
はてなキーワード:賽の河原とは
0436 考える名無しさん 2016/10/23 00:18:48
徹底的にやりこめたからな。
当然はらわた煮えくりかえっているのが、さらに時間が経過して、ドロドロになってるわな
返信ID:0(6/14)
0893 し ◆P1F.MDbmTg 2020/01/14 21:59:32
自分の心のなかにいる女に男の影がチラついたら嫉妬するおなあ。赦さないおなあ
■どう考えても
相手を自殺に追い込まず、キレて反撃もされない程度にバランス良くいじめる奴の方が社会に出てからも大成するよね。
■節穴が多すぎる
目の前に自動ドアがあるのに「どこから外に出るんですか?」と聞いてくる阿呆が多すぎる。
なんで目の前のあからさまに分かるような自動ドアがわからんのだろうか。
Permalink |記事への反応(3) |言及する | 16:03
■anond:20211205160334言及先エントリを開く
今はバカな人が多いのは仕方ないだろ。
電話のかけ方も知らない奴がいるんだぜ。
Permalink |記事への反応(0) |言及する | 16:06
■anond:20211205180335言及先エントリを開く
適当に泣き言言って男捕まえりゃいいんだから女って本当に楽勝だよな
Permalink |記事への反応(0) |言及する | 18:06
いじめられるのはやはりやられる側に問題があり、そうなるべくしてそうなってるとしか思えない。
■2022って突然言い出すからなんのことかと思ったら
来年のことかよwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwwww来年どころかあと数百年は賽の河原で石積んでるんだからやること変わらんだろうにwwwwwwwwwwwwwwwほれwwww崩すぞwwwwwwwwwほれwwwwほれwwwwwwの
Permalink |記事への反応(0) |言及する23:50
■
オレを苦しめた奴らの夢に現れて毎晩毎晩説教してやりたい。
と言ったら何人が来るだろうか。
Permalink |記事への反応(1) |言及する 22:47
■絵に自信があるならTwitterでフォロワー増やせばいいじゃん
それすらできないなら大した才能ないってこと
今の世の中絵や音楽などの芸術的才能は権力者がどれだけ妨害しても誰でも簡単に世の中に出せる時代だから、
お前に才能は少しもない
Permalink |記事への反応(0) |言及する 13:38
■
「おばさん」とは
「おばさん」とは、「若い女」から性的魅力を無くしたもの。性的魅力を失った代わりに、年収が上がったり、精神が安定したり、リーダーシップを発揮できるようになったり、といった能力アップ部分があるかというと、何もない。
「弱者男性」とは
「弱者男性」とは、「強者男性」から稼ぐ力を無くしたもの。稼ぐ力がない代わりに、共感力があったり、倫理的だったり、文化的だったり、といった長所があるかというと、ない。
Permalink |記事への反応(0) |言及する 13:29
勇者パーティーを追い出されたチームのお荷物扱いが実はとんでもない強者で、覚醒して見返されたぁ?
俺がその勇者パーティーの追い出す側の人間なら、元・お荷物を仲間と共にリンチしたり、ギルドに有ること無いこと吹き込んで要注意人物として周知させて命を狙うわ
Permalink |記事への反応(0) |言及する12:52
スパルタ教育受けたやつって火炙りの刑にも耐えれるのかな?
0001 以下、5ちゃんねるからVIPがお送りします 2022/05/0410:54:58
本当に強かったら耐えれるよね
2022-05-04
■anond:20220504170024言及先エントリを開く
人生どうしようもなくて、憑き物を落としてもらうためにはいいかもしれんな
■anond:20220504171000言及先エントリを開く
はよ憑き物おとしてこいw
Permalink |記事への反応(0) |言及する17:11
■
冷静になって考えたら
「自分に似てはいるが、自分には知識がたりなくてこれは言えないな」
というツイートがたくさんあるはずなんだよ
おまえが好感持ってるツイッタラーは。
おまえとはまったくの別人だぞ
もう手遅れや
おまえはもうかん、終わりや
Permalink |記事への反応(0) |言及する | 05:31
って言ってもまたよくわからないオリジナル理論持ち出して、よくわからないこと言い出すんだろうな。
そんで「わからないのはお前の頭が足りないからだ」とか「他人から借りた言葉をうんぬんかんぬん」言い出すんだろうな。
■
さて、押せば鳴るおもちゃで遊ぶのもそろそろ満足したし、寝ますか。
Permalink |記事への反応(2) |言及する 06:28
■
それ以降は
自分よりデキる年下が現れてバカにされ始めるから、最後の春って感じ。
Permalink |記事への反応(3) |言及する 06:01
■anond:20220519123739言及先エントリを開く
男とか女とか以前に、頭が悪く育ちも悪いし性根からして終わってる女に対して、そんな意味のないことをやめろと言っても、それどころか普通の教育でさえ無理だ
増田はそれなりに高等な教育と環境で育ったんだろうから、そう言うどうしようもないカス女どもでも、環境で心を育てるとか、責任ある立場にさえなればきっと変われるはずだと思ってるんだろうが、
それは違う
そもそもそう言うクズ女ははてなみりゃわかるが、インプットできないし、思慮がないのだから教育も立場や責任による成長は機能しない
結果、他人から見たら知らねーよそんなのとしか言いようがないレベルの苦しいことを我慢してきただけの被害者意識の塊になる
はてなとかにもよくいるその手の歪み切った性根のクズには、どんな教育も環境を持ってしても無理、自分の精神から変えないとダメ
でもそれができないし、それを強制することは人権国家である日本では不可能
結果、彼らは人生が詰んでいる
Permalink |記事への反応(0) |言及する17:09
2022-05-24
きもちわりーな
0101 考える名無しさん 2022/06/09 21:27:02
【俺が決めんだよ】
ハナクソ
2022-06-17
■知り合いが近い将来に殺傷沙汰起こしそう
あまり具体的には言えないけど、昔から変な感じのヤツで貧困や過労で精神的にどんどんヤバい人になっていってる
ヤバい人といっても、電車の中で寄生発してるような人とかカッとなって煽り運転しちゃうような人とか集団ストーカーされてると思い込んでる人みたいなのとはちょっと方向性が違う
直接的に「○○を殺す」とか言ってるわけじゃないけど、見当違いの恨みや嫉妬を特定の層の人間に積もらせてて明確に敵意を向けてる感じ
そいつの周りの人間にもあまり知られてないが数年前に既にストーカー事件起こしてて有罪判決も受けてる
友人としての縁は切ってしまったけど今もたまにそいつのTwitterを見てるが、たぶんあの場所であの辺の人間を刺すんだろうなぁ…とは思ってる
でもこれって名前や場所出したらかえって逆効果だし俺も怒られかねないし警察にこっそり言おうにも今はまだ何も起きてないからどうしようもないよね
Permalink |記事への反応(1) |言及する |23:10
権力者の男(ジジイ)が女好きで周りの女を権力をかさに犯して回るというのはよくあること。で、被害にあった女がそのトラウマを正当化しようと、抱かれた男の「価値」で自分の価値を測るようになったり(若いときにかなり歳上と関係を持つと、心理的補償が働いて、自分がその相手の社会的ステータスに立ったかの視点で異性を見るようになる)、そのあとジジイにちょっとよくしてもらって(ジジイにとっては雀の涙の手切れ金)「思い直す」、つまり記憶を遡って改竄する、自分もジジイも悪くないと。すると、同世代の弱い男がバカに見えてきて、叩く。弱い男は、ジジイを羨む。
この構造は、ジジイにとって(さらに性加害を続けるのに)都合がいいので、手下の男(自分が犯した女の今は夫)をけしかけて、さらに煽る。
昨年11月に子どもが産まれました。第一子、2446gの男児でした。それから1年経ちました。
産休、育休の日々は今から思えば懐かしい。夫もわたしと同期間育休を取ってくれ、地方だと珍しい方だと思うんですがW育休でした。5月1日から職場復帰しました。
疲れた。
保育園に子供を通わせているのですが、いちばん初めの申込では抽選落ちして第2希望の園でした。で、今年11月に転園申請……できるチャンスがあったんですけど、結局、しませんでした。今の園が気に入ってしまったからというのはあるけど、今から思えば日和ったかなという感じで、早速後悔してます。
2ヶ月くらい悩んで悩んで、決めたはずなんですけどね。
保育園やら幼児教育のことはなんかずっと悩んで苦しんでいて、たぶんこの先5年間苦しみ続けるんだと思います。その背景には、満足な養育をしてやれているだろうかという自信のなさがあるんでしょうね。で、その後はその後は小学校教育や受験にも苦しみ続けるんでしょう。賽の河原。
子どもができてめでたい1年のタイミングで書く話題がこれなの?って感じですよね。ごめんなさい。
なんか日々生活を回すのに精一杯で、いろんな決断をするのに疲れて。あんまり人生に楽しい見通しないです。子どもができると子どもが小さいうちは色んなことを決めてやらなきゃならなくて、自分ひとりの身体分決めるだけでも大変なのに、もうひとつでっかいのが生えてきて、辛くて仕方がないです。多くは、何を着せるとか何を食わすとか、そういう些細なことです。でもその全てがプレッシャーなんですね。子育て向いてないんだろうな。全体的に考えすぎというか。1歳でこれなんだからこれから禿げそう。
子どもに何着せる何食わす。歯磨きは何使う。図書館で絵本は何選ぶ。保育園どこにする。誕生日ケーキ。スタジオアリスでのバースデーフォト。住宅購入や引越しはいつやる。教育資金の貯め方。ファイナンシャルプランナーへのライフプラン相談。
夫は良くも悪くも「どっちでもいいんじゃない?」ってひとで、もちろん話し合いや相談には乗ってくれるけど、最終的にはわたしが決断しなきゃならない。
でもそれについての愚痴を書きたいわけじゃないんですよ。はてなやXだとこういう話題なら取り敢えず夫叩いときゃええみたいな感じですけどそれは違うと思う。夫はめちゃくちゃ育児に参画してくれてて感謝しとる。ただ二歩先のことだけ考えてたいひとなんだよね。わたしは五歩先のことがいつも気になる。床にゴミ落ちてたら気がついた人が拾うじゃないですか。だから選択肢に気づいてしまった奴が決断コストを支払うのはそれは責任なんじゃないすかね。
週刊少年ジャンプの定期購読をずっとしてたんですけど、読む時間がないわけでもないのに読めなくなってきたから読むのをやめてしまいました。アニメも、ダンダダンめっちゃ面白くて楽しんで観てたけど残り数話だけ見てない。
休みは取ろうと思えば取れるけど、家にいてもすることがなくて、仕方がないから西松屋に子ども用品見に行ったりとか。人間として死んでる。
いろいろ書いたけど、36年間この有様で生きてきたので今更努力してなにか変えられるとは思えないです。だからこの状態のまま、死ぬまで生きていくんでしょうね。楽しいという気持ちとかよくわかんないですけど、家にいる時はニコニコしてないと夫や子どもに悪いし、どこにも弱音は吐けん。自己憐憫にまみれたこんな日記を書くのが関の山。
疲れた。
https://anond.hatelabo.jp/20231118174822
前回集まった情報が最高すぎたのでまたおすすめ教えて欲しい。今度は岩手、2泊でうち1泊は盛岡を拠点にして旅行する予定
地理、歴史、サブカル的なの好き。魚介グルメやデートスポット的なのにはあまり興味ないのは変わらず。ローカルチェーン店や地元ソウルフードみたいな生活が想像できるのは好き。また少しディープなところをおすすめしてくれると嬉しい
——
嗜好紹介とお礼兼ねて青森の感想思い出したままに走り書きする。2年分2回行ったので盛りだくさんになった。充実したのはみんなの情報のおかげなので大感謝…!行けなかった所もルートや時間の都合上なので機会作って行きたい。
Permalink |記事への反応(16) | 08:37
一緒に暮らす動物は大抵がそうであるけど、自分にとっては得難い友達だった。数年前に年の瀬の公園で目の前に飛び出してきて意気投合し、そのまま連れ帰り、転職して東京に引っ越し、下町のワンルームで暮らすという、20代におけるダイジェストシーンを象徴するような存在だった。唐突に大きな病気が見つかり、明確な診断もつけられないうちに、1ヶ月の闘病を経て死んでしまった。4歳になったばかりだった。
映画のような出会い方をしただけに、真反対のドラスティックな悲しみ、また、部屋中に猫の柔らかな気配と、薬やらスポイトやら検査結果やらの病気の強すぎるコントラストが漂っていることに耐えられなかった。自宅を離れる口実の旅行計画として、なんとなく関心のあった恐山を思い出した。祈りの場に赴く機会としては、しばらくはこれ以上ないだろう(と思いたい)ということで、会社が夏季休暇に入ったその日に新青森に向かった。
家族や(人間の)友人には恐山に行くことは伝えなかった。自分が沈み込んでいた姿を見られており、このタイミングで山間部に入ることは、或いは自死する計画を持っていると疑われている空気があった。実際いろいろと控えめに気晴らしの提案を受け、断ったり随分先延ばしにしたりしていた。どういったアプローチであれ、死にまつわるものへの接触に惹かれていたのは否定できない。
近隣市に宿泊したのち2日目の始発電車で下北半島に向かい、私鉄やバスを乗り継いで午前中に恐山の霊場に入った。(途中まで路線バス然としているが、山道に入ったところで唐突に少々不気味な恐山解説アナウンスと、子どもが可哀想な目に遭う賽の河原の歌が流れた。)
到着すると、想像していたよりも境内は開放的で、硫黄の香りが強く、空が近かった。入山のバスには何人か観光客がいたが、平日の早めの時間だったこともあり、門を潜ってしばらくしたら、今生きている人間はもしや自分だけなのではないかという錯覚をする程度には静かになってしまった。プラスチックの風車の回るカラカラという音に混じって、微かに鐘の音もする。抜けるような青空だが時折天気雨が降り、遠雷が聞こえる。カラスが飛び交い、足元では白い砂にガスが湧いている。30年弱生きてきて、最も「異境」を感じた地だった。
恐山は特に東北において、死者のゆく「お山」として歴史的に信仰されてきたと聞く。3時間ほどゆっくり散策した感想として、「他者が死ぬことを前にした無力さ」を見に受けた。荒涼として、自分は何の役にも立てず、ただ圧倒されるだけ。大事な猫に何もしてやれなかった、助けられなかった後悔の影響もあるだろうが、死がひのたびこちらを捉えたら、抵抗虚しく受け入れるしかないのではと思ってしまった。
同時に、医療や化学がこれほどまで発達するまでの、少し前の時代の死生観を垣間見たかもしれない。「ああしていれば」の迷いを砕くような、生き物には生老病死の苦しみが大前提で存在し、いつでもこちらを見ていると思わせる光景だった。
うって変わって、岩場を抜けると青く澄んだ宇曽利湖が待っていた。先ほど聞こえていた鐘は湖畔に据付けられていて、誰かが鳴らしていたとわかった。
(実態は一部のウグイしか住めない酸の水だけど)海より速いペースで打ち寄せる透明の波に山の緑、足跡だらけの白い浜と相まって、こちらは別のベクトルの異境だった。「苦しみが終わった世界」を自分が描くなら、今日からはこのイメージになるかもしれない。猫ももう苦痛は無いのだと思うと泣けた。穏やかでありながら寂しい光景で、まだ生きている自分は、ずっとここに居てはいけないとも感じた。
死ぬことの寂寞と諦念のち、死者の安寧を思う。この地で祈ってきたたくさんの人たちが同じ心の動きだったかはわからない。ただ、個人としては「何をしてもいずれ終わりは来るのだから、街に帰って生活を続けよう」と思えた。非現実的な静かさが退屈そうに見えたので。そもそも猫の死後の世界がどういったものかも知らないが、ねぶた祭りの日の青森市街と同程度に楽しみに満ち、そしてできるなら人間の彼岸と同じレイヤーに在って欲しいと願う。人間の見守りエリアも欲しい。
直前まで知らなかったのだが、ちょうどねぶた祭の最中のスケジュールだった。これもルーツは死者の供養だという説がある。自分はこちらのほうが色に満ちていて好きだった。
なお恐山境内には「熊注意」の掲示が散見され、メメントモリにどれほど浸っていても、即座にリアルの恐怖を思い出した。
猫よ、仏前の備えは絶やさないので、できれば熊からも守ってください。
【翌日の追記】
匿名で長文を書きたいという衝動から、プラットフォームの性格もろくに理解せず投稿してしまったので、リアクションがあることにたじろいでいます。増田というスラングも初めて知りました。
確かに、死+恐山という単語がタイトルに並べば、イタコの口寄せのために向かったのだと想像される方が相当数いて当然で、自分が単独行に徹したあまり他者視点に欠け、思い至りませんでした。東北よりはるか南方で生まれ、東京で生活し、ネットでは写真優位のSNSと観光プロモーションに浸かりきった自分にとって、「恐山」は「イタコのいる霊場」より「ある程度の然るべき配慮を持っていくべき、明るい友達との旅行には向かない、公共交通では難易度・中の観光名所」でした。
当日は「動物も降霊の対象になるのか?」と疑問を持ちはしましたが、仮にできたとしても、たかだか1ヶ月弱の離別では話すこともあまりないだろうし、あったとしても「ちゃんと食え」「掃除もしろ」「若くして死ぬのはやめておけ」の言い換えで尺が終わるんだろうなとの投げやりな気持ちから、寺院の方に尋ねもしませんでした。期待された増田の皆様には申し訳ありません。
実際にやるとしたら、何十年後かに自分の人生のBパートに入った頃、猫の命日からその日までの中間リザルトの発表しがいが出てきてからにします。(どれだけ高いところに登ったか、何匹分のまぐろを食べたか、見つけた一番大きい虫のサイズなど、話題に尽きない)
どなたかにコメントいただいた通り、恐山は「あの世テーマパーク」だという感想に共感します。喪失したての人間には誰かの辿るかもしれない旅路を思わせ、そうでない人間には手軽な非日常感と到達感を与えてくれる場所でした。生きている人間のための施設であり、何より敷地内に温泉とお食事どころまであるのがそれらしさを補強しています。東西に散見される冥界のスタンダードに準じれば、ラーメンを食べ、膝下まで硫黄泉に入った自分は帰ってこれなくてもおかしくないのですが、今のところ無事にキーボードを叩けています。
てんぷら @TEMPUrA_y
よく人生において音ゲーが何の役に立つの?って言う人がいるけど正しい努力は報われるという成功体験は人生において重要だと思うのでそれが音ゲーによって得られるならば大いに役立つと言えると思う
https://x.com/TEMPUrA_y/status/1788125549988360556?t=WgmrtJ9AYHKNVP4HmzlEDw&s=19
てんぷら @TEMPUrA_y
それが音ゲーである必要はないが、努力の結果が数値としてはっきり映し出される音ゲーは他に比べて努力が成功したと実感しやすいので成功体験を得るには向いていると思う
1曲約2分の短い勝負をする音ゲーの性質上PDCAサイクルを回すのにも向いている
https://x.com/TEMPUrA_y/status/1788127138362818583?t=GrF2KbjO_GrP5xVfVkIagA&s=19
のん @non_otoge
これなんだよな〜〜〜〜〜
僕は音ゲーで初めて「努力のコツ」を知って、そこから誇張抜きで人生変わった
どんくらい変わったかって言うと32×32のモノクロドット絵がフルHDのカラー動画になった感じ これも誇張抜きね
ただ、みんながみんなこれをできる訳じゃない でも選択肢があった方が良い(続く)
https://x.com/non_otoge/status/1788131676562006257?t=ja3xeFfSG-SS1qwfyq2N-A&s=19
しそごはん用研究者(薬学部講師PI)@ONODA_in_Onodac
大学教員やっていると、「この子は本当に努力の仕方がわからないんだな」って思う大学生に出会うことが多々あるんだけど、そういう学生には、ここ最近のワールドトリガーを読んでって言いたい。
努力するには、目標を正しく「刻んで」、「期限」を設けるんだ。
https://x.com/ONODA_in_Onodac/status/1864606915696972059?t=NCtRNdKGl0Pf7VR3sXuvLA&s=19
Kuroly @Kuroly7
何かに本気で取り組んだり挫折した経験がなく、現実との折り合いをつけ成長する機会を逃すと、根拠のない自信に満ち溢れて自負と現実のギャップが取り返しのつかないことになる『幼児的万能感』ってやつ
https://x.com/Kuroly7/status/1930108365763387528?t=3Q3QNlkA_LIAwcPawaewBQ&s=19
こういうの見るたびに、努力したことない自分が悲しくなってくる。
そもそも先延ばし癖があるせいで習慣化できないのと、習慣化に成功してもPDCAサイクルを回すコツがわからない。
rieru£ @r_02er
偏差値60台の高校、"高校受験までノー勉でなんとかなってしまったせいで勉強習慣が身についていない層"が存在する
https://x.com/r_02er/status/1938583747634643386?t=3jIDbDK214q20eYPlLxiHg&s=19
これのさらに酷い版で、大学受験も推薦でなんとかなってしまった故に、全く努力の習慣が身についていない。
なんというかなあ、はてな界で言うなら、黄金頭氏が一番自分の人生に近いものがあるかもしれない。
https://goldhead.hatenablog.com/entry/2018/01/18/215038
ただ、一瞬、一瞬。運良く持って生まれた何らかの才気の単発的な発現。わかりやすく言えば「その場しのぎ」。こればかりがおれを救い、そして苦しめる。人生の底、社会の底に着くところまで行かせない。安定飛行させるわけでもなく、超低空飛行を続ける。賽の河原で石を積んでは、すぐさま鬼に崩される。積むのはおれ、崩すのもおれ。いったいぜんたい、おれは詰んでいる。おれにはその詰将棋は解けないし、何手詰めかもわかりゃあしない。でも、詰将棋の本に載ってしまっている。それはわかる。わかっていながら、ここまで生きてきてしまった。死ぬのはたやすい。それでも死ぬのは怖い。八方塞がりだ。八方塞がって、上も下もない。タイマーが切れるまで、アルコールで精神を安寧にしておきたい。アルコールを買う金はせめてほしい。それだけだ。それだけなんだ。
https://goldhead.hatenablog.com/entry/2019/11/25/201810
努力してなにかを得る? はて。勉強して資格に合格する? さて。なんなんだろうかね、それは。なにが人間をそれに向かって起動させて、どういった心境の持続力があってそれを続け、達成したらどんな気持ちになるのかしらん。
追記(2025/07/09)
ブクマ結構ついてる。ありがとうございます。
コメントを見て、なぜ努力できるようになりたいか考えてみたんだけど、
B : 対人ゲームのメタを話してる人たちや、プログラミングの高度な話をしている人たち、あとKubecon(Kubernetesっていうツールのイベントらしい)みたいな技術イベントなど、努力して何かしらを身につけた人同士がやってるコミュニティに憧れを感じたから。
って感じかなあ。
一口に「ロックが好きで」「え!そうなんですか!自分も好きです!」と意気投合(?)しても結局同年代とは盛り上がらんことが多い
寂しいから、はてなのおっさんたちならわかってくれると信じて好きなアーティスト書いてくで
適当に聴いてて体系的な知識がないからお前このアーティスト聴くならこっちも聴けや!ってのがあれば知りたいやで〜
たくさん書いたしと思って見出しつけたらクッソAIっぽくなって笑うしかないな
やっぱり「雨上がりの夜空に」が好きやなあ
「WISKY,R&R AND WOMEN」が特にええ
王道やけど「さぁ」が好きや
「賽の河原」が好きや
「Balloon Balloon」が好きや
「AnotherOne Bite The Dust」が好きや
「アントマン」が好きや、「新境区」とかも好きやけど
「Banquet.」が好きや
ここもtiktokで知ったで
「MENPHIS」がtiktokで流れてきて最近ずっと聴いとる
ほんまにかっこええわ
活動再開ほんまに嬉しいで〜
「劣り」が気に入っとる
でも「Booby Trup」も捨てがたいわ
「星を願う」が好きなんやがサブスクにあらへんのが悲しいで…(ヨエコの不安のお山もやが)
「WHOOO」も好きや
いい曲はたくさんあるけどやっぱり「水流のロック」やな…と思うわ
ちょこちょこ見てるとフォロワー数百人いるのに日常ツイートのインプレッションが二桁、それ以下だったり、フォロワー数万人いるのに数百くらいしかなかったりする人いっぱいいるじゃん。
もちろんフォロワー全員がアクティブ垢じゃないだろうからフォロワー数分はインプなきゃおかしいとかじゃないけど、さすがに割合低すぎる気がすんだよね。
みんなフォローだけしてミュートしてるか、見ないリストに放り込んでる(見るリストにいれてない)んだと思うんだけど、だったらそんな何人もフォローする必要ある?
みんな何のために見もしない人をフォローしてんの?
ネット民古代種が鍵垢になったときにヲチ(死語)するためにフォローしてるとかならまだ理解できるけどそんな変人ばっかじゃないだろうし。
なんか流行ってるからスト6はじめて頑張ってコンボとか覚えてランクマとかやってたんだけど
大型アップデートで前までできてたコンボができなくなっててびっくりしちゃった
なにより、できなかったことができるようになる達成感だと感じてたんだけど
せっかく頑張って練習してようやくできるようになったことがシステムで封じられることなんかあるんだ
なんだこれ、賽の河原かなんかか?
頑張って石積み上げたと思ったら横から鬼が出てきてガシャーンてやるあれか?
あ、これおもんないわってなってとりあえず昨日はもうスト6落として別のゲームやったわ
みんなあれおもろいと思ってやってんの?めちゃくちゃ理不尽じゃない?って思うんだけど
最近、急激に体調が悪くなってきて、家に帰って椅子に座ることすらしんどくなってしまい、あっという間に、絵が描けなくなってしまった。
だんだん、体の衰えは感じ始めてきたが、ここで一気に吹き出してきた感じがする。
座ってると痛い。絵を描いていると痛い。痛くて集中できない。描けないわけではないのだが、没頭できない感じ。のめり込みのフェーズを上げられないというか、創作モードに切り替えることができない。
これってずっと続くのかな? 原因不明、または慢性疾患でずっとこの痛みを付き合っていかなくちゃいけないのか?
おや? とすると、これで終わりなのか? 俺の旅はこれで終わってしまうのか? まだ、描きたいものは何も描けていないのに。
結局、あそこへはたどり着けないのかもしれない。
それを悟ったら、突然どうしようもない、絶望というか、恐怖というか、とても大きな感情が押し寄せてきて、体がガクガク震えだした。
ここ5年間ぐらい、可処分時間のすべてを絵を描くことに注ぎ込んできたが全ては無駄だったのか?
実際、自分は、今描いているものに対して全く価値を感じていない。創造性のカケラもない。
今描いているもの全ては、あくまでも、さらなる高みに対しての通過点でしかない。
今描いているものどんなにゴミでもいつかは理想の、素晴らしい絵が描けるようになる、ゆっくりとだが頑張ればいつかはたどり着けるというという希望を味わっていただけ。
だが、頑張っていればいつかは報われるかもしれないというのは幻想かもしれない。
成長カーブはサチり、あとはじわじわと下降していくもしれない。
だが、なんてこった!
これまでの自分の人生に意味はなく、これからも何もなしえずに朽ちていく。
卵は孵らなかった。孵化する前に死んでしまった。卵は腐っていた。
決してそこに到達することはないという現実。うっすらとわかっていながらも、目を逸らしてきた現実が突きつけられた。絶望。
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別にハナから、今から専業作家になるような富や名声、詳細を得たいわけはない。自分にそんな才能はないことは百も承知だった。
ただ、子供の頃からなんどもなんども再生される妄想というかイメージに、これをこのまま頭の中に抱えてたまま死ぬのは忍びないと思った。
しがないサラリーマンだが、どうせ自分は結婚も家庭も持たないし、このささやかな、自己完結している夢を叶えるくらいの時間はひねり出せるのでは?と思い絵の練習を始めた。
休日と、平日は残業が終わったあと。睡眠時間を削ると次の日の仕事に支障がでるので、確保できる時間はそんなにない。
それでも、一歩一歩進んでいければ、いつかは「そこ」へたどり着けるのではないかと思っていた。
このイメージ?世界観?を具現化することがいつしか人生の目標になっていた。
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だが現実は厳しい。
サラリーマンの分断された時間の中では、そもそも創作できるコンディションに到達することすらできない。やっと離陸したとおもったらすぐに叩き落されてしまう感じ。賽の河原の石積みのように、積み上げては崩され、積み上げては崩されを繰り返す苦行。
この生活スタイルではこれ以上は先に進むことはできない。でも、こんな「くだらない」悩みを上司に相談することや、ましてやそれじゃぁ会社辞めますかなんで、とてもじゃないが決断できない。
足踏みの状態なら、体力的・精神的には余裕があるかというと全然そんなことはなく、貴重な創作できるタイミングで、いつもで発進できるようにエンジンを常に全力でアイドルさせた状態を保っていないといけない。可処分時間を意味を感じられない鍛錬に費やし続けないといけない生活。
苦しい。
一方で身体の方どんどん劣化していくのを感じる。視力は悪くなってるような気がするし、連続で描ける時間もだんだん減ってるような気がする。それどころかだんだんイメージ自体も浮かばなくなってきたような気がする。あれほど具現化したかったものも、なんだか曖昧に、色褪せてしまったような気もする。
このままではまずいと思いつつも、なにか大きな決断をすることもできず、ダラダラ現状維持をしていたら、結局、とうとう、こういう状況に陥ってしまった。
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いや、まだだ。まだ失われたわけではない。これを奇貨としなくては。
もしこの状態を脱することができたら、もしこの症状がなおったらちゃんと真面目に現実と向き合わなくては。
怠惰と惰性で、このクソみたいな仕事に時間を垂れ流すのは、やめるべきだ。
恥ずかしい、子供じみた、現実離れした悩みだと自分の中に押し込めて誰にも相談できないでいたけど、ちゃんとやりたいこと、チャレンジできるように、ちゃんと意思表明ができればいいな、と思う。