスでモイラの黄玉を消しまくる嫌がらせも可
アナの阻害を防げるのも大きい。阻害をくらいまくってるのにいつまでもゴリラを出さないチームの未来は暗い
ペイロードに居座るのが基本だが甘えたソンブラを地の果てまで追いかけることもある
バリアが有用すぎるのでウルトは緊急時以外は基本使わない。あとはペイロはがし
最強格の一人
無限フォーティファイで無敵要塞と化したオリーサはかつてのザリアを思い起こさせる
かつては無限バリアで異常な強さを誇っていたがCTが伸びてそこまででもなくなった
サージはもちろん強いが、大勢を吸うよりも一人だけ吸ってフォーカスを合わせられるようにしたい
ウルトでペイロはがしするために採用されることがある
バリアを無視して阻害を入れられるのは強いが、トータルメイヘムの体力の敵を短時間で仕留めるのは難しい
脅威の生存力で飛び回り、軽いやつを狩りまくる
ソンブラに弱いのは相変わらず
相手ソンブラのEMPでケージが消されてしまうので使わせてから使いたいが、相手もケージ待ちで絶対にEMPを使わず一生にらみ合いになることもよくある
ザリアと同じくモイラソンブラドゥームを拘束できるのが強い
異常な体力を誇りソンブラにハックされても死に直結しないくらい生存力がある
環境キル要員その2
フックコンボをしても誰も倒せないのがつらい
ホールホッグでペイロはがしができる
ダイブ系に狙われると非常にきつい
トータルメイヘムではヘッドショットを当てるメリットが少なくヒットスキャンやスナイパーは総じて活躍しにくい
ボブは高確率でハックされるうえ、戦場はタンクだらけで誰も倒せないことも多い
トロール枠
基本的にキルがとれず、トータルメイヘムでスキャンはほとんど意味がない
ヒットスキャンがあまりピックされないので動きやすい気もするが、無限ブースターD.Vaや無限ジャンプゴリラが飛んできて一生粘着されることもある
コピーは強いが、ロール制限がないんだから普通にウルトが強いキャラを選べばいいという話もある
ゲンジ自信ニキがお遊びで来たトータルメイヘムで返り討ちに合っているのをよく見かける
無限生成タレットでモイラソンブラに徹底的に嫌がらせしたいところ
トラップでモイラを捕まえるという重大な役目があり、そのためにピックされる重要キャラ
通常アビリティで拘束ができる強キャラだがその分狙われやすく、逃げる技術とチームのサポートは必須
30分続いた試合がソンブラ出した途端に終わることもある
ゴリラバリアを消せる唯一の手段としてOW1の頃からEMPが猛威を振るってきた
→アプデでだいぶ弱体化したがEMP自爆はいまだ最強なので全然強い
無限タレット置き放題、オーバーロードの生存力が高い、モルテンコアが強いと中々の強キャラ
デスはしないがキルもできない
ずっといるだけになりがち
タンク勢に撃ち勝てない
拘束されなければ一生耐えられる
生存力は高い
相手の体力が高すぎるのでブリザードで凍らせてもしっかりフォーカスしないと誰も倒せない
バリアを張ってペイロード上に座り込んでるゴリラをお仕置きしたいときに
トロール枠
スリープダーツと同じくイモのクールタイムは補正がかかっておりそこまで連発はできない
ブリに限ったことではないが逃げスキルがないキャラは基本的に厳しい
黄玉でバリア貫通ヒール、無限フェードによる最強の生存力により完全にトップメタ
モイラの負け筋はEMP及び拘束系スキルだけで、それらを避け続ける技量は求められる
他全員を倒してもモイラがペイロードで粘り続けて結局みんな帰ってきてやり直しという状況はざらにある
ウルトはあまり強くないが通常時があまりある強さなので気にならない
グリップとお花が意外と便利だったりする
ポスト構造主義的マルクス主義は、構造主義とマルクス主義の要素を組み合わせつつ、両者を批判的に再解釈し、社会や経済の分析を行う理論的枠組みです。このアプローチを代表する重要な思想家の一人がジャック・デリダであり、彼の弟子とされる学者には以下のような人物がいます。
1. **スラヴォイ・ジジェク**
-ジジェクは、ラカン的精神分析、ヘーゲル哲学、そしてマルクス主義を融合させ、現代のイデオロギーや政治を批判的に分析しています。彼の思想はポスト構造主義的マルクス主義の影響を強く受けています。
-ランシエールは、デリダの影響を受けつつも独自の政治哲学を展開し、平等や民主主義について深く探求しています。彼の著作は、ポスト構造主義とマルクス主義の融合を感じさせるものです。
-ラクラウは、チャンタル・ムフと共に「ポストマルクス主義」の理論を発展させました。彼らはヘゲモニーとポピュリズムの概念を再構築し、デリダの影響を受けつつ、マルクス主義を批判的に再解釈しました。
-スピヴァクは、ポストコロニアル理論の主要な学者であり、デリダの解構学を用いて、サブオルタナート(被抑圧者)の声を取り上げています。彼女の研究もポスト構造主義的マルクス主義に関連しています。
これらの学者たちは、それぞれが異なるアプローチを取っていますが、共通してポスト構造主義とマルクス主義の対話を通じて現代社会の諸問題を分析しています。
赤:ムフタル フララ@埼玉 栄東高校2年 緑:鵜尾颯大@大阪豊中高校3年 白:西野心晴@東京渋谷教育学園渋谷高校1年 青:黒田貫人@千葉渋谷教育学園幕張高校3年
緑13
白 8 赤 × 緑 3 白12 緑11 青18 赤 × 青 6
青14 赤 1 青 2 赤16 白22 白10 赤 4 白 7
青15 青 5 緑21 青23 緑24
緑 9 > 6
青 6 白19 赤25 緑20 赤17
+--+--+--+--+--+
赤 | 赤 | 赤 | 赤 | 青 |
青 | 赤 | 青 | 青 | 青 |
赤 | 赤 | 赤 | 青 | 青 |
赤 | 赤 | 赤 | 赤 | 緑 |
緑 | 緑 | 緑 | 緑 | 赤 |
赤: 13枚 ○ 5 × 2
緑: 5枚 ○ 7 × 0
白: 0枚 ○ 6 × 0
青: 7枚 ○ 8 × 0
ケーブルテレビSTBでは見られない場合があるようなのでBSパススルーとか
地域によってはSTBで見られるようになったかもしれないので最新情報要確認
・02 [同じ]スプリング
・04 等圧線
・06レブロン・ジェームズ
・07 [すべて]長野(市名古屋(市奈良(市長崎(市那覇(市
・08 サ行変格(活用
・09ジョイマン
・14 蚤《のみ》(の市
・15 ガンマ
・16 ひざ
・19 [合計]9(人
・20 横隔(膜 おうかく(まく
・22かつお
・27 虫(へん
・28e tuki. ツキ
↓この2週は人選変えてますね