
はてなキーワード:面白とは
って、東洋経済に書かれてるみたいだけど、その考え方が駄目、というか、駄目な面があるんだよ…😟
非力なホビーのコンピュータには何の意味もない、おもちゃだよね、何の役にも立たない、そんなのどこで使うの?ってIBMとかに馬鹿にされてた…😟
だけど、ウォズニアックとか、人としては嫌いだけどジョブズは違った、
IBMは今のような世の中になる、いわゆる大型コンピュータがダウンサイジングされ、
パソコンの延長線のようなサーバにLinuxが入りクラスタリングされて、スパコンのようにさえなる、
何より、未来なんかより、とにかく面白い、ものを作る面白さ、これを日本は、ものづくり、とか言いながら忘れてるだよな…😟
今の中国企業とかロボットを作ってる人たちは、どこか活き活きしてる、これを今の日本人が忘れてるんだと思う、ずっと昔から思ってた…😟
なんか凄いけど、そんなもん何に使えるの?みたいな質問って、ある意味では愚問だと思う、
たしかに採算とか、お金は大事だけど、お金、お金、って、かつてエコノミックアニマルと揶揄されたそのものじゃない…😟
音楽だってそうだよ、音楽なんて何の意味があるの?生活に必要なの?ないと死ぬの?必要なくない?
もしくは、配信して売れないと、お金に変換しないと、エンターテインメントビジネスとしてしか考えない、
#ママ戦争止めてくるわの清繭子さんって、角田光代さんや窪美澄さんと飲み仲間なんだね。
人脈が凄いなあ。
やっぱり一般人面するのはズルでしょ。
図書館の帯コーナーで発見。子供が欲しかった人にとって、子供が生まれて幸せだったら、独身時代の夢に対する貪欲さが減ってしまうのは、よく分かる。もちろん、それでも夢に邁進して実現する人もいるわけだけれど、ほんの一握りだと思う。最近もデビュー作がいきなり本屋大賞にノミネートされた作家さんがいたけれど、女医さんが第1子の育休中に書き上げたというから驚いた。婚活や就活の話や、会社員時代(オレンジページ?)の話が面白かった。角田光代さんや窪美澄さんと飲み仲間なだけで十分すごい。
2026年の衆議院議員総選挙がめちゃくちゃ面白かったので、リベラルと中道(立憲)について考えてみた。
まずリベラルについて。
結論、今の日本でリベラルは不要になってしまったんじゃないかな。
これはリベラル思想自体がダメと言っているわけではないよ。今までいろんな功績があったのは事実。
与党権力強大化の抑止、社会的弱者への分配や公害問題への取り組み、男女雇用機会均等法の推進やLGBTQの差別解消など色々やってきた。
これらは一般無党派層にとってもやる意義があるなと思えたはず。
しかし現在はもう十分解消されているし、社会的弱者への分配は保守派である自民党含む全ての党で普通に取り組んでくれている。
だから、今リベラルが挙げている課題に対して一般無党派層は自分事感がなくなってしまっているんじゃないかと。
それぞれの課題がもう100点中80点解決されているように感じている。そしてこれを90点とか100点にもっていくのって費用対効果合わなくね?と。
夫婦別姓とかやらなくて別にいいじゃんとか、外国人差別解消って言って外国人犯罪者を擁護するの!?みたいに、行き過ぎに感じてしまう。
日本を取り巻く状況という別の観点から見ても、リベラル的な課題の優先度は下になってしまう。
リベラルは端的に言うと権力の強大化を防ぎ、社会的弱者を守ることが使命となっているが、後者はそもそも国が豊かでないとできない。
国全体がしっかり稼いでいるからその稼いだ分を弱者に分配できるのであって、原資がないのにやろうとすれば当然反発を食らう。
今は経済を立て直すフェイズであって、そうしたときにリベラルの人たちにとってもリベラル的な課題を後回しと考えるべき。
なので、
①リベラル的課題はもう7割8割解決してしまっていて、これ以上を目指すのは費用対効果が合わないこと
②日本にはもう分配をする原資がないので、経済立て直しがリベラル的課題より優先されること
の2点から、リベラル自体が不要であるという肌感を一般無党派層が持っているのではなかろうか。
これが中道(旧立憲)のみならず共産党、社民、れいわが惨敗した真相だと思う。
このリベラルに対する現状の理解をベースに、次は中道(立憲)について考えてみたい。
上記の理解を前提に置くと、立憲が中道よりにポジションチェンジしようとしたのは非常に理にかなっているなと。
(まあネーミングセンスとかアピールの仕方とか党内運営の問題とか色々な粗があったけど、それについてはここでは触れない。)
今後どうなるかはわからないが、優先度が低い多くのリベラル的な課題を捨てて、ほとんど権力監視の党として振り切るのもありかもと思った。
普段の仕事もほとんど今まで通りで、自民党のありとあらゆるスキャンダルを追求しまくるという役割だ。
という立ち位置で、与党(=自民党)が支持率高いときは30議席くらい、自民党がダメダメなときに100議席取ると。
つまり自民党がダメになったときにNOを突きつけるための受け入れ口として有権者に捉えてもらう道だ。
実際石破茂時代の衆議院議員総選挙がまさにそういった役割で、150議席獲得している。
そこから今回の選挙結果の落差を考えたときに、当時投票した人はリベラル思想を持った立憲支持者ではなく、アンチ自民となっただけの人たちが立憲への投票行動を行ったのではないかと考えられる。
政権批判じゃなくて政策提案したほうがいいという意見も多くみられたけど、政権批判自体は明らかに必要かと。
批判がよくない風潮になった原因は質が悪い批判が多すぎたから。
一方で完全に解決したわけではない裏金問題などは当然批判し追求すべき。こっちの批判は自分たちも不記載やってるじゃんで負けてしまったけど、、、
野党としてあるべき党内ガバナンスルールを制定、運用してそのうえで批判すべきだったね。
それに正直政策提案での選挙戦は差別化しにくいことが今回もわかったんじゃないかなと思う。
中道はアンチ自民党という確固たる軸で戦える批判カードを次回の選挙まで集めてもらって。
それが全く見つからないなら今回の自民党がいい政権っていうことだし。
結論、中道について言いたかったことは、世間の捉え方とは違って、立憲が中道よりにポジションチェンジするのは全然ありじゃないか?ということ。
そのうえで期待するのは政権批判の質をあげること。
自民党議員の特ダネを探し回り、かつ自分たちは清廉潔白を証明できるような党内ガバナンスを利かすことだね。
→ 世界の工場の一部を中国から奪いつつあるから、より先進国が安い労働力を求めた結果、1人あたりのGDPが横並びになった
なんでマレーシア・インドネシア・フィリピンなどは1人あたりGDPが多いのか
→ これらの国は川の恩恵があり、稲作で十分食えたから「海に出る必要があまりなかった」。よって先に発展したが、近代においては送れることになった
じゃあ中国はなんで先行した?
→ 中国も川に支えられた国家だが、地形上、川から海に出やすかった。一方でインド〜ベトナムの方は川から海に出にくい地形になっている
はえ〜
まあ正しいかは知らんけど
ここらへん、日本語Youtubeであまり触れられてない気がするな
もはや、面白ければなんでもいい勢力が、みんなで赤信号渡れば怖くない精神で自由気ままに肖像権も著作権も侵害しまくるのが当たり前。
取り締まる方法もなければ、取り締まっても追いつかんだろうし無法地帯や。
Bytedanceみたいにモデルを出されたら拡散は止まらん。
俺はインターネットにはあまり投稿しないってスタンスも保とうと思うが、特になんの意味ないやろな。俺みたいなやつは珍しいやろ。
今後は、コンテンツを発表する企業のブランド名が大切になっていくんかな?
ジャンプとか任天堂ってブランド名がつくと、AI使ってるって言ってもオリジナリティあるものを期待できるし。
いいですね、構造分解いきましょう。
「私の夫tueee」は単に“助けに来る”だけでは弱い。
---
2. 敵の登場と優位性の誇示
4. 決定的危機
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## ①平穏(落差を作るための地面作り)
###目的
・夫の不在を自然にする
ヒロインだけが“夫の本当の恐ろしさを知らない”とより美味しい。
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## ② 敵の登場と優位性の誇示
###目的
・敵の強さを見せる
* 高位貴族
*王族の縁者
* 有力商会
*聖職者
こと。
これで一旦、読者の不安を最大化する。
---
###目的
・守られたい感情を最大化
ここが超重要。
---
## ④ 決定的危機(絶体絶命)
###目的
・読者のストレス最大化
・次のカタルシスの準備
「恐怖」よりも
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ここが「私の夫tueee」の核心。
例:
「——私の妻に、何か?」
1. 敵が“初めて”怯える
2. 周囲がざわつく
3.ヒロインは驚きつつ安堵
4. 夫は怒っているが冷静
---
###目的
・溜めたストレスの回収
###パターン
ここでやるべきことは
例:
---
# ■ 「私の夫tueee」を成功させる3条件
## ① 夫は“常にヒロイン側”
迷いがない。
疑わない。
これが安心の源泉。
---
## ②ヒロインは“守られるだけではない”
完全被害者にすると弱い。
---
## ③ 敵はちゃんと嫌われるように作る
ここは遠慮しない方がいい。
---
# ■ 失敗例
「俺tueee」との違いは、
---
### ②ヒロインが初めて“夫の恐ろしさ”を知る
「……ああ、この人は、本当に世界を動かせる人なんだ」
---
もしよければ聞きたい。
どの方向に掘ります?
https://x.com/graduate_rpg48/status/2022305334841483368
途中まで面白く読んでたけど、出産費用145万円って出てきてそっ閉じ
ひえー
145万円
145万円あれば俺は2年ぐらい無職でも生きられる
こんなにかかるんだ
少子化になるの当たり前だろ
高すぎ
こわっぴこわっぴこわっぴ
○ご飯
○調子
むきゅーはややー。おしごとはそれなりー。
喉が痛い痛いなのだった。
・隣の小副川
呼子のバトル。
召喚術師の弱点は接近戦と思いきや、という能力ものあるあると、筋トレをしてた前振りが効いてて面白かった。
まあちょっと呪術で見たやつだ感があったのは、アニメ化の前に読み返してたから仕方ない。
プロレスラーは肉体だけでなく、精神も鍛えられているのだ! というプロレス賛美から始まる新連載。
肉体的にタフなだけでなく、精神性も高潔で他人を慮れる立派な主人公がすごく好感を持てた。
嫌味なところがない真っ直ぐな漫画でイイね。
一気読み必至のノンフィクション『告発 裏金――自民党を壊した男たち』発売決定! | 株式会社新潮社のプレスリリース
自民党ウォッチャーのワイ氏、くっそ面白そうな本が出てたことに今頃気付く。
木曜の夜、僕は渋谷のマークシティの横のエスカレーターに立っていて、上に行く人たちの後頭部を見ていた。みんなどこかに行くところがあって、誰かに会う予定があって、それが当然みたいな顔をしている。僕にはこの後の予定がない。さっきまで打ち合わせだった。クライアントじゃない、業務委託のデザイナーとの打ち合わせで、サイトのワイヤーフレームの修正点を詰めていた。二十二歳同士の打ち合わせ。たぶん外から見たら、意識の高い大学生が何かやってるな、くらいのものだ。くらいのものだ、ということを自分でわかっているということが、たぶん僕の一番の問題だと思う。
自分の話をする。
僕は今、大学の四年生で、二年の終わりくらいからウェブのマーケティング的なことを仕事にしている。会社を作ったと言えば聞こえはいいけれど、実態はフリーランスに毛が生えたくらいのもので、オフィスはなくて、自宅の六畳の部屋が全部だ。クライアントは十二社。小さいところばかりだけれど、毎月の売上はまあ、大学生にしてはあるらしい。「大学生にしては」。この留保がつく限り、僕はまだ何者でもない。
この言葉を言われるたびに、笑顔で「いやいや全然です」と返しながら、胃の底がかすかに冷たくなるのを感じる。大学生にしては。大学生にしては。その「しては」を取ったら、僕に何が残るんだろう。
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インターン先の話をする。大学三年のとき、半年だけ、あるスタートアップでインターンをしていた。もう辞めてしまったけど、あそこで僕は初めて、本物の優秀さというものを見た。
先輩の川島さんは二十六歳だった。東大の院を出て、新卒でそのスタートアップに入って、マーケの責任者をやっていた。川島さんは、僕が二時間かけて作った広告のレポートを見て、三十秒くらい黙って、それから「ここの因果、逆じゃない?」と言った。僕は二時間かけて間違った方向に全力で走っていたのだ。川島さんはそれを三十秒で見抜いた。
三十秒。
僕は自分の二時間と川島さんの三十秒を天秤にかけて、その傾きの角度に目眩がした。
川島さんだけじゃなかった。もう一人、営業の柴田さんという人がいた。二十八歳。この人はマーケのことなんか何にも知らない。でも柴田さんがクライアントと電話しているのを横で聞いていると、声のトーンが変わる瞬間がわかる。相手の声が、硬いのから柔らかいのに変わる。それは技術じゃなかった。人間の、もっと根っこのところにある何かだった。
僕にはあれがない。
あれが何なのかすら、正確にはわからない。わからないということが、つまり僕にはない、ということだ。
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ここで白状しなければならないことがある。
中学のとき、僕はいじめられていた。いじめ、という言葉を使うと何か大げさなものを想像されるかもしれないけれど、そんな劇的なものじゃなかった。殴られたわけでも、金を取られたわけでもない。ただ、存在を透明にされた。グループワークで僕の意見は聞かれない。昼休みに話しかけても目を合わせてもらえない。LINEのグループに入れてもらえない。文化祭の班決めで余る。修学旅行の部屋割りで余る。「余る」。僕の中学時代はこの一語に集約される。
いじめっ子たちは別に悪い奴らじゃなかった、と今は思う。ただ、僕がつまらなかったのだ。面白くなくて、運動もできなくて、顔もよくなくて、声も小さくて、一緒にいて得るものが何もない人間。それが中学時代の僕で、たぶん、客観的に見ればそれは正当な評価だった。正当な評価だったということが、余計にたちが悪い。理不尽に虐げられたのなら怒れる。でも正当に無視されたとき、人はどこに怒りを向ければいいのだろう。
僕はそれを自分に向けた。
高校に入って、僕は変わろうとした。プログラミングを覚えた。ウェブのことを勉強した。ビジネス書を読んだ。大学に入って、すぐにインターンを始めた。自分の会社を作った。それは全部、中学の教室で透明だった自分への復讐だった。お前らが僕を無視している間に、僕はお前らの知らない場所で、お前らの知らないことを身につける。そしていつか、お前らが想像もしない場所に立つ。
復讐。そう、復讐だった。動機としては不純かもしれないけれど、僕を動かしていたのは確かにそれだった。
川島さんや柴田さんのような人間を見てしまったから。僕が中学の教室の透明な存在から脱出するために必死に積み上げてきたものの全部が、彼らの前では、ほとんど何でもないということを、知ってしまったから。
同世代で見れば、僕はたぶん上の方にいる。大学生で自分の会社を持っていて、クライアントが十二社いて、マーケのことはそれなりにわかる。合コンがあれば(行ったことはないけれど)「すごいね」と言われるプロフィールだと思う。
でもそれは同世代の話だ。同世代のトップなんて、トップでも何でもない。ちょっと世代を上にずらせば、僕みたいなやつなんかいくらでもいる。いくらでもいるどころか、僕よりはるかに速く、はるかに深く、はるかに遠くまで行っている人たちが、ごろごろいる。そしてその人たちは、僕が必死にやっていることを、息をするようにやっている。
オンリーワンでなければ意味がない、と言ったら大袈裟かもしれない。でも、「大学生にしてはすごいね」の「しては」がいつか取れる日が来るのか、僕にはわからない。来ないかもしれない。一生「しては」付きの人間として、そこそこの場所で、そこそこに生きていくのかもしれない。
そう思うと、怖い。
今の自分に満足してしまいそうになることが、怖い。「まあ、大学生にしてはやってる方じゃん」と自分に言い聞かせて、その「しては」の中に安住してしまいそうになることが、本当に怖い。こんなところで満足していたら、僕は永遠に川島さんには追いつけない。満足するな、と自分に言い聞かせる。もっとやれ。もっと上に行け。もっと。
もっと。
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でも。
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でも、と僕は思う。
木曜の夜の渋谷のエスカレーターの上で、どこにも行く予定のない自分の足元を見ながら、僕は思う。
僕は、楽しんだことがあるだろうか。
人生を。
中学のとき、透明だった。高校のとき、復讐の準備をしていた。大学に入って、ビジネスを始めた。二十二年間の中に、純粋に「楽しい」と思った時間が、どれくらいあっただろう。
友達と夜通しくだらない話をしたこと。ない。というか、夜通し話せるような友達が、いない。彼女と手を繋いで歩いたこと。ない。当然ない。二十二年間、一度もない。
二十二年間、一度も、誰の手も握ったことがない。
旅行に行ったこと。ほとんどない。行ったとしても、移動中にSlackを見ている。映画を最後まで集中して観たこと。思い出せない。たぶんある。でも何を観たか思い出せない程度の体験しかしていない。
Twitterを開けば、同い年のやつらがサークルの合宿で海に行ってたり、学園祭で何かやってたり、彼女の誕生日を祝ってたりする。インスタを開けば、もっとだ。僕がワイヤーフレームの修正点を詰めている木曜の夜に、誰かは誰かとイルミネーションを見に行っている。
僕はそれを、ずっと、「そんなことしてる場合じゃない」と思って切り捨ててきた。川島さんに追いつかなきゃいけない。もっと仕事をしなきゃいけない。もっとスキルを上げなきゃいけない。遊んでる暇なんかない。
でも最近、夜中にベッドの中で、天井を見ながら、こう思うことがある。
僕は、「もういい」と思えるほど、生きていない。
もういいや、仕事に集中しよう。そう言い切れるほど、僕は人生を味わっていない。楽しんでいない。何も楽しんでいないのに、何かに集中しようとしている。空っぽの器を火にかけているようなものだ。中身がないまま熱し続けたら、器が割れる。
友達の作り方がわからない。二十二歳にもなって。恋人の作り方はもっとわからない。そもそも誰かと親しくなるということの手順が、僕の中にインストールされていない。中学で透明にされた三年間の間に、みんなが自然と身につけたはずの何かが、僕には欠落している。
だから僕は仕事をする。仕事なら、手順がある。クライアントの課題を聞いて、分析して、施策を考えて、実行して、数字で結果を出す。そこには人間関係の不確定性がない。数字は僕を透明にしない。数字は僕を無視しない。
でもそれは、逃げなんじゃないだろうか。
わからない。
もっと上を目指さなきゃいけないのに、同時に、もっと今を楽しまなきゃいけない気がする。でも上を目指すことと今を楽しむことは両立しない気がする。でもどっちも諦められない。でもどっちも中途半端になってる。上を目指すには全然足りていないし、楽しむなんてそもそもできていない。どっちつかずの二十二歳が、渋谷のエスカレーターの上で立ち止まっている。
ワークライフバランス、という言葉がある。あれは、ワークとライフの両方がある人間のための言葉だ。僕にはワークしかない。いや、ワークすら中途半端だ。ライフに至っては存在しない。バランスを取る以前の問題だ。存在しないものの天秤をどう釣り合わせろというのか。
こんなことで悩んでいる自分が恥ずかしい。川島さんはたぶん、こんなことでは悩まない。川島さんには友達がいて、恋人がいるかは知らないけれど、少なくとも飲みに行く相手がいて、人間としてのベースがちゃんとある上で、あの恐ろしい優秀さを発揮している。土台がある。僕には土台がない。砂の上に家を建てているようなもので、いつ崩れてもおかしくない。
おかしくない、と思いながら、それでも僕は今日も家を建て続けている。他にやり方を知らないから。
---
金曜の朝。
特に何があったわけでもない朝だった。
僕はいつも通り六時半に起きて、いつも通り白湯を飲んで(コーヒーは胃が荒れるからやめた、二十二歳で胃を心配している自分がちょっと情けない)、いつも通りMacBookを開いた。
メールを確認する。Slackを確認する。クライアントからの返信をいくつか処理する。そのうちの一件が、先月から手がけていた案件のレポートへの反応だった。
小さなオンラインショップをやっている人で、三十代の女性で、自分でアクセサリーを作って売っている。月商は二十万くらい。僕がやったのは、広告の設計と、LPの改善と、SNSの運用方針を整理することだった。
「先月お願いした施策を始めてから、はじめてSNS経由で知らない方からの注文がありました。すごく嬉しかったです。今まで友人や知人にしか買ってもらえなかったので。本当にありがとうございます」
僕はそのメールを読んだ。
二回読んだ。
三回読んだ。
そして、自分でもよくわからないのだけど、目の奥がじんとした。
「はじめて知らない方からの注文がありました」。
それだけのことだ。たった一件の注文だ。川島さんなら、こんな規模の案件はやらないだろう。やる必要がない。川島さんは何千万、何億という広告予算を動かしている。僕がやっていることは、それに比べたら、本当に小さい。
でも、あのアクセサリーを作っている人にとっては、知らない誰かが自分の作品を見つけてくれたことは、たぶん、小さくなかった。
僕がやった仕事は、完璧じゃなかったと思う。川島さんなら、もっとうまくやれた。もっと効率よく、もっと的確に、もっと大きな成果を出せた。でも川島さんはあの案件をやらない。月商二十万のオンラインショップの広告なんか、川島さんの世界には存在しない。
僕はなんでもやだ。
マーケもやるし、広告もやるし、SNSもやるし、たまにデザインの方向性も考えるし、クライアントの愚痴も聞くし、請求書も自分で発行する。専門性がない、と言われたらそれまでだ。川島さんのようにマーケティングの深い専門性があるわけでもなく、柴田さんのように人の心を一瞬で掴む力があるわけでもない。僕は何でもそこそこにできて、何一つ突出していない。なんでもや。便利で、代替可能で、オンリーワンとは程遠い存在。
でも。
あのメールを三回読んだ朝、僕は思った。
なんでもやの僕でしか、届けられなかったものが、もしかしたら、あったのかもしれない。
月商二十万のアクセサリーショップに、真剣に向き合えるのは、たぶん僕みたいな人間だ。大きすぎず、小さすぎず、どこにも分類されない、中途半端な場所にいる人間。上から見下ろすでもなく、同じ場所に立って、一緒に考える。それは才能じゃない。たぶん、境遇だ。僕が中途半端だから、中途半端な場所にいる人たちの気持ちがわかる。わかるというか、少なくとも、わかろうとすることができる。
それは川島さんには、たぶん、できない。できないというか、する必要がない。川島さんにはもっと大きな仕事がある。
僕にはこの仕事がある。
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これが何かの答えだとは思わない。
川島さんとの距離は縮まっていないし、彼女はまだいないし、友達も増えていないし、人生は相変わらず楽しくない。木曜の夜に渋谷のエスカレーターで一人で立っている二十二歳は、金曜の朝になっても、やっぱり一人で六畳の部屋にいる二十二歳だ。
ワークの問題は解決していない。もっともっと上に行かなきゃいけない。もっと勉強しなきゃいけない。川島さんの三十秒に、いつか追いつかなきゃいけない。追いつけるかはわからない。たぶん、追いつけない。でも追いかけることをやめたら、中学の教室の透明な僕に戻ってしまう。
ライフの問題はもっと解決していない。二十二歳の、今しかない時間が、砂時計の砂みたいにさらさら落ちていっている。大学を出たら、もう「大学生」という猶予は終わる。社会人になったら、きっともっと時間がなくなる。今のうちにもっと楽しまなきゃいけないのに、楽しみ方を知らない。楽しみ方を学ぶ時間を、仕事に使ってしまう。仕事に使ってしまうことに罪悪感を覚える。罪悪感を覚える自分に対してまた恥じる。恥じている時間がまた過ぎていく。
全部、中途半端だ。
全部が中途半端で、その中途半端さを直視できるくらいには頭が回って、でも直視したところで何も変えられないくらいには無力で、その無力さすら誰にも言えないくらいには意地を張っていて、意地を張っている自分がまた恥ずかしい。
娘の進学について、もし自分と似た所があったら何を助言できるかなぁと考えて過去を整理したので、ここに書き留めておくことにする。
中学受験コースに通い四科目の勉強を始めた。途中から社会の勉強がつまらなくて(楽しんで覚えられなくて)、二科目コースに移った。すると受けられる学校の幅が狭くなり、その中には強く行きたいと思う学校も無かったので、嫌になって中学受験コースから学校のサポートコースみたいなコースに編入した。
サポートコースは受験コースと比べると当然易しい内容で、簡単すぎると感じることもあった。
中学に上がると流石に高校受験を目指すコースになったが、そこでは上位クラスをキープできた。小学校の頃の助走があったこと、最初から三科目で行くと割り切っていたことも大きかったと思う。五科目で理科社会をやっていたら潰れていたか、結果的に総合的な偏差値を下げていたと思う。(社会は相変わらず覚えられなかったので……)
夏期講習や夜遅くまでの授業、正月特訓などを経て、無事に高校受験には成功した。
さすがに塾に通うことにはうんざりしていたので、絶対に予備校なんて行かない、大学の付属校に行くぞという気持ちで付属校ばかりを受けまくり、五校のうち四校に合格した。
高校ではその後、色々な点で苦しみながらも、友達や趣味に恵まれそれなりによい思い出を持った状態で卒業することができた。
苦しみについて補足すると、学校の授業で学び、家で宿題をするという当たり前の習慣に馴染めなかった。要するに勉強するモチベーションが沸かなかった。鬱に近い状態であったと思う。
勉強しなくてもちゃんと成績が取れる、という世界線を望んでいたのだと思われる。しかし自分はそのような天才ではなかったので、普通に悪い点を取ってはしょげてた。
それを認識した上でも、まだ勉強することに面白みを見いだせない時期が続いた。勉強は苦しみであった。もしも、目的意識がある、学問領域としての面白さに気付く、得意な科目で無双する、楽しんで競争する、といったことが出来ていたら、また違ったのかもなぁと思う。
そういう意味では情報の授業では割と無双してHTMLやJavaをやっていたかもしれない。
あとは、試験勉強を友達と学校やファミレスでやるというのも、楽しかったな。それに、そこで救われていたとも思う。
その反省も踏まえ、エスカレーターで進学した大学ではこの勉強が次にどう繋がっていくか、ということを少しは考えていたと思う。
B1は学部内で学科が分かれずに、B2で振り分けがあるタイプだったので、行きたい学科に行くためにはよい成績を取らなければならない、しかもこの学習はB2の基礎になるはずだ……とまでは考えたのかは覚えていないが、それなりに頑張ったと思う。
学科への振り分けも決まると、ようやく勉強と職業との繋がりが見えるようになってきて、学んでおきたいというモチベーションは増えた。またB3では研究室配属があるため、行きたい人気の研究室に入るためには良い成績を取らないとなぁという観点でも、諦めたりすることは無かった。
また、サークルに参加したのも良かったし、普段から内部進学の友達やB1でクラスが一緒だった友達とつるんでいたのも良かった。サークル活動に励んだり、喋ったりご飯を食べたりするのは楽しかったし、必然的に情報交換をして、頑張ろ〜なのかやんなきゃ〜なのか分からないけど、勉強のモチベーションになっていたのかもしれない。
サークル活動が専攻の内容ともリンクしていたことも価値があったと思う。これってどういうことだ?という疑問がサークル活動の遊びの中から生じて、別に宿題でも何でもないけど図書館に行って調べたり、活動の成果物を作るためにあれこれやったりしていた。
この頃は結構成績も良くなってきて、専門科目は一部を除いて良くできていた気がする。
そんなこんなで気になっていた研究室にも入ることが出来て、やりたい分野の企業にも就職することができた。今の仕事にも満足している。
勉強の苦い経験というのは、成長しているということであり、多かれ少なかれ苦しむことになると思う。その時に折れないで頑張れるかどうかは、自分の経験では目的意識と交友関係が大事だったのだと思う。
娘には、色々な事に興味を持てるといいね、仲間と一緒に遊んだり勉強したり色々やれるといいね、という方向性を提示していきたい。
お互い特に支持政党はないが、政治関連のニュースについて話すことが多い。
真面目に政治について話すこともあるし、タマキンの不倫のような、下らない政治家のゴシップで盛り上がることもある。
選挙があったら選挙関連のニュースは見るし、開票速報も夫婦一緒に絶対見る。あれは良い酒の肴だ。あーだこーだ言いながら楽しむのだ。
そんな我々夫婦だが、今回の衆院選の投票日数日前あたりからたまたま、子ども関係のことなど、家庭内のストレスが増大し、お互いにギクシャクして、喧嘩とまではいかないが冷戦状態、不仲な感じになっていた。何も話さないわけではないが、必要事項の伝達しか行わないモードに入った。
投票日当日、配偶者はいつもと変わらず開票速報を見ていたが、何となく距離を置きたかった私は、開票速報を見ずに寝室に行って先に寝た。そんなことは結婚して以来初めてである。
投票日翌日も、その翌日も、自民党の歴史的大勝など、語れる話題がたくさんあったのに、私たちは一切政治の話をしなかった。こんなことは異常事態だ。
何だか面白くなってきた私は、相手から切り出されるまで政治の話を一切しないと決めた。話したいことはたくさんあったが、我慢我慢。話さないと決めたら、意外と話さずにいけるものだ。
そんな我慢を続けていたが、ついに昨日、配偶者から、政治の話題を切り出された。
思えば、一昨日ぐらいから、少しずつ仲直り?な感じになってきていたな。
今回の選挙で初めて分かったが、政治の話をするかどうかが、私達の夫婦仲のバロメーターになっているらしい。
高市さん、気付かせてくれてアリガト★
じゃあ聞くけど死にそうなくらい面白いって意味じゃないの?やばい!面白すぎて死にそう!って毎回言えばいいのかな?そもそも死にそうっていう言葉選びが嫌??じゃあ息出来ないだったらいい?こういう人ってなんて表現したら許してくれるのか気になる。多分どの言葉でもしぬwwwとは微妙にニュアンス変わると思うこういう人って「死ぬ気で頑張る」とかもダメなのかな?それはダメじゃないなら「〜でしぬ」と何が違うのか分からない
上司に向かって死ぬWWWとか言うつもりは無いけど、こういう少しだけのことにグチグチ言ってる奴がいちばん嫌い
めんどくさい
※すべて同じ投稿へのレス。逆鱗に触れたらしく延々レスし続けている
https://anond.hatelabo.jp/20260123082800#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260123084120#
全力だと思ってるの楽観視きつくて草
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260123160348#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260124185127#
アンチ 気絶中!w dorawiiより
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260124212217#
こちら午後九時現在、アンチがまだ気絶中!w dorawiiより
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260126020258#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260126040252#
うっひょっひょっひょ〜❤️
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260125213408#
※すべて同じ投稿へのレス。逆鱗に触れたらしく延々レスし続けている
https://anond.hatelabo.jp/20260123082800#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260123084120#
全力だと思ってるの楽観視きつくて草
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260123160348#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260124185127#
アンチ 気絶中!w dorawiiより
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260124212217#
こちら午後九時現在、アンチがまだ気絶中!w dorawiiより
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260126020258#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260126040252#
うっひょっひょっひょ〜❤️
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260125213408#
面白かった
でも評論家気取りであれこれ言う自分が嫌いなので(大した語彙もないし)てきとーな感想をかく
先月ステイサムのワーキングマン見たけどおもんなかったが、この映画は面白くて良かった
なんか話の流れがスムーズで無理な展開とかツッコミなくて良かった
でも、f◯ckがいっぱい聞けて助かった
なんかあんまり感想出すとそれしか考えられないからやめようかな。まあネットの海に流すくらいいいか
ギリギリおっばいは出てしまった。pornhubみたいなサイトでボロンしてた
カーチェイスの印象はそんなになかった
ラブコメだった
またこの世から初見の面白い映画が無くなったと思うと悲しいと思うくらい面白かった
最初のヨガのアナウンスは何?ヨガがテーマ?ヒーリング?マインドフルネス?この映画のテーマはヨガ
色々混ざってたのにすっかり頭に入ってきてすごかった
『バクマン。』新人漫画家達でゴチャゴチャ漫画談義している時が滅茶苦茶面白く、その他大多数が洒落臭さで出来ているので、その洒落臭さを的確に摘出した実写版が至高なんだけど、あまりに的確すぎるあまり実写版は原作のアンチなんじゃないか?と逆に思えてくる