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はてなキーワード:運用とは

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2026-02-14

中道改革連合立憲民主党政策がっかりした

選挙大事なのってまずは政策だと思う。中道改革連合立憲民主党)は政策そもそもだめだと思う。

 

個人的には経済政策が一番気になっていて、今回の中道改革連合で一番強調されていたのはジャパンファンド好調GPIF運用を見習って、ファンド運用をするらしい。気になって調べてみたけど、中身が変だった。

 

GPIF運用についておさら

GPIF運用日本株式1/4、外国株式1/4、日本債券1/4、外国債券1/4。株式比率50%と高く、短期的には損する年もあるけど、長期的には大きな収益を出している。株式運用ほとんどインデックス運用

 

想定されるリターンは、賃金上昇率+1.9%となっている。今後の物価上昇率2%、賃金上昇率3%とすると、ひとまず4.9%と考えておいたら良いと思う。

 

ジャパンファンド(仮)って何?

そもそも中道改革連合立憲民主党のページには、ジャパンファンドの詳細は何も書いていない。あまりにも寂しい。

まとめた図が公明党サイトに載っていた。

https://www.komei.or.jp/km/oishi-noriko-shisui/wp-content/blogs.dir/4925/files/2025/12/sns_tmp_78635_0046223001764800701.jpg

 

GPIFノウハウプロ運用者を結集資金は、GPIF外為特会、日銀保有ETFなどをまとめて運用GPIFの実績が3.99%で、GPIFの求められるリターン1.9%との差の2%を他のことに使う。500兆円規模なら2%で10兆円、その半分として5兆円も使える。

 

疑問1:運用プロだと儲かるという発想

株式インデックス運用を超える運用なんてまず無理だし、GPIF運用実態も実績値もインデックス運用の結果とほぼ同じ。GPIF運用実態をわかってなさそう。

 

疑問2:引き算がおかし

3.99 - 1.9 = 2%ってなにそれ?実績の3.99%はいいとして、求められるリターンは賃金上昇率より1.9%高いことだよ。賃金が上がらないなら1.9をそのまま使ったらいいけど、物価上昇が定着している現在賃金上昇を無視して計算するのはおかしい。何も考えてなさそう。

 

疑問3:GPIFから2%奪うのはおかし

GPIF運用利益を2%もらう予定のようで、びっくりした。そんなことをしたら年金財政悪化するだけで何の解決にもなってない。

 

そもそも良いリターンの年があっても運用が悪い年もある。長期的に見たら運用がうまくいっているだけの話。実際マイナスリターンの年もあったし、そんな年はお金もらえないけどどうするの?

 

疑問4:日銀保有ETFGPIFスタイル運用はできない

日銀日本ETFを購入したのは不況をなんとかするための異次元緩和で無理やり行ったこと。ETFを売れば基本的になくなるお金日銀ETFの売却が始まったけど、そのお金ファンド運用には使えない。

 

疑問5:外為特会のお金GPIFスタイル運用はできない

あれってドルなどの外国お金で持っておくことに価値があって、必要があればすぐに使えることが必要。長期運用できるお金ではない。なので株式運用もできないし、そもそも円に変えて国内資産を買うこともできない。

 

立憲民主党さらに変なことを言ってる

立憲民主党の最新の政策である政策集2025を見ると、

年金積立金の運用被保険者利益、確実性を考慮し、運用割合が倍増された株への投資を減らします。」

立憲民主党政策集2025:https://cdp-japan.jp/visions/policies2025/21

 

被保険者利益を考えたら、GPIF株式比率を減らすことにはならないでしょう。株式リスクを取って利益を確保しているって基本を理解してなさそう。

 

日銀保有するETFは、簿価政府移管した上で、その分配金収入と売却益を、子育て支援策等の財源に充当します。」

こんな事も書いてあったけど、勝手にそんな横取りはできないでしょう。

 

これ以外にも色々と変な内容が多い。言い出すときりがないのでIT政策から1つだけ。

  

私には具体的に何に投資をするのかわからなかったけどどみんなはわかる?

「6Gの時代には、国籍、障がいなどに関わりなく、どんな言語圏の言葉でも母国語翻訳し、円滑にコミュニケーションできる社会を見据えて、ユニバーサルコミュニケーションデザインする国内ICT産業に対して積極的投資を行い、言語圏を超えたマーケットシェアの獲得を目指すと同時に、言語・障がいの壁をなくすことで国民生活を便利にします。」

https://cdp-japan.jp/visions/policies2025/03

 

この政策で、新代表大丈夫

新代表のリハックの出演回などの動画を見たけど、熱意はすごくある、話は長い、根拠データはない、まとまりがない、話す内容がうすいと思った。今後、大丈夫かな。不安になった。

Permalink |記事への反応(0) | 19:53

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anond:20260214144525

国防軍審判所を置く。」も地味に怖いんだよね

絶対恣意的運用されるやつじゃん

Permalink |記事への反応(0) | 15:04

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anond:20260213154834

さんざん解釈改憲してきた連中だから、穏当な文章改憲した後にその上から過激解釈改憲してきそうだから、もう今の憲法をいじり倒す方式運用する方が健全なのではと思う

Permalink |記事への反応(0) | 11:04

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なんでもや

木曜の夜、僕は渋谷マークシティの横のエスカレーターに立っていて、上に行く人たちの後頭部を見ていた。みんなどこかに行くところがあって、誰かに会う予定があって、それが当然みたいな顔をしている。僕にはこの後の予定がない。さっきまで打ち合わせだった。クライアントじゃない、業務委託デザイナーとの打ち合わせで、サイトワイヤーフレーム修正点を詰めていた。二十二歳同士の打ち合わせ。たぶん外から見たら、意識の高い大学生が何かやってるな、くらいのものだ。くらいのものだ、ということを自分でわかっているということが、たぶん僕の一番の問題だと思う。

自分の話をする。

僕は今、大学四年生で、二年の終わりくらいかウェブマーケティング的なことを仕事にしている。会社を作ったと言えば聞こえはいいけれど、実態フリーランスに毛が生えたくらいのもので、オフィスはなくて、自宅の六畳の部屋が全部だ。クライアント十二社。小さいところばかりだけれど、毎月の売上はまあ、大学生にしてはあるらしい。「大学生にしては」。この留保がつく限り、僕はまだ何者でもない。

大学生にしてはすごいね

この言葉を言われるたびに、笑顔で「いやいや全然です」と返しながら、胃の底がかすかに冷たくなるのを感じる。大学生にしては。大学生にしては。その「しては」を取ったら、僕に何が残るんだろう。

---

インターン先の話をする。大学三年のとき半年だけ、あるスタートアップインターンをしていた。もう辞めてしまったけど、あそこで僕は初めて、本物の優秀さというものを見た。

先輩の川島さんは二十六歳だった。東大の院を出て、新卒でそのスタートアップに入って、マーケ責任者をやっていた。川島さんは、僕が二時間かけて作った広告レポートを見て、三十秒くらい黙って、それから「ここの因果、逆じゃない?」と言った。僕は二時間かけて間違った方向に全力で走っていたのだ。川島さんはそれを三十秒で見抜いた。

三十秒。

僕は自分の二時間川島さんの三十秒を天秤にかけて、その傾きの角度に目眩がした。

川島さんだけじゃなかった。もう一人、営業柴田さんという人がいた。二十八歳。この人はマーケことなんか何にも知らない。でも柴田さんがクライアント電話しているのを横で聞いていると、声のトーンが変わる瞬間がわかる。相手の声が、硬いのから柔らかいのに変わる。それは技術じゃなかった。人間の、もっと根っこのところにある何かだった。

僕にはあれがない。

あれが何なのかすら、正確にはわからない。わからないということが、つまり僕にはない、ということだ。

---

ここで白状しなければならないことがある。

僕がビジネスを始めたのは、見返したかたからだ。

中学とき、僕はいじめられていた。いじめ、という言葉を使うと何か大げさなもの想像されるかもしれないけれど、そんな劇的なものじゃなかった。殴られたわけでも、金を取られたわけでもない。ただ、存在を透明にされた。グループワークで僕の意見は聞かれない。昼休みに話しかけても目を合わせてもらえない。LINEグループに入れてもらえない。文化祭の班決めで余る。修学旅行の部屋割りで余る。「余る」。僕の中学時代はこの一語に集約される。

いじめっ子たちは別に悪い奴らじゃなかった、と今は思う。ただ、僕がつまらなかったのだ。面白くなくて、運動もできなくて、顔もよくなくて、声も小さくて、一緒にいて得るものが何もない人間。それが中学時代の僕で、たぶん、客観的に見ればそれは正当な評価だった。正当な評価だったということが、余計にたちが悪い。理不尽に虐げられたのなら怒れる。でも正当に無視されたとき、人はどこに怒りを向ければいいのだろう。

僕はそれを自分に向けた。

高校に入って、僕は変わろうとした。プログラミングを覚えた。ウェブのことを勉強した。ビジネス書を読んだ。大学に入って、すぐにインターンを始めた。自分会社を作った。それは全部、中学教室で透明だった自分への復讐だった。お前らが僕を無視している間に、僕はお前らの知らない場所で、お前らの知らないことを身につける。そしていつか、お前らが想像もしない場所に立つ。

復讐。そう、復讐だった。動機としては不純かもしれないけれど、僕を動かしていたのは確かにそれだった。

でも最近、その復讐の燃料が、切れかけている。

なぜなら、上を見てしまたから。

川島さんや柴田さんのような人間を見てしまたから。僕が中学教室透明な存在から脱出するために必死に積み上げてきたものの全部が、彼らの前では、ほとんど何でもないということを、知ってしまたから。

世代で見れば、僕はたぶん上の方にいる。大学生自分会社を持っていて、クライアント十二社いて、マーケのことはそれなりにわかる。合コンがあれば(行ったことはないけれど)「すごいね」と言われるプロフィールだと思う。

でもそれは同世代の話だ。同世代トップなんて、トップでも何でもない。ちょっと世代を上にずらせば、僕みたいなやつなんかいくらでもいる。いくらでもいるどころか、僕よりはるかに速く、はるかに深く、はるかに遠くまで行っている人たちが、ごろごろいる。そしてその人たちは、僕が必死にやっていることを、息をするようにやっている。

オンリーワンでなければ意味がない、と言ったら大袈裟かもしれない。でも、「大学生にしてはすごいね」の「しては」がいつか取れる日が来るのか、僕にはわからない。来ないかもしれない。一生「しては」付きの人間として、そこそこの場所で、そこそこに生きていくのかもしれない。

そう思うと、怖い。

今の自分に満足してしまいそうになることが、怖い。「まあ、大学生にしてはやってる方じゃん」と自分に言い聞かせて、その「しては」の中に安住してしまいそうになることが、本当に怖い。こんなところで満足していたら、僕は永遠に川島さんには追いつけない。満足するな、と自分に言い聞かせる。もっとやれ。もっと上に行け。もっと

もっと

---

でも。

---

でも、と僕は思う

木曜の夜の渋谷エスカレーターの上で、どこにも行く予定のない自分の足元を見ながら、僕は思う

僕は、楽しんだことがあるだろうか。

人生を。

中学とき、透明だった。高校とき復讐の準備をしていた。大学に入って、ビジネスを始めた。二十二年間の中に、純粋に「楽しい」と思った時間が、どれくらいあっただろう。

友達と夜通しくだらない話をしたこと。ない。というか、夜通し話せるような友達が、いない。彼女と手を繋いで歩いたこと。ない。当然ない。二十二年間、一度もない。

二十二年間、一度も、誰の手も握ったことがない。

旅行に行ったこと。ほとんどない。行ったとしても、移動中にSlackを見ている。映画最後まで集中して観たこと。思い出せない。たぶんある。でも何を観たか思い出せない程度の体験しかしていない。

大学生って、たぶん、もっと楽しいものなんじゃないだろうか。

Twitterを開けば、同い年のやつらがサークル合宿で海に行ってたり、学園祭で何かやってたり、彼女誕生日を祝ってたりする。インスタを開けば、もっとだ。僕がワイヤーフレーム修正点を詰めている木曜の夜に、誰かは誰かとイルミネーションを見に行っている。

僕はそれを、ずっと、「そんなことしてる場合じゃない」と思って切り捨ててきた。川島さんに追いつかなきゃいけない。もっと仕事をしなきゃいけない。もっとスキルを上げなきゃいけない。遊んでる暇なんかない。

でも最近、夜中にベッドの中で、天井を見ながら、こう思うことがある。

僕は、「もういい」と思えるほど、生きていない。

もういいや、仕事に集中しよう。そう言い切れるほど、僕は人生を味わっていない。楽しんでいない。何も楽しんでいないのに、何かに集中しようとしている。空っぽの器を火にかけているようなものだ。中身がないまま熱し続けたら、器が割れる。

でも中身を入れに行く方法がわからない。

友達の作り方がわからない。二十二歳にもなって。恋人の作り方はもっとからない。そもそも誰かと親しくなるということの手順が、僕の中にインストールされていない。中学で透明にされた三年間の間に、みんなが自然と身につけたはずの何かが、僕には欠落している。

から僕は仕事をする。仕事なら、手順がある。クライアント課題を聞いて、分析して、施策を考えて、実行して、数字で結果を出す。そこには人間関係の不確定性がない。数字は僕を透明にしない。数字は僕を無視しない。

でもそれは、逃げなんじゃないだろうか。

からない。

もっと上を目指さなきゃいけないのに、同時に、もっと今を楽しまなきゃいけない気がする。でも上を目指すことと今を楽しむことは両立しない気がする。でもどっちも諦められない。でもどっちも中途半端になってる。上を目指すには全然足りていないし、楽しむなんてそもそもできていない。どっちつかずの二十二歳が、渋谷エスカレーターの上で立ち止まっている。

ワークライフバランス、という言葉がある。あれは、ワークとライフの両方がある人間のための言葉だ。僕にはワークしかない。いや、ワークすら中途半端だ。ライフに至っては存在しない。バランスを取る以前の問題だ。存在しないものの天秤をどう釣り合わせろというのか。

こんなことで悩んでいる自分が恥ずかしい。川島さんはたぶん、こんなことでは悩まない。川島さんには友達がいて、恋人いるかは知らないけれど、少なくとも飲みに行く相手がいて、人間としてのベースちゃんとある上で、あの恐ろしい優秀さを発揮している。土台がある。僕には土台がない。砂の上に家を建てているようなもので、いつ崩れてもおかしくない。

おかしくない、と思いながら、それでも僕は今日も家を建て続けている。他にやり方を知らないから。

---

金曜の朝。

特に何があったわけでもない朝だった。

はいつも通り六時半に起きて、いつも通り白湯を飲んで(コーヒーは胃が荒れるからやめた、二十二歳で胃を心配している自分ちょっと情けない)、いつも通りMacBookを開いた。

メール確認する。Slack確認する。クライアントからの返信をいくつか処理する。そのうちの一件が、先月から手がけていた案件レポートへの反応だった。

さなオンラインショップをやっている人で、三十代の女性で、自分アクセサリーを作って売っている。月商は二十万くらい。僕がやったのは、広告設計と、LP改善と、SNS運用方針を整理することだった。

その人からメールには、こう書いてあった。

「先月お願いした施策を始めてから、はじめてSNS経由で知らない方からの注文がありました。すごく嬉しかったです。今まで友人や知人にしか買ってもらえなかったので。本当にありがとうございます

僕はそのメールを読んだ。

二回読んだ。

三回読んだ。

そして、自分でもよくわからないのだけど、目の奥がじんとした。

「はじめて知らない方からの注文がありました」。

それだけのことだ。たった一件の注文だ。川島さんなら、こんな規模の案件はやらないだろう。やる必要がない。川島さんは何千万、何億という広告予算を動かしている。僕がやっていることは、それに比べたら、本当に小さい。

でも、あのアクセサリーを作っている人にとっては、知らない誰かが自分作品を見つけてくれたことは、たぶん、小さくなかった。

僕がやった仕事は、完璧じゃなかったと思う。川島さんなら、もっとうまくやれた。もっと効率よく、もっと的確に、もっと大きな成果を出せた。でも川島さんはあの案件をやらない。月商二十万のオンラインショップ広告なんか、川島さんの世界には存在しない。

でも、僕の世界には存在する。

僕はなんでもやだ。

マーケもやるし、広告もやるし、SNSもやるし、たまにデザイン方向性も考えるし、クライアント愚痴も聞くし、請求書自分で発行する。専門性がない、と言われたらそれまでだ。川島さんのようにマーケティングの深い専門性があるわけでもなく、柴田さんのように人の心を一瞬で掴む力があるわけでもない。僕は何でもそこそこにできて、何一つ突出していない。なんでもや。便利で、代替可能で、オンリーワンとは程遠い存在

でも。

あのメールを三回読んだ朝、僕は思った。

なんでもやの僕でしか、届けられなかったものが、もしかしたら、あったのかもしれない。

月商二十万のアクセサリーショップに、真剣に向き合えるのは、たぶん僕みたいな人間だ。大きすぎず、小さすぎず、どこにも分類されない、中途半端場所にいる人間。上から見下ろすでもなく、同じ場所に立って、一緒に考える。それは才能じゃない。たぶん、境遇だ。僕が中途半端から中途半端場所にいる人たちの気持ちがわかる。わかるというか、少なくとも、わかろうとすることができる。

それは川島さんには、たぶん、できない。できないというか、する必要がない。川島さんにはもっと大きな仕事がある。

僕にはこの仕事がある。

---

これが何かの答えだとは思わない。

川島さんとの距離は縮まっていないし、彼女はまだいないし、友達も増えていないし、人生は相変わらず楽しくない。木曜の夜に渋谷エスカレーターで一人で立っている二十二歳は、金曜の朝になっても、やっぱり一人で六畳の部屋にいる二十二歳だ。

ワークの問題解決していない。もっともっと上に行かなきゃいけない。もっと勉強しなきゃいけない。川島さんの三十秒に、いつか追いつかなきゃいけない。追いつけるかはわからない。たぶん、追いつけない。でも追いかけることをやめたら、中学教室の透明な僕に戻ってしまう。

ライフ問題もっと解決していない。二十二歳の、今しかない時間が、砂時計の砂みたいにさらさら落ちていっている。大学を出たら、もう「大学生」という猶予は終わる。社会人になったら、きっともっと時間がなくなる。今のうちにもっとしまなきゃいけないのに、楽しみ方を知らない。楽しみ方を学ぶ時間を、仕事に使ってしまう。仕事に使ってしまうことに罪悪感を覚える。罪悪感を覚える自分に対してまた恥じる。恥じている時間がまた過ぎていく。

全部、中途半端だ。

全部が中途半端で、その中途半端さを直視できるくらいには頭が回って、でも直視したところで何も変えられないくらいには無力で、その無力さすら誰にも言えないくらいには意地を張っていて、意地を張っている自分がまた恥ずかしい。

この恥ずかしさの連鎖を、どこで断ち切ればいいのか、僕にはまだわからない。

Permalink |記事への反応(2) | 01:26

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ブクマカほとんどってもしかして積立投資をするとお金がどう増えていくかわかってない?

即金5億円か、1歩歩いて移動するごとに10円もらえるかだったらどっちがいい?→両方の意見メリットデメリット議論して盛り上がる「投資で増やすか、1日1万歩歩くか」

https://b.hatena.ne.jp/entry/s/togetter.com/li/2663314


これ適当に考えたっぽいにしては意外と年齢、運動習慣、投資利回りの見積等々で判断がわかれる面白いラインになってるんだけど

ブコメを見ると「考えるまでもなく5億!」みたいなコメントが多い

5億を投資することを考えるなら、1歩10円側も発生するキャッシュフロー投資していった時で比較すべきだと思うけど言及してるコメントひとつだけ

5億円3%複利だと40年でも追いつけないというコメントがなぜかトップだが、歩いて年間3650万得られるとすると同様に3%で運用すれば19年で追いつく。1日2万歩歩けば9年で追いつきます



もしかして複利で増える」みたいなぼんやり抽象的な理解しかしてない?

年利〇%が見込める商品に年△円ずつ投資していったら何年後にはいくらになるみたいな計算できない?

とにかくなんか増えるやろ、くらいでインデックス投信積立!って言ってる感じ?

Permalink |記事への反応(2) | 00:45

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2026-02-13

オルカンダメになるのは世界経済が終わる時だけ👈これ

年金も、国が責任もって運用してるから日本が滅びない限り安心、なんて言われてたんだよな・・・

Permalink |記事への反応(1) | 20:55

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anond:20260213203844

とりあえず今運用してる商品の中で一番成績のいいやつマシマシにしたらいいんじゃないん? 知らんけど

Permalink |記事への反応(0) | 20:42

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ドルコスト平均法

評価額が下がった方が一杯買える → 事実

一杯買えるから下がった方がうれしい → あほ

上昇トレンドじゃないと投資する意味がないから下がってうれしいはアタオ

ドルコストが長期運用で安定した平均取得価格になるから優れているって言われているだけで、

下がったところでピンポイント買い増しとかできるなら当然そっちの方が効率はい

玄人にすら短期間の上下は読めないかドルコスト平均法安定だよねーってだけ

Permalink |記事への反応(0) | 16:07

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anond:20260213154016

5億はそのままで3650万は運用するって想定してるんだから相手しないほうがいい

積み立ての計算もできると思えないしさ

Permalink |記事への反応(2) | 15:41

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チームみらいアンチGitHubで騒ぐの浅い

GitHub政策提案できる!海外から内政干渉し放題!!とか騒いでるが浅いし遅すぎる

あのGithubは随分前にリポジトリ更新終了してんだわ

今はチームみらい公式サイトシステム運用してて、さら提案モードが閉じてる

なんか質問3万件越えで提案も6000件越えで、これ内政干渉以前にチームみらいがコレ捌けるの?って感じだし

マニフェストは磨かれていくと言いながら文体統一感がないとか参院選以降からあんまり中身変わってないとか、見出しカタカナ誤植だったりしてるの未だ治ってないかあん政策立案プロセスのことは気にしなくていい

そんなことより指摘することは沢山あるから時間無駄

Permalink |記事への反応(1) | 13:47

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anond:20260213123252

円安ホクホクではなく、外為特会の運用益がホクホクと発言したんですよ

文脈としては、円安のいい面悪い面を両方語り、いい面として外為特会の例を出した

迂闊であること自体は確かだがその後弁明したので、市場は落ち着いている

Permalink |記事への反応(1) | 13:05

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NISAiDeCoやってるってやつ

解約した方がいい

NISAiDeCoはやった方がいい制度だとは思ってるけど、個別に何らかの商品資産運用するものから

単にNISAとか制度名でやってるとかい知識でやるもんじゃない

NISAの積み立てでオルカン考えてるんだけど成長枠どうしようかな

ぐらいの知識でやるもんだよ

Permalink |記事への反応(0) | 12:20

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https://x.com/light77/status/2022128584576708780

【なぜ「宗教法人課税」は世界常識なのか】

マスコミや一部の世論では「宗教法人税金を払っておらず、優遇されている」という批判がしばしば聞かれます

しかし、法律の専門的な視点からその実態を紐解くと、そこには私たちの「信教の自由」と「財産権」を守るための、極めて真っ当な論理存在することがわかります

今回は、特に重要でありながら見過ごされがちな「宗教法人法第84条」の精神を中心に、課税問題正論解説します。

1. 「宗教法人は無税」という言説の誤り

まず、世間に流布している「宗教法人は一銭も税金を払っていない」という認識を正す必要があります現行法制度下では、宗教法人は厳格に区分けされた課税を受けています

収益事業への課税: 物品販売不動産貸付など、法人税法で定められた「34の収益事業から生じた所得には法人税がかかっています

個人への所得税:宗教法人代表者職員が受け取る給与(俸給)には、一般サラリーマンと同様に所得税・住民税が課され、源泉徴収も行われています

消費税の支払い: 物品の購入時には、当然ながら10%の消費税を支払っています

まり、「坊主丸儲け」という批判は、事実無視した感情論に過ぎないのです。

2.宗教法人法第84条が定める「聖域」の重み

最も大切なのは宗教法人法第84条に明文化されている「宗教上の特性尊重」です。この条文は、国家権力安易宗教活動へ介入することを禁じています

宗教法人法 第84条】

「この法律規定中、宗教法人管理運営に関する規定は、当該宗教法人宗教上の特性及び慣習を尊重し、信教の自由を妨げることがないように特に留意して解釈し、且つ、運用しなければならない。」

お布施は「所得」ではない

信者が支払う「お布施布施)」は、神仏への捧げものであり、サービスへの対価ではありません。これを「所得」とみなして課税することは、信者が既に所得税を払った後の財に再び課税する「二重課税」であり、かつ信仰心という聖なる思いを国が踏みにじる行為に他なりません。

税務署による「日常監視」の拒絶

もしお布施課税すれば、税務当局が「何が宗教活動で、何がそうでないか」を査定することになります。これは、国が特定宗教活動に介入し、監視下に置くことを意味します。84条は、こうした事態が「信教の自由」を根底から破壊することを防ぐために、当局に「慎重な運用」を厳命しているのです。

3. 「非課税」は特権ではなく「武器である

資料の中で鋭く指摘されているのは、**「宗教課税こそが世界常識」**であるという点です。

アメリカをはじめとする諸外国でも、宗教団体への寄付所得から控除されるのが一般的です。それは、宗教が担う「人々の魂を救う」という公益性が、国家提供する行政サービスよりもはるかに深い次元社会を支えていると認められているからです。

一部の論者は「課税原則で、非課税例外だ」と主張しますが、これは逆転した考え方です。

憲法保障する「財産権」や「信教の自由」こそが本来原則であり、国が国民の財を奪う「課税」こそが、法律に基づいた限定的な「例外」でなければなりません。

特に宗教活動における「収益事業」の判定についても、84条の精神に則れば、安易類推解釈法律を広げて解釈すること)をして課税対象を広げることは、法治主義の逸脱と言わざるを得ません。

引用

小鮒将人(M.KOBUNA)

@light77

·

11時間

私は大反対です。 x.com/tweet_tokyo_we…

Permalink |記事への反応(0) | 12:15

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anond:20260213120931

銀行開いてないけどMRF運用されてるはず

いやマネックスのほうかもしれん

今後確認してみるか

Permalink |記事への反応(1) | 12:11

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anond:20260213120044

野村見てみると、MRF運用する口座預金と預り金で運用する口座があるみたいやな

総合口座開設とかしたら強制MRFくせえ

Permalink |記事への反応(0) | 12:02

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anond:20260213115642

銀行は損でても元本保証制度としてあるでしょ?

証券会社の余力自動運用保証なくね?

Permalink |記事への反応(1) | 11:57

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anond:20260213115529

証券会社の設定によっては、余力をMMF自動的運用するという機能もある。

これの話をしている

これって切れるの?

Permalink |記事への反応(1) | 11:56

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anond:20260213115516

勝手運用銀行預金もされてるが?

Permalink |記事への反応(1) | 11:56

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anond:20260213115118

客の意志に反して勝手商品を買い付けられることはない。

そんなことを勝手にしたら違法だろう。

証券取引法の分離管理を調べてみてくれ。

ただ、証券会社の設定によっては、余力をMMF自動的運用するという機能もある。

これは、お客の余力にも利子をつけてくれるというサービス機能だ。

あなた国債すら信用していないわけで、短期債で運用されるMMFも信用しないだろう。

したがって、その設定がないか、設定をオフにして利用すればいいだろう。

Permalink |記事への反応(1) | 11:55

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anond:20260213115343

いいとか悪いとか言ってない

証券会社預金して運用しないことができるんですかって話をしている

楽天は預り金がMRFかなんかで勝手運用されて解除できなかった記憶があるんだよ

そんでMRFは元本保証がない

Permalink |記事への反応(2) | 11:55

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anond:20260213115017

ETFじゃなかったっけ?なんか預金預けると強制運用されるんじゃなかったかって確認なんだが

MRFだっけ?

Permalink |記事への反応(2) | 11:51

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anond:20260213114320

証券口座は大体ETFにぶっこむから元本保証はされてなくね?

ETFとかの運用きれたっけか?

Permalink |記事への反応(2) | 11:47

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改憲で第24条の「両性の合意のみ」の部分を「双方の合意」のような表現現代化する

という話が仮に最初に出てきたとしたらそれでも反対する勢力は出てくるんだろうか

内容ではなく、「改憲である」という理由だけで反対が成立するのだとすれば

それは議論と呼べる状態なのかどうかは少し気になる

憲法国家の根幹だから簡単に変えるべきではない、という考え方自体理解できる

ただ一方で、戦後アメリカ主導で作られた憲法をほぼそのまま使い続けていることもまた事実ではある

2024年までに、第二次大戦敗戦国であるドイツは67回、起草を主導したアメリカは27回、近くの韓国は9回の改正を行っている

日本けが一度も改正していないという状況を、どう評価するのが自然なのかは少し考えてみたいところではある

議論ができないなら、賛成も反対もあまり意味はなくなる

もちろん、条文には積み重ねられた経緯があり一か所の変更が前例になるという警戒感も理解できる

ただ、その警戒が強すぎるあまり「変えるかどうか」だけが争点になってしまうのだとしたら

本来議論されるべき中身はどこに行くのだろう

今まで内閣等が解釈によって色々変えて運用されている状況のほうが危なくないか

国外の強い影響のもとで成立した憲法を長く運用している以上、時代に合わせてどう扱うかを考えること自体

特別思想というより自然姿勢のようにも思える

改憲に賛成か反対かより前に、「何をどう変えるのか」で判断するという前提がどの程度共有されているのかには少し興味がある

どんな内容でもまず反対

どんな内容でもまず賛成

という態度だけが先に決まっているのだとしたら、それは立場の違いというより判断放棄に近いのかもしれない


少なくとも、自分は中身を見てから考える側でいたい

Permalink |記事への反応(4) | 11:36

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anond:20260213104606

円高リスク無視していいなら、ドル建てMMFが年利3%ぐらい。

もし円の金利が高くなれば、円建てMMFというのもそのうちでてくるかも。

MMF短期国債を中心とした運用なので国家ディフォルトで飛ばない限り安全

なお、間違ってもトルコリラ建てMMFとかは選ぶなよ。

Permalink |記事への反応(0) | 10:53

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2026-02-12

衆議院選挙2026野党批判ばかり」という言説と民主主義現在地

ネオ55年体制論を手がかりに考える

衆議院選挙2026で中道は大きく議席を減らした。選挙直後から、「野党批判ばかりだ」という批判が相次いだ。選挙結果の分析として語られたこれらの言葉は、やがて野党存在意義のものを問う論調へと拡張していく。

だが、この「批判ばかり」というフレーズは、単なる戦術論や広報戦略問題にとどまらない。そこには、野党役割をどのように理解するのか、さらには日本民主主義をどのような構造として維持するのかという、制度的な問いが含まれている。

本稿では、この言説が持つ政治的意味を整理し、いわゆる「ネオ55年体制」論とも照らし合わせながら、野党監視機能政策提示機能関係について考察する。

野党制度役割

議会制民主主義における野党機能は、大きく二つに整理できる。

第一は、アカウンタビリティの確保である政府政策決定過程監視し、問題点を追及し、不透明権力行使抑制する。これは単なる「批判」ではなく、制度的なチェック機能である三権分立権力分散を前提とするのと同様、議会内部における対抗勢力存在は、権力集中を防ぐための基本構造である

第二は、代替案の提示である与党案に対する修正提案独自法案の提出を通じて、政策選択肢を示す。政権交代可能であるためには、実行可能オルタナティブ存在しなければならない。

重要なのは、この二つは排他的ではないという点である監視提案本来、同時に行われるべきものであり、「批判提案か」という二項対立制度論的に成立しない。

批判ばかり」というフレーミング効果

それにもかかわらず、「野党批判ばかり」という言説が広がる背景には、いくつかの政治的効果が想定される。

第一に、監視機能正統性を相対化する効果である批判を「足を引っ張る行為」と位置づければ、政権追及そのものネガティブに映る。結果として、チェック機能が弱体化する。

第二に、「政権担当能力がない」という印象の固定化である批判中心というイメージは、「建設的でない」「責任を負えない」という連想を伴う。これは、政権選択選挙としての意味を薄める。

第三に、「提案野党」への誘導である一見前向きな要求に見えるが、その内実は「批判を前面に出すな」という圧力を含む場合がある。与党にとって管理可能範囲での提案にとどまるなら、野党は補完勢力に近づく。

これらは意図的か否かにかかわらず、結果として野党役割限定する方向に作用する。

他方で考慮すべき論点

もっとも、野党側にも課題存在する。政策パッケージ一貫性、党内統合メッセージ戦略明確化など、政権選択肢としての説得力を高める努力は不可欠である。また、多党化の進行により、有権者の支持が分散やす環境も影響している。

さらに、メディア報道構造無視できない。国会質疑のうち政策提案部分より対立場面が強調されれば、「批判ばかり」という印象は強化される。認知問題実態問題は、必ずしも一致しない。

結論批判提案は両立する

野党批判を行うことは、制度的に正当であり不可欠である。同時に、代替政策提示し、統治能力を示すことも求められる。両者は二者択一ではない。

問題は、「批判=悪」という単純化された図式が広がることで、監視機能正統性が損なわれる点にある。政権交代可能性が現実味を失えば、民主主義形式的に存続しても、競争性を失う。

ネオ55年体制という言葉示唆するのは、単なる議席構造問題ではない。政治的想像力の縮減、すなわち「変わりうる」という前提の後退である民主主義は使い倒されてはいない。むしろ、その機能を十分に活用してきたとは言い難い。

野党批判を続けることは、権力に対するブレーキである。同時に、提案を重ねることは、将来の選択肢を広げる行為である。両機能をどう統合し、有権者可視化するかが今後の課題となる。

必要なのは対立を弱める方向の「効率化」ではない。監視競争が正当に機能するよう、制度運用を再設計すること

それこそが、いま求められている民主主義アップデートである

Permalink |記事への反応(0) | 14:32

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