
はてなキーワード:謝罪会見とは
まず質問通告デマの件で誰も謝罪しないという強い批判をさせてしまった件、申し訳ございません。
この度、謝罪に至るまで長い時間をかけてしまったこと重ね重ね申し訳ございません。
もっと早く何らかの行動を起こしていくべきであったと慚愧の念に堪えません。
質問通告デマの件に関しては申し訳ないという気持ちでいっぱいです。
質問通告デマの件で迷惑をかけた皆様に誠心誠意謝罪させていただきたいと考えております。
内容に関しましてはここで十把一絡げに謝罪するのではなく、別個の事象としてそれぞれ再度精査したうえでしかるべき形で謝罪を行うべきであると考えておりますがこの誠心誠意謝罪させていただきたいという気持ちをもって謝罪とさせていただくこともやぶさかではございません。
また本件に関してまして根拠不明なデマ、誹謗中傷の類が多く見られますのでこれらに関しては法的機関と連携して厳正な対処をしてまいります。
ご清聴ありがとうございました。
「謝らない人」は
「タフ」なのか、ただの「バカ」か?
第1章 何があっても「謝らない人」が増えてきた
・ミスを指摘されると謝るどころかキレる人
・平気で見え透いた言い訳をする人
・自分ではなく、いつもまわりのせいにする人
など
・「謝らない人」は、じつは自信がない人
など
など
第4章 ほんとうの謝罪ができない人の胡散臭さ
など
第5章 ウソ、屁理屈、論破自慢、「謝らない日本人」はなぜ増えた?
など
第6章 「謝らない人」とどうつき合うか
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では、このような輩にどう対すればいいのか?著者は次のようにアドバイスする。
2. 「謝らない人」に対してはなんの「期待」も持たない
佐野海舟に対する不同意性交容疑の報道から、日本代表選出、ネット上での批判の波と、話題が途切れない。けれど、その多くが「憶測」に基づいており、むしろ今問われるべきは私たちの側の姿勢ではないかと思っている。
事実としてわかっていることは、実はとても少ない
・東京地検は不起訴処分とした。不起訴の理由は公表されていない(※嫌疑なし・嫌疑不十分・起訴猶予のいずれか)。
・被害者とされる側とは話し合いがあり、佐野本人が謝罪をしたとされる(JFA発表)。
・所属クラブのマインツ、および日本代表チームは、上記を踏まえて活動への復帰を認めた。
これだけだ。
不起訴処分になった人間が、なぜネット上では“有罪”を前提に断罪されているのか。仮に起訴猶予であっても、それは「有罪と証明できない」「被害者との示談が成立した」「再犯の恐れが低い」などを理由に、国家として起訴しないと判断されたということ。言い換えれば、司法が「処罰しないと決めた人」だ。
よく「不起訴=無罪じゃない」という言説がある。その通りだ。けれど同じくらい、「不起訴=有罪の証明ができなかっただけ」もまた、完全に正しいとは限らない。不起訴理由が非開示である以上、「有罪の証拠がなかった」可能性も、「処罰に値しないと判断された」可能性も残る。
それなのに「被害者がいるはず」「示談で揉み消したんだろ」などと決めつけ、ネットで吊し上げることは、明確に一線を越えている。
性犯罪が“見えない暴力”であることは、誰もが認識すべき問題だ。被害者が声を上げにくく、実名報道される加害者(とされた人)ばかりが目立つ。しかしその構造を是正するという名目で、「不起訴でも有罪」だと公言し、人格を攻撃していいとは思わない。
情報が非対称である以上、被害者のために知ろうとする姿勢は理解できる。けれどそれが「説明しろ」「会見しろ」「納得できるまで謝れ」という圧力になるのなら、それはもはや公益ではなく、“私刑”だ。
佐野海舟の件を通して見えるのは、司法とメディアと市民の三すくみ構造だ。メディアは憶測を打ち、司法は説明しない、市民は正義感から誰かを断罪する。この構図、見覚えがないだろうか?
昔の「魔女狩り」と何が違うのか。
情報を持たない立場から、事実の一側面だけをもとに、“正義”を行使することは、果たして許されるのか。
わからないことがある。けれど、それは「誰かを叩いてもいい」理由にはならない。
今、佐野海舟を叩いている人の多くは、自分が「誤って他人を断罪しているかもしれない」と想像できているだろうか?
情報が開示されていない以上、いかなる決めつけも、誰かの人権を踏みにじる可能性を含んでいる。
https://omocoro.jp/kiji/485015/
ネギまって立ちバックある?
—— どっちも絶対ないよ
許せない……。
とんでもないクソエアプがいたもんだ。
こんな奴にライターを名乗らせていることに対して、雇い主は謝罪会見の一つでもすべきでは?
もちろん同人誌のことではない。
現自民党議員赤松健先生が漫画家時代に講談社から原稿料を貰いながら描いた作品の中に立ちバックが出てきている。
ちゃんとしたネギま!ファンなら今更説明するまでもないだろうが、ここでいう広義の「ネギま!」が指しているのは「UQ HOLDER! 〜魔法先生ネギま!2〜」のことである。
UQ HOLDER!には立ちバックがある。
これは紛れもない事実だ。
「どのヒロインかは忘れたけど、描いた気はする」ぐらいは言ってくれるだろう。
俺としてはぜひどのヒロインとの行為だったのか覚えていてもらいたいのだが、表現の自由を守ることに忙しい彼に自作の全てをきちんと覚えていることを求めるのは酷かも知れないからそこは諦める。
もしかしたら君は「UQホルダーはネギまではないよね?」と反論するかも知れない。
まず、「UQ HOLDER! 〜魔法先生ネギま!2〜」というタイトルからもネギま!の正式な続編であることは明らかであるし、続編において立ちバックがあるなら前作にあってもおかしくないと考えるのが普通ではないだろうか?
そもそも「UQ HOLDER!」を「UQホルダー」と呼ぶような奴にネギま!を語る資格はない。
ましてや、「ネギま!」のことを「ネギま」と呼ぶような奴には。
そもそも、俺が最も問題だと思っているのはネギま!のことをネギまと呼んでいることだ。
サザエさんやドラえもんのコマを引用元表記さえ使わずに引っ張ってきて政治批判をするような輩と同じレベルだ。
こんな輩はどうせAI止まを「エーアイ」と読むだろうし、花右京メイド隊を「かきょういん」と読むだろう。
言葉を綴り糊口を凌ぐ職業人として必要最低限の注意深ささえも欠落していると言って叱るべきである。
謝れ。
俺に謝らなくていい。
国会議員だぞ。
いままでさんざん性上納してきたんだろ?という疑惑を晴らさなきゃならない
中居だけスケープゴートにしたら文春砲第3弾食らって目も当てられない窮地に追い込まれていそう
さらに、「中居のトラブルを承知しながら、なぜ起用し続けたのか」はやはり説明しなきゃならない
だから謝ったって終わるわけない
過去はこうでした、こうなっていました、こういう問題を抱えていました、
これらをきちんと明るみにして説明し、
今後弊社はこういう立て直しを行ってまいります、という将来の約束をする、
それらがすべてまともなレベルで初めて納得される