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2026-02-10

[今日知った言葉]抑圧移譲(transfer of oppression)

概念

□「戦後政治思想の出発を劃した論文といわれる、丸山眞男超国家主義論理心理」(『世界1946年5月号)が、近代日本人心理にしみこんだ病理として指摘した特色。それは、福沢諭吉が『文明論之概略』で、徳川時代武士社会における「権力偏重」を批判した記述を引きながら、秩序の上下関係のなかで、「上からの圧迫感を下への恣意の発揮によって順次移譲してゆく」運動として描かれている。そこでは、自らの良心にもとづいて自由判断し、行為責任をとる「主体的意識」が確立せず、権力者すらもが、自分より上位にあるもの意志によって束縛されている「被規定意識しかもっていない。丸山によれば、こうした心理明治国家体制で強化されたことにより、昭和戦争期における権力の強大化と、その反面での決定者の不在を招いたのであった」(苅部[2012:1288])

□「丸山真男の「超国家主義論理心理」(1946)における用語上位者からの圧迫感を下位者への恣意の発揮によって順次移譲していくことにより、全体の精神バランスが維持される体系をいう。福沢諭吉はこの現象を旧幕時代看破していた(『文明論之概略』1875)。それは天皇制ファシズム下の軍隊組織軍事支配者、家制度下の姑の嫁いびりに見られただけでなく、近代日本社会封建社会から受け継いだ負の精神構造の一つであるとされる」(社会学小辞典[1997:608])

▼文献

●――――、1997「抑圧移譲」濱嶋・竹内石川編[1997:608]

苅部直、2012「抑圧移譲」大澤・吉見・鷲田編集委員・見田編集顧問[2012:1288]

■濱嶋朗・竹内郁郎・石川晃弘編、1997『社会学小辞典 新版有斐閣.

大澤真幸吉見俊哉・鷲田清一編集委員見田宗介編集顧問、2012『現代社会学事典』弘文堂.

https://tanemura.la.coocan.jp/re3_index/8Y/yo_transfer_of_oppression.html

Permalink |記事への反応(1) | 18:28

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2021-08-01

朝日新聞の折々の言葉

今朝のみてびっくりした

まさかの出典がなろう小説!!!

スライム倒して300年の原作セリフの一節を紹介してた!!!

鷲田清一さんこんなのも読んでるのかよ!!!

https://www.asahi.com/articles/DA3S14995898.html?iref=pc_rensai_long_76_article

Permalink |記事への反応(1) | 08:18

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2019-08-22

知識人読書量・知識ランキング

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2018-07-15

豪雨災害について、書きなぐり

2011年3月に、大阪大学で行われた卒業式において、

当時、学長であった哲学者鷲田清一教授は、一通りの -文字数として数えると

240文字ほどの祝辞をを述べた後、

「途方もない災害が起こってしまいました」

との言葉で、卒業式スピーチをはじめました。

原発問題の有無や、テレビ流れる「亡くなった方」の数字の桁こそ違えど、

豪雨災害としては、「未曽有の」災害であった点、そして

これから対策根本的に見直さなければいけないという点、

そしてなにより、

近しい人を亡くされた痛切さが伝わってくるという点で、

今回の2018年7月豪雨、ぼくは、3.11と同質のものを感じています

また、途方もない災害が起こってしまいました。

今回の豪雨、ぼくは降水量としては3番目に多かった神戸に住んでおり

かにいままでにない雨の降りかたでした。

加えて、徒歩にして500mほどの場所土砂崩れが発生していましたが、

それでも、「災害に巻きこまれつつある」という意識希薄でした。

「雨が降っている」というのは日常範囲現象だもんなあ。

NHK広島の人が、こんなことを書いています

広島でも「当事者として行動する」ことは難しかったようです。

被害地域が広域であったこと、下手に現地取材を行えば自身被害者になってしまマスコミリスクに加え、

しかすると「雨の災害」だと、心のどこかでラベリングをしていた(し続けている)人も多くいたんじゃないかなあ。

現在は、豪雨災害ニュース一色、現地から報道ばかり、といった感じですけれど

実際の雨が降っているとき映像は、ほとんどが京都嵐山だったり

神戸大学の裏山のものばかりだった印象です。

それらのニュースをみて感じたことがあったので、書いておきます


取り返しつつあるように、豪雨災害一色となったニュースの中で

「ご家族を亡くされた方」に密着しているものが、目立ちます

家族を亡くしたお父さんの後ろには、画面を通じて確認できただけで

お父さんの後を追うように、20人ぐらいの「マスコミの人」がいました。

よく「心ないマスコミが!」という意見は目にするけれど、ぼくは今回

少し別のことを、その映像から感じました。

「このお父さんは、ひとりでこの時間を過ごすことにならなくてよかったんじゃないか?」

家族を亡くされた苦しみ。

自宅が浸水し、心の支えを失ったなか、  

いったいなにを支えに生活を取り戻していくんでしょう。

想像するだけで胸が引き裂かれそうになるよ。

そんな苦しみと喪失感のなか、あのテレビに写ったお父さんが

「だれにも見向きもされず、ひとり」だったら、どうだったのだろう。

もちろん、痛みから回復過程において、

「ひとりで悼む」という時間は、きっと、必要になるでしょう。

そのような時間が、最初必要なひともいるでしょう。

から一部の人たちから「クソマスコミが!」と呼ばれるのでしょう。

けれど、人間みんなが「苦しみをひとりで耐え忍ぶ」ことをできるように

デザインされているとは思えないのです。

ぼくだったら、どうだろう。

家族を失くし、立ち向かわなければいけない現実は山積み…

そんなときに、それがたとえ気遣いからでの「ひとり」であったとしても

その孤独に耐えきれないのではないか

そんなふうに感じます。きっと気が狂ってしまうよ。

カメラをかつぎ、マイクを握ったマスコミのみなさんではあるけれど、

自分ではない他者」に囲まれながら、

これもまた回復過程において必要な「言葉にする」ことを

きっと、しぼりだすように、されているお父さん。

きっとあの映像を、ぼくらが痛みへの共感を持ちながら

受け止めることができるか、それを試されているんじゃないかなあと思うよ。

ああ、痛い体験ですね。強くなろう。

3.11、多くの人がそうできたように、また今回も。

そう、3.11です。ぼくはニュースで水につかった西日本の街を見るたびに、三陸を思い出します。

みんな、元気かい? ぼくでもそうなんだから、みんなはきっと

ぼく以上に思い出すよなあ。

しんどかったら、テレビ、消していいからな。

逃げているように思わないで。

あれだけの傷をうけてまだ7年です、

「みんなが生活してくれている」それは奇蹟だし、

その事実が、関西を救うよ。もう救われてる。

みんなが絶望していないんだよ。それは、みなさんが、

暮らしている、その事実がおっきいと思うよ。

すっごいワガママを言うと、

笑って生活してくれていたら、もっと勇気づけられる!

「ただ、いてくれること」そのことがどれだけぼくらを救うか。です。

いつもありがとう(^_^)

みなさんがそういてくれるんだもの

きっと、ぼくらにできないはずはない。

なにもできない自分を責めてしまうみんなへ。

大丈夫役割がくるよ。

倉敷市市役所職員友達がいるんだけれど、

もう、寝る暇もなく働いてるって。

いま、できることがある人が、必死にやってくれてるから

そんな皆さんに敬意を持って過ごせたらいいよなあ。

そして、それが原因で心を痛めるかもしれないけれど、

「関心」が向けられていること、

さっきのお父さんの話のように、間違いなく支えになるから

FIGHT BACK!

それぞれの立場で、穏やかに、闘おうな。

みんなの状況が少しでも良くなっていきますように。

Permalink |記事への反応(0) | 19:14

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2018-01-22

顔ってなんだろうな

顔ってなんだろうな。

なんで顔なんだろうな。人間って顔だけじゃないのにな。色んなパーツで出来てるのにな。不思議だなー。

顔って何?

そういえば、鷲田清一がなんか書いてたようなー。忘れたけど

Permalink |記事への反応(0) | 16:39

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2014-08-08

知識人読書量・知識量ランキング

SSクラス江藤淳柄谷行人、廣松歩、栗本慎一郎谷沢永一村上泰亮中村元

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クラス糸井重里加藤典洋中上健次勢古浩爾北田暁大藤原和博小熊英二佐々木俊尚西條剛央玄田有史城繁幸茂木健一郎岩田温千葉雅也、岡田斗司夫

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2011-08-28

わたしたちの心と身体

twitterに26日、飯舘村村民の会見を取材された方。

被曝しているという認識はまったくないまま沢水の簡易上水道を飲み煮炊きしていた。避難してきた人の炊き出しもした。3月20日になって水から300ベクレルが出たと聞いてびっくりした」「私たちはもうたっぷり被曝してしまいました」

なんだかな。

勇気を出して抗議活動を始めた村民の方々の言葉が、ちゃんと人々の耳にとどくだろうか。どうもあんまりメディアにとりあげられている感触がない。

自戒を込めていうなら、わたしたちの身体性はもう多分に問題があるのではないか

鷲田清一先生が『悲鳴をあげる身体』の中で村上龍さんの『ラヴ&ポップ』冒頭、女子高生の語りを引くくだり(p. 152)。

NHKで『アンネの日記』のドキュメンタリーを見て「心がグシャグシャになった」彼女はもう翌日には「完全に平穏になって、シャンプーできれいに洗い流したみたいに、心がツルンとして」しまう。

感情が持続しない、持続しないか刹那的快楽を追い求めていく。

あるいは、その持続不可能性への焦りが、周りの人、同じ社会にいきる人々のことを忘れさせてしまう。

この感じ。

震災のこと、また原発のこと、もうなんかみんな遠い昔のことのように「ツルンとした」心で眺めているようなそんな雰囲気を感じる。

本当に「今」おこっている悲しみを私たちはまっすぐに受け止められているだろうか。

僕は幸い被災を逃れたし、放射能の影響も受けえない場にいる。

でも、でも同じ日本人としてどうにかしたいと思う。そしてこの気持ちをちゃんと持ち続けないと。

Permalink |記事への反応(1) | 06:03

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2009-01-25

http://anond.hatelabo.jp/20090120002553

まだ見てるかな。鷲田清一『じぶん・この不思議存在』、カミュ『シーシュポスの神話』などを読んだら何か分かるかも。前者は特に、増田さんの悩みに答えるような内容が中心。以下引用

「顔がいい?走りが早い?計算が速くて正確?明るい?こまやかな心づかいができる?おしゃれ?どれをとってもわたしだけに固有のものってありはしない。このような性質や能力はだれもが多かれ少なかれもっているものだ。(…)それらの組み合わせにひとりひとり独自のものがあるのだ、というのは、そのときだれもが思いつく論理である。が、これがじぶんというものの、かけがえのない不二の存在を証しているなどというには、あまりにも貧弱な論理であるのは、だれもが直感的に気づいている」(『じぶん・このふしぎな存在』、講談社現代新書2005年、p.18)

この答えを絶対視する必要はないと思う。(ただし鷲田氏は、じぶんを失うということを必ずしも否定的にとらえていません。この辺りはp.85を参照)

参考までに読むと面白いんじゃないかな。

Permalink |記事への反応(1) | 19:56

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2007-12-02

http://anond.hatelabo.jp/20071202171317

人がファッションに興味を持つなんてのは社会学

飯の種のために維持してる理論だろ。

京大哲学者鷲田清一は、人々は次第にファッションの虚しさに

気づき始めると言っている。

Permalink |記事への反応(3) | 17:15

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