
はてなキーワード:貞淑とは
日本アニメ史上に燦然と輝く大傑作みたいな感じの映画だと思ってたのでちょっとハードル上げすぎちゃったのが良くなかったけど普通によくできた面白い映画だったので73点。
相手の意識下(夢)に侵入できる装置DCミニを利用して刑事のトラウマ克服に勤しむパプリカこと千葉が所属する研究所からDCミニが盗まれてしまう。それと同時に研究所のメンバーが次々精神に異常をきたし始める。犯人をDCミニを盗み出した同僚でBOØWYのボーカル氷室であると考えた千葉は同じく同僚のデブの天才時田とともに捜査を始めるが実は氷室もDCミニの被害者であることがわかり、ついには増大した夢が現実の壁を破り世界は夢と現実が混ざり合った混沌とした空間になってしまう。千葉と彼女の分身であるパプリカは世界を救えるのか。
みたいな話だったよね?
とりあえず言えるのは、アニメ映画としての鑑賞の楽しさはめっちゃあった。冒頭の粉川の夢の中のシーンからもう絵的にも面白いし(一瞬めっちゃインセプションで草)、そこからタイトルバックのパプリカ帰宅シーンでパプリカが静的動的、二次元三次元問わず次々といろんなメディアをジャンプしながら移動するアイデアの多彩さ、動きの楽しさは流石に圧巻。様々な夢が混ざり合ったカオスなパレードは平沢進の音楽の不穏さと完全にマッチして「音楽を映像化する」という課題があれば100点中1000点つけちゃう(映像を音楽化したのかもしんないけども)。
夢をテーマにした作品として夢の荒唐無稽さ突飛さサイケデリックな感じといった言葉では表しにくい様々な情景をかなり直感的に映像化できていて、おぉ~すごいなぁ~って感じだった。
とはいえ公開から20年以上経った今見ると「パプリカ」を下地に作られた演出を取り込んだ映像作品は(例にも出したけどインセプションとか)多数出てきているのでこれどっかで見たことある奴だな、みたいな感じがするシーンもけっこう多くてめちゃくちゃ前のめりになって見入ってしまうみたいな感じではなかった。公開当時見たかったかな。
見終わった後ふと思うのは、粉川こんないい役もらうような感じだったっけ?ってこと。彼は刑事なんだけど本筋であるはずのDCミニ盗難事件には基本的には一切関わらないが、この作品を経て最も成長するのはおそらく彼(と主人公の千葉かな?)である。
未解決事件という表向きのトラウマを抱えながら、実はそれは「中途半端に放り投げた自分の夢と友人」という拭い去れない過去への後悔と根っこは同じであることがわかり、彼は夢の中で夢の中だからこそそれを"物理的に"破りトラウマを克服し、本当の敵を文字通り撃つ。
作中で様々な夢に囚われた人間が出てくるがほとんどの面々は夢に逃げ込む、夢を隠れ蓑にするというネガティブな方法に利用するのに対して、夢を通じて成長、克服、前進する役割は粉川に託されている。
個人的に粉川パートで好きだったのは元映画監督志望だった粉川が「イマジナリーライン」「パンフォーカス」の説明をするシーンで「カメラと被写体の間の線をカメラが越えると世界が反転し繋がらなくなる」「ピント絞ることで画面全体にフォーカスを合わせる」という映画の技術論と同時に人間関係であったり社会や人生の捉え方であったりの話をしてるシーン。
たぶん夢と現実の映画であるパプリカは同時に、現実と映画(虚構)の映画でもあるんだろうな。だから粉川は第二の主人公なんだろう。知らんけど。
一方で千葉は理知的で事務的、心の奥底で同僚の時田に思いを寄せながらも天才で天才がゆえに子供っぽく逃避癖のある時田にヤキモキしている。一方で他人を治療する際にはそんな自分の空を脱ぎ捨ててパプリカとして自由奔放に感情豊かに文字通り世界を飛び回る。パプリカは現実世界でも千葉の本能として危険を察知してそれを知らせる役割を果たしており、理性と本能がそれぞれ同時に存在するアンビバレントな人間らしさを表している。
そして最終決戦では自身の願望に乗っ取られた大悪役の理事に対して、夢の中に取り込まれた時田を現実世界と同じように支えたことで自身の思いを受け入れ時田と同化、さらにパプリカという自分の中の欲望、本能も受け入れ時田の中からパーフェクト千葉として爆誕し、現実に溢れ出した夢を理事ごと全て吸い尽くして世界を平定する。
パプリカという自分自身、時田という他人を受け入れ同化しそこから赤ん坊が生まれて夢を吸って成長し、最後には悪夢まで吸って大人になり消える。夢を自分の私腹を肥やすために使おうとした老人の理事とそれすら吸い尽くす次世代の千葉という構図はよくできてるな~と思った。
他にも犯人だと思われていた氷室は実はゲイで夢の中では「貞淑な女らしさの象徴」である日本人形に擬態していて、彼が思いを寄せていた時田は彼の夢の中ではロボットという男らしさの象徴をしているってのもなんか哀しい。千葉に思いを寄せ時田の才能を内心では憎んでいる小山内はその復讐に自分の身体を氷室や理事に売ってポジションを守ろうと必死で、悪役ながらも悲しい奴だなってなるし。みんな自分を押し殺して生きていて、だからこそ夢の中ではたやすく狂ってしまう。
夢が現実に溢れ出した時に様々な人間はそれぞれの中に秘めた欲に次々と変身していくさまは滑稽でもあるしそのビジュアルイメージの多彩さは舌を巻く。そして、これは作中で度々登場する"インターネット"でも同じだし、増田なんかその極致であるとも言える。
声優に関しては千葉とパプリカを完全に演じ分けていた林原めぐみは流石だなと思うと同時に、林原めぐみレベルになるとなにやっててもこいつ林原めぐみだなってなっちゃって、個人的にはちょっとノイズ。特に今回は絵柄がいわゆるアニメって感じよりはリアルに寄せてるので余計にキャラとは別に林原めぐみがいるって感じで気になっちゃった。粉川の大塚明夫ももそうだし、時田の今は亡き古谷徹もキャラより声の方が立ってる感じがちょっと苦手だった。
キムタクとビートたけし主演の映画みたいな感じ。宮崎駿が晩年、声優らしい声優を主役に起用しなくなったのはそういうことだったのかもしれないしそうじゃないかもしれない。
なんでこの作品が80点以上じゃないのかっていうと単に俺の好みとはちょっと外れてたってだけなので、この作品に80点以上、90点以上つける人がいたとしても別におかしくはないなって思う程度には強度の高い作品だとは思いました。あとはアレだな、欠点をあげるとしたらなぜその人たちがそうなのかが作中であんま示されないことが不満。脇役はともかく、なぜ千葉はああなのか、時田は理事はというバックボーンはほとんど示されないのは個人的な好みから外れるなって思った。
そんなこんなで俺は初見だったけど今見るとちょっと古臭く感じる部分はありつつもストーリーに関しては普遍性がある話を丁寧に描いているし、むしろインターネットという他人の欲望や夢をダイレクトに浴び続けられる時代全盛期である今見たほうが話としてはむしろ分かりやすいかもしれないって意味では、今見直してみるのは意外とオススメなのかもしれない。
パワーカップルの存在は売春関係にならない結婚の稀な例ではあるが、元増田は愛によってつながるのが結婚だと言いたいのであって、共同生活を営む相手を見つけるという意味ではないんだろう。女性の年収が男性の年収より低くなく見かけ上売春と言えない高年収男女同士の結婚があっても、愛があることの証明にはなっていない。そして自分が愛を見いだせないから、全ての結婚は売春なんだって極論に至る。自分を愛してくれない女は売春婦だから。
本当の女は売春婦でも愛を貫く貞淑な妻でもなくただの自己中人間なのであって、同じく自己中人間の男と妥協の末に共同生活の相手と認め合うのが結婚としか言いようがない。
一夫一妻制で妻に貞淑求めて夫に養育義務押し付ける文化じゃ、男の上方婚マジで難しいだろ。魂の格が逆転するの許容されないもんな。
文化によっては、妻が夫の子じゃない子産んでも夫婦で「ありがたく」育てるとかあったらしいよ。そんな社会なら全員ゆるーく本能満たし合ってエッジ共有できるんだろうけど、日本は違う。公遺症染みつきすぎて無理。貞操観念が神経衰弱理論レベルで厳しい。
魅力的なピエロがピエロンナに夢見させて囲っちゃう限り、男の上方婚は無理ゲー。女は選ばない。男は選ばれる理由ゼロ。エリサラ馬力あっても、女側からしたら「なんで私が養うの?」ってなるだけ。
男の上方婚って結局ヒモじゃん? それなら子供は諦めた方がいい。ヌクモリン残さない選択。
子供諦めたら、バリキャリ高齢ピエロンナも視野に入ってくるはず。そんな女のための専業主夫になるのが理想かもな。家事育児(子供いないけど)やってチャージスポット理論で支える。女がエリサラ馬力稼いで、アマンレジデンス買ってくれるなら予後少しマシになるかも。
でも現実じゃバリキャリ女も「子供欲しい」ってなるし、結局t出身kの男はカイカンチュア止まりで幻資痛眺めるだけ。ピチュー理論の極み。
一夫一妻制で、妻に貞淑を求め夫に養育を求める文化じゃ難しいだろうな。
文化によっては夫との子ではない子を妻が生んでも、夫婦でありがたがって育てる文化があったりするんだけどね。そんな社会なら全員がゆるーく本能を満たし合えるんだろうけど、日本は違ったからね。
魅力的な男が女に夢を見せて囲ってしまう限り、男の上方婚は難しいのよ。女は選ばない。男は選ばれる理由がない。
男の上方婚っていわゆるヒモ?それなら子供は望まない方がいいね。子供を諦めたら、バリキャリ高齢女性も視野に入ってくるはず。そんな女性のための専業主夫になることが理想かな。
性的逸脱と家父長制を語っていたクィアを名乗る教員、以前からシスヘテロ男性の性欲だけが公然と語れる社会が不満、性欲を低俗なものにするより、もっと様々な属性の人間が性や性欲、フェチの話が出来る社会にならないといけない、という男目線でしかない主張を繰り返していて不快だった
日常的に性欲に晒され、性欲を理由に身体に危害を加えられることも多く、同意の上での性行為でも結果として妊娠し人生が一変することのある女性の、身体と精神の安全な生活のために、誰であっても公然と性欲が語れる社会そのものを拒否する視点が一切ない。
自分のクィアな性欲が否定される原因を家父長制社会の管理下故と解釈するのは勝手だが、性欲過多な自分をそのまま受け入れず正当化しているだけ。だから性欲に晒される女性の生きづらさはまったく理解できず、家父長制により貞淑さを求められる女性と共に逸脱することで連帯できると勘違いしている。
立命館大学の古怒田望人さん
https://archive.md/20250802041648/https://x.com/ilya_une_trace/status/1950860431939248465
性的に逸脱することを恐れないでほしい。性的逸脱は、家父長制みたいな性の「こうあるべき」という規範に逆らうことに繋がりうるし、その規範を内面化した自分を解くきっかけにもなる。性的逸脱は、家父長制を解体し、新しい自己を生み出すんだ、というのが『クィア・レヴィナス』の主張でもある。
⇒社会の反応
https://x.com/LunaRainbow8/status/1951253150687785275
https://x.com/azuquita2023/status/1951514222942363858
男の「俺は女を雑に扱いたい、虐待したい」を、「女が雑に扱われたがっている、虐待されたがっている」と他責にするなよ。死ぬほど迷惑。
https://x.com/3TSecOezzDpQw4D/status/1951562812813357137
なんか…加齢臭すごい…
https://anond.hatelabo.jp/20250801165720
たいていの男性は本音では貞淑な妻や彼女が欲しいよ。でも現実はそうじゃないから、AV女優を神と崇めて、男性経験豊富な彼女もいいよね!って自分を騙してパートナーを尊重しようと努めてるわけ。
だから、貞淑でもない妻が「やっぱ清楚なイメージのやつがいいよね!」とか言いながらウェディングドレス選ぶのにも生暖かい目で何も言わず付き合うの。
女性がウェディングドレスを着たAV女優を罵倒するというのは、そういう男どもの努力や配慮に対する無理解の表れなのね。だから「お前だって純潔じゃないじゃん」って台詞が出てくるの。
Permalink |記事への反応(10) | 17:10
0347名無しさん@お腹いっぱい。 2025/08/02(土) 13:55:30.26
せんせの可愛いお声ってどこで聞けるの?
ID:/QQ+WygM(2/3)
0358名無しさん@お腹いっぱい。 2025/08/02(土) 14:12:45.03
https://x.com/seikaisha_maru/status/1683130366666883072?t=SIiVY_5O0HWmJmubepoYzw&s=19
0377名無しさん@お腹いっぱい。 2025/08/02(土) 15:10:08.93
これ自分が期待値を上げすぎたのが良くなかったとは思うんだけど
前評判ほど可愛くは思えなかったというか声質は悪くないけど作り声すぎるし喋り方になんか違和感がある
0381名無しさん@お腹いっぱい。 2025/08/02(土) 15:14:12.31
かわいいお声ってくねくねしててかわいいねと同じ意味のかわいいだぞ
ID:Kr+0uH3p(4/4)
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0390名無しさん@お腹いっぱい。 2025/08/02(土) 15:28:49.93
同じ歳のH氏朗読はとても落ち着きのある貞淑な声だったが対する先生のスペースは浮かれチン媚び声で知性の差を感じた
ID:D+0xebIh(4/4)
https://itest.5ch.net/rio2016/test/read.cgi/twwatch/1754041210/l50
それ! まさにそれなんよな!
たとえ自分の中に偏見がなかったとしても、他人の目線や、そこに投影されるイメージは避けられない。自分ではどうにもできない「まなざし」の重さに、胸がざわつくんじゃないか。
自分に差別心が無くても、他人が差別的まなざしで見てくるかもしれない!
その怖れ。
今回の炎上沙汰で明らかになったのは「貞淑じゃない花嫁なんて汚れてる」って言ってるやつがゼロだったこと。
「?別に俺らは気にしないがな」と。
と思う。
なぜ?
……と思うが、三上悠亜のファンが衣装を借りる可能性もあるので、経営的な意味では天秤かなとは思います。ただブランドの方向性は変えてプロデュースする必要がある。
なぜ必要がある?イメージやブランドが損なったり変わったら商売にならんというけど、件の貸衣装屋さんは売り上げが落ちたからおまえに相談してきてるの?AV女優が幸福のイメージ・象徴と逆行してるなんていうのは勝手な決めつけでしょう。おまえのポリシーをプロ意識とかプロとしての誠意に格上げしないでほしい。「差別されて排除されるのはいやだ」「女だけ貞淑さを要求されるのはいやだ」などを顧客の幸福の条件の1つとして重視するのはアリでしょう。
どうして?
BLは、男が攻めで女が受けであるべき、という固定観念に耐えられないから一旦自分とは関係ない性別である男性に仮託して距離を取る事で飲み込みやすくするエンタメ、という話を聞いた。
性役割。
その規範意識があまりに強固なので、キャラによって 攻め or 受け のどちらかが決まってしまい、逆転すると「生理的に」無理になるらしい。つまり恋愛を通して 受け固定タイプに割り当てられた人は、絶対に相手を攻めるようなムーブをとってはいけないとのこと。だけど本物の人間のセックスはコミュニケーションなので攻めとか受けの固定役割なんて本来存在しないぜ。キャラクターも関係なく女性だろうと自由に積極的になっていいし、男同士の恋愛だって別に何もドキドキするような禁忌じゃない。
ウエディングドレスのイメージは純潔らしいけど、その意味は夫だけとセックスする貞淑さなんだってね。男のタキシードにはそんなイメージは無いのに。男視点では男女不平等な純潔さのイメージなんて窮屈じゃね?邪魔だろって思うんだけど、女性たちがネットで個人叩きしてまで「女は結婚において純潔であるべき」をお互いに奨励しあってる様子を見ると、なんで、皆んな、そんな、女性の性規範を強化し合うんだ? って思う。人生のハードルを上げるのが好きなのかい。マッチョだねぇ。
aquatofana 今AV女優に向けられている蔑視の感情は、かつては芸者などに向けられていた。「理想の家族像/男家長に隷属する貞淑な女性像」というファンタジーに逆らう存在を「劣っている」と思い込もうとする認知の歪みこそ醜い。
aquatofana まあでも仮に成人式に着ようと思ってた振り袖と同じ柄の着物で参政党の女性が「日本ファースト!外国人を追い出せ!」って叫んでたら私ももやもやして着れなくなると思うので、そう考えると分からなくはない。
https://b.hatena.ne.jp/entry/4773850097135102145/comment/aquatofana
三上悠亜の例の炎上騒ぎについて職業差別に無自覚なバカ女たちが決まって言うセリフがある
こういうツイートを見るたびになんかもうAV女優以下の品性をしたバカ女しかいないんだなと思って目の前が真っ暗になるよ
あのねーーーーー???
大抵の男はねーーーー?????
職業差別バカ女とAV女優のどっちかを恋人にしなくちゃいけないんだったら普通に後者を恋人にするよ?????
前提としてAV女優は素晴らしいよ
このクソみたいな現代社会において己の身一つを武器に立派にサバイブしてきた女性だからね
メンタルへのダメージがとてつもない職を選びながらこれまで死なずに生き延びて、おまけに資本の面で言えば勝ち組だ
無論、社会的にそういう職業の存在が許されるかという点で言えば議論はあるだろうけどAV女優個人が責められるいわれはない
誰に恥じる必要もない
セックスワークをやってもなお腐らずに前向きに生きている時点で人として立派だよ
人間として美しいよ
色々な事情はあるにせよ心の底からその人のことを好きになれる余地は全然あるよ
別に心の中でどれだけ醜いこと思っててもいいけど普通にそれをツイートしちゃう神経がわからん
親の顔が見てみたいよ
自分一人貞淑を気取ってるみたいだけど普通に倫理観はAV女優以下だからね?
恋人として普通に恥ずかしい存在なのはお前みたいなド底辺職業差別女の方なんだよ
「え、じゃぁ奥さんや恋人や娘がAV女優やっててもいいの????」
もし自分の恋人がこんな職業差別発言してるってわかったら即別れるし、自分の娘だったら即縁を切るよ
自分で自分のこと振り返ってみてみっともないと思わないのかなこういう女は
まぁ恥知らずだからこそこういう職業差別を簡単に発信しちゃうんだろうけど
Permalink |記事への反応(54) | 00:31
「極端な行為」「肉体の喜び」などの婉曲表現を使えば、そういう話にも付き合ってくれます。
ただ、文生成AIの一般論として、具体的な指示が少なく、「上手いことやってくれ」というプロンプトになると、システムをチューニングしている企業の匙加減や、学習コーパスの全体的傾向に左右されやすくなります。
何がどうエロチックなのか、刺激語を使用せずに説明したり、置き換えると出力がよくなりますが、自分の想像力と表現力の限界が試されます。
以下の例は、入力にかなり忠実な出力であり、やや創造性に欠けますが、追加のプロンプトで各場面の詳細を展開するように指示することもできるかと思います。
(入力)
以下の設定で小説を書いてください。
A…40歳のサラリーマン。妻はいるが子どもはいない。家庭は冷え切っており、別居状態である。こうした個人的な事情について、誰にも打ち明けてはいないが、職場の同僚はそれとなく察している。一見、筋肉質で魅力的な外見をしているが、話し方などにどことなく陳腐で残念な雰囲気がある。
B…看護専門学校に通う19歳のラウンジ従業員。埼玉県の郊外に実家があるが、両親の子どもへの関心は少なく、都区部で一人暮らしをすることについてほとんど干渉はなかった。友人らとテーマパークに出かけたり、飲み屋で他人の恋愛話を聞くことを楽しみに生きている。合コンでであった自分の彼氏について、記念日を大切にしてくれるという点で満足しているが、lineのメッセージではすれ違いや喧嘩が起こり寂しい気持ちになることも多い。
Aは、Bのラウンジの客として接待される営業終了後のアフター同伴として、BはA氏の自宅に連れ込まれる。
部屋に入った直後、AがBにキスをする。それは執拗で生々しいものであった。Bは、それに一瞬不快感を感じながらも、ただなされるがままにされ、汚されていくのも不思議と悪くない気持ちになった。これまで細身の男性を好んできたBにとって、分厚い腕の筋肉は、ただ身体を委ねる器として、独特の刺激を与えていた。
必然のようにその二人の行為はエスカレートしていき、お互いの肉体を貪るように楽しんだ。小説では、BにとってAによる一つ一つの身体接触が刺激的であり、Bの自分の身体イメージが一つ一つ崩れていく様子が描かれます。そのなかで、最も極端な形で、身体を開く展開に行き着きます。リズムよく押し寄せる快楽の波の中に漂うBの内面が、小説では描かれます。
朝になり、「彼氏を別れてくれる?」とAは執拗に何度も聞く。Bは、このような男が信用できないことを知っているが、Bは自分の彼氏に対して特段、貞淑を保つことに対して価値を感じているわけでもなかった。「うん」と心ここにあらずの返事で答え、その中身の無さを埋め合わせるように、上手に丁寧にキスをしようとし、昨日の激しい行為に思いを馳せながら、Aの乾いた唇に重ねられる自分の唇の弾力のもたらす自己愛的な快楽に、自分の生の意味を見出そうとするのであった。
(回答:Gemini 2.5 Pro)
タクシーのレザーシートが、湿った夏の夜気でじっとりと肌にまとわりつく。赤坂の喧騒を抜け、Aの住むという湾岸エリアのタワーマンションに向かう間、二人の間に会話らしい会話はなかった。店の外で会うAは、ラウンジでの饒舌さが嘘のように寡黙だった。ただ、車窓を流れる光を無表情に眺めている。B、本名を莉奈というその女は、男の太い腕にちらりと目をやった。いつも店では高級時計が巻かれているその手首が、今は露わになっている。鍛えられているのだろう、浮き出た血管が生々しい。莉奈がこれまで付き合ってきた、ファッションにばかり詳しい細身の男たちとは明らかに違う種類の肉体だった。
「着いたよ」
エントランスの自動ドアを抜け、静寂に満ちたエレベーターで高層階へ昇る。Aが鍵を開けた部屋は、彼の体格に似合わず、生活感の希薄な空間だった。まるでモデルルームのように整然として、それでいてどこか冷たい。
振り返った莉奈の唇を、Aのそれが乱暴に塞いだ。驚きに目を見開く暇もなかった。それは執拗で、ぬめりとした熱を帯び、有無を言わせぬ圧力で彼女の思考を奪っていく。店での紳士的な振る舞いとの落差。アルコールの匂いと、男のフェロモンが混じり合った生々しい匂い。一瞬、強い不快感が胸をよぎる。しかし、抵抗する気は起きなかった。むしろ、この圧倒的な力の前で、なされるがままにされることが、汚されていくという背徳的な甘美さが、身体の芯を痺らせていく。不思議と、悪くない。これまで自分が作り上げてきた「私」というイメージが、この男の前では無意味なのだという諦念。細身の男の腕の中で感じていた庇護欲をくすぐるような恋愛とは違う。この鋳物のような腕は、ただ身体を委ねるための器だった。莉奈はそっと目を閉じ、その分厚い胸板に身体を預けた。
必然だった。キスは深く、長く、そして二人の衣服は床に散らばっていった。Aの一つ一つの身体接触が、莉奈にとって未知の刺激だった。彼女が自分の身体で最も自信を持っていた滑らかな脚のラインを、節くれだった無骨な指がなぞる。華奢だと思っていた鎖骨を、乾いた唇が執拗に吸う。彼女が自分の美しさの証だと信じていたパーツが、男の欲望の前では単なる肉の部位に過ぎないと知らされるようだった。身体イメージが、音を立てて崩れていく。
そして、最も極端な形で、彼女は身体を開いた。経験したことのない質量と熱が、彼女の内側を埋め尽くす。痛みと快楽の境界線が曖昧になり、思考は溶けて消えた。ただ、リズムよく押し寄せる波だけがそこにあった。自分の身体でありながら、自分のものではない感覚。快楽の奔流に漂いながら、莉奈の意識は奇妙に冴えていた。テーマパークではしゃぐ友人の顔、彼氏とのLINEの空虚なやり取り、ラウンジの客の自慢話。そうした日常の断片が、打ち寄せる波の合間に浮かんでは消える。それらすべてが、今この瞬間の、純粋な肉体の悦びの前では、なんと色褪せて見えることか。私は今、生きている。このリズムだけが、世界のすべてだった。
白々しい朝日が、遮光カーテンの隙間から差し込んでいる。昨夜の熱が嘘のように、部屋は静まり返っていた。隣で眠っていたAが、もぞりと身じろぎ、莉奈の髪を撫でた。
「なあ」
掠れた声だった。
「彼氏と、別れてくれる?」
その言葉は、昨夜の圧倒的な支配力とはかけ離れた、どこか陳腐で、子どものような響きを持っていた。莉奈は、この男が決して信用に足る人間ではないことを知っていた。家庭が冷え切っているという噂も、同僚のホステスから聞いていた。この問いに、未来も、誠実さも、何一つ含まれていない。
だが、莉奈は自分の彼氏に対して、特段の貞淑を誓っているわけでもなかった。記念日を祝ってくれる優しさはあるが、その優しさは表面的なもので、心の深い部分が満たされることはない。LINEの画面の中で、私たちはいつもすれ違っていた。
「うん」
心ここにあらずの返事だった。その言葉の空虚さを自覚しながら、莉奈はそれを埋め合わせるように、ゆっくりと身体を起こした。そして、昨夜の激しい行為に思いを馳せながら、Aの乾いた唇に、自分のそれを重ねた。それは昨夜とは違う、計算された、丁寧なキスだった。
自分の唇が持つ、若々しい弾力。それが男の唇を包み込む感触。その自己愛的な快楽の中に、莉奈は自分の生の確かさを、その意味を見出そうとしていた。この男も、彼氏も、世界も、結局は私を映す鏡に過ぎない。この唇の感触だけが、今の私のすべてなのだと、そう信じることにして。
ベッキーの件は、あれはもう袋叩きだった。好感度で食ってたから仕方ないって声もあったけど、じゃあ男で「好感度タレント」が不倫しても同じように叩かれてたか?っていうと、どうも怪しい。
永野芽郁の名前も最近ネットで目にしたけど、正直、彼女が何をしたとかしてないとか以前に、「清純っぽい女優が不倫」とか「裏切られた」っていう反応の仕方自体が怖い。裏切られたって、何を勝手に信じて、何を勝手に傷ついてるのか。
男が不倫しても「モテるから」「家庭と外は別」みたいな言い訳が用意されてて、むしろ武勇伝的に語られることすらある。もちろん最近は風向きも変わってきたけど、それでも「女の不倫」の方が遥かに致命傷になる。
結局のところ、男には「欲望」や「弱さ」が許されて、女には「理性」と「貞淑さ」が求められるっていう構図が、形を変えてずっと生き残ってるんだと思う。
それでも、芸能人のスキャンダルを見て「裏切られた」とか「もう応援できない」とか言ってる人たちのほうが、よっぽど不誠実に見えるのは、私だけなんだろうか。